第36話「森に潜むもの」
俺は込み上げてくる様々なものを堪えながら、間横でいちゃつくバカップルこと、ロイとシフィーに目を向けた。
未だに膝枕な態勢で、ムード満点に星空を見上げている。こいつら何しに来たんだろうか?
はぁ。と、ため息混じりに反対の方向を向く。そう、俺にだって可愛い連れがいるのだ。
黒く綺麗な瞳。意外と細く引き締まった手足。さらさらと流麗に流れる体毛。
……連鎖猪そのものである。
再び、はぁ。というため息をつきつつ、俺も星空を見上げた。
……この待遇の違いは1時間前に遡る。
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「ほら、ユニクもロイも、お薬飲んで安静にしてて」
差し出された薬のカンを開けると、中にはしっかり詰まった粉薬。
中の内蓋を外したら、くっきりと薬に蓋の跡が残っていた。一度も使った形跡がない。
「なぁ、リリンはこの薬を使った事あるのか?」
「ううん、私は使った事無い。でも、カミナお勧めだから大丈夫。ワルトナもメナフも飲みすぎに効くと言っていた」
リリンは使った事無いのか。………胃、丈夫そうだもんな…………。
まぁ、効くと言っているんだから効くんだろう。なにせ『再生輪廻』と名乗る少女のお勧めらしいからな。
リリンがカンを手にし、白い紙に薬を盛っていく。それを俺とロイに配り、どうぞと声をかけてきた。
薬なんて飲み慣れていないが、ようは飲み込めばいいんだろ?
「じゃあ、いただくぜ」
「僕も、いただきます」
「え、二人とも、ちょっとま――――」
え?なんだよシフィー。口に入れてから言うなよ。
そして来る、苦みとえぐみ。それに急速に水分が奪われていき、舌の上に薬が張りついた。
「「う、うぐぅ……」」
「あわわわわ、お水を用意しないでお薬を飲むなんて、無茶ですよ!お水取ってきます!!」
「これは失念していた。ごめん」
「「むぐぅぅぅうぅ!」」
いいから早く水を!そう言いたかったが声にならない。
口の中では、永遠とも呼べる苦みとえぐみが広がり続け、これはよく効くだろうなという感想が残る。
とりあえず、水!一刻も早く水を!!
「「むぐうぅぅぅぅ!!」」
「……言いたい事は解かる。だけど水はシフィーが取りに行っている。彼女の気持ちを無駄にしないためにも、水を出す事は出来ない」
「「むぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」」
シフィィィィィ、早くしてくれぇぇぇぇぇぇッ!!
この苦しみは、シフィーが戻ってきて水の樽を俺達にぶちまけるまで続いた。
「はぁ、酷い目にあった。むしろ、このせいで気持ち悪いのどっかに行った気すらしてくるな」
「あぁ、薬なんて久々に飲んだが、健康であった自分を誇りたいね」
俺もロイもひとまず落ち着いてきた。シフィーはひとしきり俺達に謝った後、再びロイの膝枕に戻る。
病人だからと甘やかしすぎじゃないだろうか?……断じて羨ましい訳ではない。断じてだ。
「さて、連鎖猪が急に現れたとのことだけれど、本当にそう?」
「そうだよ、俺とロイで雑談していたら出てきやがったんだ」
「ふむ、連鎖猪から接近してきた?それは、少し変……。積極的には人間を襲わないはず」
「変、といえばさ、腰のあたりに傷が有るみたいだったぜ?」
傷?そう言って連鎖猪に近づくリリン。傍らで腰のあたりをまさぐり、こちらに視線を向けた。
そして、何かの呪文を唱えると、急に光出す連鎖猪。
その姿が消えたかと思うと、俺の横に何かの気配が現れた。振り向けば、視界一面に毛むくじゃら。
「うおう!なんだ!?」
「連鎖猪をテレポートさせただけ。そんな事より、この傷を見て欲しい。これはユニクがつけたものでは無い」
連鎖猪を指したリリンの指先を見ると、ぽう。と光が灯っている。実に芸が細かい。
しかしこれで、月明かりが照らすよりも鮮明に見る事が出来るようになった。
俺や、シフィーに抱き起こされながらロイも、その傷口に視線を送る。
「結構深くえぐれているな」
