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ユニーク英雄伝説 最強を目指す俺よりも、魔王な彼女が強すぎるッ!?  作者: 青色の鮫
第10章「真実の無尽灰塵」

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第136話「理の超越者⑦」

 

「同じ他人の力でも、取捨選択ができるだけでこうも違うのか。はははっ、楽しいや!!」

「楽しいんなら、何よりよねぇッ!!」



 金属音を撒き散らした剣が折れ、雑に積み重なった鉄くずの山が高くなった。

 相対している二人の表情は対象的。

 レジェリクエには疲労が、メルテッサには歓喜が浮かんでいる。


 数百回にも及ぶ攻防の初期、圧倒したのはレジェリクエだった。

 剣の性能を最高峰に引き上げたとしても、同等以上の剣と技を持つ方が強いのは当たり前のことだ。


 レジェリクエは、天使シリーズの強襲を受けない様に立ち回りながら、相手の武器形状を改変。

 メルテッサが持つ剣を二撃必殺で葬ってきたのだ。


 だが……。



「だけどぉ、いくらなんでもおかしいわ。なぜ、魔力切れにならないのかしら?」



 極限まで節約をしているとはいえ、レジェリクエは攻防の度に魔力を消費している。

 故に、数百回も攻防が積み上がれば、魔力の残量が乏しくなるのも当然だ。


 だが、それが先に起こるのは、メルテッサの方になるはずだった。

 彼女は行動の全てに世絶の神の因子を用いている状況で、天使シリーズや天穹空母、近くに浮遊している工具などを同時に使用するなど、全く控える事をしていない。



「くっくっく、なんでだろうね?」



 返された余裕のある嘲笑。

 それは、レジェリクエがこの状況に誘導された事を意味している。



「そうねぇ……。第五の天使シリーズ『天使の星杯(チェルブ・グレイル)』。効果は魔力増強、いえ『魔力貯蔵』と『変換』。そんな所でしょぉ?」

「おぉ!流石に鋭い。参考までに教えておくれよ。増強では無く貯蔵だと、どうして分かったんだい?」


「増強だったのなら、こんな状況にならないからよ。余がここに来る前に気が付くものぉ」



 メルテッサがどんな魔道具を持っているのか分からない。

 そんな状況で打ったテトラフィーアの第一手、それは魔力を肌で感じ取れるナインアリアを諜報兵としてこの塔に送り込む事だった。


 レジェリクエ達がいる展望台の真下に隠れたナインアリアは、魔法で高めた五感を使い『魔力』と『会話』と『動作音』を習得。

 それを第九識天使を通じて共有しているテトラフィーアが分析し、メルテッサの能力解明を進めていたのだ。


 そして、天使シリーズにも魔力を増強する能力があるだろうというのが、レジェリクエ達の見解だった。

 だが、天使の星杯を隠していたメルテッサの魔力に変化は無く、魔王シリーズの様な圧力も感じられず、ナインアリアは『メルテッサの魔力は人並み』だと判断してしまったのだ。



