第160話「戦線の”再生輪廻”」
「いよっしゃぁ!!所詮は鳥の知能、人間様には勝てねぇんだよ!」
「ぐるぐるきんぐぅ……」
キングフェニクスが織りなすアクロバティックな盤面での連続敗北。
そのカラクリは……、普通にイカサマしてやがったッ!!
その手口は一度に石を二個置くという、超絶シンプルなもの。
だが、シンプルであるが故に見落としがち……、つーか、ゲロ鳥がイカサマ仕掛けてくるとは思わねぇだろ。普通。
そんな訳で真っ当な条件で再戦しようと思ったが、ここでもう一工夫しておく。
好きな所に石を置く事ができる五目並べではなく、ルールが複雑な囲碁を提案したのだ。
「くくく、囲碁は五目並べほど簡単じゃねぇからな。鳥にはちっと難し過ぎたか?」
「ぐるぐるぅ……」
「ほらほらどうだ?くやしいか?」
目の前の盤面を悔しそうに見つめるキングフェニクスへ、渾身の力で敗北を突きつける。
お前の得意なイカサマも、覚醒グラムを握りしめて監視されちゃ使えねぇ。
実力での闘いなら俺が負けるはずがねぇんだよ、ふぅーははは!
……うん、自分で大喜びしていてなんだが、今はそんな事してる場合じゃねぇぞ。俺。
大魔王ハーレムハーデスルートをどうやって回避するのかを考え……、あ、これも違う。
「だいぶ時間が経った気がするが、リリン達はどうなっ……すげぇ!!」
爆発音が聞こえる方向に視線を向けると、地平線の彼方が白黒に染まっていた。
更に効率化を覚えたリリンと冥王竜の暴虐により、一気にチェスボード化が進んだらしい。
「あっちは着実に結果を出しているっぽいが……、俺の戦果は囲碁で一勝。しかもゲロ鳥相手に」
「ぐるぐるきんぐぅー」
「……なんか、別の意味で危機感しか無い」
ご機嫌ナナメなリリンのストレス発散も兼ねているとはいえ、やっている事はメルテッサ攻略への布石。
いくら待機指示が出ているとはいえ、あまりにも落差が酷過ぎる。
「流石にふざけ過ぎたな。ここから動く事こそできないが、真面目に戦局を見ておくか」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
おい。勝ち逃げは許さんぞ。
今のぐるぐるきんぐぅー!は、そんな意味な気がする。
「って言っても、そろそろ時間だしなぁ……ん?」
「ぐるぐるげっげー!」
あ、封筒を咥えた一般ゲロ鳥が来た。
まるで見ているかのようなナイスタイミングだぜ!
「よくよく考えると、ゲロ鳥が来るって事は俺の位置が把握されてる訳だよな?」
「きんぐぅ」
「これ、お叱りの手紙だったりしてな」
大魔王大臣様は地獄耳を持っていらっしゃるが、目までは良くないはず。
……よくないと良いなぁ。
ちょっと強張った指で丁寧に封筒を開け、おそるおそる中身を確認。
そこに書かれているのは、普通の指示だ。
「えー、なになに?『戦場のチェスボード化進捗率、60%。目標達成予測時間を+25分ほど修正』か。流石に戦場まるごと爆心地は時間が掛るっぽいな」
「きんぐぅー」
「……で、『ユニフィン様は引き続き待機ですわ。そこに居るだけで疑似餌の役目を十分にこなしていますのに、錯乱作戦を仕掛けるとは素晴らしい働きですの』って書いてある」
「ぐるぐるぅー!きん、ぐぅぅ!」
前半で油断させてからの、ものすっごい破壊力がある後半がきた。
俺が遊んでいた事をお見通しな上、なぜか絶賛されている。
そして、どうやら俺は知らない内に疑似餌の役割をしていたらしい。
「疑似餌……、俺がここに居るとメルテッサの注意を引き付けておけるって事か」
「きんぐ」
「なるほどなぁ。確かに逆の立場なら俺から目を離せない」
目視できる位置に居る敵が世界最強の神殺しを覚醒させ、臨戦態勢を取っている。
そんな状況を見せられれば警戒して当然で、時間に余裕がある場合は攻略の糸口を探るだろう。
そして、要警戒人物の俺はゲロ鳥と五目並べや囲碁で闘い、一喜一憂していると。
なんていうか、すまん、メルテッサ。
悪気があるどころか、純粋に勝負を楽しんでいた。
「さて……、もう一戦やるか?」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
偶然の産物とはいえ、俺の囲碁が策謀になっているのなら好都合。
華麗なる石裁きで、みんな纏めてブチ転がしてやるぜ!!
