第141話「魔神リリンサ VS 機神セフィナ ③」
「もう怒ったもんね!おねーちゃん相手でも、手加減してあげ無いんだからっ!!」
尊敬する姉、偉大な姉、優しいおねーちゃん。
そんなリリンサへの想いがあるからこそ、セフィナはあらゆる危害を与えないように戦っていた。
セフィナはアホの子と揶揄されているが、馬鹿では無い。
自分が乗っているアップルルーンが超常の魔道具である事も、この力を振るえば容易に人が死んでしまう事も分かっている。
だからこそ、ゴモラにお願いして人体への攻撃には安全装置が働くように設定。
武器や防具を破壊する事は出来ても、人体を致命的に傷つけることはできないのだ。
「手加減?そんなこと、一度たりともされた覚えがない。セフィナはいつも全力で私に挑み、いつも負けて涙目になっていた!」
「それは昔の話だもん!!今なら勝てるもん!!」
アップルルーンにされている設定は、三つの階層に分かれている。
①全武装施錠・魔法出力回路施錠、攻撃動作停止。
あらゆる攻撃機能の使用禁止、及び、あらゆる攻撃プロセスの強制停止。
②一部の武装解除・魔法出力回路解放。
通常火器、搭載兵装の施錠解除、魔法十典範以外の魔法の使用制限解放。
③全機能解放。
アップルルーンに搭載された性能制限の完全解放。
これらはゴモラが設定した制限であり、戦闘開始時には既に①が解除されている。
そして、②は人間がアップルルーンを道具として使う事を想定されたもの。
人類が持つ魔道具と比べて遥かに優れた性能の武装を使用できる一方、人間が行使できる結果以上の事は出来ない。
人類最高峰の戦闘力を鍛錬無しで手に入れるようなものであり、同様に人類最高峰の戦闘力を持っていれば対応することは可能。
軍団将達がアップルルーンの攻撃を裁けていたのも、この制限があるからだった。
そして――、セフィナが姉に勝つ為に求めたのは、③完全解放。
この機能を万全に使いこなすには、那由他の権能である悪食=イーターの使用者権限が必要とされる。
帝王枢機に関する莫大な知識を悪喰=イーターを用いて脳とリンクさせることで、帝王枢機は真価を発揮するのだ。
「力を貸してね、ゴモラ。……悪喰=イーター、脳内リンク連結、思考ブーストON。動力錬成炉起動、魔力充電開始……、完了。悪喰=イーター内の典範を参照、大規模殲滅魔法選出、装填、完了」
「魔力が高まっている?なるほど、エゼキエルと比べて圧力を感じないと思ったのは、出力制限をしていたから」
「ダイレクトブレインシステム同期、増幅走行フレームリミット解除、マジックグリース循環確認、OK、魔力出力向上180%。目覚めて、アップルルーン!!」
カチカチカチカチ、っと内部の機械基軸が噛み合ったアップルルーンは、その体に血潮が流れて行くように、赤い紋様が広がった。
セフィナが搭乗している操縦席の背後の心臓部、そこに格納されているのは神域浸食・ルインズワイズ。
帝王枢機の動力源として再錬成された第四の神殺しはセフィナの願いに従い覚醒し、その力を帝王枢機へ注いだのだ。
「攻撃力を上げたから、怪我しないように気を付けてねっ!」
「心配はいらない。全力で掛かってきて」
アップルルーンが持つ巨大な戦刃槍の先端に、赤いレーザー状の刃が灯った。
その刃は半透明な魔法体でありながら、物質としての強度がある。
魔力の中に金属粒子が練り込まれているそれは、通常の神性金属と同等の強靭性を発揮するのだ。
「魔王装備を全部引っぺがして、優しいおねーちゃんに戻って貰う!!」
「それは不可能。むしろ、私がセフィナを追い剥いであげる」
姉妹揃って相手の装備をブチ壊すと宣言し、それぞれが持つ主武装を構えた。
リリンサが構えているのは、高速回転する刃を持つ15mもの魔神の脊椎尾。
セフィナが構えているのは、鋭い切っ先を出現させ、全長10mの突撃槍と化したルインズワイズ。
お互いの視線が絡み合ったのは、僅か1秒。
大きく踏み込んだリリンサが振るった薙ぎ払い、それを迎え撃つのはフルスイングされたルインズワイズだ。
「ん、重い!いい迎撃だね、セフィナ!!」
「おねーちゃんも!!」
