第181話「造物主VS神壊者①」
「……悪いが、蟲量大数以上の力をお前から感じない。勝たせて貰うぜ」
俺が出会った存在……、いや、正真正銘、この世界最強の生物。
『蟲量大数・ヴィクティム』
彼の存在の記憶を取り戻した俺にとって、一つや二つの特殊能力など、然したる問題にならない。
それこそ、万能である悪喰=イーターを持つタヌキですら、蟲量大数の前では霞んで見える。
なぁ、メルテッサ。
たった一つの能力、それも、覚えたばかりで使いこなせていないお前に負けるほど、俺は安くないぜ。
「……いくぞ」
「来なよ、英雄ぅ!」
一呼吸の間に全身へ魔力を巡らせ、グラムの切っ先を足元に向けた。
相変わらずの軽口を切り捨てる為に、まずは、周囲の状況と破壊値数を確認。
俺達が相対しているここは錆鉄塔の屋上、本気で戦うには狭すぎる。
「《重圧崩壊切》」
俺の目に映る破壊値数には種類がある。
一つは、その物質が持つ強度。
鉄なら鉄の、金なら金の、肉体なら肉体の……と、それぞれ固有数値が決まっており、大きく変動する事はない。
逆に、この数字を覚えておく事で、その物質の材質が何なのかを理解する事が出来る。
もう一つの破壊値数は、『造形物』の弱点を示すものだ。
この場合の造形物とは、『剣』『机』『服』などといった複数の材質で構成されている『道具』。
そして、異なる材質の結合部は原子同士の結びつきが無く、物質そのものと比べて極端に脆い。
お前が道具を最適の状態にするというのなら、俺は最善手でその道具を破壊する。
「あぁ、それがキミの本気の顔か!惚れ惚れしちゃうね」
錆鉄塔にグラムを突き立て、構成材の結合部へ絶対破壊の波動を流す。
ボルトのネジと頭頂部、手すりパイプの溶接部、ハニカム機構で嵌めこまれた床板……、それらの境界面を切り離し、造形物としての存在を破壊するのだ。
そうして、組み上がっていた積み木を上から押し崩す様に、一気にグラムを突き下ろす。
「こんな場所じゃ思いっきり戦えないだろ?戦場に出るぞ」
バラバラになった錆鉄塔の残骸に塗れながら、俺とメルテッサはチェスボードへ向かって落ちていく。
互いに浮かべているのは好戦的な表情。
そうして交わされた視線の果て、それぞれが相手の余裕を詰み取るべく、大振りに武器を振り翳した。
「《重力破壊刃ッ!!》」
「《堕天の磔刑剣ッ!!》」
空に飛び出したメルテッサは指に嵌めている指輪が輝かせ、空間に亀裂を走らせていた。
そして、そこに腕を突っ込んで引き抜き、赤銀の十字架を模した剣を装備。
ただ手に剣を持っただけでは無く、素手だった右腕は勇者ような美しい鎖籠手で覆われている。
「やるじゃねぇか、メルテッサッ!!」
「キミもだ、ユニクルフィンッ!!」
錆鉄塔の残骸を足場にして踏み込み、その勢いのまま斬り結ぶ。
それぞれ目の前にあった障害物を当たり前に切断しながらの、最高速度で刃を衝突。
強制的に止められた剣による衝撃により、垂直方向にあった残骸の全てが消し飛ぶも……、互いに無傷だ。
「この剣はだいぶ作り込んだつもりだったんだけど、こうも簡単に引き分けになるとはねぇ」
「驚いてるのは俺の方だ。神殺しでもない普通の武器でグラムに対抗するとはな!!」
力任せに斬り飛ばそうとしても、刃が僅かにも進まない。
物質の境界面へ絶対破壊の力を流しこもうとしても、ガッチガチに詰め込まれた能力に邪魔されているのだ。
だが、この攻防で収穫を得る事が出来た。
メルテッサが言った『神壊因子』で破壊できないというのが、どういう状態かを理解したからだ。
「なるほどな。神壊因子で破壊できないのは、『物質主上で付与した』という事実。能力の行使そのものか」
