第157話「戦域の”壊滅”」
「おー!リリンが張り切ってるなー!300%増しに尻尾が唸ってるぜッ!」
五目並べで12敗目を迎えようとしていた時、視界の端に閃光が映った。
何が起こったッ!?と大げさに驚いて試合を有耶無耶にしつつ、情報収拾を開始。
そうして俺の目に移ったのは、見覚えのない魔神の姿だ。
「……。よし、セフィナと一緒にいるって事は、無事に仲直り出来たって事だよな?めでたしめでたし」
「きんぐぅー!」
「………………で。その魔神装備は何なんだよッ!?そんなん持って無かっただろッ!?!?」
リリンが纏っているのは、俺が知っている魔王シリーズではない。
破壊値数だけで比べても、明らかな上位互換。
精錬された漆黒が煌めく、美しい魔神装備だ。
マジでそんなもん、どこで仕入れてきやがった?
「って言っても、大体の予想は付いてるんだけどな」
「ぐるげ?」
魔王シリーズをカミナさんに預けていた以上、犯人は一人しかいない。
他の装備を手に入れる暇なんて無かったし、そもそも、天穹空母の設計者がカミナさんな時点で明らかに何かがおかしかった。
もはや、人類最高の医師の面影すらない。
それでも、味方のリリンが装備している訳で、戦力的な意味では全く問題ない。
が……、明らかにクソタヌキロボを参考にした設計なんだよなぁ。
統一感の無かった装備が見事に新調され、超魔王枢機・パーフェクトデモン=リリン!って感じになってんぞ。
どこのラスボスだよ。
「カミナさん、タヌキに洗脳でもされたのか?ま、まぁ、リリンは味方な訳で、あの尻尾が俺に向く可能性は限りなく低い訳だし?」
「ぐるぐるぅぅ?」
「……。ヤバイと思うか?」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
「ど、どうかワルトが正体を暴露していませんようにッ!ご機嫌ナナメ超魔王リリンになってませんようにッ!!」
「きんぐぅ」
「……あーちくしょう、見れば見るほど機嫌が悪そうに見えるッッ!!絶対にロクな事になってねぇええええッッ!!」
俺がいる塔からリリン達はがいる場所まで、だいたい5km程は離れている。
覚醒グラムで身体能力を底上げして見ているとはいえ、表情の機微を読み取るのは難しい。
だが、顔を見なくても機嫌が悪いのが明らか過ぎる。
巨大な升目を何個も作るとか、暴れ方が魔神そのもの。
「つーか、よく見たらセフィナも似たようなの着てるな。姉妹揃って魔神ごっこか?」
「ぐるぐるきんぐうー!」
「あーはいはい、分かったよ、打てばいいんだろ」
独り言を見抜いたキングフェニクスが俺の足を小突き、続きをせかして来やがった。
目の前にある盤面には、4つ繋ぎの石がなんと5組。
2つで詰みなのに5つも用意しやがって……、マジでどうやればそうなるんだよ。頼むから教えてくれ。
「くっ、これで俺の負け――ん?」
せめてもの抵抗に盤面へ石を叩き付けてやろうかと思った矢先、リリン達とは別の方角が光った。
今度は素直に驚きつつ視線を向け……あ、駄犬竜が二匹も飛んでいる。
「あっちはあっちで何かしようとしてるっぽい?おっ、一度も成功した事がないと噂の核熱の炎じゃねぇか。拳を天に翳しながら握りしめ……、あっ、大地が消し飛んだ」
また一回り小さくなった気がする冥王竜だが、その攻撃力は健在ならしい。
大地へ向けた一撃は核熱の炎の名にふさわしく、着弾と共に巨大なキノコ雲を発生させ、草原を荼毘に伏した。
……この忌々しい盤面も掻き消して欲しい。
「にしても……、これが物質主上を封緘する作戦なのか?」
「ぐるぐるっ、きんぐぅー!」
視界の右手側にはリリンとセフィナ、左手側にはホロビノと冥王竜。
それぞれが来た歩んできた方向には、白と黒のチェック柄が広がっている。
……。
…………。
…………………………ストレス発散の為に、暴れてるだけってことはないよな?