「魔力貯蔵、それも使用者個人ではなく、その周囲を巻きこんで徴収するタイプ。余とテトラの第九識天使が繋がらないのも、貴女が邪魔しているからね?」

「せっかく通信手段を奪ったんだ。魔法なんて使わせないでしょ」



 ブルファム王国には魔力を感知する魔道具があり、密談が露見する可能性があった。

 だからこそ、レジェリクエは第九識天使でテトラフィーアと感覚共有をせずに来ている。

 通信の魔道具を奪われて孤立したと思わせ、伏兵のナインアリアに情報を習得させる為だ。



「邪魔を跳ね退けてテトラフィーアと第九識天使を繋ぐには、かなりの魔力を消費する必要がある。命取りになりかねない程に」

「一方、ぼくは実質的に無限の魔力を持っているわけだ。気が付いているだろう?」


「能力が魔力貯蔵であるのなら、貴女はいつでも過去最高に魔力が溜まった状態をインストールし直せる。あはぁ、チートぉ」



 力なく笑うレジェリクエと、力を抜いて笑うメルテッサ。

 その両方が知らない事だが、『天使の星杯』が過去最高に蓄えた魔力は世界で最も多い。


 魔導王・ホロボサターリャが覚醒した『魔導感知ヴァリアブレーション』を駆使して世界中から掻き集めた魔力は、当時の世界魔力総量の六分の一に匹敵する。

 天使の星杯に蓄えられているのは、世界最強に君臨する蟲量大数の魔力総量と同等だ。



「魔力切れを狙った消耗戦も失敗。どうする?まぁ、降参なんて認めないけどさ」

「あら、ここからが面白い所じゃなぁい。せっかく攻略の糸口が見えてきたのにぃ」


「へぇ、それが虚勢じゃない事を期待するよ」



 レジェリクエの胸の傷は、既に魔法で癒した。

 だが、血液と共に失った体力は元には戻らず、疲労と魔力欠乏の症状が出始めている。



 ……虚勢?いいえ、違うわ。


 だってテトラがいるもの。

 例え、今は万策尽きていようとも、未来は違う。


 信じて待っていればいいのだから、楽なものね。

 テトラが持ってくる『決定的な勝機』を。



「あはぁ、これで使用した天使シリーズは5つ。そろそろ底が見え始めたんじゃないかしら?」

「それはキミも同じだろうに。知らないのかい?10回戦えば、ぼくが9回勝つんだよ」



 作り出したばかりの剣を手に取り、メルテッサが走り出した。

 その疾駆は稚拙。

 無理やりに上げたレベリングのせいで技量がまったく伴っていない、典型的な無能権力者の動きだ。


 それでも、繰り出される一撃は歴戦の冒険者の剣撃。

 触れれば容易く肉を両断する必殺だ。



「まさか、たった一本の剣にこんなに苦戦するとは思わなかったよ」

「せいぜい自惚れていなさぁい。この剣は神をも殺す魔剣よぉ」



 言葉で牽制を仕掛けながら、レジェリクエは優位に立とうと剣を振る。

 もがき、苦しみ、困難の果てに陥る窮地。

 その演出こそが、引き金となるからだ。


 レジェリクエは砕かれた魔剣を踏み抜き、メルテッサの首筋へ向けて剣を突き出した。

 それを遮ったのは純白の磔台。

 一度は無効化した『拘束』はメルテッサによって再インストールされ、効果を発揮するようになっている。



「ちぃ!」

「神殺しねぇ。それがあれば、ぼくはもっと成長できるかな?」



 メルテッサの意識を別の事に向けさせ、離脱。

 一気に距離を取って追撃を避け、レジェリクエは上気する身体を休ませた。



「はぁっ、はぁっ……、暑ぅい……」

「火傷でもしたのかい?」


「絞れるくらい汗を掻いているのよぉ、暑いに決まってるでしょぉ」



 涼しい顔をしているメルテッサに、レジェリクエは違和感を抱いた。

 確かにメルテッサは、魔力を一切消費していない。

 体力だって魔力によって変換されているから、すぐに回復する。


 だが、生理現象であるはずの汗すら掻かないのは――。



「指導聖母を前にして、注意散漫は良くないねぇ」

「つっ!?」



 かちゃりという、引き金の駆動音。

 撃鉄が弾底を叩いて火薬に引火し、鉛弾が空間を穿つ。


 メルテッサの手に握られているのは、レジェンダリア軍に配備している魔道銃。

 そして、それらに付随する弾丸が目の前で作られていく光景は、レジェリクエを煽り立てるには十分だ。



「天穹空母の中には、魔導銃の整備室があるんだねぇ」

「まったく、厄介極まりないわッ!」


「お褒めに預かり光栄ですよ、女王様」



 メルテッサが銃を手に入れている。

 これも想定していた事態だが、レジェリクエの考えよりもずっと悪い状況だ。



 魔導銃を奪われても、問題になりえない。

 これも余達の読み違いねぇ。


 魔導銃の性能は規格で統一され、可変しない。

