第186話「造物主VS神壊者⑥」
「あ。バルワンが吹っ飛んでった。軍団将も大変だなー」
レジェンダリア軍を統べる三人の軍団将が一人、バルワン・ホース。
学園で遊んでいた時に乱入してきたこの人は、色んな意味で無難に強い実力を持つ。
レベルは9万を優に超えており、見掛け上はリリンよりも高かったりする。
おそらく、大魔王陛下にこき使われ、戦闘力以外の経験が積み重なった結果だと思うが……、まぁ、一般の冒険者1000人を同時に相手して順当に勝つくらいの実力はある訳だ。
そんなバルワンと同じ性能の駒が、成す術なく、一方的に、容赦なく、無尽灰塵されている。
メルテッサは辛うじて防御しているようだが、バルワンは完全に木端微塵。
ホント、部下に厳し過ぎるぜ、心無き魔人達の統括者!
「ん、しぶとい!!」
「こいつッ!!」
「でも、尻尾の使い方がとても下手。だから、さっさと、転がれっ!!」
「なっ、ぐぁあッッ!!」
凄まじい激しさで行われた究極ドリル尻尾の応酬、その勝者はリリンだ。
圧倒的体幹バランスで尻尾を振り回したリリンに対し、メルテッサは尻尾のせいで体が揺さぶられていた。
どちらも同じ性能を使っている訳だし、僅かな体格の違いによるものなんだろう。
繰り返されたド突き合いの最後。
お互いの尻尾の先端が激突し拮抗するも、そこに至るまでの軌跡に明確な差があった。
リリンはメルテッサの背後に回り込むように尻尾を進ませ、先端に意識を向かせた瞬間、思いっきり胴体を自分側に引き戻した。
背後から不意を突かれたメルテッサは足払いを喰らい、宙に身体が舞う。
そして、隙だらけになったメルテッサの脇腹に、渾身の薙ぎ払いが炸裂した。
「がふっ、がッ、げぇ……」
「まだ意識があるの?ホントしぶとい」
地面で呻いているメルテッサを一瞥し、超魔王リリン様が俺を見やる。
この顔は、平均的に褒めて欲しい時の顔だな。
うんうんなるほど……、褒めるべき所が見つからねぇ。
「おう、リリン。今日も尻尾が元気だな!」
「それは当然のこと。ユニクの役に立つ為に私は尻尾をとても立派にした。褒めて欲しいと思う!」
ドストレートに褒章を要求された上に、俺の為だと言い切りやがった、だとッ……。
といあえず、平均的に目をキラキラさせているリリンの口にアヴァロン饅頭を詰め込んで誤魔化し、土煙に塗れたメルテッサに視線を向ける。
尻尾をまともに食らっていたが、あぁ、普通に治る程度の怪我か。
「リリンサ……、なぜ、キミがここにいる?」
「私の居場所はユニクの隣。ここに居ない方がおかしい!」
「違う。そうじゃない。どうやってぼくの結界を破ったと聞いているんだ」
大絶賛暴走中の魔王に言い聞かせるように、メルテッサが優しく問いかけてきた。
その表情は取り繕っているものの、明らかに驚愕と動揺を隠せていない。
戦闘力もメルテッサの方が高いだろうが……、突然の魔王襲来だもんな。
予期せぬ緊急事態過ぎて、防戦一方なってもしょうがない。
「そうだねぇ。確かに、ランク3になった世絶の神の因子のルールを破綻させるなんて、神殺しを使っても難しいだろう」
「悪辣ッ!!」
「だから、僕らはきちんとルールに則ってここにいる。策に嵌まったのはキミの方だ」
「策……だと?」
「指導聖母が策を弄するのは当然の事だろう。こんなふうにね……、ラグナ」
リリンの言葉を引き継ぐように口を開いたワルトは、弓を構える事すらせずに平然と立っている。
まるで戦うつもりが無い、いや、戦う必要があると思っていないという態度が示した指示。
それは……、この大陸で屈指の速さを持つ皇種をけしかけるという、心無き暴虐。
「がふッ!!」
アンチバッファ無しの条件で比べた場合、ラグナの疾走は俺よりも……、それどころか、親父の全力疾走よりも速い。
さらに、ラグナは動物が発する様々な匂いをかぎ分け、高い精度の動作予知をする事ができる。
俺やリリンの攻撃にギリギリ対応できる程度の実力じゃ、まず逃げられない。
メルテッサがラグナを迎撃しようと右手を振るった瞬間、背後からド突かれて沈んだ。
爪は立てていないものの、太い前足で押さえつけられてしまっては勝ち目が薄い。
こうして、メルテッサの敗北が決まった。
……。
…………。
…………………あれ?俺の見せ場、どこ行った?
