第189話「造物主VS神壊者⑨」
「ははっ、神壊戦刃・グラムか。それで機神が壊せると良いねぇ?」
スピーカーから流れてきたメルテッサの嘲笑。
そんな物は、ただのブラフ。
欠片も本心が含まれていない大嘘だ。
大地を踏みしめ走るチェルブクリーヴ、その動きには一切の油断が無い。
俺という存在を害敵と見据え、全身全霊を発揮して排除する。
そんな意思が込められたチェルブクリーヴの剣が、空を破断する。
「ははは!楽しい、ねぇッ!!」
チェルブクリーヴの全長、約6m。
俺の4倍の高さから振り下ろされたのは、刃渡り4mに達する鋼鉄の両刃剣だ。
「そうだな。楽しいぜ!」
剣撃の破壊力計算式は、『重量』×『速度』×『接触面積』だ。
剣の重量が破壊力の基礎数値となり、それに振るった速度が乗算される。
さらに、刃の接触面積が少なければ少ないほどエネルギーが集約し、相手の『防御力』と『破壊値数』を上回れば破壊できる。
そして、チェルブクリーヴが繰り出した剣撃は、基礎数値である重量が凄まじい。
通常の剣ではあり得ない1000kgオーバーの鋼鉄であるそれは、機神にのみ許された特別兵装。
もはや、剣と呼んでいいのか悩むレベルの鈍器だが……、『機神』の名に相応しい攻撃なのは間違いない。
「良い手応えだ。懐かしい」
「んなッ!!」
軽快な音と共に、接触させた俺達の剣が爆ぜる。
互いのエネルギーは極大極限、それゆえの相打ちだ。
チェルブクリーヴと俺が振るった剣の速度は、ほぼ同等。
切っ先の鋭さだって、剣という形状である限り大差は無い。
真っ当に考えるのならば、チェルブクリーヴの剣が勝たないとおかしい。
だが、結果は相打ち。
そしてそれすらも、俺が意図してそうさせたものだ。
「なんだこれはッ!?なぜ、性能を強化した剣が撃ち落とされるッ!?」
「単純な話だ。グラムはな、その剣よりも重いんだよ」
世界最強・十の神殺しの一つ、『神壊戦刃・グラム』
この剣に秘められた性能は、『絶対破壊』と『惑星重力制御』。
一見して関係がないこの二つの能力が相互作用するからこそ、神をも壊す剣と化す。
剣撃の破壊力計算式は、剣の『重量』×『速度』×『接触面積』だ。
だからこそ、攻撃力の基礎数値である『重量』が『9999999……』であるグラムに勝る破壊力の剣は、この世界に存在しない。
そして、それを人間の膂力で振るえるようにする為に、惑星重力制御が付いている。
「準備運動はもう良いか?本番、行くぜ」
「ぐぁっ、痺れッ……!!」
上段に振り上げた腕に魔力を滾らせ、真っ直ぐ垂直に振り下ろした。
向かう先は、チェルブクリーヴが突き出した剣。
柄へ向かってグラムを衝突させる事で腕へエネルギーを伝播させ、機神の体を揺さぶってやる。
これは、身体能力を武器にして戦う生物に有効な小技だ。
体に走った衝撃は痺れとなり、体の防衛本能を刺激。
生理現象として硬直を引き起こす。
逆に、機械であるエゼキエルには全く効かなかった過去がある。
だが……、チェルブクリーヴは生物と同じく体をよろめかせ、硬直を起こした。
やっぱり、生物の体と同じ原理で動いてんのは間違いねぇな。
「面白ぇ。心置きなくブッ壊せる生物とか最高すぎる」
「壊すだぁ?これくらいで良い気になっ……ッ!?」
余裕を見せすぎだって言いたいのか?