 セブンジードのは上位モデルではあるけれど、そもそも、銃の性能というものは、飛距離、威力、動作安定性、連射性能などの機械面。

 発射した後の弾丸には干渉しえないからこそ、命中率は人間の技量依存。

 だから、メルテッサが銃に慣れない内に壊せばいいと思っていたのだけれど……。



 メルテッサの銃撃は、滅多打ちと表現するのが正しい。


 扱いやすい小型の拳銃にインストールされているのは、大型の自動掃射機関銃の性能。

 一秒間に600発の弾丸が放たれ、そしてそれは、やはり決死の弾幕だ。

 放たれている全ての弾丸が防御魔法を破壊する第九守護天使弾ともなれば、一発たりとも受けることは許されない。



「うっわ、これを避けるのか」

「メナフの方が、よっぽど嫌らしい弾幕を引くわぁ」



 雨の様な弾幕も、レジェリクエにとっては既知だ。

 だが、それに対応をする為にはメルテッサに近づく必要がある。

 そしてそれは、天使の十星磔の認識範囲に入るという事で。


 離れられず、近づけず、攻撃が当たらず、隙を見せられず。

 魔力が足りず、体力も失い、手札も尽きて――、



「ん、なっ……!?」



 けたたましい爆砕の音と閃光に塗れ、天空から冥王竜が落ちた。

 レジェリクエは目を見開き、そうやって生まれた僅かな隙は――、決定的。


 レジェリクエの体は拘束され、処断の槍が切っ先を向けた。

 後方にいるメルテッサも迷わず魔導銃を向け、先程のような詰めの甘さも起こりえない。


 そして、光のごとき閃光が穿たれた。



「うぎぃっ……!」



 噛みしめるような悲鳴を上げながら、メルテッサが吹き飛ばされた。

 そのまま錆鉄塔を取り囲むフェンスに激突し、擦った顔から血を流して倒れこむ。


 遥か遠くの彼方、特殊工作兵装に身を包んだセブンジードが放った弾丸がメルテッサの肩を穿った。

 そして、弾丸に乗っていた運動エネルギーによって身体ごと吹き飛んだのだ。


 刹那、天空から巨大な鐘の音が鳴り響いた。

 東西南北、四つの空に魔法陣が出現し、空全体がステンドグラスの様に彩られていく。



「さすがテトラ、分かってるぅ!」



 喜色を込めた声を吐きながら、レジェリクエが疾駆した。

 向かう先にいるのは、狙撃によって肩を破壊されたメルテッサだ。


 この局面こそ、レジェリクエが待ち望んだ勝機。

 わざと窮地を装い『天使の十星磔』と『天使の十赦槍』を自分に向けさせ、『天使の星冠』を持つメルテッサの意識も緩ませた。

 飛んで来る弾丸を認識できなければ『歪曲』の能力は発動せず、常に効果を発揮している『貫通無効』によって弾丸は貫通しないが、その衝撃は殺せない。



「馬鹿なッ!?物質主上は魔道具の状態を感知しているッ!ぼくにバレない様に狙撃できるはずが……、っ!?」



 直感に従って天使の星冠の感知を周囲に向けると同時、迫っていた弾丸が逸れた。


 あと一秒遅ければ、確実に死んでいた。

 メルテッサの脳内を高速で巡る『恐怖』。

 それごと詰み取るべく、レジェリクエは一切合を染め伏す戒具を振り抜く。



「くっ!!天使の十星磔ッ!!」

「あはぁ、遅ぉい」



 ギャリギャリギャリと駆動する金属が天使の十星磔を掻き毟り、両断。

 電動で駆動するチェーンソー、その数十枚の刃に込められた『改変』の能力で表面を鱗のように変化させ、無理やりに引き千切る。



「なにが、起こってるッ!?」

「普通に狙撃をしているだけよぉ」



 メルテッサが肩を押さえながら走り出したのは、そこに留めっていれば死ぬと思ったからだ。

 弾丸が迫る度に歪曲し、景色の彼方へと消えていく。

 だが、次の一発が自分の額を穿つ可能性が10%もあると、メルテッサは知らされている。



「弾丸を発射した経歴が無い!?どういうことだッ!!」

「特別な事はしていないのよぉ。ただ、貴女の干渉範囲外……、3万3000フィートの距離から狙撃しているだけなのぉ」



 レジェリクエが情報を開示したのは、メルテッサを混乱させる為だ。

 そして、3万3000フィート……、直線距離にして10kmも離れた位置からの狙撃だと理解したメルテッサは、その意味に戦慄した。


 物質主上の効果範囲5kmを軽々と越えた位置から狙撃を受けている。

 それができる狙撃手と、それを成せる狙撃銃の存在を隠されていたメルテッサは、放たれた弾丸を防ぐ事しかできない。



「認識外からの超高等狙撃……ッ!!」

「どんどん状況は悪くなるわよぉ。テトラフィーアが指揮を始めたものぉ」



 天空で鳴り響く鐘の音。