「どんな特殊能力であるにせよ、それが神の因子であるのならば、キミの神壊因子で無かったことにできる。神様が言ってたよ、キミは全人類にとって天敵だとね」
「敵になったつもりはねぇよ。ただ、俺は俺の救いたい存在を優先させる。例え、全人類を敵に回してでもな」
「へぇ、ぼく好みの利己判断だ」
神の因子とは、『人が持つことのできる才能』だ。
それがありふれた物ならば秀才や天才と呼ばれ、超状の力を持っていれば異才や超能力者なんて呼ばれる。
そして、俺の神壊因子はそれを一方的に破壊し、相手を『凡人』へと強制的にランクダウンさせる。
努力を積み重ねて得た経験こそ奪えはしないが、それだって、持って生まれた才能の上に成り立つものならば使い勝手が悪くなる。
だが、どうやらランク3の神の因子は、まだ破壊できないらしい。
「根底から台無しにするなんて、そんな無粋は使わせないよ」
「わざわざ出てきたのは俺と真っ向勝負がしたいからで、さっきまで隠れていたのは勝つ為の算段を付けていたからか」
「そうだとも。それは英雄的にダメだとでも言うつもりかい?」
「言わねぇよ、お互い様だからな」
拮抗している剣に込めた力の向きを変え、グラムの切っ先へ刃を滑らせる。
そうして作り出した決定的な隙は、致命的。
戦いに慣れていないのなら、一瞬で判断の可否など出来るはずがない。
がら空きになったメルテッサの左脇腹へ向けて、惑星重力制御を纏うガントレットを向けた。
絶対破壊の力は無くとも、通常の500倍以上の重量を叩きつけらればタダでは済まない。
「《質量衝打》」
「《堕天の祈手》」
だが、俺の拳が腹に突き刺さる前に、メルテッサは判断を終えていた。
即座に左腕の指輪に魔力を通し、右腕と一対になる鎖籠手を装備。
そして、差し込まれた左腕で俺のガントレットが受け止められ、込めていたエネルギーの殆どが吸い取られていく。
攻撃の失敗自体は別に良い。
だが、対応されたという事実を無視は出来ない。
「今のに対応できるのか。戦いに不慣れなお前が」
「不慣れだった。が適切だ」
「なに?」
「昨日からの一日に満たない時間が、ぼくの19年という人生を軽々と凌駕している。成長を実感できると、こんなにも楽しくなるものなんだね」
さっきの攻撃は、リリンですら対応するまで時間が掛った連撃だ。
唸る尻尾をいなす為に開発した技だったし、3日くらいは優位に立てたのを覚えている。
にもかかわらず、メルテッサは初見で攻略した。
ハッキリ言って、新人超越者の成せる業じゃねぇ。
「なんかあるな」
「さてね?」
頭の中に浮かんだ仮説を確かめる為、再び、リリンが手こずった攻撃を繰り出す。
行うのは、空気中に含まれる砂礫の凝縮。
メルテッサを中心とした重力場を作成し、砂礫を叩きつけて拘束する。
「《摩擦封鎖》」
「《堕天の砲翼尾》」
ちっ!尻尾も搭載済みかッ!!
メルテッサを背後から這い出てきた禍々しい尻尾が、爆縮を起こす砂礫に向かって羽根開いた。
側面についている魔法陣が翼を生み出し、舞い散った羽根が光となって拡散。
周囲一帯を無差別に爆破させる事で砂礫の爆縮を乱し、尻尾で空気を掻き混ぜることで無効化された。
そしてそれはリリンが生み出した迎撃と、ほぼ同じだ。
「なるほどな。これは思ってたよりも大変そうだ」
「何に気が付いたのかな?遠慮しないで言い当ててみなよ」
「お前はさっき、『この世界の物質は、全てぼくの神の因子の影響下にある』って言っていたな。ならさ……、神の娯楽を生み出す道具である『人間』も対象の範囲内なんじゃないか?」




