第187話「造物主VS神壊者⑦」※挿絵あり
「《来い=ぼくの魔導機神、チェルブクリーヴ=エィンゼール》」
天高く突き上げた尺丈に従い、蒼穹に七つの魔導規律陣が刻まれた。
それは、カツテナイ記憶の中にある筈の、初めて見る機神召喚陣。
クソタヌキの時も大概に酷かったが……、肌を突き差す魔力の波動が俺に危機感を抱かせている。
「お、おねーちゃん、またロボットでたよ!?」
「”また”ではない。全然違う」
「えっ、何が違うの?」
「……なにもかも。セフィナ。ここから先は遊んでいる余裕は無い。絶対に怪我しないように、少しも気を抜いちゃダメ」
荒ぶる尻尾を静まらせたリリンはセフィナを一撫ですると、すぐに手を離して星杖―ルナを取り出した。
メルテッサの魔導巨人を見て、魔神シリーズだけでは心許ないと判断したようだ。
空に開闢した魔導規律陣を背景にして聳え立つ、深紫色の魔導巨人。
全身を覆う鎧の煌びやかな光りは、ランク0『原初守護聖界』。
リリン達が倒した機体とは比べ物にならない破壊値数を宿すそれは、生半可な攻撃じゃ汚れ一つ付けることが叶わない。
さらに、両肩に装備されたシールドホルダーから垂れ下がる灰銀色のマントから、強靭な爪を持つ右腕が伸びる。
掌に備わっているのは、エゼキエルにも付いていた魔導液晶ユニットだな。
コイツは魔法陣を液晶に映す事で、詠唱を行わずに魔法を行使できるというインチキ兵装。
リリン達と戦っていた時もそこから武器を出していたようだし、隠してある左腕にも同じ装備が付いているはずだ。
そして胸には……、鋭き眼光を宿す、メカゲロ鳥の顔が付いている。
……。
…………。
………………大事な事なので、もう一度言おう。
鋭き眼光を宿すメカゲロ鳥の顔が、胸に付いている。
カツテナイ・タヌキボロ=ゲロ鳥フォームか。
究極の存在が爆誕したようだな。
「……なぁ、ワルト。何でゲロ鳥の顔が付いてるんだろうな?」
「天穹空母を基礎にしてるからじゃない?というか、僕らが倒したチェルブクリーヴにも付いてたよ」
「そうなのか。遠かったから良く見てなかったぜ!」
うん、よく見てなかったというか、見なかった事にしたんだけどな。
グラムで強化された視力ならバッチリ見えるんだが、まともに見てしまうと絶対にツッコミを入れてしまう。
そんな訳で見て見ぬふりをしていたんだが……、滅茶苦茶、カッコィィィィィッッッ!!
「にしても、奥の手を持ってるだろうとは思ってたが、まさか、他にも機神を隠し持っていたとはね」
「想定外なのか?俺はもう一回、出してくると思ったけどな」
「メルテッサの宝物殿は既に封じてあるし、チェス盤の効果で新たな戦力を呼び出す事も出来ない。……天穹空母の中で作っていたのは、一機しかないと思わせる為のブラフか」
ワルトの話によると、メルテッサが新しい魔道具を召喚できない様に策を巡らせていたらしい。
魔道具があればあるだけ強くなる能力である以上、そこは初めに潰すべきポイントだもんな。
だが、メルテッサの能力はワルトの想定を超えている。
自分自身を魔道具として認識するのもそうだが、空気や大地を魔道具として加工されちゃ、色んな大前提が崩れていく。
「これはちょっと困ったね。次々に機神を出されちゃ、流石の僕らでも敗北の目が出てくる」
「あぁ、大丈夫だぞ。アレで最後だと思うし」
「えっ?何で分かるのさ、ユニ?」
「あのチェルブクリーヴはこの瞬間に作ったもんだからだよ。ワルトが言うとおり、もう材料が無い」
「作ったというが……、どうやって?」
不思議そうにするワルトの顔には、『材料もないのにどうやって作ったんだい?』って書いてある。
そして、材料が無いのに作れたという事は、量産だって可能だろう?とも言いたそうだ。
んー、真っ当に頭が良すぎるワルトやカミナさんは首をかしげているのに対し、リリンは俺の意見に賛成らしい。
平均的に得意げな顔で胸を張り、嬉々としてワルトに教えを説いている。
「あれは、天使シリーズを全部合体させて作ったもの。量産は出来ない」
「……いや、天使シリーズだけじゃ厳しくない?質量保存の法則って知ってるかな?リリン」
「ご飯を食べると体重が増える?」
「理解してんのかよ、予想外すぎる。で、それが分かってるんなら無理なのも分かるよね?」
体で分からせる為の饅頭を準備していたワルトナは、思いがけない正解に視線をきょろきょろ。
近くにいたセフィナの口に饅頭を詰め込みつつ、様子を窺っている。
「俺もリリンの意見に賛成だ。つーか、早く出て来ないかなー。って思ってた」
「どういうことだい?」
