第156話「戦場の”無尽灰塵”」
「さて、次の指示は……、おっ、ワルトも合流したか!」
レジィ陛下の敗北、メルテッサの現状、セフィナ奪還と続いて記されていたのは、ワルトの合流。
最初の指示書を見た時は焦ったが、刻一刻と状況が好転している。
特にワルトは勝敗を決める程に強力な援軍だし、一安心して良さそうだ。
……で、『ワルトナ様とは、無事に合流できましたわ』か。
ワルトはラルラーヴァーに捕らえられ、消息不明な状態だった。
電話中に攻撃を受けている以上、『合流』では無く『救出』と表現するのが正しいはず。
頭の良いテトラフィーア大臣が書き違えるとも思えないし……、まさか、正体を暴露したって事か?
「……やっべぇ。俺の居ない所で超魔王大決戦が勃発してそう。リリンは『完全に容赦なくブチ転がすっ!!』って意気込んでたし……」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
「ぐるぐるげっげー!」
「もしくは、三人で結託して俺を美味しく召し上がる算段を付けてるとか……?うん、俺の戦いのラスボスはメルテッサじゃない。超魔王共だッ!!」
キングフェニクスの『労いぐるぐるきんぐぅー!』を見て現実逃避をしつつ、指示書の続きに目を通す。
過去の俺が仕出かした後始末は、未来の俺が考えれば良い。
現在の俺が向き合うべきは、超越者になったメルテッサとの戦闘だ。
「なになに……?『ユニフィン様は待機ですわ』って、まだ待機かよッ!?こんな戦争さっさと片付けて、超魔王共に土下座しなくちゃならねぇんだがッ!?」
「きんぐぅー!」
「で、俺の出番は……『物質主上封緘後、ユニフィン様はメルテッサがいる錆鉄塔へ移動。身柄を確保してくださいまし』ってことは、何らかの方法で物質主上を弱体化させるって事か?」
「ぐるぐるぅぅ、ぐるげ!」
「作戦開始の合図は、空がステンドグラス状に変化した時。おおよそ1時間後が目安……っと」
指示書に記されている具体的な時刻は、16時20分。
ゲロ鳥が手紙を運んで来た時間を考慮すると、だいたい1時間半で物質主上を弱体化させるようだ。
レジィ陛下が成す術もなく敗北した特殊能力を、僅か1時間半で封じる。
どう考えても高度な戦術と技術が必要になるわけだが……、お前にはそれができるって事か?ワルト
「あのワルトが、今じゃ英雄見習いか。ずっと俺の後ろに隠れてた頃からは考えられねぇ。随分と頑張ったんだな」
「ぐるぐるぐぅー!」
「……。で、『うどん、しゅきー。』っていう清廉無垢な笑顔が、どうしてあんなに真っ黒に?」
「きんぐぅぅー!!」
出会った当初のワルトは生きる気力がなく、飯ですら俺が食わせていた。
その結果、食事時間になると俺の横に無言で座り、口を開けて待っているようになった訳だが……、俺の大魔王餌付けテクニックの根源はお前か、ワルト。
で、今じゃ積極的に飯を食うどころか、流暢に暴言まで吐くようになったと。
改めて言っておこう。
娘の教育、大失敗してますよ。大聖母様ー?
