第161話「戦況の信託」
「ぐるぐるきんぐ!」
「なるほど、そうきたか。じゃあ俺は此処だきんぐぅー!」
「ぐるきん!?」
戦場と連動するように、俺とキングフェニクスが向かい合う盤面も白と黒に覆われつつある。
戦況は一進一退の大激戦、互いの実力が拮抗した名勝負だ。
一回目の勝負は俺の圧勝、二回目の勝負も堅実に勝った。
そして今、見る見るうちに実力を上げたキングフェニクスの猛攻により、一時的に窮地に立たされた。
……だが、村長仕込みの罠に誘い込み、逆転。
石が置ける数も残り僅かだし、この勝負も俺の勝ちが決まったようなもんだ。
「ぐるぐるぅ……」
「だいぶ腕……、いや、脚を上げたなフェニクス。だがまだ負けてやるつもりはねぇ!」
「ぐるぅ……、きんぐ!」
「ほう、上手い脚だ。ならここだきんぐ……、ぅ?」
トドメの一撃を差してやろうと思った矢先、俺の服が引っ張られた。
キングフェニクスは前にいる……あぁ、またゲロ鳥が手紙を持って来たのか。
そろそろ25分経っただろうし、俺の出番を知らせる手紙だろう。
おう、御苦労ぐる……げっ!?!?
「……。」
「……。」
「ヴィギルーン!」
「……。ここでニセタヌキぃぃぃぃ!?!?」
完全に無防備を晒していた俺の服を引っ張っていた者、その名はニセタヌキ。
歴史書に名を連ねまくってる伝説のクソタヌキの片割れでありながら、リンサベル家を守護するカツテナイ大魔獣だ。
うん、なんていうか……、油断し過ぎだろ。俺。
「よう、ニセタヌキ。取りあえずリンゴチップスでも食うか?」
「ヴィーギルン!」
驚きのあまり緊急懐柔手段を取り出しつつ、状況確認を素早く終えた。
空にはまだ変化が無く、テトラフィーア大臣の合図は出ていない。
囲碁に夢中になるあまり、指示を見落とした俺をブチ転がしに来た訳じゃなさそうだ。
「そういや、セフィナを無事に捕獲したって事は、お前も仲間になったのか」
「ヴィギルー!」
「そうか。タヌキが仲間か。そうかぁ……」
ついに、本物のタヌキが正式に仲間に加わっちまった。
まぁ、アヴァロンとかドングリとか生態系がタヌキその物のアルカディアさんとか、既に汚染されまくっている訳だし仲間になる事自体は軽微な問題だ。
だが、ニセタヌキがリリンにどんな影響を及ぼすのかが、恐ろしく怖い。
「放っておいたら速攻でタヌキ化するリリンだぞ?嬉々として『見て、ユニク。私も悪喰=イーターを覚えた!』とか言って来ても不思議じゃねぇ」
「……。」
「……。おい、なんだその無言は?」
「ヴィーギルアップル!」
俺にはタヌキの言葉は分からない。
が、リンゴチップスを要求されているのは理解できた。
よだれを垂らしながら無言で見つめてくるニセタヌキへリンゴチップスを見せ付けながら、此処に来た要件を窺う。
俺のじっとりとした視線に射抜かれたニセタヌキは白い封筒を召喚。
そして、「交換条件だ!」と言わんばかりに差し出して来やがった。
気分的にはタヌキとの取引なんて願い下げだが……、この手紙の差出人がリリンの可能性がある。
封筒だってテトラフィーア大臣のよりも上等っぽいし、無下に扱うのは避けるべきだな。
人生最大の選択を行い、リンゴチップスで白い封筒を購入。
よくよく考えてみると渡さなくても手紙を貰える気がしないでもないが……、まぁ、今は気分が良いから不問にしてやるぜ!