 それに呼応するように空は虹色のステンドグラスと化し、キラキラと光を放っている。


 テトラフィーアの大規模個人魔導『終末の福音(アポカリペル)』。

 物質に反射すると変化する音階を聞き分けることで、テトラフィーアが認識できる範囲は全長12kmにも及ぶ。

 そして、自分の意思によって空のステンドグラスを変化させ、レジェンダリア軍の兵士に命令を伝えるのだ。


 これは、全ての仕組みをテトラフィーアに依存した回光通信機(ヘリオグラフ

 魔法と神の因子によるものであり、メルテッサでは干渉する事が出来ない。



「やるね、まったく、こんなの初めてだ。今日は心が高鳴って仕方が無いッ!!」

「でもぉ、そろそろ終わりにしましょうねぇ」



『時間が無い』

 お互いに向かって突き進む二人は、同じ感情を抱いている。


 体力的にも、魔力的にも、限界を迎えつつあるレジェリクエ。

 精神的に追い詰められ、限界が迫っていると錯覚させられたメルテッサ。

 この一連の攻防が勝敗の分岐点であるのは言うまでもなく、だからこそ、関わっている全ての人間が全身全霊を注いでいる。


 それから数分間、激しい攻防が続いた。

 セブンジードを始めとする狙撃に、レジェリクエの多彩な責めが混ざり合う。

 それに対するは、メルテッサの全力の防御と反撃。そして――。



「かふっ……」



 ゾグン。っと肉を掻き混ぜながら、剣が横隔膜を突き破った。

 それは攻撃の途中の出来事で、剣を突き刺した者は相手の攻撃を回避しなければならない。


 粘つく血液を無視して、レジェリクエはメルテッサを蹴り飛ばした。

 迫っていた天使の十星磔はそれに追従し、攻撃は空振りに終わる。


 この攻防を制したのは、レジェリクエだ。



「……。」



 小さな足音を立てて着地したレジェリクエは、瓦礫に埋まったメルテッサを見やった。

 まだ死んではいないが、確実に意識は無い。

 一切合を染め伏す戒具を、そういう魔道具に変化させているからだ。


 毒物を使うよりも、確実に意識を奪う方法がある。

 それは、人体の痛覚に備わっている防衛機能を利用した意識途絶だ。


 意識を奪う毒は存在するが、耐性を持っていれば意味を成さない。

 それよりも、肉体に設定された痛みの許容値を超えさせ、強制的な意識途絶を引き起こす方が確実。

 致命的な傷を負わせるのではなく、意識を奪った上で、確実にトドメを差すのだ。

 そんな思想により考案されたこの剣は、多くの神経を刺激するように、巨大な棒ヤスリの様な姿をしている。


 ザラザラな表面にこびりついた血液と臓腑を確認したレジェリクエは、使えるようになっているはずの通信機に手を掛け――。



「ありえないわ」



 未だに使えないソレを投げ捨て、走り出す。

 そして、レジェリクエがトドメを差すよりも速く、メルテッサが立ちあがった。



「『天使の星守器(チェルブ・ケース)』は対象物を即座に修復できる。惜しかったね」



 無傷となったメルテッサが取り出したのは、首から下げていた純白のアクセサリ。

 第六の天使シリーズ『天使の星守器』だ。


 メルテッサによって全てを帳消しにされた攻防は、勝敗の分岐点。

 その大前提は揺るがない。



「ふむ、腹から臓器を引きずり出されても、存外、何も感じないもんなんだね」



 自分の腹をさすりながら呟いたメルテッサは、ひどく不満げだ。

 まるで、さっきの体験に興味を抱いていたとでも言うように。



「……貴女に掛っている呪いは、物質主上だけじゃなかったのね」

「はて?」



 気になる言い回しで注意を引き、時間を稼ぐ。

 信頼している友人が戦略を立て直すまで。



「何かに気が付いたようだね?冥土の土産に教えておくれよ」

「教えたら死んでくれるのかしらぁ?」


「いいや。冥土に行くのはキミの方だねぇ」

「じゃあ、教えなぁい」



 レジェリクエが気付いた異常、それはメルテッサの感覚機関がおかしいという事だ。


 メルテッサは、人体の許容を超えた痛みに耐えたが故に、魔道具を発動する事が出来た。

 そして、それに事前に気が付かなかった自分の愚かさをレジェリクエは恨んでいる。


 ヒントは、いくつも散らばっていた。


『何を食べても、大した刺激にはならない』

『睡眠をとっても、眠る前と変わらない』

『どれだけ運動をしても、汗を掻かない』


 最後に、『ブルファム王家の血筋に存在する、遺伝子異常による謎の奇病』

 それから導き出された、本当の意味でメルテッサの人生を虚無へと導いていた存在は……『味覚障害』『睡眠障害』を誘発する、生まれながらに痛みを感じない『先天性無痛無汗症』だ。