「第二の幼馴染枠だったラルラーヴァーまで真っ黒。むしろ一番黒いまであるとか……、なぁ、俺は一体どうすればいいんだろうな?」
「ぐるぐるきんぐぅー!」
「そうだよな。鳴くしかねぇよな。……ぐるぐるッ、きんぐぅー!!」
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「セフィナ。私達のやるべき事は分かっている?」
「チェスボードを作ればいいんだよね!?」
「そう。この戦場を白と黒しか無いチェスボードに変える。……持ちうる最大の力を行使して暴虐の限りを尽くし、この大地に落ちている全ての無機物を灰と塵と化すこと」
「おねーちゃんと一緒だもん、いっぱい頑張りまっす!」
メルテッサの物質主上の本質は『究極の他者依存』。
要するに、他の魔道具がなければ、なんにもできないのですわ。
複雑な戦略会議の末、テトラフィーアは美しい笑顔をリンサベル姉妹に向けた。
今までの考察や推測、軍事戦略や心理誘導を多分に含んだ会議はリリンサ達が付いてくるには難解すぎる。
それを分かっているからこそ、戦略を立て終えた後でリンサベル姉妹用の指示を出す事にしたのだ。
「テトラフィーアさんが、頑張ったらご褒美をくれるって!」
「ふふ、テトラの御褒美はとても期待できる。きっとお菓子の博物館とか作ってくれるはず!」
「お菓子の博物館なの!?!?」
リリンサ様とセフィナ様には、この戦場一帯をチェスボードに変えて欲しいんですの。
事後を目の当たりにしただけで一目瞭然に理解できる、本能的に畏怖する生と死の象徴をね。
そんなテトラフィーアの囁きは、続いたご褒美の話によって掻き消された。
思惑を話した上で別の意識へ誘導する、それはレジェンダリア大臣として生きるテトラフィーアの嗜みだ。
「セフィナには一片が15mの立方体を作って貰う」
「……立方体ってなに?おねーちゃん」
「縦横高さが15mもある角砂糖。みたいな結界魔法を使って欲しいってこと」
姉の例えは的確で、妹は直ぐに理解した。
二人とも物覚えは良く、計算だって人並みにはできる。
リリンサもセフィナも、決して馬鹿ではない。
ただ、自分の興味がある事に対して暴走を繰り返してきた結果、アホの子と呼ばれている。
「セフィナは私が付けた目印に従い『壊滅精霊破地式』発動して。ちゃんとやらないと綺麗な模様にならないから気を付けること。できる?」
「できるよ!」
リリンサが左腕を翳すと、それに付随する魔神の左腕が連動した。
巨大な手首であるそれは、リリンサの魔法技術の結晶と呼ぶべき超魔導武装。
先端の五指は無数の魔法陣が積み重なって出来たものであり、リリンサが知っている魔法の全てを、無詠唱・事前準備無しで行使する事ができる。
「よろしい。じゃあ、最初の一個はそこに作って《夕焼け》」
「うん、《壊滅精霊破地式!》」」
リリンサの視線の先で、大地が薄紅色に輝いた。
15m四方のシートを広げたような光景は、すぐに別の物へと変化する。
セフィナは元気いっぱいにメルクリウスを天に付き出し、大好きなおねーちゃんから教わったばかりの魔法を使う。
薄紅色に染められた大地は黄金に輝く角砂糖へと置き変わり、そして――。
「流石、私のセフィナ。上出来!」
「えっへん!」
「という事で、爆破!」
「えぇっ!?」
キィン!っと細長い閃光がリリンサの尻尾から放たれ、黄金の角砂糖を穿った。
刹那、まるで上からシロップを垂らしたかのように、それが紅蓮漆黒に染まる。
そうして大地は、結界の中で轟々と燃え盛り、崩れ、塵と化す。
「わわっ、凄いよおねーちゃん、真っ黒だよ!?」
「そう、こうやって大地を焼き尽くし、全ての魔道具を灰塵と化す。それが私達の使命」
「えっと、白くする時はどうするの?」
「さっきよりも熱量を上げて完全燃焼させ、灰にすればいい。セフィナ、次!」
「はい!」
先程と同様の手順で、大地に黄金の角砂糖が設置された。
尻尾の先で僅かに溜めた閃光によって穿たれ、墨の様な漆黒へと染められる。
そうして大地は、轟炎と共に蒸発し、崩れ、白と化した。
「うわぁー、綺麗ーー!」
風に乗ってパラパラと舞い散る灰に手を伸ばし、セフィナは無邪気にはしゃいだ。
そんな、初雪を喜ぶ子供そのものな光景も、それを目撃した人にとっては終世以外の何物でもなく。
ブルファム王国歴・562年。
王都近郊の大平原にて開かれた戦場にて、魔王が降臨。
異形の姿で人外の力を振り翳した魔王の傍らには、純白を纏う天使が一柱。
機神を従え、一度はブルファム王国を守護したその天使は、あろう事か、嬉々として魔王に加担した。
夏には深緑が眩しい大平原、その末路は一目唖然。
見渡す限りに続く灰と塵に染められた大地の上には、その色の砂礫しか無く。
この暴虐を成したのは『心無き魔人達の統括者』。
その総帥たる魔王、いや、魔神の名は――。
『無尽灰塵・リリンサ』




