第183話「造物主VS神壊者③」
「ここから先は正真正銘、偽りなしの決戦だ」
「そうだな。俺も本気を出せそうで嬉しいぜ」
「くっくっく、そういえば君は『赤き先駆者』なんて名乗っていたんだってね?せっかくだ、英雄として若輩なぼくは、キミの胸を借りるとしよう」
封印しておきたかった赤い黒歴史を掘り起こしたメルテッサは、意気揚々と尻尾を回転させ始めた。
リリンと同じ熟練された尻尾裁きに、俺の自尊心がゴリゴリと削られていく。
……相手は指導聖母、精神攻撃は得意だ。
始めて出会った本物のお姫様にカッコつけたくて考えた肩書きを馬鹿にされ……あー、後で絶対ヤジられるよなぁ。
知っていたのも、テトラフィーア姫→こんにゃく姫→メルテッサって事だろうし……、しょうがねぇ、いっそのこと開き直るか。
「いいぜ、こんな胸で良ければいくらでも貸してやる」
「……!そうかい?じゃ、遠慮なく」
その場でクルリと回転したメルテッサに追従するように、堕天の砲尾翼が渦を巻く。
これはリリンがアプリコットさんと開発した『物理的にイチコロにする!』
尻尾を鞭の代わりに使い、俺を調教したかったらしい。
「ちゃんと回避しなよ、じゃないと真っ二つだ!」
「回避?そんなもん必要ねぇな」
追従する音でさえ、天魔の尻尾の軌道に付いて来れていない。
間違いなき暴力の渦に触れた大地は粉々に消し飛び、後から遅れて破砕音が撒き散らせれている。
最高峰の冒険者であっても、その動きを認識すらできぬまま、この世を去るだろう。
そんな天魔の尻尾の最先端部へ、グラムの切っ先をぶち当て、押し交わす。
「《超重力起動!》」
「へぇ、これを見切るのかっ!!」
耳をつんざく金属音、それは刹那に過ぎ去った過去。
超越者同士の戦いでは、『音』では遅すぎる。
前方右下段から迫ってきた天魔の尻尾をグラムでいなし、返す刃でメルテッサの胸を狙う。
突き出した剣が向かう先は、心臓。
「もっとも、ぼくも同じ事ができるけどね」
音速の壁を突き破って進むグラム、その先端に添えられた指が軌道を逸らした。
何も持っていないメルテッサの左腕、魔王シリーズの面影が残る鎖籠手でだ。
その動きは全くの無駄が無い、最善手。
リリンの戦闘知識を軸にして状況判断を終え、『自律行動』『循環支配』あたりの能力を行使したんだろう。
「胴がガラ空きだぞ!」
「お前は口を開け過ぎだ」
今の俺の刺突は、メルテッサの心臓を破壊するつもりで放ったものだった。
……あぁ、なんて戦いやすいんだろう。
確実に対応される確証があるからこそ、予想外の出来事が生じない。
ワザと隙を晒し、メルテッサの攻撃を誘う。
ガラ空きの胴はさぞかし狙いやすいだろうが……、残念ながら、そんな物騒な尻尾を受けてやるつもりはねぇ。
「なっ――ッ!?」
「俺が魔法を使うのが、そんなに不思議か?」
俺との訓練で隙を見つけたリリンは、とりあえず尻尾を叩きこもうとする。
それは余裕が無い時ほど顕著であり、動きも分かり易い。
お前がリリンの戦闘を真似しているのなら、それはもう、奇襲じゃねえんだよ。
伸び切った天魔の尻尾を差し止めようとしたのは、大地から飛び出した岩石棘。
僅かにも傷つけられないが、一瞬の隙を作ることはできる。
そして、それで十分だ。
「かふっ……」
俺のかかとが腹にめり込んだメルテッサが、20m先の大地へ激突した。
振り乱した尻尾で空気抵抗を稼いで減速し、その反動を使って大地へ身体を叩きつけた、か。
「がぼっ、が、かふ……《堕天の聖棺器》」
「ん、即時完全回復を持ってるのか」
「……キミは魔法を使えないと聞いていたんだがねぇ?」
「へぇ、疑問形なんだな」
何を隠そう、記憶を取り戻した俺は魔法を使えるように……なっていない。
今のは超重力軌道で大地を反発させて作った擬似魔法だ。
超越者レベルの攻撃魔法適性が無かった幼い俺は諦めきれず、必死に魔法っぽい技を考えた。
そうして生み出したこの小技も、結局、グラムの性能を使っている。
もしも、メルテッサがグラムまで復元できているのなら、さっきの技で驚くのはおかしい。
「人間の性能すら復元できる造物主といえども、神殺しは復元できないようだな」
「試していたのか。意外と、コイツ……」
「超越者の戦闘は暗中模索が基本だ。どいつもこいつも、意味不明な特殊能力を使ってくるからな」
ちょっと皇種がウロウロしている地域に行けば、そこにあるのは超絶ボスラッシュ。
なお、一番酷い絶望を押しつけてくるのは、冥王竜を鼻息で倒せそうな猛者共相手に「おらユニク、アイツに喧嘩売って来い」って言いまくった親父、もしくはクソタヌキだ。