「そうだな、これは爪跡か?しかし、連鎖猪にここまでの傷を負わせるなんて出来るのか?」
「この傷については二人の状態が回復してから話す。その前に周囲の危険確認をして来なければならない。少しだけ辺りを見回ってくる」
リリンは俺達に謎を残したまま、足早に森の中に消えていった。足早とか言ってもバッファ中なので瞬速とかの方が正しい気もするが。
こうして、俺はさびしい気持ちのまま体力の回復に努めることになったのだった。
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「なぁ、ユニフ。さっきの戦い見ていたぞ。リリンちゃんの動きにも目を張ったが、君の動きもたいがいだ。あの素早い連鎖猪を圧倒していたじゃないか」
「ん?あれはリリンのバッファ魔法のおかげだな。初めて受けたけど体の動きが、すっげぇなめらかに動く」
「え、初めてだったんですか!?そんな風には全然見えませんでしたよ」
そういいながらシフィーはバッファ魔法の説明をしてくれた。
リリンがかけた魔法『瞬界加速』は、ランク4の魔法で、自分自身の意識を周りの空気に浸透させ操作することで、限界を超えた速度と力を引き出す仕組みらしい。
小難しい説明の通り、いきなり実践投入するようなものではなく、術者と対象者それぞれが高い練度が必要だとされているとのことだ。
当然、練度不足は失敗につながり、場合によっては捻挫や骨折などの怪我を引き起こすという。
リリン先生……。ちょっとスパルタ過ぎじゃありませんかねぇ……。いや、平常運転か。
「まぁ、俺がそれなりに動けるのはちゃんとした理由がある」
「「ちゃんとした理由?」」
「俺はな、10日前からリリンにみっちり鍛えられている。軽く死を覚悟するほどに!」
「「ごくり。」」
「想像してみてくれ、あの速さから嬉々として振われる、暴力を!」
「……ねぇ、ユニク。楽しそうだね」
あ。
「リリリリリリ、リリンッ!!」
「そんなに気に入ってくれていたなんて私も嬉しい。これでもう少し難易度を上げられるから」
「ひぃ!」
そんな……。これ以上の難易度上昇はマジで死ぬ。それこそ黒土竜の群れではなく、連鎖猪の群れに放り込まれても不思議でない。
俺が恐怖に震えていると、横の二人も震えていた。
必死に耐えているみたいだが俺には分かるぞ!こいつら爆笑してやがる!!
「二人にも受けがいいようで何より。これで三人ともみっちり鍛えられる」
「「え”。」」
よし、仲間ゲットだぜ!!
一緒に地獄の体験ツアーと洒落込もうじゃないか。
「はぁ、なんてふざけている場合ではない。事態は劣悪極まっている。新人試験は 事実上の延期と言わざるを得ない」
「えっ、どういう事だ?リリン」
「三人とも、連鎖猪の傷を見て欲しい。この傷はとある超危険生物が付けたもの。そして間違いなく連鎖猪の群れを壊滅させたのも、この爪跡の持ち主」
「ちょっと待ってくれ!連鎖猪の群れを壊滅させるなんて野生の動物に出来るのか?」
ロイはたまらず声をあげた。その意見には俺も同意だな。
一匹ですらあの脅威。それが群れをなして行動しているのなら、その恐ろしさは何倍にも膨れ上がるだろう。
ロイから聞いた話だが、連鎖猪の名前の由来は完璧な連携を繰り出し、まるで連なる鎖のようだという所からきているらしいのだ。
俺達の疑問を切って捨てるように、リリンは肯定だと頷いた。
「できる。この近辺で出没する生物の中で、最悪最強の生物なら簡単に出来る」
「そんな奴がいるのか……?」
「その生物の名は、三頭熊。劣悪極まる生態を持つこの生物は、過去の歴史上、何度も町や村を滅ぼしている。それも、たった数匹で」
「なんだって?数匹で町を滅ぼす?町には衛兵も冒険者もいるだろ?」
「そう、いるね。いるけれど、その衛兵や冒険者も殺し尽くす。三頭熊なら、それが出来てしまう」
簡単には信じられない。そう思う俺達に、リリンは絶望の一言を続けた。
「数によっては私一人では倒しきれない。無残に敗走し、多くの犠牲者を出す事になるだろう」