**********
「きゅあららら~!」
鼻歌交じりの鳴き声を上げたホロビノは、眼下に広がっている光景を眺めた。
リリンサにお願いされた通りの結果に満足し、尻尾を静かに振っている。
一方、それを生み出している冥王竜は溜め息交じりに拳を振り上げ、投げやりに拳を振り下ろした。
その表情にあるのは、死んだ魚のような目だ。
「……タダ働きは嫌なのだ」
ドガァーン!という爆裂音に紛れこませた本音の呟き。
本心からの言葉であるが故に我慢できず、それゆえに、師匠には絶対に聞かれてはならない言葉だ。
なお、ホロビノはとても耳が良い。
「きゅあらぁん?」
「ひっ、いや、文句じゃないっすよ!?ただ、レジェリクエが死んでしまったのなら、我が頑張る意味は薄いなと……」
「きゅあはぁーん」
「え?馬鹿ってなんすか?」
天穹空母に撃墜されて転生した冥王竜は、本能的な危機を感じるほどの空腹を満たす為にレジェンダリア本陣へ帰って来た。
肉体を再構築した転生直後は、当然、胃袋の中に何も入っていない。
そんな状態の冥王竜は、知ってしまった美食を求めて飼い主の所に戻ってきたのだ。
だが、そこで見たのは変わり果てた飼い主の姿。
既に魂は完全に抜け落ち、ただの肉体となってしまっている。
そうなった状態からの蘇生は不可能だと思っている冥王竜は、僅かに鼻を鳴らしてレジェリクエと自分の夢へ別れを告げた。
そして、それが間違っていると知っているホロビノは、陽気な声で冥王竜を咎めている。
「レジェリクエ死んじゃったっすよ?我の宝船も敵に取られちゃったし、完全にタダ働きじゃないっすか」
「きゅあー、きゅあらー」
「違う?え、俺の目が節穴?なんのことっすか?」
「きゅあらー、きゅあらいん」
「一度見たのに間違えた?……え、死んでいないってことっすか?」
雑に拳を振り下ろし、再び大地を爆心地へと変える。
そんな単純作業を繰り返しながら、冥王竜はホロビノの言葉の意味を一生懸命に考えた。
そうしてようやく、ドラゴンが最も警戒しなければならない神殺しの魔剣に辿りつく。
「アレもローレライの仕業っすか?でも、味方っぽい雰囲気出してたっすよ?」
「きゅあー」
「レジェリクエの死を回避させる為には、剣の中に封印しとくのが最善手?その場で治せばいいじゃないっすか」
「きゅあろん、きゅあら」
「エステルによって付けられた傷は直ぐには治せない?……エステルって?」
「きゅありえる、きゅあらきゅあー」
「へー、ソドム様の武器って凄いんすねー」
数万回にも及ぶソドムとホロビノの小競り合い、その中の数回は本気で殺し合っている。
その理由は特に筆舌する事ではなく、大抵はソドムの機嫌が悪かったとか、ちょっかいを掛けてきたソドムの攻撃がクリティカルヒットし、ホロビノがキレたとかだ。
結果的にお互いが生き残っているものの、その戦いは凄まじいの一言。
特に、エゼキエルが持つ14個の拡張武装の全てを装備した『魔天帝王』など、もはや、並みの皇種5匹を瞬時に消し飛ばすほどの戦闘力を誇る。
そんなカツテナイ機神と戦い続けてきたホロビノは、防御を司る天使シリーズの厄介さを熟知しているのだ。
「きゅあらん」
「レジェリクエが生きてるってのは良いっすね。約束を守って貰えるっす!」
「きゅあらきゅーあ」
「分かってるっすよ!我の宝船を落とせなかった汚名はちゃんと雪いで、金ぴかのを作って貰うっす!」
心無き魔人達の統括者に飼われていたホロビノは、失敗した奴にご褒美は無いと知っている。
そして、汚名さえ雪いで置けば、再びチャンスが巡ってくる事も知っているのだ。
上手におだてて、全部コイツにやらせよう。
何の制約もなく無尽蔵に魔法を撃ち込める機会なんてそうそうないし、良い訓練にもなる。
そんな思惑を秘めたホロビノは、見事にやる気を出している冥王竜を見て「チョロイ」と思った。




