第150話「運命の欠落」
「んだとッ!?てめぇら……、冗談でしたじゃすまねぇぞ?」
湿り気を帯びた空気を吹き飛ばすように、メナファスの怒声が響き渡った。
鬼気迫る声は、まさに一触触発なこの状況に相応しい。
テトラフィーアの胸ぐらを掴んでいるメナファス。
メナファスの額に銃口を向けているセブンジード。
相対する両者へ二丁拳銃を翳すテトラフィーア。
そして、それぞれが己の正義感に従って起こした攻撃の意思を見て、セフィナとゴモラはオロオロしている。
「……はぁ、まったく感傷に浸る時間すらないとか。キミら、実は結託して僕の事を苛めようとしてない?」
「セフィナ。何が有ったの?」
色々と思う事があるリリンサとワルトナだが、今が戦時下である事は忘れていない。
特に、30分後に会いに来ると言われているリリンサは、今が緊急事態だと知っている。
だが、心無き魔人達の統括者の常識枠の二人が声を荒げているなど、リリンサもワルトナも見た事がない。
ましてや銃を抜くほどの事態など、内容の想像すら不可能だ。
「えっと、あのね……、女王様がね、メルテッサさんと戦って負けちゃったんだって」
「あのレジェがかい?」
「……それで、どうなったの?」
「……。死んじゃったって」
動揺しているセフィナは言葉を選ぶ事が出来ず、自分が受け取った内容をそのままリリンサ達に伝えた。
だからこそ、リリンサにもワルトナにも、しっかりと意味が伝わっている。
……だが、その言葉は簡単に受け入れられるものではない。
「レジェが……?うそ……」
「……。メナフ、テトラフィーア。やめろ。お前らの感情整理に付き合っている暇はない」
緩んでいた瞳を見開いて硬直するリリンサと、緩んでいた瞳を引き締めて細めたワルトナ。
対照的な二人の反応だが、その本質は同じもの。
それが間違いであって欲しいという『疑い』と、あり得ないという『驚愕』だ。
「銃を下げろつぅんなら、先に姉ちゃんの手を退けさせろ。護衛としちゃ看過できねぇ」
「そうだね。メナフ」
「ちっ、試して悪かったよ。レジェの事だ、『タヌキに習って死んだふりぃ』とか言い出している気がしてな」
テトラフィーアの胸ぐらから手を離してたメナファスは、肩を竦めて見せた。
恐らく自分よりも動揺するであろう二人を落ち着かせる為に、ワザと声を荒げて見せたのだ。
『無敵殲滅』メナファス・ファントは、数え切れない戦友の死の上に成り立っている。
だが、それらが一つ増えただけだと割り切れない自分に、己の弱さを自覚した。
「で、レジェが死んだってどういう事だい?」
「結論から言えば、『メルテッサに戦いを挑んだ末に敗北し、陛下の御遺体をナインアリアが回収した』ですわね」
テトラフィーアはメナファスに告げた言葉を繰り返し、リリンサとワルトナとも情報共有を行った。
そして、たった一文の簡潔な結末を聞いたワルトナは、湧き出す疑問を口にする。
「『遺体を回収した』だなんて、随分と冷たい表現だねぇ。いつものキミなら、『傷ついた陛下に治療を施すも、その甲斐なく崩御された』って言うだろうに」
テトラフィーアは大国の姫であり、礼儀作法には人の三倍は厳しい。
レジェリクエやワルトナに向けて小言を付ける事もあり、リリンサやメナファスに関しては諦めと達観の視線を向ける程だ。
そんなテトラフィーアの言葉にトゲが有ると理解したワルトナは、遠回しな物言いを諌めた。
脳裏に浮かんだ『一目見て死が確定される程に損壊した状態』を、必死に否定しながら。
「陛下は大変に傷ついていらっしゃいましたわ。胸を貫かれ、大きく裂かれておりました」
「っち、想像するまでもなく致命傷だが……、カミナはレジェと行動を共にしていたはずだ。その程度の傷で、なぜ助けられなかった?」
カミナの持つ医療技術は、この大陸でもっとも優れたものだ。
魔法という神の理を除けば、まさに神の御技と呼ぶにふさわしい。
そして、カミナですら助けられないのならば、胸が裂けた程度はおかしいと思ったのだ。
「カミナ先生も『手の施しようがない』と仰られましたわ。これはレジェリクエでは無く、ただの死体なのだと」
「その言葉もおかしい。それじゃまるで、レジェに似せた死体を……!」
