第170話「天穹の破壊者⑤」
「ぐるぐる……きんぐぅー!」
「ふ、無論だ。盟友を救わぬ王竜に誇りなどあるものか」
間一髪の危機から助け出されたキングフェニクスの鳴き声に、冥王竜は偉そうに答えた。
実際は、
『冥王竜、みんなを背中に乗せて』
『ほら、さっさと頭を下げな黒トカゲ。眉間に矢が差しこまれない内にね』
『トカゲか。実際そこんとこどうなんだよ、カミナ。ドラゴンはトカゲなのか?』
『近隣種ね。黒土竜は、脊椎動物亜門・爬虫類網・有鱗目・有翼トカゲ亜門。学術的には、ほぼトカゲよ』
という誹謗中傷の果てに。
『きゅあ』
という恫喝の結果であったとしても、何も知らないキングフェニクスにとっては盟友に救われた事に変わりない。
一時的なノリで仲良くなっておいて良かったと、キングフェニクスは改めて思った。
「ん、相手は帝王枢機に似ている。でも、ゴモラは知らないっぽい?」
「隠れ家でも見たこと無いよ、ね、ゴモラ」
「ヴィギルン!」
心無き魔人達の統括者のリーダーであるリリンサが口火を切り、そうとは知らないセフィナがそれに続いた。
そして、事情を深い所で理解している残りの大魔王達は、タヌキ姉妹がどういう行動を仕出かすかに細心の注意を払っている。
戦場をチェスボードに変えた後、リリンサ達に与えられた命令は『メルテッサへの超長距離狙撃による、戦争の決着』だった。
弓兵であるワルトナは勿論、銃の扱いに長けているメナファス、魔王の脊椎尾を持っているリリンサ、そのサポート役にセブンジードと狙撃体制は盤石。
テトラフィーアが立てた作戦でのユニクルフィンの役目は最後まで囮であり、狙いやすい錆鉄塔にメルテッサを固定する為のものでしかなかったのだ。
「にしても、まさかメルテッサが帝王枢機を創り出せるとはねぇ」
「ホントにまさか、ね。サンプルがあるとはいえ、一人でオリジナル機を作れるか。……妬いちゃうわ」
「オリジナルぅ?胸にメカゲロ鳥の頭が付いてるのが見えねぇのか?明らかにパクリだろ」
「前代機の面影を残すのはオマージュっていうんだよ。人型ロボットの浪漫さ!」
だが、その作戦と同じものをメルテッサも用意しているかもしれないと、テトラフィーアが気付いた。
物質主上の特性を考えると、どんな状況をも覆せる後方支援機を用意するのが妥当。
だからこそ、その条件に当てはまる天穹空母を監視していたのだ。
そして、キングフェニクスも自分が囮だと気が付いていて、テトラフィーアの指示に従った。
盗聴を懸念して言葉での説明はされていないが、天穹空母に搭載された力の調査と排除は絶対の勝利条件だと理解していたのだ。
「あ、ホントだ。見て、おねーちゃん!胸におっきな鳥さんの頭が付いているよ!?凄いよ!滅茶苦茶カッコイイよ!?」
「天穹空母・最強帝王枢機形態?むぅむぅ、敵ながらカッコイイ」
「巨大ロボと敵対して、浪漫だとか、カッコイイだとか、お前ら本当に良い性格してるよな。一般人なオレの感性がおかしいみたいじゃねぇか」
そして、そんな高度な読み合いなど、リンサベル姉妹は理解していない。
特にリリンサは、都合よく出てきたカッコイイストレスの捌け口を見据え、平均的に舌で唇を舐めている。
「浪漫が分からないとは可哀そうに。と言いたいところだが、……カミナ」
「あの機体は天穹空母の性能も受け継いでいる。胸部と翼部に面影が残っているのは、その性能を十全に発揮させる為でしょうね」
心無き魔人達の統括者が全員で此処に来た理由、それはチェルブクリーヴの性能を警戒しての事だ。
どんな事態になっても遠距離から狙撃すれば問題ないとしていた一同だったが、唐突に現れたカツテナイ機神に度肝を抜かれた。
そしてその危険性を鑑みて、即座に作戦を変更したのだ。
「あれの核になったのは、魔天枢機・エステルという機体。神がこの世界にもたらした最初の魔導枢機の一体ね」
「僕もその文献は呼んだ。天使シリーズは元・魔導枢機、なら、人型の過去を持ってて当然か」
「いや、内部機構自体はアップルルーンの模倣ね。ただ、外部武装という役割を持っていたエステルが、天穹空母を始めとする魔道具の繋ぎ役を果たしている」
「つまり、どういうこと?」
「アップルルーンの基礎性能に超弩級の魔道具マシマシ。そして、その真価は武器と魔法の生成機能にある。メルテッサ自身が装備してる天使シリーズともリンクしているでしょうね」
カミナの解説を聞きながら、リリンサはチェルブクリーヴを見やった。
機体の全長はアップルルーンと同じ6m。
カラーリングは深紫を基調として、所々に銀黄色が散りばめられている。
そして、特筆すべきは全身を覆っていた銀色のマント。
それこそが、チェルブクリーヴが持つ三大兵装の三つ目だ。
天穹空母の攻撃性能は、魔法陣が刻まれた銀プレートに集約されていた。
だが、チェルブクリーヴが装備しているマントは、予め魔法陣が施されたものとは一線を画す。
数千枚のプレートで織られたそれは、まさに変幻自在の魔法。
天穹空母が持っていた魔法陣、そして、戦場にあった魔道具が持っていた魔法陣、それらの全てを内蔵している。
「武器の生成と魔法の生成を自由自在に行えるか。確かに、僕らの本気をぶつけるのにふさわしいね」
「……あれを壊さないとユニクが危ないって事でいいの?」
「そう。ユニは最強だから負けないけど、苦労するのは間違いない。リリン、僕らの関係はもう少し保留だ」
「分かってる。それに……」
それに、ここで良い所を見せておかないと……、私はユニクの一番になれない。
リリンサが言い淀んだのは、そんな言葉だった。
ワルトナの正体を知り、保留という名の和解をしたリリンサが次に抱いたのは……、激しい劣等感。
ラルラーヴァーのレベル100000、それは覚悟していた事だ。
だが、続いて現れたメナファス、カミナ、そしてレジェリクエやテトラフィーアまでもがレベル99999になっていた。
温泉郷でサチナの相手をさせられていたホロビノもレベル99999に到達しており、心無き魔人達の統括者の中でリリンサだけがレベルが低い状態となっていたのだ。
……みんなずるい。
ホントは私が一番強くなくちゃいけないのに。
みんな、私に隠れて修行して……、後でいっぱい文句を言いたい!!
ユニクの一番の座は、絶対に誰にも渡さないっっ!!
「……Target ReSelect」
リリンサの決意など知らぬとばかりに、状況の検分を終えたチェルブクリーヴが音声を上げた。
そして、それと同時に、心無き魔人達の統括者も第九識天使を通じた作戦会議を終える。
急速に動き出した戦い、その火蓋を切ったのは……、ワルトナだ。
「僕らが本気で戦うには、この世界じゃ強度不足だ。ちょっと補強させて貰うよ」
キリリ。と引き絞られた弓に、虹色の矢が番えられた。




