第154話「敗北運命・破綻会談③」
「メルテッサの攻略法は、能力を暴いた上で対処不能な飽和攻撃で倒す。もしくは、感知されない奇襲をするか。どっちらもレジェがやろうとした事で、これが最適解だ」
レジェリクエの戦略を肯定したワルトナは、ワザとらしく肩を竦ませて見せた。
やれやれ……とでも言いたげなその態度に、テトラフィーアの表情がピクリと動く。
「陛下は最適解を知っていた。が、負けた。そう言いたげですわね?」
「事実だろう?」
「その物言いは命を賭けた陛下に対し、あまりにも侮辱が過ぎますわよ」
「ははっ、侮辱だねぇ、屈辱だよねぇ。いいかい、確かにレジェは最適解を行っていた。だが最善手からは程遠い」
「結果を見た後でなら、なんとでも言えますわ」
「本当にキミは感情を慮る事が出来ない奴だね。レジェが敗北した理由は……、焦ったからだ」
迷いなく吐き捨てられた言葉を聞いたテトラフィーアは言い淀んだ。
綺麗事を並べることは出来る。
だが、テトラフィーア自身が感じていた違和感の正体こそが焦りだったと気が付いたからだ。
「陛下は冷静でしたわ。むしろ、僅かな高揚感すら……!」
「そう、英雄になれると気分を高揚させた。心無き魔人達の統括者の中で、自分だけが人外の領域に触れていないから」
「それは……、」
「レジェが正気だったのなら、どんな手段を使ってでも僕に連絡を取ったはずだ。だが、僕が参戦すれば、自分の所にメルテッサがやって来ない。だから一人で行動した」
「一人ではありませんわ。私たちと何重にも策を張り巡らせ……」
「て取り繕った。キミは知っているんじゃないのかい?レジェが焦った理由をさ」
ローレライと再会し、その憧れが住まう領域への道が示された。
そしてそれは、長く困難になるはずの道のり。
女王として君臨するよりも大変な――、レジェリクエの人生の主題になる様な目標だ。
だが、メルテッサが現れた事でその道が唐突に開かれた。
そして、レジェリクエは剣を手に取り、その道を進んだ。
「……ん、テトラは知らないかもしれないけど、レジェは割とミスをする」
「あの陛下がですの?」
「レジェのおかしな行動の半分くらいは失敗を揉み消す偽装工作。銀行とお風呂が一緒になってるのも、『きゃっしゅ・ふろー』ってのをお風呂と勘違いしたから」
キャッシュフローとは、経済用語で『現金流量』の事を差す。
世界経済を掌握しているテトラフィーアに取っては日常そのものであり、風呂と間違える事などあり得ない事だ。
だが、レジェリクエが『これがホントのキャッシュフローよぉ!』と口癖のように言っていたのを思い出し、苦笑いを溢した。
「レジェの失敗は僕らが、僕らの失敗はレジェが、お互いに補完し合ったからこそ、心無き魔人達の統括者は名を馳せる事が出来た。それに、相談しづらい雰囲気を作った僕にも責任はある」
「えぇ、ワルトナ様の行動には思う事が沢山ございましてよ」
「きっちり勝つさ。その後で色んなモノを清算してやる」
レジェリクエの敗因を指摘したワルトナの思惑は、テトラフィーアに同じ轍を踏ませない為の警告だ。
ワルトナが脳内で構築した戦略では、彼女自身もユニクルフィンと並ぶ決戦戦力の一つ。
最前線に赴く事は無くとも戦場に出るのは必須であり、戦闘管制はテトラフィーアのままとなる。
「物質主上のもう一つの能力『範囲内の魔道具に、過去を行使させる』。これは一見して万能、だが、付け入る隙はある」
「えぇ、私もそのお話がしたかったですわ」
「奇遇だねぇ。じゃあ、攻略を始めよう」
やっと本題に入れると、ワルトナは肩の力を抜いた。
自分を含め、この場にいる者のほぼ全てが動揺していた。
そんな状況での戦略会議など、それこそ、サイコロに運命を委ねた方がマシな程度に酷いものになると思ったのだ。
