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第39話「リリンの本気」

「いた。一匹……か。ユニク、ロイ、シフィー。あいつは危険なので私が倒してくる」

「あぁ、悪いけど頼む。俺たちじゃどうする事も出来ないからな」


「ううん。ちゃんと戦闘には組み込ませてもらう。ただし、後衛職である魔道師と、前衛職である剣士の役割が変わるだけ」

「どういう事だ?」


「三人には私の”目”になって貰う《三重奏魔法連トリオマジック第九識天使ケルヴィム》」



 淡い光が俺達を包み込み、そして、視野が拡張される。

 これは、視角共有化の魔法、第九識天使ケルヴィムだな。何度か経験している俺はリリンが何を意図しているのかが分かる。

 つまり、俺が体験した地獄のドラゴン攻めの時と間逆、リリンは三頭熊ベアトリスと戦闘を有利にするために、俺達が見ている別視点の視覚情報を得たいということだ。


 今、俺はリリンが見ている視覚を認識できている。ロイもシフィーも同様のようで戸惑っているが、リリンの説明を聞いて納得してくれたようだ。

 もっとも、シフィーは「第九識天使ケルヴィムって、第九守護天使セラフィムと同格ですか?そんな魔法、連発はもう、ちょっと……」と引きつっていたけれども。


 まぁ、リリンのやりたい事は分った。俺達は戦闘を見続けているだけでいい。後は三人分の視野をリリンが有効に使ってくれるだろう。

 ん、まてよ?三人分?それって……?



「リリン。俺達の視野を集めているのは分かっているが、三人分も集めて大丈夫か?」


「問題ない。昔の仲間達と全力戦闘するときは、五人と一匹全員が視覚の共有をしていた。三人分なら余裕」

「そりゃすげぇな!」

「ははは、僕なんかちょっと酔っているような気分だぞ?」

「わたしもですっ。自分で自分の姿を見るのは変な感じですね」


「ふふ、三人ともこれぐらいで驚いていてはいけない。これから見るのはトンデモ吃驚ビックリ映像なのだから」



 リリンはちょっとだけ微笑むと、真剣な表情で視界の先、三頭熊ベアトリスを見据えた。

 未だこちらに気づいていないようで、ムシャムシャと連鎖猪を喰らっている。



「それじゃ、始めるよ。私の全力の戦闘、よく見ていて欲しい。きっと後で役に立つから」

「分かっていると思うが、アイツのレベルはリリンよりも高い。絶対に無理はしないでくれよ」


「……うん、ありがと。ユニク」



 リリンは、それだけ言うとバッファの魔法を唱えていく。

 瞬界加速スピーディー飛行脚フライトステップ物理隔離パージアタック幽玄の衝盾(クリアフィルム)結晶球結界プロテクトスフィア次元認識領域トライキュービクルスフィア第九守護天使セラフィム