「んー、本当に良い紙を使ってんな。テトラフィーア大臣のだってかなりの上質紙だったのに」
「ヴィギルーン!」
「って、これがリリンから貰う初めての手紙になるのか。ちょっと恋文みたいでドキドキするな」
さらさらな質感を楽しみつつ、封筒の表側へ視線を落とした。
良く見ると金色の糸が刺繍されている封筒は、もはや、恋文どころじゃない荘厳なオーラを纏っている。
……というか、普通に『神託書』って書いてある。
「タヌキが神託書を運んで来た、だと……」
余りの緊急事態に思考が追い付かず、封筒を持つ手がブルブルと震え出した。
さ、流石は大聖母が使役しているカツテナイ魔獣。
もはや、神の御遣いと言っても過言ではない。
「で、神託書か……。これはもしや、本当に恋文だったりするのか?」
「ヴィギルルーン!」
リリンの神託書を要約すると『ユニクルフィンと婚姻し、幸せな人生を取り戻せ』となる。
だからこそ、リリンは神託書を使って俺に恋文を送ってきたのかもしれない。
……うん、誰の入れ知恵だろうな?ワルト
腹ペコ大魔王がこんな洒落た事を思い付くとは、到底、思えねぇ。
「ワルトがリリンのご機嫌取りをする為に仕込んだっぽい?ったく、良い度胸してるぜ」
思い返せば、ワルトは初対面なはずの俺に一発芸を要求してきたり、リリンをからかう振りをして抱きついてきたり、布団の上で気持ち良さそうに寝ていたりと、割と暴走気味だ。
本心では昔の俺を知っていると名乗り出たかっただろうに、ずっと我慢してきたんだろう。
「俺の撒いた種だしな。きっちり受け止めてやらねぇと」
封筒の表には神託書としか書かれておらず、裏側に差し出し人の宛名はない。
神託書は神が出すものなんだし無くて当たり前なんだが……、本当に神が出すのは稀であり、大半は指導聖母が暗躍をする時の道具として使っていると聞いている。
……リリンの手紙に加えて、ワルトも何か入れてそう。
「とはいっても……、やべぇ、ちょっと緊張してきた」
リリンもワルトも口を閉じていれば可愛い女の子であり、真っ直ぐな好意を向けられたら嬉しいに決まっている。
ドキドキし続ける心臓を抑え込みつつ、物凄く丁寧に封筒の刻印蝋を剥がす。
そして静かに封筒を開け……、中身は紙が一枚だけだな?
「連名方式か、はたまた、リリンのご機嫌取りの為に身を引いたのか。安心しろ、ワルト。みんなで幸せになる方法を考……」
純白の紙を開き、日光に照らせた書面へ視線を向ける。
そこに書かれていたのは、たった一文。
……。
…………。
………………。
『遊んでないで、真面目に働け。ユニ』
「…………………………。調子に乗って、すみませんでしたぁあああああああああああああああああああッッッ!!」
何が、「恋文かもしれないな!」だよッ!?
何が、「みんなで幸せになる方法を考えようぜ!」だよッ!?
そんな風に思いあがってるからハーデスルートに突入するんだぞ、俺ッ!?
つーか、神託書で怒られるって、おそらくこの大陸で指折りの馬鹿野郎だぞ、俺ぇぇぇッッ!!
「はぁ、はぁ、はぁーあ。自分が悪い事は分かってる。分かってはいるが……、落差が酷い」
「ヴィギルーン?」
「そしてお前はやっぱり害獣だぞ、ニセタヌキィ」
一瞬だけ神の御遣いかと思ったが、うん、どこまで行ってもタヌキは害獣だ。
リンゴチップス返せ。
「フェニク、囲碁はこの勝負でお終いだ。また後でやろうぜ」
「きんぐ!」
「ほら、お前の番だぞ」
思いっきり集中力が削がれたし、よく考えずに石を打つ。
今から逆転は不可能だし、どこに撃っても同じだ。
「ヴィギルーン!」
「え?」
キングフェニクスよりも速く、横から盤面を覗いていたニセタヌキが石を置きやがった。
てめぇ、神聖な勝負に水を差してんじゃねぇッ!!
とっとと帰れッ!!
俺の怒りの視線を受けたニセタヌキは速攻で転移陣を作り、それに飛び乗った。
そして、緑色の光に包まれ、姿が薄くなっていくニセタヌキは転移する瞬間、楽しそうな声で鳴きやがった。
「ったく。勝負の結果は変わらないとはいえ、横から乱入というボードゲーム最大の禁忌をやりやが……」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
さぁ、お前の番だぞ、ユニク。
そんな意味に聞こえたキングフェニクスの鳴き声に構っている場合ではない。
えーと、此処に俺が石を置くだろ?
で、こっちにキングフェニクスが置いて、俺がここで、あっちが……。
「は、はは……嘘だろ?」
「ぐるぐるぅぅぅぅ、き・ん・ぐ・ぅぅぅぅ!!」
盤面に石が置ける場所が無くなり、互いに取った石を相手に陣地に置いていく。
……その結果、僅か1目差で俺の負け。
……。
…………。
………………お前らホントいい加減にしろよ、クソタヌキーズッッ!!