誘導された真実を理解し、ワルトナとリリンサは深く頷く。
それが犯神懐疑・レーヴァテインによって行われたのだと気が付いたのだ。
そして、テトラフィーアもこの場にいる全ての人間の感情を理解し終える。
万が一にも裏切り者がいる可能性を潰す為にワザと言葉を荒げ、声に含まれる感情を調べていたのだ。
「アリア、皆様へ状況説明をしなさい」
「分かったであります」
それぞれが心理を確かめ合ったのを見計らい、テトラフィーアは本題へと話を進めた。
まず初めに、不確定要素を含んでいるレジェリクエの死の考察だ。
「自分はレジィ陛下の戦いを観測する為、塔の中に潜んでいたであります。メルテッサに見つかる訳にはいかず、救出に向かうのに時間を要してしまったでありますよ……」
「諜報員なら当然の行動だ、気にしなくて良い。それで、レジェはどんな状態だった?」
「地面に横たわっていたレジィ陛下には、魔力がまったく残っていなかったであります」
「魔力がねぇ……、魂を跡方もなく消し去る能力で、人間が行使できるもの。それは僕が知る限り一つ、レーヴァテインで確定でいいはずだ。カミナの見立てもそうだっただろう?」
『あの子』の状態を知っているワルトナは、魔力=魂だと知っている。
それらは別名で呼ばれているだけで同一であり、肉体に致命傷を負った場合、緩やかに魔力が消失していく事も理解済みだ。
「その通りですわ。陛下の御遺体に付けられた致命傷、それに自壊悪化が全く認められないと仰っています。作為的に作られた遺体だと」
「傷を負った状態で動くと、傷口が裂けて悪化する、か……。問題はレーヴァテインを持っているのが敵なのかどうかだけど……」
ワルトナの脳裏に浮かんだ選択肢は、大きく分けて二つ。
①レーヴァテインを持つ敵に敗北した。
②敗北したレジェリクエを助ける為に、レーヴァテインの能力で魂と肉体を封印した。
そして、レーヴァテインの所有者であるローレライが、この戦場でレジェリクエに会っていると聞いている。
必然的に、ワルトナの中でローレライの関与が確定となり……、それに対し、テトラフィーアが異を唱えた。
「使用されたのがレーヴァテインの『虚実反生』である事は間違いないでしょう。ですが、それがローレライ様の仕業だと確定された訳でありませんわ」
「それこそ冗談の類だね。この短時間でローレライを殺してレーヴァテインを奪った上に、真なる覚醒をさせたなんてさ。……どこのタヌキだよ、それ」
ワルトナは『人間には不可能』だと告げた。
英雄の領域に踏み込んでいると自覚している自分よりも、ローレライは圧倒的格上。
そうユルドルードに教えて貰っているワルトナは、思考の中をうろつくタヌキとタヌキに取り着かれた姉妹を『冗談の類』だとして排除した。
「メルテッサは世絶神の因子『物質主上』を隠し持っていましたの」
「ちっ!……だが、物質主上は魔道具の過去最高の性能を発揮させる能力だったはず。神殺しを覚醒させることは容易でも、入手しなければ意味がない」
「いえ、物質主上はランク3に進化しています。その能力は世界に影響を及ぼせるものであり、指定範囲内の全ての魔道具のパラメーターを把握されていますの。そして、同系統の魔道具へ能力をコピーする事もできますわ」
「……なんだって?」
世絶の神の因子は、英雄に至る為には避けて通る事が出来ない。
歴史に名を刻んだ偉人の多くは世絶の神の因子を持っており、ワルトナもしっかりと調べていた。
それ故にランクが有る事も、そのランク3が意味する事も知っているワルトナは揺らぐ瞳を見開いて呟く。
「それじゃあ……、メルテッサはこの戦場で使用された魔道具を全て手に入れているに等しく……、魔王シリーズや帝王枢機、天穹空母を始めとする超兵器を入手していると?」
「あの程度の身体能力しかないメルテッサが陛下を落とせた理由、それは、天使シリーズを駆使されたからですの。そして現在は、アップルルーンの性能もインストールされています」
淡々と語られる事実の意味を理解できない者はいない。
セフィナがアップルルーンを召喚した事が決定打となり、レジェリクエが敗北したこと。
それを知ったワルトナは、小さく声を漏らす。
「……僕のせいだ」