互いを構成する金属が、火花を散らしながら弾け飛んでいく。
魔神の脊椎尾がもたらす高速回転により、金属同士の接触は毎秒200回以上。
一度の接触で発生する火花同士が繋がり、巨大な線香花火と化しているのだ。
「やぁぁぁぁあっ!!」
「ドリルで削ったはずなのに、破損が大きくならない。なるほど、再生してるっぽい!」
飛び散った火花の量だけお互いの金属は減る。
そして、先に燃え尽きるのはルインズワイズになると思われた。
リリンサの思惑の通り、削る対象よりも先に消耗するドリルは、工具たりえない。
そんな当たり前の摂理の元、魔神の脊椎尾は勝ち残る……はずだった。
だが、いくらルインズワイズを削っても、本体に届く事が叶わない。
何らかの魔法によって再生されている事を見抜いたリリンサは、尾の側面の魔法陣を起動させながら引き戻す。
「流石にドリるだけじゃ突破は難しい?」
「えっへん!ゴモラのアップルルーンは魔王に負けないもんね!!」
「だったら、こうする!《魔神の大叫喚獄》」
魔神の脊椎尾の側面にある赤い斑点は、高純度の魔石が嵌めこまれている魔法出力回路だ。
尾の一房それぞれが高位魔導杖に匹敵する節、それが50個以上連なっている。
それは人類最高峰の魔導師、鈴令の魔導師・リリンサ、50人分に相当する暴虐だ。
「《 五十重奏魔法二連・雷人王の掌―氷終王の槍刑》」
ギャリギャリギャリ……とルインズワイズの刃先を削りながら蠢くソレに、複雑な魔魔導規律陣が宿った。
連続で移り変わる魔法陣の軌跡が尾を引く光景、それは、黒赤の大蛇に黒黄と黒青の大蛇が絡みついているようで。
それを見たセフィナは感嘆の吐息を漏らしながら、原色で埋め尽くされた視界へルインズワイズを突き刺した。
「させないよっ!」
見えていた魔法陣を一閃し、発した有爆で他の魔法陣も破壊する。
そんなセフィナの迎撃は確かに成功した。
だが、リリンサが仕掛けた第二破は、ギリギリ切っ先が届かない絶妙な位置。
囮を破壊する為に踏み込んでいるアップルルーンは、既に効果範囲内に入ってしまっている。
「えっ、あっっ!」
「ふふ、……ちょろい」
『魔神の大叫喚獄』
アップルルーンの目の前で飽和する熱量、それは、『増幅』『保持』『可変』『決戦』の能力が込められた大規模殲滅・無差別破壊魔法。
通常、魔法が放つエネルギーは、他の物質の触れると分割され、減退する。
だが、『増幅』によって2倍になり続けるエネルギーは『保持』され、相手の物質に合わせて『可変』し、『決戦』火力と化すのだ。
どんな物質であろうと破壊する二種の光線。
雷鳴と共に走る閃光に触れれば瞬時に蒸発し、冷気と共に迸る虹光に触れれば瞬時に凍結する。
極端な温度差の錯綜が生み出したのは、虚無。
穿たれた場所には深い穴が空き、底を窺う事すら出来ない。
「へぇ、だいぶ出力が上がってる。良い感じだし、カミナにはお礼を言っておこう」
気化した大地の湯気を尾で振り払ったリリンサは、爆心地に立つ影に視線を向けた。
これで完全破壊できない事は分かっている。
だが、魔法十典範を由来とする魔法の掛け合わせならば、多少のダメージは入ると思っているのだ。
だが、その視線の先のアップルルーンは傷一つ付いていなかった。
「なっ!」
「《アップルカットシールドっ!!》」
残された三枚の盾がアップルルーンを外套のように覆い、機体に向かってきた光線を遮った。
その盾に搭載されているのは、食の権能たる悪喰=イーター。
リリンサが放ったエネルギーはすべて喰らい尽くされ、糧として盾に蓄えられたのだ。
「吸収エネルギーを流転、刃先に集中っ!!」
「ん!」
セフィナはアップルカットシールドをルインズワイズに連結させ、更にそれを両手で持って脇に抱えた。
それは明らかな巨大高出力兵器。
自信のあった攻撃でダメージを負わす事が出来ず、逆に攻撃を利用した反撃をされると悟ったリリンサの顔に影が落ちる。
「そんな尻尾、おねーちゃんにはいらないよ!!《天撃つ星の瞬き》」
周囲一帯の色相が塗り潰されてしまう程の、強い閃光。
線画の様な世界を創り出しながら一直線に大地を消し飛ばし、リリンサの魔神の脊椎尾へ着弾する。
