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第40話「避難勧告」

 倒れ伏す三頭熊ベアトリスを背に、悠然とこちらに向かって歩いてくる少女。

 その無足取りは、村を潰しかねない化け物と死闘を繰り広げた後とは思えないほど、軽やかで。

 誇らしさを十分に秘めた表情のリリンは、ふぅ。と一応苦労した風を装いつつ、俺達に話しかけてきた。



「私の戦闘はどうだった?率直な意見を聞きたい。ユニクから感想をどうぞ!」

「え?お、おう。なんていうか……三頭熊の攻撃は、連鎖猪の比じゃない怖さだな。爪先が尖っている分、恐怖倍増って感じだ」



 急に感想を求められても困るんだが。

 だがまぁ、正直に言ってむちゃくちゃ怖かった。

 実は戦闘が始まってから、つまりリリンが懐に潜り込んでから、ずっと三頭熊の爪先がリリンの顔に向けられていたのだ。


 恐らく三頭熊は、リリンの事を獲物だと思っていない。

 殺すべき外敵だと理解し、本気の殺意を向けてきていると感じたのだ。

 それを表すように、最大の武器である爪を、急所である目へ向け続けていたのだろう。

 本当に恐ろしい生物だな。……タヌキよりも怖いかもしれない。



「ロイ、シフィー。感想をどうぞ!」

「死ぬかと思いました!」

「死ぬかと思いました!」


「縁起でもない事を言う。まぁ確かにあの爪をまともに喰らえばタダでは済まないけれど」



 二人揃って、まったく同じ表情で、同じ言葉を言っている。

 あ、そうか。こいつらは第九識天使ケルヴィム初体験だったっけな。

 うん。同情を禁じ得ない。初体験でこれか、可哀そうに。さぞかし怖かっただろう。



「リリン、ロイ達も第九識天使ケルヴィム初体験な訳だし、しょうがない部分もあるだろ?どの道、戦闘訓練ボディランが待っているんだ。そこで慣れて貰えばいいさ」

「……そうだった。ロイもシフィーも、地獄のドラゴン攻め決定」

「「ど、ドラゴン攻めッ?!?」」



 今度は綺麗に言葉がハモッた。

 仲いいなぁ。息ぴったりだし、意外とお似合いかもしれない。

 うん。なんかちょっと沸々と湧き上がる感情があるな。少しからかってやるか。



「ロイ、シフィー。地獄のドラゴン攻めは過酷だぞ?なにせランク1の魔法竜6体を同時に相手にしなきゃならないからな!」

「ちょっと待て!意味が分からない!」

「魔法竜なんて伝説ですよ伝説!そんなにいる訳ないじゃないですか!」

「程度の低い魔法竜でいいのなら、ホロビノが各地で量産しているので、割といる」



 軽い冗談のつもりだったのだが、リリンがトンデモナイ爆弾発言を混ぜ込んできやがった。

 つーか、ホロビノ!この間の黒土竜みたいな事、いろんな場所でやってやがるのか!

 これはまずい。不完全とはいえ、壊滅竜の教え子。明らかに連鎖猪よりは強いドラゴンが出来ているだろうという事だ。


 俺は、このリリンの言葉を記憶の奥底に封印することにする。もう何も知らない。



「ユニフ!僕達は生きて冒険者になれるのだろうか?」

「そそそ、そうですよ!」

「まぁ、大丈夫じゃないか?おそらく、おおよそ、たぶん」


「すっごく不安だッ!!」

「大丈夫。ホロビノ本体を相手にするユニクよりかは、随分マシ」

「……え?」



 ……え?なんだって?

 俺がホロビノを相手にする?無理だろそんなの。

 数百m単位で森林を伐採し、一部を黒焦げにするような奴だぞ?

 もしかして、俺、死んだ?



「さて、冗談はさておき、さっきからコソコソ隠れてこちらを見ている、そこの人。百数える前に出てこないと三頭熊と同じ目にあわす。いーち。じゅーう。ひゃー」

「待ってくれぇ!撃たないでくれぇ!!」



 いや、リリン。その数の数え方はおかしいんじゃないか?

