第172話「天穹の破壊者⑦」
「木端微塵に吹き飛んで。《五十重奏魔法連×五十重奏魔法連×五十重奏魔法連・雷人王の掌!!》」
数多の星の終わりがそうであるように、金属の原子が弾けて消える。
もはや、効果音すら聞こえない程の苛烈な融解。
それを発生させているのは……心無き魔人達の統括者・決戦兵器・無尽灰塵だ。
ワルトナとメナファスの連携を観察していたリリンサは、懐かしい記憶の中での自分の役割を思い出した。
それは、出来あがった段取りを回収する『勝利の一撃』。
相手の隙を突く必要も、自分の身を守る必要もない純粋な攻撃は、動かない的に攻撃を当てるのとなんら変わらない簡単なお仕事だ。
リリンサは無防備を晒していたチェルブクリーヴの背中に魔王の脊椎尾を密着。
そうして放ったゼロ距離射撃の数、50回×50回×50回……12500回の雷人王の掌が連なった『一撃』は、どんな物質をも消滅させる未曾有の大災害と化している。
「gixi!……gigi.x……、vigirrr@aaaaxxxaaqqaツ!!」
雷光を受けた銀色のマントが軋み、磨滅した装甲の表面が赤く燃え尽き灰になる。
背中側から前に押し出されたチェルブクリーヴは吹き飛ばされた事による大気圧によって身動きが取れず……、それでも、その姿を保っていた。
「gi/g//……、p.ppp.p……Precision magic defense……ッ」
まるで搭乗者がいるような嗚咽を漏らしたチェルブクリーヴは、軋みを上げるマントに魔力を流す。
チェルブクリーヴの核である天使の星杯に蓄えられている魔力は、かつて、魔導王ホロボサターリャが世界中から掻き集めたもの。
当時の世界魔力総量の六分の一に匹敵するそれは、世界最強の皇種・蟲量大数が持つ魔力と同等量だ。
バチン。っとあからさまな擬音が弾け、魔神の脊椎尾から発していた雷人王の掌が濁る。
そして、事切れる寸前の電球の様に点滅を始めた。
この世界の絶対君臨者・蟲量大数とその側近たる王蟲兵。
幾度となく苛烈な戦いを強いてきた『蟲』と『タヌキ』であるからこそ、その『鎧』の中には過去の性能が刻まれている。
「ん、仕留めそこなりそう!ワルトナ!!」
魔神の脊椎尾の先……、天穹空母から受け継いだであろうチェルブクリーヴのマントを注視していたリリンサは、本当に久しぶりな『失敗』を悟った。
マントに浮かんだ複数の魔法陣の相乗効果によって、雷人王の掌の威力が見る見る内に落ちていく。
タヌキ帝王ソドムの卓越した操縦技術が織りなす、極致的魔法相殺テクニック『精密魔導防御』。
アプリコットの魔法講習を受けているリリンサが頷いてしまう程に完璧な対処をされてしまっては、ランク9の魔法をどれだけ束ねた所で意味が無い。
それでも、リリンサは平均的に頬笑んでいる。
それは、微塵も勝利を疑がっていないが故に起こった……、友人との思い出の共有だ。
「むぅ、久しぶりだから失敗した。次は完璧に決める!」
「大丈夫だね、大金星だねぇ。まったくもって僕の戦闘管制は微塵も破綻しちゃいない。さ、出番だよ、ホロビノ」
「きゅあ!」
ブスブス……と煙を上げる銀色のマントと、僅かに残った雷人王の掌の光。
それに添えられたのは、この場に君臨する誰よりも遥か高みの存在――、心無き魔人達の統括者・壊滅竜の口から放たれた閃光『竜滅咆哮』だ。
並みの皇種など全く歯牙に掛ける事がないレベル999999であった希望を頂く天王竜は、同じくレベル999999でありながら『垓』の単位階級をもつタヌキ帝王ソドムに「流石は俺様のライバルだ」と言わしめた存在だ。
そんなホロビノの、いや、複数の命を持つ高位竜族の攻撃の真価。
それは再生や転生する時間を稼ぐ防御魔法の徹底破壊だ。
心無き魔人達の統括者・壊滅竜。
