第139話「魔神リリンサ VS 機神セフィナ」 ※挿絵あり
「《来て=私の魔王兵装》」
「お、お、お……お姉ちゃん!?な、なにそれっ!?」
「これが今の私の全力。この大陸を統べるといわれた魔王は完全に覚醒し、ついには魔神へと至った」
「神様になっちゃったの!?!?」
長い長い、全長15mは有ろうかという漆黒の尾を地面に叩きつけ、リリンサは不敵に笑った。
その衝撃で大地に亀裂が奔り、舞い上がった砂塵による小さな雷が無数に起きている。
リリンサが身に纏っているのは、新月の宵闇を思わせる深黒と果実を煮詰めた様な真紅で彩られた『召し置く魔神の警醒体』。
この世界で最も優れた無機物質である神性金属製の全身鎧には、物理法則を無視する力が備わっている。
「セフィナはすごい。あまりにも凄くなってしまったから、私もパワーアップしなければならなかった。だから……、今日のおしおきはとても凄い。いっぱい泣かされる覚悟は良い?」
「よくないよ!?全然よくないよっ!?」
リリンサは聞き分けのない妹を諌める様に、右腕を前に出して指を突きつけた。
そんな微笑ましいはずの姉妹の触れ合いは、その面影を微塵も感じさせない害意が剥き出しにされている。
翳された右腕と一体になっているのは、研ぎ澄まされた五本の長刀指。
リリンサが持つ『殱刀一閃・桜華』をイメージしたそれは、『万物両断』の命令が組み込まれた絶断の刃だ。
「お、おねえちゃん、なんで私はおしおきされるの!?悪いことしてないよ!?」
「悪い人に着いて行ってはだめだと何度も教えた。それなのに、セフィナは悪い幼虫と行動している」
「悪くないよ!?むしろ良い人だよ!?ご飯もいっぱい食べさせてくれるよ!?」
「衣食住を満たすのなんて当たり前。私が言っているのはそれ以前……、ラルラーヴァーと一緒にいるだけで罪だということ」
「えぇっっ!?」
あまりにも理不尽なリリンサの恫喝に合わせ、真紅の宝珠がギラギラと輝く。
威圧の意味を込められた光りに照らされているのは、巨大すぎる左腕。
手首から先を彷彿とさせる形状は、どんな事をしてでもセフィナをこの手に納めるという、リリンサの深層意識の表れだ。
「セフィナ。もう一度だけ言う。今すぐ大人しく捕まって。そうすれば……お仕置きはちょびっとだけにする」
「ちょびっとはするの!?ダメだよ、妹にしちゃダメ奴だよっっ!!」
「ダメじゃない。悪いことしたらお仕置きされるのは当たり前」
「そんな……」
ワザとらしく眼光を鋭くしたリリンサはセフィナへ視線を向け、魔王シリーズに備わっている恐怖機構を活性化させた。
レジェリクエ敗北の報を聞き、気が立っている……だけではない。
戦わずしてセフィナを手に入れる事が出来るのなら、それが最善だと思っているのだ。
私は……、セフィナやママを失って、とてもとても寂しい思いをした。
そして、かけがえのない友達を得る事が出来て、ユニクと共に人生を歩むという神託を達成しても、寂しさを完全に拭う事は出来ていない。
それは、セフィナも一緒だったと思う。
きっと、ううん、絶対、私に再会する時を楽しみにしていて、ずっとずっと待ち焦がれていたんだよね。
だから私は、セフィナを一回だけ叱った後、とても甘やかそうと思う。
ラルラーヴァーなんか塗り潰してしまう程に思い出を共有し、一緒に幸せになるんだ。
「セフィナ。早く出て来て。そうしないとおねーちゃんの怒りは凄い事になる」
わざとらしく苛立ちを匂わせた物言いに、セフィナは小さな悲鳴で答えた。
大好きな姉に怒られるのを悟った時に出るそれは、今も昔も変わっていない。
だが、その後のセフィナの行動はリリンサの予測を裏切った。
「……やだ」
「……。なに?聞こえなかった。」
「やだって言ったの!だって、……悪い人と一緒にいるのはおねーちゃんの方だもん!!心無き魔人達の統括者は、この大陸でいっちばん極悪なんだもん!!」
「……そうだね。確かに極悪なのかもしれない。聞き分けのない妹には、容赦のないお仕置きをしてしまうから」
「お仕置きなんて受けないもん!!むしろ、私がおねーちゃんを捕まえるんだもん!!心無き魔人達の統括者やゆーにぃから、おねーちゃんを取り返すんだもん!!」
大好きな姉に凄まれたセフィナが出した答えは、涙目での抵抗だった。
リリンサとワルトナ、そのどちらも大切であるからこそ、どっちも手放したくないと思ったのだ。
おねーちゃんは騙されてるんだもん!
