第143話「魔神リリンサ VS 機神セフィナ ⑤」
「セフィナ。魔神の本気を見せてあげる!」
目まぐるしく変わる戦況が、リリンサを中心に渦巻き始めた。
リリンサはアップルルーンの主武器たるルインズワイズを魔神の脊椎尾で弾き飛ばし、防御の要たるアップルカットシールドに凝結する古代怪魚で陽動を仕掛けた。
攻撃手段と防御手段、そして、それらを手放してしまった不安による平常心の喪失がセフィナを襲う。
グルグルと古代怪魚とセフィナの思考が渦巻き、リリンサが不敵に嘲笑った。
「ま、まって!たいむ!!たいむなのっ!!」
「この戦いにタイムは無い。よって、待たないっ!!」
懐かしい姉妹協定『タイムは一日一回まで!』を颯爽と反故にし、リリンサは魔神の尻尾に魔力を通した。
目の前一直線の所にはアップルルーン。
渾身の一撃を叩きこむ為の射線は既に開き、それに付随する前準備が急速に進んでいく。
「《装填し起動せよ。魔神の脊椎尾》」
駆け出したリリンサに追従する魔神の脊椎尾が、駆動音を上げて飛び出した。
先端のドリルを回転させて大地を抉り、『保持』と『結束』と『固定』の能力を纏わせた破片を『統率』と『移動』を使って前方に撃ち飛ばす。
そうして出来たのは、外部と内部を遮断する岩石トンネル……、リリンサとセフィナを繋ぐ道。
閉め出されたルインズワイズとアップルカットシールドをセフィナが願おうとも、手に入る事は無い。
「《内部魔法陣展開。命令式に応じ、『自律行動』による狙撃プロセス開始》」
「《『解析』による外装脆弱性算出》」
「《『循環支配』を起動、魔力流入開始》」
生来ずっと寄り添ってきたかのように、魔王の脊椎尾はリリンサの意図を汲み取り蠢めいて……真っ直ぐに伸びきった尾の先端が、砲身のように変形。
先端のアームが伸長展開し、薄紅色の光を蓄え始める。
「《『可変』による魔力性質を破壊力へ変質、統合》」
「《『増幅』によるブーストアップ開始》」
「えっ、ホントに待って!!そんな凄そうなの、妹に撃っちゃダメだよっ!だめだよっっっ!?」
「《『負荷』を使用、大気中の抵抗値を極大低減》」
「《『決戦』『支援』『飛躍』、共鳴シークエンスに移行……、全工程完了》」
リリンサが求めたのは、召し置く魔神の警醒体に搭載された14個の能力の全てを使用した、最大最強の一撃。
直視困難な程の輝きを放ち始めた砲身の先にあるのは、手に入るはずが無かった――、愛しい妹との未来。
「見果てた夢を晴らせよう。これが私達の未来を照らす絶対防御の輝き」
「お、おねーちゃんっ、それのどこが絶対防御なのっっ!?!?」
「……攻撃は最大の防御とも言う!」
「攻撃って言いきってるよ、おねーちゃんっっ!?」
「じゃあどっちでも良いっ!!《無間獄雷人王ッ!!》」
業を煮やしたかのような、リリンサの咆哮。
大切な妹を言葉ごと断罪するべく、……想いと感情と魔力と思い出、リリンサの中にある全てを声と共に撃ち出した。
「ひっ、い、いぃぃいいいいいっっ!!」
魔神の脊椎尾の先端から放たれた純粋清廉な光の視束が、アップルルーンを貫いた。
法外な光出力に押され、真紅の外装が軋んでは弾け飛んでいく。
万物の滅びを体現する光の浄化。
地平線の彼方まで伸びていく白線の開始点でボロボロになったアップルルーンは両腕を失い……、バキンという鉄が軋んだ音と共に、後ろ向きに崩れて落ちる。
「はぁ、はぁ……。セフィナ、背中が付いた」
魔神の脊椎尾とリリンサの呼吸は上気し、今にも消え去りそうな途切れ途切れの空気音を発している。
それでも、仰向けに倒れたアップルルーンに比べれば損傷は軽微。
誰の目に見てもリリンサの勝利は明らかだ。
「ふふ、おねーちゃんのかち――、」
「じゃないもん!むしろ、私の、勝ちっっっ!!!《逆行する時間と約束・歪曲する真実の虚偽!!》」
……この光景こそが、偉大な姉に勝つ為に組み立てたセフィナの意図。
魔法で作りだした偽物を使ってリリンサを満身創痍へと追い込み、抵抗できない隙を突く。
リリンサと同じく完全勝利を狙ったセフィナは、無傷のアップルルーンで崩れ落ちた鉄くずを踏みしめて、ルインズワイズを振り被った。
日光に照らされ、真紅の刃がキラリと輝き、そしてそのまま満身創痍のリリンサの尻尾めがけて振り下ろそうとして――、
「そんな尻尾、取れちゃぇ――きゃぁぁ!!」
