第185話「造物主VS神壊者⑤」
「しねぇよ。この程度じゃ、怪我の内にも入らねぇ《血流破壊》」
怪我とは、外的要因により肉体が傷を負うこと……だとされている。
事実、言葉の意味としてはそれが的確で、辞書を引けば似たような説明が書いてある筈だ。
だが、超越者同士の戦いでは、傷と怪我は同じではない。
それぞれが持つ即時回復手段で、大抵の傷は瞬時に治し無効化する。
だから、後の身体機能に支障をきたす傷以外は、怪我とは呼ばない。
俺が持つ即時回復手段、それは……グラムによる『傷』という概念の破壊。
皮膚が裂ける、血が出る、神経が痛みを発する……、これら一つ一つは神の理によって定められた正常。
肉体の防衛機能であるそれらを破壊してしまえば、『怪我』という理は成立しない。
「へぇ、キミも回復手段を持っているんだね」
「当然だろ。俺達の戦いじゃ、治せない傷を負う=敗北だからな」
全身を巡る血液に破壊の力を流し込み、腕の刺傷の構成因子を破壊する。
傷口を保護する血液流出機能……破壊。
肉体損傷を知らせる痛覚神経……破壊。
治癒に必要な体分泌液の排出……破壊。
さらに、刺さっている短剣とそこから流れ込んでくるアンチバッファへ向けて、純粋な破壊の力を徹底的に流しこむ。
神壊因子を存分に含む俺の血液を媒介にした破壊は、こんなショボい魔道具じゃ防げない。
「ほらよ、この剣は返すぜ」
腕から短剣を引き抜いても血は流れず、痛みもなかった。
怪我を完治させた訳じゃない。
あくまでも『怪我だと認知されない』状態を無理やり作った応急処置だ。
だが、それで充分。
後から創生魔法を使えば良いだけだしな。
……なぁ、リリン。
俺の初代パートナーはさ、どんな傷を負っても瞬時に治してくれる最高の魔導師だったんだぜ。
「んー?剣の性能が壊れている……?」
俺が投げ渡した短剣を眺めていたメルテッサが、疑問の声を上げた。
この短剣は奇襲に使うべくメルテッサが用意したものだ。
当然、勝負の趨勢を決めるだけの能力が秘められていたはず。
完全に俺の不意を突いた絶好のチャンスで、二の腕なんていう致命傷にならない場所に刺したのが証拠だ。
「ソイツならブッ壊したぞ。造物主で能力を与えたという事実は壊せなくても、魔導具として壊すことはできるからな」
「形あるもは必ず壊れる、か」
「その程度の魔導具で勝つつもりだったのなら、自惚れが過ぎるぞ」
「自惚れてはいないさ。言っただろう、まずは一撃、話はそれからだ、と」
俺の弱体化に失敗してなお、二人になったメルテッサは笑みを絶やしていない。
これは虚勢……、には見えねぇな?