「悪辣、お前……」
「まさかズルイなんて言うつもりじゃないだろうねぇ?僕らの戦いは準備が9割だろうに」
「ちぃ、どこまでも悪辣な奴だ。で、どうしてお前らがここにいる?」
「君の盤面にだけ駒があるなんて不公平だろ?それじゃチェスとは呼ばないしねぇ」
不敵に笑ったワルトの胸に、僧正を象った金属プレートが付いている。
リリンにはドレス、ラグナには騎馬、そして……、その他の心無き魔人達の統括者もチェスの駒をを象ったプレートが胸で輝いた。
「まさか干渉できるというのか……?いや、神殺しであっても、ランク3の造物主は影響を受けないと」
「何度も言わせないでくれたまえ。僕らはキミが設定したルールに従い、ここにいる」
「それこそありえない。ぼくは――」
「ありえるんだよ。キミが意図したチェスボードでの結界。それこそが僕の糸引いた策謀なんだから」
答え合わせをしよう。
そう切り出したワルトの背後ではメナファスとホロビノとカミナさんが、巨大な悪喰=イーターに駒を放り込んでいる。
なるほど、その方法なら存在ごと抹消できるから、どれだけ魔力があっても復元はできない。
所でさ、悪喰=イーターが2個ある様に見えるんだが?
一つはセフィナのでいいとして……、もう一つはゴモラのだよな?
まさかタヌキと契約して覚えたとか言わないよな、リリン?
「僕らがなんの意図も無しに、こんな馬鹿げたもんを作ると思うかい?」
「……認識錯誤か」
「リリン、ホロビノ、そして僕。この三者は闇雲にチェスボードを作った訳じゃない。これを見た人に『ボードゲーム』を強烈に想像させる魔法を混ぜ込んでいたんだ」
ボードゲームを強烈に想像させる魔法……だと?
なるほど、どおりで五目並べがしたくなる訳だぜ!
「キミの致命的な弱点、それは正体が僕にバレていたという事だ。当然、性格や趣向なんかも調べてある」
「どこまでも用意周到な奴だ。指導聖母の仮面に親機と子機が存在していたとは恐れ入る」
「そうして調べた負けず嫌いなキミは、必ず僕らの作戦を利用しようとする。僕の計画通りにチェス盤を使ってしまう」
「チェスは駒の追加が出来ない。必ずゲーム開始時、盤面に触れていた駒のみが参加できる。この理は変えられない」
「だから、大地から作り出した駒は有効だが、外にいる僕らは干渉できない。そう考える」
「なに?」
「ここまで言えば分かるだろう。僕らは最初から盤面に並べられていたってね。あぁ、僕は虚無魔法が得意でね。離れた場所をドアで繋ぐなんて造作もないんだ。《寄贈する扉》」
いつの間にか地面に刺さっていた一本の矢が歪み、大きな扉の形になった。
これは戦闘中にワルトが出していた魔法だな。
回避&攻撃の為と思わせといて、真の狙いはメルテッサへの奇襲だった訳だ。
「んー、予め魔法をチェスボードに仕掛けておくと、性能を把握できるメルテッサにバレる可能性があるよな?だから、後で追加する必要がある訳で……、いつ矢を撃ちこんだんだ?カミナさん」
「最初にメルテッサを狙撃したじゃない。あの矢がそうよ」
駒狩りにセフィナが参加した事により、カミナさんの手が空いた。
そして、俺の腕に興味を抱いて診察しに来たらしい。
『身体機能を破壊する事で傷を無理やり塞いでいるのね。あまり感心しないやり方よ』
と、一目で俺の状態を見破り、余裕綽々と治療し、再び暇を持て余した。
せっかくなので一緒に傍観をしよう申し込み、のんびり観戦に興じている。
「なるほど、これが『戦略破綻』か。実に清々しい程に嫌らしい策謀だ」
「お褒めに預り光栄だねぇ。さっ、ここは様式美に従って勝利宣言をしようかな。チェックメイトだ、メルテッサ」
メルテッサはラグナに押さえつけられ、匂いも覚えられた。
周囲には武器を構える俺とリリンとワルト。
これは勝負あったな。
本気を出すと壊し過ぎてしまう俺と違い、ワルトは適切な拘束手段を持っているだろう。
『想像と創造』の神殺しを以てすれば造作もない。
降参を断れば、即座に強制的な敗北が下される。
これ以上、メルテッサに痛い思いをさせるのは忍びないし、ここで降参して欲しい所だ。
「随分と勝ち誇った顔をしているもんだね、悪辣」
「僕としては投了を勧めたい。キミにとっても悪い話じゃないよ」
「いいや、最悪だ。まだ最強の駒が残っているというのに、勝負を投げる筈がない」
そういって笑ったメルテッサの身体が――、爆ぜた。
あまりの光景に目を見開いた俺の視線の端、そこにメルテッサと人形が立っている。
「こういうのが得意なんだろう?悪辣」
「歪曲する真実の虚偽は僕の想いの結晶だ。お前程度が気安く使って良い魔法じゃない」
弓を下ろしながら目を細めたワルトは、不快感を隠そうともしていない。
その証拠として、撃った矢に纏わせていたのはランク0の魔法。
そして、それらを受け止めたアップルカットシールドの隙間から、にぃ。っとメルテッサが唇で弓を描く。
「ははっ、確かにキミは戦略破綻だ。まさか、こんなにも早く、最後の切り札を出さなければならないなんてね。《堕天の俸神祭具》」
左腕に出現させた扇状の笏丈、恐らく最後の天使シリーズ。
それをメルテッサは天に翳しそのまま祈りを捧げた。
これは、封印された記憶の中でも飛びきりに酷い絶望。
カツテナイ機神の降臨の儀式。
「《来い=ぼくの魔導機神、チェルブクリーヴ=エィンゼール》」
~ お知らせ ~
チェルブクリーヴの挿絵は次回の更新で投降します!
連休だから、きっと、描き終わるはず、ですっ。