「所持している魔道具の過去、及び、同系統の魔道具が持つ能力を行使させる。これを行うには過去に反しない事が条件だと言っていたね?」
「えぇ、お伝えした情報はメルテッサの証言から確証を得ています」
「なるほど。実に便利で良い能力だが、制約がキツイ」
「過去の影響を受け安いことですわね?」
「そう。そして、所持していない魔道具はこの制約が多くなるんだろうね。火属性の剣に水属性の剣の性能を行使させることは難しいんだろう」
「高位の魔道具には多くの過去があり、それの反しない形でしか行えない。ですが、メルテッサは新品の魔導具を作り出し、問題をクリアしていますわ」
「そうじゃない。メルテッサの強化は天井知らずだが、そもそも、魔王シリーズや天使シリーズを持っている以上は誤差だよ。それよりも、僕らが弱体化しない事の方が重要だ」
そのワルトナの言葉に、幾人かが小さく頷いた。
今までの戦いで、メルテッサが使用した『弱体化』は、一切合を染め伏す戒具に搭載された神の情報端末の発動妨害のみ。
戦争においては、自軍を強化するよりも相手を弱体化させた方が確実性があり、それをしてこないからこそ、メルテッサは物質主上に慣れていないと判断されたのだ。
「弱体化の振れ幅は決まっている。例えば、果実の切断を失敗した事がない剣では、その切れ味の保証は『果実以上』であり、それ以下の切れ味を発揮させる事はできない」
「なるほど」
「当然、剣が金槌の能力を発揮する事もない。……だが、作られたばかりの魔道具は過去が存在しないから、その限りでは無い。剣の形をした金槌を作ることは出来るし、それ以降は金槌の性能のみをインストールする事ができる」
ワルトナの大聖母教育には、悪喰=イーターが使用されている。
その訓練でノウィンは数々の小道具を生み出し、ワルトナを徹底的に磨き上げた。
それ故に、ワルトナは相手の武器を外見で判断しない。
「天穹空母がメルテッサの支配下にあるのは、セフィナが撃ち落とした天穹空母に直接乗り込んで使用したからだろう」
「では、天穹空母はメルテッサの魔道具扱いとなり、制約も軽微になっていると?」
「そういうこと。カミナの事だから拡張機能とかいっぱい付けてるでしょ?そこを逆手に取られてるね」
「だとすれば、アップルルーンはメルテッサが使用した魔道具ではない。だから、過去の性能の行使しかできなかったんですのね」
物質主上は神が『万能』と称した能力だが、全知全能ではない。
事実として、唯一神は物質主上を使い、存在する全ての場道具を束ねて世界を滅ぼしかけた。
だが、あと一歩のところで、全知・全能に阻まれている。
「そんな訳で、作られたばかりである魔神シリーズと天神シリーズは弱体化しない。故に、リリンとセフィナは決戦戦力となる」
「っ!確かにそうですわ」
「そして、物質主上……、というか、使用者以外の神の因子は神殺しに干渉する事は出来ない。これは、神殺しが神を殺す為に造られたからだ」
「そうなんですの?では……」
「ご明察。僕とユニの武器は物質主上に干渉されない。これで4枚」
「まだ何か隠している声ですわね?」
「ラグナとニセタヌキ、あぁ、ホロビノも忘れちゃならないねぇ。道具を使わない動物にとっては、物質主上なんて全く意味がない。これで決戦戦力が7枚だ」
ワルトナの手によって、盤面に駒が並べ直されていく。
それは、通常ではありえない最強の駒ばかりの歪な盤面。
「それなら、眷皇種であるキングフェニクスも使えますわ」
「おや?8枚とは丁度いい。此処から先の戦いに最弱の駒は不要。だから全て成らせて、決戦兵力で戦うとしようじゃないか」
「へぇ、とても面白そうですわね」
たった一つの決戦兵力が、9万人の冒険者を容易く全滅させる。
そんな絶望が密集する超魔王盤面を僧正が眺め……、口元を引きつらせた。




