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第37話「三頭熊」

「リリンが負ける……?あり得ないだろ、そんなの……」

「聞いてユニク。三頭熊ベアトリスは本当に恐ろしい存在で、ランク4以上の冒険者が三頭熊を見つけたのならば、確実に死留めて欲しいと不安定機構からお願いされているくらい危険」

「ちょっと待ってくれ、リリンちゃん。僕の騎士領でもそんな奴、聞いたことないぞ!」


「それは、三頭熊が非常に珍しい動物であるという事。しかし、その習性から付けられた別名、『喰い潰し』 なら聞いたことが有るかもしれない」

「喰い潰し……。もしかして、クエナ村を襲った謎の魔獣の事か?」



 ロイは、自分が10歳の頃に聞いたという昔話を話してくれた。

 父から聞いたというその昔話は、近所の廃村を襲った悲劇。

 隣村のクエナ村から、一切の連絡が途絶えた事を不思議に思ったロイの両親は、騎士を派遣し確かめに向かった。

 そして、そこで待ち受けていたのは、広場に集められた無残な死体だったという。



「それは間違いなく、三頭熊の仕業。その生態というか習性は、劣悪極まりない」

「習性?死体を集めるってのか?」


「違う。死体を集めるのではない。三頭熊は鮮度の高い獲物しか食べないから、死体など集めない」



 言っている事がめちゃくちゃだ。事実として死体が集まっていたというのなら辻褄が合わない。

 けれど、とリリンの言葉が続く。

 その表情は苦虫を噛み潰したようだった。



「三頭熊は獲物の集団を見つけると、目に映る全ての獲物を一人残らず狩り一か所に集めていく。獲物は半死半生、足や腰を砕いて動けないようにしてから、ゆっくりと、獲物達の前で、捕食する」

「え……。」


「そして、非常にグルメだと言われている。死んだ獲物に興味を示さず、弱ってきた獲物から順番に食べる。動けない被害者達の目の前で、肉親や子供、恋人などを食い散らかして、結果的に残るのは一か所に集められた不自然な死体だけ」



 う。先ほどまでの吐き気が再び戻ってきそうだ。

 まさにおぞましい魔獣と呼ぶべき存在。


 愛した人が喰われていく絶望。

 聞こえてくる断末魔の叫びは、次は自分の番かもしれないという恐怖をかりたてていく。

 助けを呼ぼうにも、動く事も逃げる事も出来ないのだから。



「そんな奴がこの近くに……?」

「いる。この傷は三頭熊にしか付けることしか出来ない」


「どういう事だ?」

「この傷は、深さの割に出血の量が少なく傷口もふさがりかかっている。それは奴の爪に刻まれた魔法紋のせい」



 ここで聞き慣れない言葉、『魔法紋』というものが出てきた。

 リリンが言うには、高等な野生動物の中には、自分の体に魔法陣のような模様を持つ奴がいるらしい。

 三頭熊は爪と肉球に魔法紋を持っていて、その爪の効果は、傷口の止血をする回復魔法の効果が有るという。



「その爪のせいで、獲物はなかなか簡単に死ねず、長い間恐怖を味わう事になる。万が一窮地を脱したとしても、砕けた腰や足が歪につながり、ろくに歩くことも出来ない」

「はは、危険すぎるなんてものじゃないな……。」

「でも、リリンちゃんなら勝てるんだろう!?ほら、第九守護天使セラフィムなら、無敵だから……」


「もちろん駆除するつもりだけど、奴の肉球に刻まれたもう一つの魔法紋が非常に厄介で、その効果は魔法の打ち消し。つまり第九守護天使セラフィムを破壊する事が出来る」

「なん…だとッ……」

「嘘だろっ………。第一、第九守護天使セラフィムを壊すなんて出来るのか?」


「実は、第九守護天使セラフィムは以外と破壊されやすい。それは第九守護天使セラフィムの特性によるもので仕方がない」

「特性?全ての攻撃を無効化するんだろ?」

 

「その無効化の仕方に問題がある。第九守護天使セラフィムは対象者に過度な影響を与えるものを『吸収』し無効化している。つまり、外部からの影響、例えそれが第九守護天使セラフィムに向けた攻撃であっても、吸収してしまう」

 


 リリンの話では、防御魔法には二つの系統、『干渉系』と『非干渉系』が存在するらしい。

 干渉系は、幽玄の衝盾クリアフィルム等の一般的な防御魔法で、対象へ直接働きかけ硬度や耐久地などを底上げする。

 一方、非干渉系たる高度な防御魔法、第九守護天使セラフィム等は、対象に関する過度な影響を吸収し無効化しているのだそうだ。


 そして、基本的に魔法の発動中は無敵である、後者の非干渉系の防御魔法も、弱点が存在する。

 外部からのあらゆる影響を吸収してしまう非干渉系の防御魔法は、その魔法そのものを無効化しようとする攻撃も吸収してしまい、その影響を通常よりも多く受けてしまうという。



