第179話「戦姫の勇将救世③」
「くっ!」
「《重力破壊刃!》」
激しく火花を散らせながら、薙いだ方向へ巨大な盾が吹き飛ばされていく。
そして返したグラムをメルテッサに向けーー、空間から出現した盾に阻まれた。
それでも、メルテッサは体に傷を負っていく。
突き飛ばした盾の先端が二の腕に接触し、赤い染みを作った。
そうして負わせた数十回の攻撃の度に、メルテッサはギリリと奥歯を噛み鳴らす。
「《復元しろッ!!堕天の星守器》」
俺から距離を取ったメルテッサは、胸に付けているペンダントを輝かせ、赤く滲んだ服に魔力を通した。
そして光が終えると、そこにあった染みも、その下も傷も元通り。
なるほど、それが天使シリーズの能力の一つか。
「はぁ、はぁ、何度も何度も叩きやがって……。つーか、魔王のくせに攻撃が地味すぎる」
「名付けて逆・シールドバッシュ。なお、戦いに派手も地味もねぇ。覚えとけ」
メルテッサに暴言を吐かれ、つい反論してしまったが……、すまん、ウチの大魔王共の攻撃はそりゃあもうド派手だ。
なにせ尻尾からレーザービーム。
完全にファンタジー寄りの攻撃であり、子供受けすること間違いなし。
「そんだけボロボロじゃ、リリン達の戦いを観賞する余裕は無さそうだな。どうだ、降参するか?」
「ちっ、何度も同じ事を言わせるなよ」
圧倒的な戦闘力の差を見せつけながら、更に余裕を押しつける。
逆にメルテッサは完全に余裕を失い、肩で息をしている始末だ。
そこにあるのは、明確すぎる実力差。
正直に言えば、今すぐにでも決着を付ける事ができそうだが……、ここは慎重に行く。
「その盾や服は魔王シリーズと同格の装備だろ?今の俺の攻撃に対応しようとしている当たり、かなり性能がいい」
「上から目線でぺらぺらと良く喋る。魔王は寡黙って相場が決まってるだろうに」
「ウチの魔王で大人しいのは壊滅竜だけだ。後はもう元気いっぱいすぎるぞ」
「よりにもよって一番物騒な名前の奴が静かなのかよ。とことんまで常識の通用しない奴らだ……」
メルテッサの動きは素人そのもので、本当に大した事が無い。
一応、不安定機構の支部長と同じくらいには動けるようだが、それだって、纏っている装備、服や靴、魔王シリーズを模したと思われる盾などの性能に頼りっぱなしだ。
グラムの攻撃を直接受けていないのも、俺が様子見をしているからだしな。
正直、大魔王陛下が負けたのが信じられない。
「実力差が分かっただろ?本気を出すなら早めにしとけ」
「指導聖母は、お前らみたいに脳筋じゃねぇんだ。一緒にすんな」
「魔王の中にも指導聖母はいるんだが?」
「減らず口を……!」
言葉こそ流暢だが、メルテッサは肩で息をしながら、苦々しい表情を浮かべている。
その苦悶は……、迫真に迫る演技なのかもしれない。
自画自賛になっちまうが、記憶を取り戻した俺は正直に言ってかなり強い。
リリンと互角どころか、エゼキエルとだって一対一で激戦を繰り広げられるはずだ。
だから、実力差が大人と赤子同然なのも当然なんだが……、メルテッサの戦い方は歪すぎる。
「まだ調整が不十分。だが……、《サモンウエポン=堕天の左腕》」
「もう一本の腕を出したか。なぁ、何で初めから出さないんだ?」
「さぁ、なんでだろうねぇ!!」
メルテッサは巨大な縦に身を隠しながら、出現させた左腕を天に翳した。
その手に握られているのは、巨大な片刃大剣。
意図的なのかどうか知らねぇが、俺のグラムに似た形状だ。
「潰れろッ!!」
「はっ、その程度の剣じゃ無理な話だ!」