「メルテッサの造物主は、この世界に存在する物質の全てを魔道具として認識し支配下に置いている。だから当然、チェスボードの下も対象内な訳だ」
「なるほど。泥人形だけじゃなく、分子レベルでの錬金術ができるのね。凄いじゃない」
「カミナさん?」
「世絶の神の因子、良い研究対象になりそうね。最近、人生が楽しくってしょうがないわ」
そう呟いたカミナさんは妖艶な動作で舌舐めずりをした。俺の方を見ながら。
大魔王一派の中で世絶の神の因子を持っているのは、大魔王陛下とテトラフィーア大臣。あと、俺。
そして、論理武装した大魔王共が結託したら、俺を生贄に捧げるに決まってる。
やべぇ、背筋がゾワっとした。
「さてと……。リリン、ワルト。お願いがあるんだが、いいか?」
「分かってる。アレは流石に一人じゃ厳しい。私も加勢する」
「当然、僕もだ。皆でやれば、カツテアルってね」
「いや、そうじゃなくてだな……。すまんが、俺一人で戦いたいんだ」
俺のお願いを聞いたリリンとワルトは目を見開き、驚愕を隠そうともしていない。
あまりの驚き様に言葉も出て来ないようで、十数秒経過して、ようやくリリンが口を開いた。
「それはダメ!ユニクだけ危険なことはさせられない!!」
「そうだよ!万が一が起こったらどうするつもりだッ!!」
「確かに、戦いに絶対は無い。どんな状況であっても予想外の事は起こるもんだ」
「「ならっ……、ぎゅむ!!」」
「良いから見てろ。その饅頭を食い終る前に片を付け……、それは無理だな。後1秒しかねぇ」
口封じの為に咥えさせた饅頭が秒で消えたんだが?
せめて俺がカッコつける時間くらいは稼いで欲しかった。
「メルテッサが面白い事を言ってたんだ。『欲しくて憧れた挑戦は、死ぬ気でやらなきゃ手に入らない』てさ」
「それはそうかもしれない。けど……」
「相手はカツテナイ機神、当然、俺が本気を出すに足る相手だ。……待ってたんだよ。本気を出せる相手をさ。いくら敵とはいえ、大した殺意がないメルテッサには本気を向けられなかったしな」
「ユニク……?」
事あるごとに会話を仕掛けてきたメルテッサは、俺を殺す気が無かったはずだ。
本気で勝ちに来ていたのは間違いないが……、俺に勝った後で配下にでもしようと思ったのかもしれない。
それは俺も同じだった。
リリン達の動きに注視しつつ時間を稼ぎ、隙あらば封殺して勝つ。
多少の怪我はしょうがねぇと思っていたが、殺すつもりは全く無かった。
「俺は人を救う為に英雄になった。それなのに『敵だから殺します』じゃ筋が通らねぇ。だがな、クソタヌキ由来のカツテナイ機神は別だ。思いっきりブッ壊せる」
「英雄になっただって?ユニ、キミはもしかして……」
「リリン、ワルト。随分と待たせちまって悪かった。償いはこれからするからさ、まずは格好を付けさせてくれ」
再び目を見開いた二人の頭を撫で、俺達のやりとりを見ていたチェルブクリーヴに視線を向ける。
なお、チラリと横目で確認したワルトとリリンの顔は真っ赤に茹で上がってた。
「よぉ、メルテッサ。待っててくれてありがとな」
「礼には及ばないとも。ぼくも同期をしていたからね」
「そうか。じゃあ、全力で戦えるんだな?」
「全力ぅ?いやいや、今から起こるのは空前絶後だ。どういう状況なのか分かって無いようだねぇ」
「分かってるさ。全力を出さなくちゃ、俺がやられるって事はな。《魔導破壊》」
俺に掛けられていたレベル表記を偽る魔法は、リリンが使っている『過去の栄光』ではない。
使われていたのは、脳内の記憶とレベル表記を結びつけ、時間と共に逆行封印するという『零に戻りし時計王』だ。
今でこそ分かるが、これを仕掛けたのはレラさんだな。
そして、偶然を装い俺に会いに来て、封印を緩めていたと。
ここまでくれば、最後のひと押しでいつでも壊せる。
俺は、僅かに残っていた魔法に破壊の波動を叩きつけ、粉々に打ち砕いた。
「えっ、ユニク……。レベルがっ!!」
「うん、うん……、そうだよ。いつだってユニは僕よりも先を歩いて、手を引いてくれるんだ」
ピシリ。と軋んだのは、俺のレベル表記。『39152』。
俺のレベルの上がりが悪かったのは、その表記が正常じゃ無かったからだ。
あらゆる戦闘を行ってしまっている俺は、一般の動物とじゃれ合った所で大した経験を得られる訳が無い。
まともな経験を得られる相手は超越者と……、例外の塊たるタヌキぐらいだな。
「リリン、ワルト。しっかり見とけよ。これが想い焦がれた英雄の姿だ」
俺の横に出現した6桁の数字。
『―139252―』
それを確認し、静かに歩き出す。
……よし、描けたッ!!
確実に、過去最高傑作ですッ!!




