第180話「戦姫の勇将救世④」
「ちいっ!アップルカットシー……」
「無駄だッ!!」
盾を6枚重ねようとも、関係が無い。
電荷破壊刃は金属を貫通する性質を持つ。
それも、絶対破壊の力を纏った電流が、だ。
グラムの先端が赤い盾に触れた瞬間、放射状に罅が走った。
薄いガラスを指で押して割った時の様に、何の抵抗もなく、重ねられた盾が砕け散って行く。
「ちっと痛ぇが覚悟しろッ!!」
俺に殺意は無い。
もちろん、今行っているのは命を懸けた戦いで、何人もの命が零れた戦争だというのも理解している。
だが、殺す以外の選択肢がある以上、俺はそれをなんとしてでも掴み取る。
生物の最も効率が良い破壊の仕方、それは、魂が宿る心臓か、人格が宿る脳の破壊だ。
それ以外を壊した所で、超越者ならば、何らかの手段で生き長らえる。
皇種クラスなら確実にだ。
だから、俺が狙うのは脳と心臓を繋ぐ頸椎。
そこに絶対破壊の力を流し込むことで、強制的な肉体信号の遮断……『仮死』を発生させるのだ。
6枚目の盾を突き破り、メルテッサの顔を見る。
封印されていた記憶の中で有りふれた驚愕の表情、それが、そこにはあるーー、はずだった。
「《大気の復元》」
だが、俺の目に映ったのは、酷く無機質な人形めいた無表情をしているメルテッサだったもの。
そして今、認識したのは……、グラムの切っ先を受け止めた素手と、攻撃の失敗。
「な、に……?」
「驚く事じゃないね。指導聖母のぼくが、何の策も無く、馬鹿正直に戦う訳ないだろうに」
「ちっ、そういうことかッ!!」
幾つもの驚きが同時に起こり、僅かに思考が揺らぐ。
グラムを受け止めているのは、空間を割って出てきたメルテッサ、本人。
着ている鎧の破壊値数はエゼキエルと同等以上、後ろでへたり込んだメルテッサを模した人形の装備とは比べ物にならない。
二つ目の驚きは、ある意味で納得した。
指導聖母なワルトが得意とする身替り戦法を使われてたってだけの話だ。
だが、最後の驚愕は到底、納得できるものではない。
絶対破壊を持つグラムが破壊対象物に触れる事すら出来ないなんて、尋常じゃない事態だ。
「あぁ、そんなに見つめないでくれよ。照れるじゃないか」
「馬鹿を言……ッ!?」
苛立ちに任せて力を込めると、ほんの少しだけグラムが前に進んだ。
そして、袋を突き破ってしまったかのように、凄まじい暴風が吹き荒れる。
俺の全身へ叩きつけられた、大自然の猛威。
一瞬でも力を緩めた瞬間に四肢は捻じ曲がり、千切れ飛ぶだろう。
そんな、呼吸すらままならない暴力にグラムを通し、無理矢理に破壊する。
「がっはッ!!がふ、……やるじゃねぇか」
「あれま。ピンピンしてるとは、だいぶ期待させてくれるじゃないか」
壊した風圧を利用し、俺はメルテッサから距離を取った。
今の暴風で錆鉄塔の手すりや柱なんかは全て吹き飛び、見渡す限りの地平線になっている。
そして、その中で立っているのはメルテッサと人形だけだ。
「せっかくだ。ぼくの与太話に付き合ってくれないかな?」
「……俺は構わねぇぜ。だが、リリン達がそれを許すかは別の話だ」
水平の方向に存在しているのは、俺達だけ。
だが、空に目を向ければ、そこにあるのは左腕を失った魔導巨人と本気のリリン。
同時破壊には失敗したが、あっちにメルテッサを行かせなければ問題ない。
「許すねぇ。恩赦を与えるかどうかは、聖母であるぼくが決める事だ」
「そうか。じゃあ話してみろよ、そんな暇があるんならな。《速度破壊》」
グラムを振りかざして世界に設定された速度上限を破壊し、最短距離で一閃する。
今度の上段斬りはさっきとは違う。
勢い余って急所を破壊しない為の手加減がない、本気の一撃。
「《重力破壊刃ッ!》」
「この世界はたった一人の神によって作られたものだ。だから、全ての理は唯一神の意思によって決定する」
右半身を破壊する、そんなつもりで振り下ろしたグラムは――、再びメルテッサの素手によって止められた。
いや、正確に言うならば、翳された手の目の前にある空気によって阻まれている。
「随分と堅い空気の壁だな。つーか、こんなもんをお前が作れるなんて聞いてねぇぞ。干渉できるのは道具だけじゃなかったのか?」
「いいや、何らおかしい事は無い。だって、神にとってのこの世界は、悠久の余暇を楽しむ為の『道具』。故に、この世界に存在する物はすべて物質であり、ぼくの神の因子の影響下にある」
平然と手を振ったメルテッサの動きに合わせ、再び、凄まじい暴風が吹き荒れた。
だが、二度目なら普通に対応できる。
さっき見つけた暴風の急所を破壊すればいいだけだ。
十字にグラムを振り、瞬きの間で空気を切り捨てる。
この程度の攻撃なら対処可能。
問題は……。
「神にとっては世界そのものが道具か。誇張ってレベルじゃねぇな」
「唯一神だからね、それこそ何でもありだよ」
「だが、聞いた物質主上の能力とは規模が違い過ぎるぞ?」
「単純な話さ。物質主上では出力が足りなかった。道具に影響を及ぼす為には、その対象を一気に染める必要があるらしくてね」
そう言われちまえば、納得するしかない。
こんな馬鹿げた話を信じられるかッ!!と怒った所で何も変わらないし、対応が遅れれば取り返しが付かなくなる。
世界の理を作る側と戦い続けてきた俺と親父にとっては、これは日常だ。