 今まで俺が目にしてきたバッファの魔法が並べ連なっていく。


 これでもかと言うくらいに用意周到に掛けられた魔法。

 異常なまでに何度も重ね掛けしているのは、それだけ三頭熊ベアトリスが異常だという事を、暗に表現している。



「先制はこの魔法から!《二十重奏魔法連ヴィゲテットマジック雷光槍サンダースピア!!》」



 俺達の視界いっぱいに光の槍が創造され、消えた。

 空気が膨張する音だけを残し、雷光槍も、リリンも、三頭熊ベアトリスに向かって飛んでいったのだ。



 **********



 先陣として放たれた20の雷光槍は、各々が意思が有るように森の木々の間を抜けていく。

 おおよそ三方向に分かれながら、ほぼ同時に森を抜けて三頭熊ベアトリスを目指して突き進んだ。


 まさに光速とも呼べる速さだ。いくら魔法の打ち消しが出来ようと、これだけの数の雷光槍を打ち消す事は出来ないだろう。

 先制攻撃は貰った。

 後は手傷を負った三頭熊ベアトリスにトドメを打ち込めば、リリンの勝ちだ。


 だが、



「……!グォァァァ」



 森から雷光槍が抜け出た瞬間、恐ろしい速さで三頭熊ベアトリスは反応を見せた。

 喰らっていた連鎖猪から興味を離し、足蹴にし、虚空を舞う。

 雷光槍が着弾するその前に、空中から振われた三頭熊ベアトリスの拳が地面に叩きつけられ、地表が爆発したのだ。


 衝撃に巻き込まれる形で空へ打ち上げられた、土砂混じりの連鎖猪。

 その肉のカーテンはぐるりと三頭熊ベアトリスを囲うように広がり、雷光槍の殆どが阻まれ届かなかった。

 運よく残った2本の雷光槍も両の腕で打ち消され、リリンの先制攻撃は全て失われてしまったのだ。



「《対滅精霊八式エーテルダウン・エイト!!》」



 しかし、リリンの戦略はその上を行く。

 三頭熊ベアトリスが両腕で雷光槍を打ち消した瞬間を狙い、大胆にもその懐に潜り込んだ。

 刹那に響く、爆砕の音。


 リリンの手に持つ星丈―ルナが三頭熊ベアトリスの腹部に叩きつけられ、その巨体をわずかに仰け反らせた。

 だが、三頭熊ベアトリスは衝撃に耐え、体を捩じり、脇に有る副頭でリリンを狙う。そして、リリンもまた、再び星丈―ルナを振った。


 2度目の爆砕の音。今度はリリンが競り負けてしまった。ほんの少し体制を崩しながらも離脱し、それに追従するように三頭熊ベアトリスの爪がリリンを襲う。

 視界いっぱいに迫る三頭熊ベアトリスの爪。

 ギリギリでのタイミング、華麗なバックステップで、爪を避けながらの後退をリリンは続け、幾らかの距離を移動している。



「なかなか動きがいい。コイツは相当、戦い慣れしている」



 リリンの呟きを嘲笑うかのように、三頭熊ベアトリスうなり、腕を引き絞りながら、狙いを定めてきた。

 ギリギリと筋肉を軋ませ、まずは一発。

 そしてそれをリリンは迎え撃つ。

 両者間の距離が2mと無い近距離での、攻撃と迎撃の応酬。

 放たれる超重量の威力を秘めた三頭熊ベアトリスの拳を、リリンは全て魔法で撃ち落としていく。

 正面から放ったのでは無効化されてしまう魔法も、肉球の反対側、手の甲に当てるのならば有効となるらしかった。


 リリンの視界が共有されている俺達は、その光景を、地獄の風景を、余すことなく体験していく。

 爪先に触れれば死が待っているという状況、それなのにリリンは、ほんの少しだけ、薄く笑っている。


 やがて痺れを切らした三頭熊ベアトリスは一気に攻勢を仕掛けてきた。

 振り抜くような三頭熊ベアトリスの拳をリリンはギリギリで回避。

 その勢いは衰えず、三頭熊ベアトリスの拳は地面へと向かっていき、再び爆発が起こる。

 リリンをそれに巻き込まれ、そして視野が舞いあがった土砂で埋め尽くされてしまった。


 そしてその瞬間を、見逃さない。

 計画通りとでもいうように三頭熊ベアトリスは必殺の一撃を放つ。

 軋む左手を闇雲に土砂の中に突っ込んで何かを掴み、自身の体重を乗せ、地面に叩きつけたのだ。



「リリンッ!!」



 地面に何かが叩きつけられた音。肉や骨の砕ける鈍い音が鳴り、舞い上がる粉塵を増やしていて。

 まさか……?嘘だろ?

 三頭熊ベアトリスの手には魔法の打ち消し効果が有る。防御魔法が打ち消された状態で地面に叩きつけられたのだとしたら、リリンは……?


 未だ前傾姿勢で立ちふさがる三頭熊ベアトリスは、土煙の中をずっと見つめている。

 まるで、勝者が敗者を見下しているように。



「……まったく、手こずらせてくれる。おかげ様で服が砂だらけ。《ウインドボール 》」



 収まって来た土煙の中から、鈴とした声が響く。

 モウモウと上がる粉塵を風の魔法で、振り払いながらリリンは悠然と立っていた。


 視界が開け、状況が見えてくる。

 今まさに三頭熊ベアトリスとリリンは対峙し、お互いに見つめ合っている。

 だが、その態度には絶対の差があった。


 自分の魔導服の裾をパスパスと叩き、埃を払っているリリンに対し、三頭熊ベアトリスはピクリとも微動だにしない。

 いや、出来ないでいる。

 三頭熊ベアトリスの足元、そこには昨夜、連鎖猪の逃亡防止に使用した魔法、失楽園を覆う(ディスピアガーデン)三頭熊ベアトリスの動きを封じるように、極小の範囲で発動していた。

 ……しかしなぜだ?なぜ三頭熊ベアトリスは魔法を打ち消して脱出しようとしない?


 その答えは、とても簡単な理由だった。もうすでに、三頭熊ベアトリスは魔法打ち消しの手段を失っていたのだ。

 それを指し示すように、リリンの手元には細身の美しい刀が握られ、足元には肉塊が二つ転がっていて。

 粉塵舞う一瞬の攻防。

 リリンは自分の視野がない状態で、迫りくる三頭熊ベアトリスの両腕を切り落とし、地面に叩きつけていたのだ。

 そして、間髪いれずに、失楽園を覆う(ディスピアガーデン)を発動させ三頭熊ベアトリスを拘束し、勝敗は決された。



「ユニク、ロイ、シフィー。このように三頭熊ベアトリスを狩るためには、十分な訓練と戦闘経験が必要となる。それは他のランクが5を超えるような生物でも同じ事。よく覚えていて欲しい」



 リリンはもう戦闘は終わったのだと宣言するかのように、俺達に話しかけ、そして三頭熊ベアトリスから視界を外しながら、最後の魔法を放つ。



「《二重奏魔法連デュオマジック・雷光槍》」



 こちらに振り向いたリリンから放たれた雷光槍は、寸分たがわず三頭熊ベアトリスの喉元を貫く。


 倒れ伏す三頭熊ベアトリス

 絶命の瞬間まで強者らしく振舞い、そして最後まで惨めな断末魔を上げる事はなかった。


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