第184話「造物主VS神壊者④」
「そろそろ気が付いたと思うが、俺はリリンよりも強い。真似してるだけじゃ勝てねぇぞ」
「あぁ、認めるよ。確かにキミは何もかもを隔絶した強さを持っている。流石は、神自らが敵になりうると認めた存在、リスクがあって当然だ」
俺の言葉を挑発と受け取ったメルテッサは、取り繕った余裕を見せびらかす様に嗤った。
テトラフィーア大臣の手紙にも書いてあったが、対メルテッサの切り札は俺だと神が証言しているらしい。
確かに、造物主は万能だ。
というか、人間が持つ能力のほぼ全てに道具を使用する以上、万能という表現すら不適格なのかもしれない。
だが、俺とは相性が悪すぎる。
例えどんな道具を持ち出してこようとも……、それを破壊してしまえば、メルテッサは無能だ。
「ぼくの体は小さい。それこそ、13歳のセフィナと比べても遜色ないだろうね」
「あぁ、そういえばそうだな。リリンもワルトも小柄だが、お前の背の方が低いもんな」
「故に、この身体に発揮させる性能はリリンサが望ましく、遠く離れた肉体のバルワンや澪騎士の性能復元は自傷行為に等しい」
さっき岩を握り潰した時もそうだが、肉体性能だけを手に入れても、己の体を傷つけるだけだ。
一撃で決める奇襲、もしくは、後の事を省みない捨て身の戦法でしか、真価を発揮できない。
「人生に価値を見いだせなかったぼくだけど、自暴自棄は趣味じゃない。ましてや、人生の楽しさをやっと見つけられそうな今は特にだ」
「……そうだな。だから止めておけ、下手をすれば死ぬぞ」
「覚悟が必要だと言ったのはキミだろう。欲しくて欲しくて憧れた『挑戦』。己の弱さを知り、それを超えるという快楽は、きっと、死ぬ気でやらなきゃ手に入らない《能力断片結合》」
確かな決意を秘めたメルテッサの瞳に様々な色の光が灯り、混ざり合った。
それはリリンやワルト、いや、大魔王陛下やテトラフィーア大臣を始めとした、あらゆる人の瞳と同じ色。
俺との戦いに勝つ為に、だいぶ危ない橋を渡ったようだ。
「いくぞ。《天空の足跡》」
「大魔王陛下の声、だとッ!?」
魔法の呪文が人によって違うのは、声紋に個人差があるからだ。
だからこそ、全く同じ声紋で呪文を唱えたのであれば、魔法は同じように発動する。
メルテッサが使用したのは、ランク7のバッファ『天空の足跡』。
空気抵抗などを無視出来るようになるこの魔法は、純粋な剣技と相性がいい。
「面白ぇ。受けて立つ」
「は、舐め過ぎじゃないのかいッ!」
メルテッサが右手で握る大剣、その軌跡が見違えるほどに変化した。
それはリリンとは違う、真っ当な剣士の型。
確かな修業をしたであろうこれは――、澪さんの剣筋だ。
「なるほどな、だが、今じゃ俺の方が強ぇ!!」
整った剣筋に宿る、重く鋭い斬撃。
剣、鎧、皮、肉、骨。
それらを丸ごと両断しようとする剣、それを真っ向から打ち負かす。
「弾かれたか、だがッ!!」
無理やりに弾き飛ばした剣をメルテッサはその場で押し止め、再び、俺の首筋へ向かって直進させた。
力任せの刺突、これは明らかなパワータイプ。バルワンのものだ。
「性能の組み合わせ、それも高い精度での実現か。だが、腕がぶれてるぜ」
「まずは一撃を、話はそれからだッ!!」
澪さんの美しく整った剣術を、バルワンの膂力で行使する。
本来なら組み合わさらないそれが混ざり、互いの長所を高めた武技へと進化したようだ。
澪さんも体を鍛えているとはいえ、細身の女性だ。
力じゃ男に敵わないからこそ、剣に力が集中する様な立ち回りをする。
そして、メルテッサが行使している力は、澪さんが持っていないランク9の前衛職の筋力。
必然的に、オリジナルの剣筋よりも破壊力が増している。
「だがな、これでも俺の方が強ぇぇんだよッ!!」
どんな剣筋を用意しようとも、どんな筋力を行使しようとも、所詮は人間のそれ。
世界の理を超越しちゃいない。
全ての剣筋を見切り、必ず、右斜め下に撃ち落とした。
利き腕の真下、そこは、最もバランスを崩しやすい致命的な剣の配置。
人体の構造上、そこに剣を押しこまれると大した反撃は出来なくなる。
ましてや、メルテッサの肉体は性能に翻弄され、軋みを上げている。
「ちぃっ!《百八の舞踏ッ!!》」
低く唸るような魔法詠唱、これはグオ大臣の声か?
魔法を唱えた瞬間、メルテッサの動きが精細を増した。
天空の足跡を纏わせたバルワンの身体能力では足りないと判断し、グオ大臣の物に切り替えたんだろう。
それにしても……、バルワンよりもグオ大臣の方が明らかに強いんだが?