セフィナよりも先に、蒸気を発していた魔神の脊椎尾がアップルルーンの胴を掴み捕らえた。
全ての力を使い果たしたかのようなリリンサの満身創痍は――、演技。
「セフィナ、その戦法は一度見ている」
「あっ、あっ、どうしてばれちゃったの!?」
「それに、その魔法自体にも慣れている!!」
リリンサと再会しユニクルフィンと戦ったセフィナは、『逆行する時間と約束・歪曲する真実の虚偽』を使用している。
そして、リリンサはセフィナがとった行動の全てを覚えていた。
例え、突然の姉妹の再会で心身喪失の状態にあったとしても、大切な妹の行動を見逃すはずが無い。
「良く頑張ったね、セフィナ。おねーちゃんの魔神最強技を防ぎきるのはとても凄いこと!」
「外れないっ!!尻尾アームが外れないよ、ルインズワイズで叩いているのにっっ!!」
「無駄なこと。『聖母守護結界』は最強の防御魔法。私たち姉妹を守るそれが、我武者羅に振るわれた鈍器なんかに劣るはずが無い」
リリンサは魔神の脊椎尾に命令を下して能力を行使し、軋み始めているアップルルーンの胴を持ち上げた。
ギシギシという不協和音を奏でながら、太陽にくべるようにその巨体を空に向けて翳す。
「ふふ、覚悟はいい?」
「やだやだやだっ!!おねーちゃんに勝って取り戻すんだもん!!魔王とゆーにぃからおねーちゃんを取り戻すんだもんっ!!」
「……心配いらないよ、セフィナ。これからは私と一緒。昔みたいに姉妹で仲良く、ずっと一緒に過ごせる。《聖界に満ちる雷人皇》」
アップルルーンの胴を挟んだアームを包み込むように、優しい光の結界が構築された。
その直系は1.5m程。
そして、一秒の停滞の果て、細くなっているアップルルーンの腹部を覆った球体が弾けて、消える。
残されたのは、断裂されたアップルルーンの上半身と下半身だ。
「うぅ……、アップルルーンが千切れちゃった……」
『聖母守護聖界』の中に撃ち込まれた『聖界に満ちる雷人皇』が、結界内に存在している物質を跡方もなく消滅させた。
そこにセフィナもゴモラ居ない事は、魔神の能力で『解析』済み。
一切の考慮が必要ない全力の魔法を使い、リリンサは姉妹喧嘩に勝ったのだ。
「セフィナ、今度こそ背中が地面に付いた。おねーちゃんの勝ちだよ」
アップルルーンは下半身を失い、仰向けで地面に倒れている。
それは、二度目にして決定的な勝敗だ。
リリンサはもとより、セフィナも勝敗が付いたと理解した。
そして、アップルルーンの胸部のハッチが開き、座席タイプの操縦席が露出。
僅かに動揺しているセフィナは、恐る恐る外にいるリリンサへ顔を向ける。
「おねーちゃん……、」
「出て来て、セフィナ」
「……怒る?」
セフィナが控え目な声を発している理由、それは、リリンサに嫌われてしまったのではないか?という不安があるからだ。
思い焦がれていた姉との再会は上手く行かず、顔を合わせる度に怒られてばかりだった。
直ぐにでも駆け寄って抱き付きたいけれど、拒絶されるのが怖くて怖くて、たまらない。
そんなセフィナの不安を拭い去るように、リリンサはアップルルーンの外から手を伸ばして……、優しく頬を撫でた。
「怒るはずがない。セフィナはとても頑張った。私の真似では無く、色んな事を覚えて、考えて、そして、おねーちゃんをびっくりさせるくらい、とてもとても……凄い事をした」
「うん、頑張ったよ。おねーちゃんに褒めて貰いたくて、いっぱい」
「そんなセフィナを怒るなんてとんでもない。こっちに来て、セフィナ。頑張ったご褒美にいっぱい褒めて、いっぱい抱きしめてあげる。そして、一緒にお菓子を食べよう」
「……うん!」
大きく腕を広げて待つリリンサの胸へ、セフィナが飛び込んだ。
なりふり構わず、力一杯におねーちゃんを抱き締めるセフィナと、もう二度と手放さないという渾身の想いで妹を抱き締め返すリリンサ。
暫くの間、ぎゅうぅ……と気持ちを交換し合った二人は、やがて腕を緩め、そして、ポロポロと涙を溢す。
「やっと……、やっと取り戻せた……。会いたかったよ、セフィナ……」
「……うん。わ、わたしも、ひっく、おねーじゃんにあいだぐて……、」
大切にしていた宝物を取り戻した二人は、似通った顔を寄せた。
そのまま頬同士をくっつけて、もう一度、強く抱き締め合う。
「ごめんね、セフィナ。私がちゃんと見てなかったせいで、いっぱいいっぱい、寂しい思いをさせて、ごめん。ごめんね……」