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「カミナ先生!ちょっと患者さん多すぎませんか!?」
次々に転送されてくる負傷者を目の当たりにしたミナチルは、縫合処置をしながら苦言を呈した。
突然帰ってきたカミナに『実地訓練に行くわよ!』と連れ出され、同僚数人と共に広大な面積の屋内ブースへと案内される。
そこにいる軍人や冒険者は一人残らず背中を負傷しており、レベルが高い者ほど錯乱している傾向が高いという、想像を絶する地獄が広がっていた。
「野戦病院なんてこんなものよ。弾丸をピンセットで引き抜いて縫合するだけなんだし、一人30秒で処置が目標ね」
「そんな縫合技術を持ってる人はカミナ先生以外に居ません!」
「あら、私がやったら7秒も掛らないわよ」
「訂正します!意味が分かりません!!」
『レジェリクエ』の検分を終えたカミナは、動揺しているテトラフィーアを立ち直らせる事から始めた。
これは偽りの死体なのだと告げ、レジェリクエの生存に希望を抱かせる。
そうした内面でフォローを得たテトラフィーアは、溢した涙を燃料にして動き出した。
そして、『陛下が好まない外道な手段でも構いませんわ。最短最善手で反抗勢力を無力化して頂きたいですの』とカミナに打診し、今に至る。
「いってぇ……、ちくしょう、魔王めぇ」
「この恨みは必ず……」
「こここ、ころす、ぜったいぃぃ」
この場に集められたのは、戦場で起こった大爆発に臆することなく立ち向かった者達。
その理由は様々であるが、一貫して魔王への反抗意思が強く、それに付随した実力を備えている者が多い。
当然、一方的に肩甲骨を砕かれた程度では、その心までは折る事が出来ていない。
治療を終えた者から順に魔王へ復讐を誓い……、自分を治療した医療団を人質にしようと画策している者すらいる。
「さ、て、と」
「おい、お前が医者共のリーダーだな?」
「そうよ。カミ様って呼ばれるくらいには名医なの」
カミナが笑顔で出迎えたのは、銀色の甲冑を来た豊満な腹の男。
明らかに装備と実力が一致していないが、カミナが求める条件とは一致している。
「あら、いいじゃない」
「……?てめぇ、魔王共の部下なんだろ?覚悟はできてんだろうな?」
「部下って何の話かしら?」
「こんな奇襲を仕掛けた落とし前、どう付けん……ん、だ?」
ずるり。っと、男の視線の先で両腕が落ちた。
ぼたぼたぼたと滴る血液を眺め顔が青ざめる。
そんな幻覚を見た男は、呆気なく、床に倒れた。
「ぎぃ!」
「エンドルフィンの異常を確認。かなり副作用が出ているわね」
くるりと白目をむいて倒れた男は、緩み切った笑顔でブルブルと震えている。
その両腕は斬り落とされておらず、代わりに二本の注射器が刺さっている。
ムーと契約したカミナは、その報酬として悪喰=イーターを手に入れた。
カミナはこの大陸でもっとも人体に詳しく、その知識量は並みの人間などとは比べ物にならない。
当然、それを参照した悪喰=イーター内の知識も膨大なものとなり……、数千年にも及ぶ人体生物学の全てを得る事になったのだ。
「医者なんだから当たり前のことではあるんだけど、健康な生体サンプルって思うように手に入らないのよね」
「あの、この人すっごい顔色ですよ、カミナ先生……うわ、カミナ先生の顔色も真っ黒!」
「そりゃあ、私は部下では無く魔王本人だもの。人体実験し放題とか腕の見せどころよね」
カミナが解明した人体解剖学による『新薬効果予測』を確かめる為には、検体が健康である事ともう一つ、理想的な体組織をしている必要があった。
だが、健康な被験者自体が滅多に手に入るものでは無く、ましてや、複数の条件を満たすとなると皆無に等しい。
「ウィリス。この患者様を6-Aに移動して」
「くるる!」
ドラゴンに引き摺られていく男を一瞥し、カミナは循環器に致命的な異状が出ていないかを調べた。
注射器に入っていた脳内神経シナプスへの直接的な刺激を誘発する薬は、ルイに処方したものを改造して作った医薬品。
とてもじゃないが表社会に出せない劇薬も、扱う者が作用を予測していれば問題になりえない。