先程とは比べ物にならない火花によって大地は瞬時に溶岩へと姿を変えた。
そして、ぐずぐずになったそこに魔王の脊椎尾が沈み込んでいる。
「やった!」
「訳が無い。私の戦闘の本懐は防御。当然、この尻尾にも相応の防御魔法を掛けている」
ずるりと溶岩から尾を引きだし、リリンサは不敵に笑った。
閃光が着弾する刹那秒の前、リリンサは『原初守護聖界』を発動。
そして、尾を動かす事で閃光の着弾点をずらし、衝撃を分散させたのだ。
「すごいけど、私には効かない。だって私はセフィナのおねーちゃんだから!」
「むー!!」
『循環支配』『移動』の能力で余波からも身を守りきったリリンサは、まるで効いていないという声をあげた。
そんなふてぶてしい態度により、セフィナの頬が僅かに膨れている。
「ふふ……、セフィナの考えは全部お見通し。この尻尾が狙いなのも分かっている」
「だって邪魔なんだもん!!」
「相手の嫌がる事をするのは戦略の基本。姉妹喧嘩といえど、私は負けるつもりはない。根本的な戦闘経験が足りていないのなら、そこを責めるのは当然といえる」
「私だって、色々頑張ってきたもん!!」
リリンサは、冒険者として並々ならぬ経験をしてきたと自負している。
それはワルトナにコントロールされていたものではあるが、結果的に幾つもの国軍を壊滅させているなど、尋常では無い成果だ。
「頑張ってきたんだ?じゃあ、今度は近接戦で成果を見せて欲しい」
「負けないよっ!!」
軽快な足音と共にアップルルーンへと近づいたリリンサは、魔神の右腕へ魔力を通した。
纏わせる能力は『自律』『解析』『移動』『保持』。
物質の強度を『自律』で『解析』し、五枚の刃の『移動』速度を『保持』する。
刃の動きが止まらない、それはすなわち、両断だ。
「ルインズワイズっ!!」
「断・裁せよ、《魔神の等活獄》」
振るわれた魔神の爪、その5本の赤い軌跡の残滓にて、ルインズワイズの刀身が六等活に分断された。
何の衝撃も痛痒も感じさせること無く、一方的に刃が切り捨てられたのだ。
キラキラと空中を舞う刃、それを見たセフィナは目を丸くしつつ、現状のルインズワイズでの迎撃は不可能だと悟った。
再び迫る五枚の刃、それに対応するべくアップルカットシールドを呼び寄せる。
「防いでっ!!」
「無駄っ!!」
割りこんできた一枚のアップルカットシールドに刃を喰い込ませ、その中心へと到達。
そのまま反対側へと抜けようとしたリリンサだが……、言い表しがたい不安を感じ無理やりに腕を弾き飛ばした。
そして、右腕に尋常では無い熱さを感じ視線を向け――、齧られた様な亀裂が付いた刀身が目に映る。
「……歯型?」
「悪喰=イーターはね、どんなものでも食べちゃうんだよ。例え、おねーちゃんの指でも!」
おやつをあげようとして、何度も指を齧られた。
そんな姉妹の微笑ましい触れ合いを思い出したリリンサは、そういう事もあると納得する。
セフィナの歯は鋭い。
不用意に手を出せば、文字通りの意味で噛みつかれる。
なら、最初にしたように魔神の黒縄獄での封印が有効。
悪喰=イーターが強力な魔法である以上、近接戦は不利だと判断する。
戦略を軌道修正し、遠距離戦での勝負が望ましいとリリンサは判断した。
そして、ワルトナ謹製の話術でセフィナを縛るべく、口を開く。
「ふふ、流石はセフィナ。とても食い意地が張っている!」
食い意地が張っていると指摘されるのをセフィナは嫌がるはず。
そして、言われてしまえば悪喰=イーターは使いにくくなる!
そんなリリンサの腹積もりは、自分がそうであるからこその確信。
これで悪喰=イーターは封じたも同然だと、内心で笑みを溢した。
……が、セフィナを育てたのもワルトナだ。
「わ、私だけじゃないもん!!おねーちゃんも食い意地が張ってるって、ワルトナさんが言ってたもん!!」
「……むぅぅ!!」
「食べ過ぎてお店の人が困ることもあったって言ってたもん!!」
「むぅぅぅうっっ!!後で絶対に文句を言うっ!!」
華麗にカウンターを決められたリリンサの怒りが、戦場に響いた。