「寂じかっだよっ。ずっとおねーちゃんに会えなくてっ、すごぐ、しゃびしかっ……。ぐすっぐぅ、ひっく、うわーん!」
ポタポタと流れていく温かい涙が、二人の頬で混ざって落ちていく。
頬を寄せ合う二人は、この瞬間を待ち焦がれていたとばかりに、人目を憚る事もなく泣き続けた。
今だけは、この瞬間だけは、自分達で起こした戦争も、尊敬する聖母も、捕らわれた親友も、優しい母も、戦地に赴いた恋人も忘れ――、ただただ、姉妹の再会を分かち合う。
「ひっく、セフィナ」
「ずびっ、ひゃい、なに、おねーちゃん」
「ヴィギルーン!」
涙や鼻水でくちゃくちゃになっている顔に、リンゴ柄のタオルが差し出された。
リンサベル家の守護獣ゴモラは姉妹の再会を後押しするべく、顔を拭くタオルとティーセットを用意していたのだ。
「ずっとこうしていたいけど……、今は他にもするべきことがある。ワルトナはどこ?」
セフィナ奪還を成した今、次のリリンサの目標はワルトナの救出だ。
交わした会話から悪い扱いをされてなそうだと思いつつも、戦時下という状況である以上は何の保証もない。
そんなリリンサの問いかけに、セフィナは逡巡してから答えた。
「ワルトナさんは――」
ガチャン。
確かに響いた金属音は、リリンサとセフィナの背後、誰もいないはずのアップルルーンから聞こえた。
驚きのあまりに肩を揺らした二人は目を丸くしつつ、その視線を後ろに向ける。
やはり、そこには誰もいない。
だが、開いていたはずの胸部ハッチが閉まっている。
「ヴィッ!?ヴィギルンッッ!?」
驚愕の声をあげたゴモラと、その声を聞いて固まるセフィナ。
意思の疎通ができないリリンサも雰囲気で異変を感じ取り、静かに気持ちを切り替える。
「セフィナ。何があった?」
「ゴモラがね、アップルルーンが再起動してるって」
大地に転がる二つの胴体、それらに動きは無い。
ただ、微かに、そして確実な駆動音が聞こえ始めている。
明らかな異常事態、リリンサがセフィナを抱きかかえて立つのと同時、沈黙していたアップルルーンが声を発した。
「おぉー、6年越しの姉妹の再会とは泣かせるね。ぼくはこういう感動話に弱いんだ」
単調なその声にリリンサやセフィナは聞き覚えがあった。
そして、声の持ち主が無線機をジャックして犯行声明をしている以上、リリンサに取っては明確な敵だ。
「……メルテッサさん?なんでアップルルーンから声がするんですか?」
だが、セフィナに取って、ブルファム第六姫であるメルテッサは護衛対象であり、親しい友人のひとり。
だからこそ、要因も時系列も分からず、素直に疑問を口にする。
「それは簡単な話だよ、セフィナ。アップルルーンから声がするのは、ぼくが遠隔操作で乗っ取ったからさ」
「……え」
「天穹空母に続いて素敵なプレゼントをどうもありがとう。キミには、心からのお礼を言いたいねぇ」
くすくすくす……と笑い声を漏らしたその声に、セフィナは困惑を、リリンサはラルラヴァーに向ける物と同等の敵意を向けた。
セフィナを騙してレジェリクエと戦わせたのがメルテッサだと気が付いたのだ。
「リリンサ。割と読書家なぼくは、ファンタジー小説を好んで読む。それで、とても萎える展開というものが存在するんだ」
「何の話?」
「敵キャラの魔王を肯定する感動話とか、裏設定とか、虫酸が走る程に嫌いでさ。悪役として名乗りを上げたのなら、最後まで悪役でいて欲しい。だってそうしないと、魔王を倒した後で気持ちの良いハッピーエンドが迎えられないだろう」
それはまるで、これから魔王を倒し、ハッピーエンドを迎えるかのような言い草。
分かり易い挑発の言葉、だが、それに対し返答をする余裕はリリンサ達には残されていない。
「えっ、なんで!?」
驚愕の声をあげたセフィナの視線が捉えたのは、立ち上がったアップルルーンの姿。
それも……、上半身と下半身、それぞれが失った半身を魔法で構築し、二体に分裂している。
「レジェリクエに聞いたんだけどさ、ぼくは神に見い出されし英雄で、どうやら、魔王を一人殺したくらいじゃ飽き足りないらしい」
「殺しただって……?まさか、レジェを……」
「滅多刺しにして塔から投げ捨てたらさ、測定していた生命反応が消えちゃったんだよねぇ。どうかな?死んじゃったと思うかい?」
「……お、まえっ!!」
「機神の性能はあんなもんじゃないらしいんだよねぇ。あぁ、楽しみだ!《タヌキ変形認証・大陸滅亡形態》」