俺に言わせりゃ、それはお前の方だぞ。メルテッサ。
これが普通の戦いなら、隙を作った後に決定打を叩き込まなくちゃならない。
だが、そんなものは、もう既に済んでいる。
グラムを叩き付けた場所から、放射状にエネルギーが走った。
それは、剣の内部から湧き出る破壊の印。
物理的に世界最強の破壊力を宿すからといって、特殊能力が無い訳じゃない。
「剣を手放せ。戦いを続けたいんならな」
「くっ……!」
俺の忠告を聞いたメルテッサは、これから起こる未来を理解したようだ。
剣を思いきり投げ飛ばし、直ぐに視線と敵意を俺に向け直す。
刹那、投げ捨てた剣が崩壊した。
内部から発せられたエネルギーが球状に広がり、小型の超新星爆発と化している。
「性能が無いのに自発的に爆発した……?ありえない」
「実際に爆発してるだろ。指導聖母は理科や化学の勉強はしないのか?」
「アレが自然現象だと言いたいのか?」
「微妙に違うな。自然現象を壊したから、爆発したんだ」
『単位系破壊=圧力抵抗値』
俺がグラムの刀身に宿らせていたのは、この世界の理を破壊する力。
神壊戦刃グラムはその名の通り、神の理を破壊できる。
そしてその理とは、世界の中で起こる自然現象も含まれる。
今回、指定したのは、全ての物質が常に影響を受けている理『圧力』だ。
「自然現象……、内部からの崩壊……、聞き覚えの無い呪文……、圧力……。そうやって自壊させたのか」
どんな物質であれ、空気に触れている以上は『大気圧』が掛っている。
そして、それと同等の力が内部から発せられて均衡するから、形状を保っていられる訳だ。
チェルブクリーヴがグラムと打ち合う度に、刀身に纏わせた『圧力破壊』を相手の剣へ侵食させた。
そうする事で、均衡を保っていた内外のエネルギーバランスが崩れ、剣はパンパンに膨れた状態となる。
そんな状態で世界最強の物理破壊力を叩き込めば、内外の両方から凄まじいエネルギー挟まれ……、原子レベルでの崩壊を起こし爆発する。
「超越者の世界じゃ、俺やお前の身体能力は最底辺もいいとこだ。純粋な力比べじゃ全く歯が立たん」
「そうだろうね。察して余りある」
「だからこそ、如何にして敵に能力を発揮させないかが重要になる。お前の復元と俺の破壊、どっちが強いだろうな?」
町に住む普通の人間の身体能力が飼い犬に劣るように、俺の純水な身体能力は冥王竜にすら劣る。
だからこそ、超越者は様々な特殊能力や技術、武器を駆使し、その差を超えなければならない。
「大地、空気、海水……、この世界に存在する物質の全てが神の造形物であり、その性能をぼくは復元できる。天変地異でさえも思うがままだ」
「ますます似てるな。アイツの一挙手一同が、まさに天変地異だった。壊すのに苦労したぜ」
蟲量大数の権能は、力として観測できるあらゆる事象にて最強になること。
その『力として観測できる』とは、大気圧『パスカル』、熱量『ケルビン』、光度『カンデラ』などの国際単位系と呼ばれるものであり、その過去最高値を習得できるという能力な訳だ。
そして、俺の神壊因子とグラムの絶対破壊を合わせる事で、その単位そのものを強制的に絶対値へ破壊にできる。
「悲しい事に、僕とキミは相性が悪いと神様に神託を下されている。その意味がやっと理解できたよ」
「その割には、まったく怯んでないようだな?」
「そりゃそうだ。相性が悪いと言われた上で、勝てるだけの力を授かっているんだからね」
チェルブクリーヴは再び右腕の液晶ユニットから剣を引き抜き、王道に構えた。
その姿は澪騎士・ゼットゼロの生き映し。
メルテッサが使っていた『人間の性能』も、問題なくチェルブクリーヴへ復元できるらしい。
「取れる手段は億千万。ぼくの前には無限の向上が広がっている」
「じゃあ、全部を潰して俺が勝つ」
俺とチェルブクリーヴ、二人が同時に走りだし相見える。
激しく砕け散る火花、燃え散るのはメルテッサの武器のみ。
やがて、頬を掠める灼熱に焼けた金属光に、極限の思い出を重ね見た。
激しく砕け散る火花、燃え散るのはーー、俺とグラムの身体のみ。
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『……ほう。我が輩に痛痒を感じさせる存在が、神と那由他以外に居たとな』
これは、親父の最強技を受けた蟲量大数の言葉。
その身を傷付けられ無いのが、大前提。
それを覆しかねない痛痒を与える事が出来たからこそ、俺達は蟲量大数と言葉を交わせる資格を得た。
そして……。
『面白い、面白いぞ!我が輩の胸に傷を刻んだ奴など、五本の指で足りるのだ』
もがき、苦しみ、試行錯誤を繰り返した先で手に入れた、50cmに満たない切り傷。
泥に沈み、力尽きようとしていても……、確かにそれは、俺が付けた傷だ。
『我が輩が面白いと称賛したのは、貴様とグラムの組み合わせだ。グラムだけならば見慣れたものだからな。……ふむ、生かしてやる』
薄れゆく意識の中で見た最後の光景、それは親父と蟲量大数の契約。
再戦を誓う事で戦いが打ち切られ、俺達は生き残る事が出来た。
『十年後、再び、我が輩を壊しに来い。二つの神殺しを揃えた、生まれ持っての『神界の破壊者』、ユニクルフィン』