その必殺技『竜滅咆哮』は、しぶとい竜ですら一撃で滅せそうという意味で名付けられた物騒なアンチバッファ魔法だ。
「vigiruon!?」
まるでタヌキの様な驚き声を発したチェルブクリーヴ、そのマントに黒い亀裂が奔った。
チェルブクリーヴのマントに纏わせていた魔法排斥手段、それを上手にすり抜けて効果を発揮する。
ホロビノが発した竜滅咆哮は、物質の存在証明である色……、すなわち光に干渉する。
三大原色、赤、青、緑、それぞれに対応した反対色をぶつける事で、その存在を黒へと変換。
暗黒物質と呼ばれるそれは、神が世界を構築する為に使用する酷く不安定な状態となったのだ。
「ふむふむ、天穹空母の翼幕の耐久値は神性金属並みに変更されているも、竜滅咆哮の影響は受けると」
「こんな時まで研究か。全くお前はブレねぇよな、カミナ」
「あら、それは遠回しな当てつけかしら?」
「まぁな。最近は後方支援ばっかりだが、お前は元々前衛職だったろ」
「私にも出番をくれるのね。ありがと、新しい手套の性能を試しておきたかったのよ」
「だよな。そんな気してたぜ」
走った亀裂を、僅かに残っていた雷人王の掌が駆け抜けた。
砂を爪で引っ掻いた様に穿たれた傷、そこから見える内部機構へ視線を向けたカミナは、ちょっとだけ気になる存在を見つけ走り出す。
「へぇ……、中に帝王枢機や天使シリーズ、天穹空母のじゃない部品が使われているわね。これは……、冷却装置として氷の魔剣を使ってるのね。面白い」
ぶちん。
それは、露出した内部機構に手を突っ込んだカミナが、力任せに部品を引き抜いた音。
この世界最高の科学技術を持つタヌキ帝王・ムーと既知を得たカミナは、漠然としか抱けなかった脳内の超理論のほぼ全てに答えを出した。
ピースが足りないジグソーパズルが絶対に完成しないように、カミナの中に無い知識は利用しようがない。
だが、ムーと契約し『形態変化』の悪喰=イーターを手に入れている以上、持たざる知識があるなど、ただの怠慢でしかないのだ。
己の知識を寄り代に、ムーの知識を検索。
そうして得た知識を更に寄り代にし――、と繰り返し、全知に近い技術を身に付けたカミナは、独自の理論で神性金属を精製。
帝王枢機一台分には全く足りていない生成量であるが……、彼女の細い腕を覆う手套を作るには十分だ。
「名付けて、神滅手套・不断輪。止められるものなら、止めてみなさい」
「vivi……、Target ReSelect」
覚醒神殺しを持つワルトナ優先だった重要度が、同列一位へ引き上げられた。
そして、周囲へ散らばっている魔王、その中で最も至近距離に居たカミナを暫定一位の危険人物として設定。
そうして、インプットされた相手へ迎撃を行おうとしたチェルブクリーヴの右腕とカミナの両腕が重なった。
「no.hand……?」
……手が無い?
物質主上の能力で修復した頭部で見据えた先、そこにあるはずの二の腕から先が消えていた。
細く美しいカミナの指がチェルブクリーヴの右腕の関節部を引き剥がしたのだ。
カミナが腕に纏っているとされる手套・不断輪。
何も付けていない様に見えるそれだが、その性能は隔絶している。
タヌキテクノロジーの粋を結集して作り上げたその手套は、ほぼ人間の肌と同じ見た目と質感を発揮しながら、魔王シリーズに匹敵するパワーを誇っているのだ。
「サンプル回収、及び、機体性能考察、おっけい!もう壊して良いわよ」
「りょうかーい。さて、ところでリリン。不公平だとは思わないかい?」
「不公平?」
「僕はキミの実力を知っているのに、キミは僕の実力を知らない。どう決着を付けるにしても不公平になると思わないかな?」
「……確かに」
「ということで、ワルトナちゃん、ちょっと本気出しまーす」