元国王が発揮して良い身体能力じゃねぇぞ。
「その魔法の方が体に掛る負担がでかい、が、段階を踏む事でダメージを軽減したか」
「ちっ、」
「剣に拳や蹴り、何でもありじゃ負担もデカいだろ?」
「当たらないッ!?なぜ、これに対応できるッ!?」
吹きすさぶ剣と拳と蹴りの連撃。
それら全てを迎撃し、真っ向から処理をした。
確かに、メルテッサの動きは尋常では無い。
突然切り替わる身体性能は読みづらく、必ず俺が後出しでの迎撃になる。
だがな……、
「単純な話だ。俺は今のお前よりも強い奴と戦った事がある」
「なにッ!?」
「比べるのが失礼な程の力量差だぜ。この程度じゃ、俺は揺らぎもしねぇよ」
様々な能力が込められているメルテッサの右手と左腕はグラムで、それ以外はガントレットで対応する。
そうして掻き分けた攻撃、その先で起こらせた決定的な隙。
ガラ空きにあったメルテッサの腹に、グラムの刀身を向ける。
「悪いが、かなり痛ぇぞ」
「それはテメーだッ《偉大なる俺の覇道砲ッ!!》」
貫き通すグラムの進路に、堕天の砲尾翼が割り込んできた。
刀身は既にエネルギー満タン、瞬きの間に光輝が撃ち放たれる。
「邪魔だ、退けッ!!《光度破壊ッ!》」
光はエネルギーの塊であり、無形物。普通の剣じゃ捉える事ができない。
だが、グラムの刀身は光の因子を破壊できる。
絶対破壊の名は伊達じゃねぇぞ。
「消えーーっ!?」
「懐かしいぜ、これが俺の必殺技だったけな。《質量自壊刃ッ!》」
光を失った砲身へ向けて、渾身の力で重質量をネジり込む。
回転させた刀身に従い、周囲の重量が螺旋状に増大。
自重耐久値が超えた物質は、その重みに耐えかね……、圧縮爆砕を起こす。
「馬鹿なッ、壊せるはずがッ!?」
「俺が破壊したのは尻尾がもつ質量の概念。そして、惑星重力制御でその金属ではあり得ない重量を流し込み、自壊させた」
「なっ……、がッぼッッ!!」
俺の手に、人の腹を突き破る感覚が帰って来た。
噴き出した鮮血が頬に触れ、僅かな後悔を抱かせる。
「……がぼ、がふッ、」
「俺の勝ちだ、メルテッサ」
「が、ぐじゅ、ま”……だ……」
「無駄だ。お前の体には破壊の力が流れ込んでいる。魔道具を使う為の魔力も既に破壊した」
グラムに串刺されたメルテッサは、自身のか弱い力で刃を押し返そうとしている。
だが……、ただでさえ弱い膂力、それもそんな状態じゃ力が入る訳が無い。
そして、僅かにも体が動く事が無いまま、メルテッサの腕が垂れ下がった。
「ちっとやり過ぎだな。カミナさんに治療して貰わないと」
空にいるはずのカミナさんに助けを求める為、視線を上に向ける。
僅かに視線を巡らせ、そして……視線の端で何かの影が動いた。
「なんだ……?」
ここには俺とメルテッサの二人しかおらず、本人かどうかも確認済み。
勝負はついた。
だが……、チェスボードと外を分け隔てている結界が消えていない。
「ちっ、死ぬ気でって、こういう意味かよ」
既にメルテッサの意識は無く、半死半生の状態だ。
グラムが刺さっている限り死なないが、裏を返せば、この状態を維持しなければならない。
そして、メルテッサはこうなる可能性を読み……、俺の隙を突いた。
「ぼくの身体から剣を抜けば、即座に自動回復する。だから、ぼくを殺せない優しいキミは、その状態を維持するしかない。そして、必ず隙を作ると思った」
「……自分の体を囮に使うのかよ。自暴自棄ってレベルじゃねぇぞ」
「その対価に釣り合う結果は手に入れたからね、満足しているとも」
「自分を『メルテッサ』という魔道具で括り、性能を人形にインストールしてやがったのか。やられたぜ」
擦れ違うように、メルテッサの人形が横を通り過ぎた。
認識阻害を最大限に発動し、今まで隠れていたんだろう。
そして、俺の腕に、小さな短剣が突き刺さっている。
この剣に宿る性能は様々なアンチバッファの集合体。
冷え切った魔力が体の中に流れ込み、腕がしびれていく。
「返して貰うよ、ぼくの身体」
ずるり。っと無造作に体を引き抜き、その一瞬後にはメルテッサが二人になった。
堕天の聖棺器の効果での即時回復か。
防御力なら既に英雄並みだな。
「これで逆転だね」
どくどくと腕から血が流れ、全身に気だるさが襲いかかる。
複数のアンチバッファの効果により、肉体が悲鳴を上げているらしい。
「確かにダルイ状況だな」
「ここで意趣返しをしよう。……降参するかい?ユニクルフィン」
「しねぇよ。この程度じゃ、怪我の内にも入らねぇ《血流破壊》」




