第158話「戦況の分析」
「なるほどなぁ……。リリン達はチェス盤を作ってるのか」
16戦15敗という凄惨な戦禍から目を背ける為、遠くの大地へ視線を向けた。
リリン達が放つ閃光は刻一刻と激しくなり、もはや、切れかけの電球の様に白黒に点滅している始末。
不機嫌のままに暴れてまくった結果、何処かに楽しさを見い出したっぽい。
一方、駄犬二匹……訂正。黒い方の駄犬も負けていない。
片腕で放っていた核熱の炎を全身に纏い、浄罪の冥獄槍まで装備。
数の不利を挽回するような猛烈な連撃を放つ姿を、白い方の駄犬が満足げに眺めている。
「それにしても、大地が染まるスピードが凄まじ過ぎる」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
「一秒間に2~3個のペースで升目が増えていく。という事は秒速45mになる訳で、時速150kmで逃げないと追い付かれる訳だ」
「ぐるぐるぅ!」
「そりゃ、俺やお前なら余裕で逃げられるだろ。……だが、一般の冒険者じゃ絶望的だぜ!」
スピードに特化した前衛職の冒険者なら、時速150kmで逃げる事は不可能ではない。
俺が知っている中なら、タコヘッドにジルバシラスさん、シルストークやブルート、モンゼは余裕で逃げ切れる。
だが、これがパーティー全員となると途端に難しくなる。
バッファ慣れしていない後衛職の魔導師は、誰かが担ぐしかない。
人間一人を担ぎながら逃げるなど、それこそ、大魔王クラスの実力者じゃないと不可能だ。
「仲間を見捨てれば逃げられる、か。流石は心無き魔人達の統括者、エグイ作戦を考えたもんだ」
リリン達が創り出す爆心地は、灰か炭の二択となっている。
つまり、あの爆心地の上には草の根どころか、石すらロクに残っていない。
当然、爆発に巻き込まれれば、天に召される事になる。
リリン達がやろうとしている事は恐らく、この戦場にいる人間を戦意ごと排除すること。
魔道具を排除する為にしているんだろうが、『パーティーの結束』か『パーティーの決裂』の二択を押しつける事で、後の心理誘導の布石にしてるっぽい。
「いくら物質主上が他者の魔道具の性能を扱えると言っても、参考先が残っていなければ意味がないもんな」
「きんぐぅぅー!」
「俺が五目並べて遊ばれている間に、大魔王共はチェスをイメージした大規模策謀を仕掛けていた、か。なんだこの格差。酷過ぎるにも程が有るぞ」
「ぐぅぅるぐる!げっげー!!」
「お前の言葉は分からねぇけどな……、今、絶対に馬鹿にしただろッ!?」
「げぅげぇー!」
完全に俺の事を舐めきっているフェニクが、満面のドヤ顔で石を打った。
そこにあるのは、縦横ナナメに4つ揃った石だ。
何度も何度もアクロバティックな盤面を作りやがってッ!!
手加減くらいしろってんだよ、こん畜生めッ!!
「もはや、俺が弱いとかそういう次元じゃねぇぞ。誰に教わったんだ?」
「ぐるきんぐ!」
「五文字……、大魔王陛下か?」
発音がぐるぐるきんぐぅー!なせいで確証が取れないが、どうやら、コイツに五目並べを教えた奴が存在するらしい。
なんとなく『はくぎんひ!』って聞こえた気もするが……、ビッチ狐がゲロ鳥に五目並べを教えるって究極に意味が分からないので却下。
無難に大魔王陛下の仕業って事にしておこう。
「ったく……、リリンや冥王竜がチェス盤を作ってるのは分かり易い威嚇で、ブルファム軍を追い立ててるって事だよな?」
「きんぐぅ!」
「その割には、逃げ惑ってる冒険者が少なすぎる。そこそこの数の兵士が戦場にいたはずだぞ?」
レジェンダリア軍が猛烈な追い上げしているとはいえ、まだまだ戦時下真っ最中だ。
ここに来る途中、俺は20組以上の戦いに介入し、決着を付けている。
大魔王陛下達が選んだ少数精鋭での決戦は、同時に行われる闘いの回数が少なくなる戦い方だ。
全てのブルファム軍を鎮圧するには、どうしても時間が掛ってしまう。
「何処かに纏まってる一団があるの……ん?光った?」
「ぐぐるぅ!」
響いてくる爆砕の音を背景に、鬼の形相をした仲間が走ってくる。
そんな光景を見た兵士も逃げ出し……という、連鎖的な敗走が大魔王共の狙い通りだ。
そして、全ての人間が直ぐに逃げる訳ではない。
状況を探る為にあえて爆心地に近づく者や、はぐれた仲間を探す者がいる。
「……また光った。あれは狙撃か!」
だが、リリンと冥王竜の近くに人影は無く、思うがままの暴虐のが繰り広げられている。
そんな状況を作り出した答え、それは……、遥か遠方から行われているであろう、超精密射撃による強制転移だ。
「逃げる以外の選択をした奴を転移魔法が掛った弾丸で狙撃。別の場所で捕縛って所だな」
「きんぐぅぅー!」
「んー?狙撃手は一人じゃねぇな。セブンジードとあと一人いる……、そうか、メナファスか!」
テトラフィーア大臣の指示書には記載されていなかったが、メナファスもちゃんと合流しているらしい。
戦力的な意味ではこれ以上ないくらいに吉報な訳だが、……ラルラーヴァーの正体を暴露したのが確定するわけで。
メルテッサの攻略方法よりも、リリンのご機嫌取りの方法を考えておくべきかもしれない。
「どう足掻いても現実から逃げられない。しょうがねぇ、もう一戦やるか……?」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
リリンと冥王竜の暴れっぷりは凄まじいものの、この戦場の全てをチェスボードにするにはまだ時間が掛る。
思考を整理する為にも、五目並べでお茶を濁した方が良い。
そう思って向けた視線の先にあるのは、16敗目の盤面だ。
俺の石が黒、キングフェニクスの石が白。
……ん?
あれ、ちょっと待て。ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……。
俺の石の数が22個。
で、キングフェニクスの石の数が23個。
五目並べは、交互に石を置く競技だ。
黒が先行であり、白が多くなることはありえない。
……。
…………。
………………てめぇ、イカサマしてるじゃねぇかッッ!!
メナファス戦まで行かなかった……のです。
おのれ、残業めぇぇ……。