叩き下ろそうとする剣を下から迎え、刀身に乗っていたエネルギーその物を破壊する。
これはレラさんが使っていた剣技の応用。
そして、幼い俺の得意技だ。
例え目に見えないエネルギーであったとしても、グラムの絶対破壊は作用する。
相応に高等なテクニックが必要だが……、この程度が出来なけりゃ、今の俺は生きちゃいない。
ほぼ間違いなく、親父が喧嘩を売った超越者に殺されてる。
「ちぃぃ!何をしても手応えが無いッ!!」
「同意見だな。まったく手応えが無くてつまらねぇ」
俺のスピードについて来られないメルテッサは、防戦の中に僅かに攻撃を混ぜるので精一杯。
そうなっているのは、グラムの絶対破壊の力でメルテッサの策をことごとく潰しているからだ。
グラムを通じて感じた手応えによると、白い盾の性能は『カウンター』。
攻撃を受けた時にエネルギーを吸収して返す、もしくは、盾に纏わせた魔法が発動するなどの効果があるはずだ。
だが、そんな物はグラムには関係ない。
絶対破壊の波動を纏う刃で傷つけた場合、強制的に『破壊』という状態が押しつけられる。
そしてそれは、繊細な条件の上で成り立つ魔法陣と相性が良い。
どんな魔法陣であるにせよ、破壊されたら効果は発揮できないのだ。
「なぁ、一つ聞いて良いか?空に機神を出しているせいで、お前が弱体化しているって事は無いよな?」
「逆に聞くが、守護対象を危険に晒してまで騎士を強くしてどうするんだ?」
「だよな」
機神を作るのに夢中になるあまり、俺の事をすっかり忘れていた仮説、却下と。
俺が抱いている疑問は、メルテッサの戦い方に一貫性が無い事だ。
覚醒シェキナの攻撃を受け止めたと思いきや、グラムの攻撃には完全に対応できていない。
どんな魔道具も最高の状態で使えると聞いていた割には、リリンよりも遥かに劣る攻撃しかしない。
大魔王陛下を追い詰めた武器創造もしていないし、何か引っかかるんだよな?
「んー、考えても答えは出ねぇ。ここはリリンの流儀に従うか」
「魔王の流儀ぃ?」
「取りあえずブチ転がしておく!白もその内、黒くなる!!」
「……流石、心無き魔人達の統括者の決戦兵器。ぼくの想像の上を行く」
若干呆れられたが……、考えても答えが見つからないんだからしょうがない。
それに、探りを入れる時間も無い。
空から響いてくる激戦音、それが段々と覚えのあるものになって来ている。
リリンやワルト、カミナさん、メナファス、それぞれが得意とする間合いやタイミングでの攻撃を始めている。
「そんな訳で、探りを入れるのもお終いだ。リリン達もそろそろ決着が付くだろうしな」
俺は探りを入れながら、リリン達と同時の決着を狙っている。
当たり前の事だが、どちらか一方がピンチになった瞬間、もう片方が助けにくる。
転移の魔法陣なんてありふれているから、当然、空の機神や装備に組み込まれているだろうしな。
だが、相手のピンチを知った所で、もう片方の状況が好転する訳じゃない。
極論、どっちもピンチなら助けなんて来れない。
「いくぜ。《電荷崩壊刃》」
空気の絶縁体を破壊し、夥しい紫電を纏う。
求めたのは、雷電による金属透過ダメージ。
雷電が金属の物理防御力を無効化し、絶対破壊の力が防御系の魔法を破壊する。
この剣は、金属を使った盾では受け止める事は出来ない。
「ちいっ!アップルカットシー……」
「無駄だ」
盾を6枚重ねようとも、関係が無い。
そんな事を考えながら走り出した俺の視線の先で、メルテッサは――、笑っているように見えた。