メルテッサの攻め手が二倍になるのは面倒だが、人形の方は手加減をする必要が無い。
さっとグラムを振って、それで終わりだ。
瞬きの間に大地を蹴り進み、メルテッサ人形に肉薄。
相対して、一閃。
すれ違って、二閃。
ついでに、切り捨てたパーツへ向けて破壊力を叩きこみ、メルテッサの自信ごと粉々に打ち砕く。
「無駄だ。《復元》」
「それはおかしいだろ。お前の魔力は破壊したぞ?」
メルテッサの肉体を人形が回復させたのは別にいい。
だが、メルテッサが人形を直せるのはあり得ない話だ。
グラムで破壊した魔力は創生魔法でも回復しない。
どんな超越者でも、魂に負った傷は簡単に癒せないからだ。
だから、メルテッサには、人形を即時回復させる為の魔力が残っていないはず。
正直、これで俺の勝ちだと思っていたんだが……。
「ここで一つネタばらしをしよう」
「……なに?」
「ぼくがなぜキミとの会話を好んだのか。それは当然、時間稼ぎをしたいからだ」
敵の言葉に耳を貸す……、そんなのは単純な戦いにおいて愚行だ。
だが、これは戦争であり、時間の経過は戦況の変化をもたらす。
そしてそれは、俺達有利の変化のはずだ。
「時間稼ぎだと?俺を逃がさない為に結界を張ったのにか?」
「それは相反しない。キミを捕らえ、確実に勝利できる状況を作り、勝つ。実にシンプルだ」
「へぇ、どうやって?」
敵に戦略を聞く……、そんなのは単純な馬鹿がやる愚行だ。
が、聞いて欲しそうだったので問い掛けてみた。
その結果、待っていたとばかりにメルテッサの唇が釣りあがっている。
……うん、満面のドヤ顔だな。
9万の冒険者を転がした後の大魔王に似ているし、かなり自信があるらしい。
「キミらはチェスをモチーフにした戦略を使い、この戦争を優位に進めたね」
「どの角度から見てもチェスだろ」
「そして、それをぼくは利用し、チェス盤に他者が介入できないようにした訳だ」
「能力の破壊ができない以上、かなり強固な結界だしな」
グラムが持つ破壊力は、実は、使用者の実力に比例する。
そもそも、神殺しは使用者の才能を引き出すことで覚醒体を生み出す。
必然的に、中心となる能力は使用者依存になるのだ。
そして……、神壊因子を持つ俺は、世界で最も『神壊戦刃・グラム』と相性がいい。
蟲量大数との戦いでの俺の役割は、親父を差し置いてのアタッカーだった。
「この人形の最大の役割は魔力保持なんだ。何らかの手段でぼくの魔力が減った場合、即座に補填する」
「なるほどな。魔力を分割して共有し、『魔力状態』を復元すれば元通りか」
「事実上の無限の魔力。なら……大規模な魔力行使をしても問題ないよねぇ《造物主・盤面の創造》」
両腕を広げたメルテッサの背後に広がるチェスボード、そのマス目が輝き始めた。
カツカツカツ……と、まるで駒を並べて行くように、黒く塗りつぶされた人影が湧き出て、武器を構える。
メルテッサを先頭にして並ぶ、総勢100名のチェスピース。
一つとして同じものが無い造形、それに見覚えがあった。
「その駒はバルワンか?」
「そうだとも。ぼくが時間を欲したのは、駒を作っていたからだ。全く同じ身体性能と武器を持つ同思考の存在。同じ駒を用意して競うチェスの性能があれば、ほら、ご覧の通り」
ズラリと並んだ兵士は黒塗りにされているとはいえ、隆起した筋肉までは隠せない。
どうみてもレジェンダリア軍なその駒は……、あ、焼き鳥屋のおっちゃんがいる。
串の構え方が達人のそれだぜ!
「うん、なんていうかな……。すげぇダルイ状況になった」
「多勢に無勢。いくらキミでも一軍を相手に勝利は難しいかい?」
「面倒だって話だよ。いくらなんでも『三日三晩、戦いました!』とか嫌過ぎる」
先程と同様、壊した駒が復元される可能性がある。
そうなると、一撃ごとにグラムの本気を叩き込んで完全に消滅させなくちゃいけない訳で……、非常に疲れる上に、単調な作業になるのは間違いない。
クソタヌキに並みに超面倒だ。
「物量で攻めるのは定石といっちゃそうなんだが、しょうがねぇ……ん?」
「ここでまたもや意趣返しだ。降参するかい?」
降参?しねぇよ。
つーか、ここで降参なんてしようもんなら、そのまま人生を終える事になりそうだ。
「どうする?」
「………降参?する訳が無い。なお、貴方の降参も受け付けていない」
「え?」
「ユニクを傷つけたお前に逃げ道なんて与えない。ブチッ、コロッ、がれッ!!」
……。
…………。
…………………超魔神様の怒り狂う究極ドリル尻尾が、メルテッサをブチ転がした。
巻き添えを喰らって下半身が無くなったバルワン駒が、悲しそうな顔で俺を見ている。