「右腕の剣に、左腕の鎖籠手、鎧に尻尾、胸のペンダントも魔王シリーズをモチーフにしてるな。空の魔導巨人の核もそうだったとして……、隠し持ってるのは後一つか」
魔王シリーズは全部で七つ。
天使シリーズも同様らしいし、それらの性能を使うには数を揃えた方がいいはず。
破壊値数で確認する限り、まだ切り札があるっぽいな。
「そう急ぐなよ。せっかくキミと二人きりなのに」
「……俺と二人きりになった奴は大半が敵で、そのほぼ全てを倒したぜ!」
親父とは別行動をする事は多かったが、その場合は、『×××』と必ず一緒にいるようにしていた。
正直に言って×××は俺よりも強かだったから、守る必要性は無かったんだが、まぁ、男の意地って奴だ。
で、そんな俺が一人で別行動をしている時は不測の事態であり、相応に危険な状況。
殺意を向けてくる敵を想いやる余裕など残っていない。
「どうやらキミを落とすには、もっと苛烈な攻めが必要ならしい」
「奥の手・裏技、何でも使えよ。それら全部を叩き切ってやるぜ」
「……《堕天の砲尾翼、戦闘支援を開始しろ。命令認証・滅亡の黙示録》」》」
閉じられていた堕天の砲尾翼の側面が開き、翼を象った魔法陣を展開した。
それらの破壊値数はランク0に準じている。
おそらく、クソタヌキが魔王シリーズを介して放った魔法だな。
「《内部魔法陣融合展開・天堕つ太陽核》」
それは、暖かい陽射。
この世界全てを照らす太陽と見間違うほどに、尻尾の先端に生み出された火球が存在感を誇示している。
走り出したメルテッサは右手に剣を、左手側に尾を携え、俺を見やった。
そうして視線が絡み合い、僅かに遅れて、グラムと剣が交差する。
「せいやッ!」
「おらッ!!」
メルテッサが振るった剣の目的は俺の足止めだ。
さっきと同様にグラムを押し留め、その隙に尻尾を叩きこむつもりなんだろう。
……だがな、俺は同じ状況を繰り返さない。
敵に暗中模索をさせない為に。
「《熱量破壊》」
「空気が凍っ……!!」
メルテッサの剣に触れれば、剣筋が停滞する。
なら、触れなければいいだけだ。
無理やりこじ開ける方法もあるにはあるが、ここは手堅い対応で処理をする。
空気中の熱量を破壊して温度の下限値を作り、周囲の空気を凍結。
作った氷塊がメルテッサの思惑通りに沿って剣を押し留め、俺は太陽を迎え撃つ。
「《温度破壊》」
返したグラムの刃に宿るのは、温度という概念そのもの破壊する力だ。
例え太陽と同じ光りだとしても、温度という概念を壊してしまえば、熱として成立しない。
「消えーー、がぼぉ!」
「《速度破壊》」
人間という種に与えられた優位性、それは『声』だ。
多くの動物が血流や体毛、指紋などを魔法陣として使用しているのに対し、人は声紋の組み合わせで多彩な魔法陣を世界に描いて使用している。
だからこそ、多くの魔道具は声で操作する。
メルテッサの口に指を突っ込んで声を奪い、そのまま力を流し込み、体内の速度という概念を破壊する。
血流、電気信号、思考、そういった循環器系バラバラにかき乱し、強制的に停止させたのだ。
「かひゅ……」
吐息とすら呼べない、空気が漏れた音。
メルテッサの肺がしぼみ、意識と共に身体から抜け出たのだ。
「……これで終わりか……?」
「《system.reboot……、merutessa.repairProcess》」
「だよな!」
メルテッサ自身は脱力したものの、その体を纏う堕天シリーズは動きを止めていなかった。
凍結した剣と光りを失った尾、そして、何も持っていない左腕。
それら全てが自動で攻撃態勢に入り、俺の首めがけて迫る。
「《空間破壊》」
投げ飛ばしたメルテッサとの間の空間を破壊し、絶対不可侵の壁を作る。
どんな攻撃手段であろうと、俺に届かなければ意味が無い。
見えない壁に叩きつけられた魔法の羅列が弾け、その奥で、メルテッサが立ちあがった。
回復手段も含めた防御力はかなり高そうだな。
「口に指を突っ込まれるなんて、なかなかに奇妙な体験だ。だがしかし、キミは随分と慣れているようだね?」
「あぁ、最低でも一日五回。多い時は五十回を超える時もあるぜ!」
「……どんな性癖だよ、魔王」
口をモゴモゴと動かしているメルテッサの瞳が僅かに揺らいでいる。
なんか誤解がある気もするが……、まぁいいや。
「そろそろ気が付いたと思うが、俺はリリンよりも強い。真似してるだけじゃ勝てねぇぞ」
大魔王達には『甘い』と言われそうだが、余裕がある所で投降のチャンスを用意するのが俺のやり方だ。
なお、クソタヌキにはこのルールは適応されない。
つーか、余裕が見当たらない。
……さっさと滅びろッ!!