「正直、どちらも一長一短で、使い分けが大切。干渉系は物理的な防御力を上げてくれるけれど、それを上回る攻撃が来た場合、対象者もろとも破壊される。しかし、非干渉系ならば、魔法が破壊されたとしても一度は必ず攻撃を防げる」

「なるほど……。つまりは、干渉系は人間の体を鍛えるようなもので、非干渉系は鎧を着るようなものだということか」


「ロイ、満点。とても賢いと思う」



 リリンの話とロイのたとえで、俺もようやく実感がわいてきた。

 だが、最強だと言われていた第九守護天使セラフィムにそんな抜け道が有ったとは意外な話だな。



「じゃあ意外と第九守護天使セラフィムも、やりようによっては簡単に破壊できるんだな」

「簡単にというけれど、魔法打ち消しや魔法破壊の性能を持つ武器など、ほとんど出回っていないうえに、凄まじく高価。私が所有していた物の中では、グラムがそう」



 え、グラムが魔法破壊の性能を持っている?初耳なんですけど??

 というか、今、凄まじく高価とか言ってなかったか?


 ちょっと詳しく話を聞きたいと思ったが、今は急時だからな。とりあえず置いておこう。



「話を戻す。三頭熊は、手の平の肉球に魔法打ち消しの効果を備えていて、殴打や爪攻撃などをされると第九守護天使は破壊される。当然、実態が有る三頭熊の攻撃はそのまま続行され、防御魔法無しで受けることになってしまう。ならば、結果は言わなくても分かるはず」



 あぁ、分かるな。間違いなく重傷を負う事になるだろう。


 なるほど、これは無理だ。対処を知っていても難しいのに、三頭熊に対して無知な冒険者が勝てる訳がない。

 それこそ、村など簡単に滅ぼしてしまうはずだ。



「三頭熊については分った。率直に聞くが、手段はあるのか?」

「私は高位の魔導師。実際の所、三頭熊とは戦った事が有り経験を積んでいる。だけど……」



 ここで、リリンが口ごもってしまった。

 数秒の沈黙。重い空気が事態の重大さを予想させてくる。


 意を決するように口を開いたリリンは、俺の予想を超える、とんでもない事を告げた。



「実は、先ほど周囲の見回りに行った時に、ホロビノを呼び出している。だけど、何度呼んでも現れてくれなかった。私にとっても予想外過ぎて分からないけれど、確かな事は、ホロビノを脅かすほどの何かが近くにいるということ。そして、その判断を肯定するように、ここから5kmほど離れた所で、三頭熊の死体を発見してしまった」

「やっぱり、いるってのか……」


「三頭熊の死体は3体。痕跡から見てもホロビノの仕業に間違いなく、そして三頭熊は生き残りが必ずいる。ホロビノが戻ってこないのも、恐らくそのせい」



 ホロビノ……。お前、ちゃんと働いていたんだな。正直、怠けて連鎖猪を取り逃がしたんだと思っていた。ごめん。



「なぁ、話が飛躍しすぎて分からないんだが、まず、ホロビノとはなんだ?」

「ん?あぁ、そうか。ロイもシフィーも知らないもんな。ホロビノってのはリリンが飼っているドラゴンだよ。えっと、どのくらい強いのかと言うと……」



 ぶっちゃけ、背中に光り輝く羽を生やし、地表をえぐり飛ばす魔法を乱射するレベルだ!……なんて言っても信じて貰えるか疑わしい。

 俺は、説明を丸投げするべくリリンに視線を向けた。


 リリンは察し、ホロビノについて自慢げに語る。



「私の可愛いホロビノは、美しくもカッコイイ白いドラゴン。連鎖猪が相手なら、100対1でも余裕でホロビノが勝つ」

「OK。分かった。僕らには理解できないことが、よーく分かった。話を続けてくれ」



 リリンのトンデモ説明をロイ達は理解できなかったらしい。

 まぁ、そうだろうな。ぶっちゃけ連鎖猪を倒すなら、ロイが10人は欲しい。なのにホロビノは連鎖猪100体に勝つという。

 ということは、ホロビノに勝つにはロイ1000人以上の犠牲が必要な訳だ。理解できなくても無理はない。



「もうすでに不安定機構には連絡を済ましている。だけれど、事態は一刻を争う。三頭熊が人里を襲う前に見つけ出し始末をつけなければ、大惨事は免れない」



 そして、俺達の新人試験は超級の危険度を誇る任務へと変貌を遂げた。

 一度、町に帰っても良いというリリンの提案には、俺を含む全員が反対の意見を示す。


 危険が迫っているならば、どうにかしなければという見てくれだけの正義感と、リリンがいるならば大丈夫、という安易な考え。


 俺達は、分かっていなかった。

 リリンが危険だという生物が、どれほどの実力を秘めているのかということを。


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