「ぼくらが吸っている空気は一個の道具だ。例え世界をすっぽりと覆い尽くしていようが、その本質は変わらない」
「参ったぜ。これじゃ大魔王陛下の手に負えないどころか、リリン、ワルトでも厳しいかもな」
「いかな神殺しと言えど、有史以来……、いや、この世界が生まれた瞬間から存在する太古の魔道具、ぼくらの知らない『誰か』によって強化された『空気の壁』を破るのは容易じゃないだろう?」
……いや、俺は知ってるんだ。
その誰かってのは、十中八九、『蟲慮大数・ヴィクティム』だ。
アイツが持つ『最強』の権能の行使、そうして作られた『世界最強の風圧』の壁は、グラムを完全覚醒させた親父ですら破れなかった。
「防御力があるのは分かった。だが、お前の騎士は木端微塵にされたぞ。いいのか?」
空から降り注ぐ光の残滓。
メルテッサの魔導巨人は分子レベルに分解され、世界に還元された。
こうなっちまえば、創世魔法でも取り戻す事は叶わない。
「いいんだよ」
「なに?」
「だってあのチェルブクリーヴは騎士であり、君ら魔王を誘い出す為の捨て駒だ。まんまと引っ掛かってくれて嬉しいよ」
パチン。と響いたのは、盤面に駒を置く様な指の音。
メルテッサが放ったそれを合図に、この戦争の盤面が切り替わっていく。
地平線の彼方まで続くチェスボード、その縁に光が灯った。
スポットライトを当てたかのようにチェスボードの内側が明るく、そして、外側が暗くなっていく。
……なるほど、お前の目的はこれか。
「チェスボードを世界から隔離させたようだな。俺の孤立が狙いか?」
「おあつらえ向きにチェスボードなんて用意されちゃ、利用するしかないでしょ?」
「空気が対象である以上、大地で作った『チェスボード』も過去の性能を発揮できる。だとすると」
「チェスに駒を追加するルールは無い。これで、この瞬間にボードに触れていた物以外は、どんな手段を用いようとも介入する事は出来なくなった」
くすくすと声を漏らすメルテッサは本当に愉快そうに笑っている。
大魔王共がノリで作った策謀に俺が狙い通りに嵌った訳だし、しょうがない。
だけどさ、それは神の因子によって成り立っているんだろ?
神の理を破壊できるグラムを舐め過ぎだと思うぞ。
「そうか、そりゃぁ良かったなッ!!《無物質への回帰!!》」
チェスボードそのものが隔離された。
それを裏返せば、チェスボードのどこを攻撃しても付与された性能を破壊できる事になる。
俺は力の限りにグラムを足元に叩きつけ、含まれている神の因子を破壊を狙う。
錆鉄塔への影響力は少ないが、これで世界からの隔離は解除されるは……ず……?
「おかしい。何で破壊できなかった?」
「ぼくはさっき、物質主上では出力が足りていないと言った。なら、何らかの手段で強化したに決まってるよね」
俺が抱いた感情は、凄まじい。の一言だ。
捉えた視界に映るメルテッサが纏う魔力、その破壊値数が俺のグラムの破壊力を上回っている。
これは事実上の、『破壊不可』だ。
「……なるほどな。そんな力をどこで手に入れた?」
「もちろん、神様に下賜されたに決まってるじゃないか」
「神から力を授かった……だと?」
「ぼくの物質主上は神の恩寵によりランク3へ進化を果たした。そして、文字通りの意味で神の領域へ至っている」
「もともとチートな特殊能力だっつう話だったな。だがそれはーー」
「神壊因子で破壊できる」
「神壊因子で破壊できる、かい?」
「っ!?」
「結論から言おう。キミの神壊因子で破壊出来るのは同じランク2の神の因子まで。ランク3であるぼくの神の因子、物質主上の進化体『造物主』は破壊出来ない」
造物主だと……?
随分と大層な名前だが、あんな事が出来た以上は相応しい。
「指導聖母を名乗っていたぼくは、決して敬虔な使徒では無かった。が、それも改めなければならないようだ。あぁ、明日からなんて名乗ろうかな?指導聖母じゃ格に合わない、ブルファム王じゃ古臭い、何が良いと思う?」
鷹揚に腕を広げた姿は、変わらず隙だらけだ。
だが、さっきみたいな調子に乗った攻めをすれば、瞬時に殺される。
にこやかに笑ったメルテッサだが、その瞳は僅かにも笑っちゃいない。
茶化して機嫌を損ねても面倒だしな。
真面目に答えておくか。
「メルテッサで良いだろ」
「ん……?」
「そもそも勘違いしてるようだが、指導聖母も、ブルファム王も、ついでに言えば、心無き魔人達の統括者も魔王も、無尽灰塵や戦略破綻も、役職名であって名前じゃねぇ。言っちまえば飾りだ」
「……飾り、か」
「装飾品で迷ったんなら、何も付けないで歩き出してみれば良い。そんで、街に出て気に入ったもんでも買えよ」
とても意外な事を言われたとばかりに、メルテッサの作られた笑みが消えた。
その代わりに浮かんだ頬笑みは、ちょっとだけリリンに似ている。
「あはは、なるほど。本当にキミは救世の英雄だ。とても面白い回答を用意する」
「ちなみに、どうしても飾りが欲しいってんなら、俺がプレゼントしてやるぞ。例えば……、敗北者なんてどうだ?」
「へぇ、言うじゃないか。神に等しき力を持つ、このぼくに」
「俺はお前よりもヤバい奴を知ってるんでな。……悪いが、蟲量大数以上の力をお前から感じない。勝たせて貰うぜ」