 どこで覚えてきたんだ?短気にもほどが有るだろう。


 茂みをかき分けて出てきたのは、何処かで見たこと有る鎧を着たおっさん。

 誰だっけ?あぁ、不安定機構アンバランスの受付前でリリンにからまれた可哀そうなおっさんじゃないか。

 どうしてこんな所に居るんだ?聞いてみようか。



「どうしてこんな所に?何かの任務……か?」

「馬鹿言え!任務どころじゃねぇよ!!連鎖猪が出たとあっちゃあ、ランク無しの新人冒険者は全員、入山禁止だ。俺ァこの事を知らない奴を探し回ってんだよ!!」

「連鎖猪……?いたね。そんなの」


「あぁ、クソッ、温度が違いすぎるわっ!! なんなんだよこの状況はよ!連鎖猪なんて目じゃねえ、三頭熊までいやがるなんてよ」

「ん?おっさん。三頭熊を知っているのか?」

「俺は長く冒険者やってるんだ。知ってるに決まってるだろ?」

「その割には、弱い」


「うるっせぇよ!!」



 もはや、ギャグキャラと化してしまったおっさんに、リリンの鋭い突っ込みが刺さる。

 初対面の時に、リリンに大衆の面前でこっぴどくボコられたというのに、まったく物怖じしていない。

 流石はランク2の冒険者と言う事だろう。



「もしかして、いや、もしかしなくてもお前らだろうな。いきなり不安定機構アンバランスの倉庫に連鎖猪を送りつけて来て、「山は危険なので来ないように」なんてふざけた手紙を寄越しやがったのは!」

「……。もう少し詳しく書くのは、アレを送り付けてからにしようかと思っていた」



 三頭熊を指差しながら、悪びれもなく言ってのけるリリン。

 いつの間にそんな事をしていたのだろうか?たぶん、みんなが仮眠を取っている時にやったのだろう。

 おっさんは、くぅぅううと唸り、非常に悔しそうにしている。



「ともかくだ!事態は最悪だ。三頭熊が出たのなら、近隣の村は全員強制避難となる。散らばっていたんじゃ護りきれねぇからな」

「その事には同意」


「だが、俺も幸運だったと言えるな。俺とじゃ、三頭熊は相手にもならねぇよ。お前、名前はリンサベルでいいんだよな?ちょっとばかし非難を手伝ってくれねえか?」

「良い。私としても犠牲者を出すのは忍びないから」


「おう、ありがとな!!不安定機構アンバランスにはよく言っておくぜ」



 おっさんはどこまでも図太い性格をしているらしい。まるでリリンと同格かそれ以上のような振る舞いだ。

 リリンはリリンで文句を言う事もなく、おっさんに従っている。まぁ、子供扱いされるの慣れているんだろうな。本人には絶対に言えないけれど。



「つーことで、暫くは一緒に行動させて貰うぜ?」

「あぁ、分かった。緊急時だし人は多い方がいいだろ」

「僕達としても、心強いです。精神面でですが」

「そうですね、戦力はリリンちゃんが過剰なくらいですし」


「く、こいつら……!!」



 おっさんが建前として俺達に許可を求めてきた。

 一応、リリンに負けたことを気にしているのだろう。結構律儀な性格をしているな、おっさん。


 さて、ここで、ちょっとした問題が発生している。

 このおっさんの名前が分からない。確かに聞いた気もするんだが、「あーあ、可哀そうに。」という感情に流され何処かに行ってしまった。

 そしてそれは、リリンも同じらしかった。



「ところで、あなたは、誰?」

「名前すら覚えてないのかよっ!!ハンズだよ!!」



 怒鳴るような自己紹介を、おっさん、もとい、ハンズさんがした事により、俺達の簡易パーティーにまた一人ボケ担当が増えた。

 というより、ボケ担当しかいない。

 こんなので、無事にこの窮地を乗り切れるのだろうか?非常に不安である。


 そしてこの不安は的中する事となってしまったのだ。



 **********



「こりゃぁ………」

「1、2、4、7………」



 おっさんが呻き、リリンのカウントが響く。



「どうしたら良いんだろうか?」

「こんなのって………。ありえません………」

「11、15、16………」



 ロイもシフィーも呆然とし、リリンのカウントが増えていく。

 そして、



「22………23。全部で23匹いる」

「そうか。それで、どうしようか?いや、どうにか出来るのか?リリン」



 近隣の村に避難勧告を出すために、森を抜けてきた俺達。

 だが、村目前という段階で、未曾有の事態に出会してしまった。


 俺達の視線の先。悠然と歩くのは、三頭熊の群れ。

 総勢23匹による大軍勢は、俺達が向かうべき村へ狙いを定めているかのように進んでいた。


 ここで出会ったのは、幸か不幸か、絶望なのか。



「………この状況は、私一人では打開できない。このままいけば、多数の死者が出てしまうだろう」



 リリンの言葉が、響く。


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