悪いゆーにぃや心無き魔人達の統括者に掛けられた洗脳を解いて、優しいおねーちゃんに戻って貰う!
そして、ずっとずっと、皆で仲良く暮らしたいんだもんっ!!
「私を取り返す……?ふふ、冗談も大概にして。ユニクや心無き魔人達の統括者は、人生の全てと言っても良い。それを否定し、あまつさえレジェを傷つけたというのなら……、怒るだけじゃすまない。当分はおやつ抜きになる」
「ほら!本当のおねーちゃんは、そんな酷い事を言わないもん!洗脳のせいでおかしくなってるおねーちゃんは、私が助けるよっ!!」
お互いを想いあっているからこそ、譲れない矜持がある。
リリンサはセフィナを保護し、再び姉に戻る為に。
セフィナはリリンサに甘えて、再び妹に戻る為に。
分け隔てられていた姉妹は想い合い、そしてその『大切』は、もう、姉妹だけではなくなっていた。
それぞれの人生を共に歩んだ真っ白い髪の真っ黒な聖母、それが共通の友人であると二人は知らない。
「まぁいい。どちらにせよ、セフィナには姉の威厳を見せつける必要があると思っていた。……帝王枢機を持ち出すなんてズルイ」
「ズルくないもん!おねーちゃんは魔導書とか鎧とか武器とかいっぱい持ってていいよね、ってゴモラに相談したら貸してくれたんだもん!!」
「むぅ、我儘を言うのだけは昔のまま。セフィナだってパパの杖を持ってるのに。むぅ、むぅ……。」
リリンサは口をむぅ。と尖らせながら、用意周到に戦闘の準備を始めていた。
相手はセフィナと言えど、乗っている機体はカツテナイ機神。
同系統のエゼキエルの性能を知っているリリンサは油断することなく、冷静に勝ち筋を探っていたのだ。
アップルルーンはエゼキエルと同等の性能なのは間違いない。
そして、温泉郷でエゼキエルと戦った時、ユニクやワルトナ、ホロビノと一緒でさえ、腕一本と尻尾を捥ぎ取るので精一杯だった。
持っている装備品は、セフィナの勝ち。
でも、私には魔王シリーズを5年以上も使って蓄えた知識がある。
勝敗は装備の差が全てでは無いと教えてあげる。
「ゴモラ、おねーちゃんを怪我させずに勝ちたいの!手伝ってっ!!」
「ヴィ!」
「よっし、いっくよっ」
セフィナは口をぐぬぬ。と噛みしめ、そして、頭の上のゴモラに協力を要請した。
相手は尊敬する姉、だが、心無き魔人達の統括者に操られている。
絶対に失敗できないという緊張、それは、セフィナを『皇宝の魔導師』として覚醒させるには十分な要因だ。
アップルルーンは魔王になんて負けないもん!
まだ慣れてないけど、操縦のサポートをゴモラがしてくれる。
ゴモラと私の凄さを、おねーちゃんに見せてあげるんだからっ!!
相対した魔神と機神。
その第一手は、互いに主武装を使った籠手調べ。
セフィナが上段から振り下ろしたルインズワイズを、リリンサは魔王の脊椎尾で迎撃。
弾け飛んだ火花が、壮絶な姉妹喧嘩の開始の合図となった。