「さてと……」



 勝敗は決している。

 そんな事は、この場にいる誰もが気が付いている事だ。

 だが、メルテッサはこれで終わりにするつもりが無い。


 初めて感じた成長に浮かれ、頬に朱色が差し、気分が高揚する。

 親に咎められても遊びを止めない子供が、捕まえた昆虫を引き千切ってしまうように。

 遊び相手が動かなくなるまで、興味が尽きる事は無い。



「ぼくは聖母。鐘の音は嫌いじゃない。……が、ちょっとだけ耳障りだね。《音響兵器セイレーン》起動」



 空に浮かんでいた天穹空母が形変わっていく。

 それは、レジェリクエとテトラフィーアの能力に干渉するように調整された特別製の魔道具。

 発せられた音階により鐘の音は打ち消され、虹色のステンドグラスの輝きが鈍った。



「これでテトラフィーアは探知不能。援護射撃も期待できない。そしてぼくは、とびきりの援軍を呼び出す事ができる」

「……っ!!」



 言葉の真意に気が付いたレジェリクエは、残った魔力を振り絞って特攻を仕掛けた。

 メルテッサが取り出したのは、レジェンダリア軍に配備されている魔道具『携帯電魔』。



「もしもし……。困った事に、緊急事態に陥ってしまってねぇ」



 優しげな口調で語るメルテッサの口を塞がなければ、覆せない戦力差が生まれる事になる。

 レジェリクエは思いつく限りの攻撃を試み、そして、それら全ては天使によって遮られた。



「今すぐアップルルーンを呼び出して、目の前の魔王の下僕を捕まえておくれ。出来るね?セフィナ」

『はいっ、分かりました!ワルトナさん!!』



 遠く離れた西の空にて、紅の光が瞬いた。

 そして……、メルテッサを取り囲む天使が、血を溢した様な真紅に染まる。



「へぇ……。とてもカッコイイじゃないか。小説の主人公になったみたいで最高の気分だ」



 赤くなったローブの下から垣間見える、真紅の鎧。

 処断の槍はさらに大型な薙刀槍ハルバードへと進化し、右側に浮遊した。

 そして、消えた磔台の代わりに現れたのは、十字架が彫られた六枚の真紅の盾。


 それは、帝王枢機・アップルルーン=ゴモラの力を取り込んだ、超兵器。

 この戦いが終わったら改めて名を付けるべきだと、メルテッサは思った。



「さぁ、魔王。覚悟は良いかい?」

「余はねぇ、往生際が悪いのよぉ」



 ふらり。っと剣を携えて、レジェリクエは走り出す。

 真っ直ぐに見据えるは塔の外、何もない空。



「逃げるなよ、気分が削がれるだろ」



 目で追って、指を差す。

 たったそれだけの動作で盾は敵を認識し、三枚が連なって飛び立った。



「邪魔ッ!!」



 レジェリクエは力の限りに一切合を染め伏す戒具を叩きつけ、活路を切り開こうとする。

 だが、その刃は盾に触れる事すら叶わなかった。


 一枚の盾が自動で防御魔法発動し、攻撃を遮断。

 そして、残り二枚が怪しく光り、秘めた能力を発動させた。



「うごけっなっ……」



 六枚の盾は、天使シリーズの全ての能力を受け継いでいる。


 天使の星凱布……、『貫通無効』『反動強化』 

 天使の十星磔……、『拘束』『風化』

 天使の十赦槍……、『処断』『確定』

 天使の星冠 ……、『歪曲』『判例』

 天使の星杯 ……、『魔力蓄積』『魔力変換』

 天使の星守器……、『復元』『保全』



 その二つ、拘束と処断を行使した盾は、レジェリクエに深い傷を負わせた。


 拘束し磔けられ、無抵抗の腹に魔法で出来た槍が突き刺された。

 先程の意趣返しであるソレを、メルテッサは興味深げに眺めている。



「ひっぐぅ……ッ!!」

「なるほど、普通はそうなるのか。勉強になるよ」



 錆鉄塔に戻されたレジェリクエは、止めどなく溢れる血液を抑えつけながら、メルテッサを睨みつける。

 朦朧とする意識、点滅する思考。

 そして――。



「ぼくの疑問に付き合わせてしまってすまないね。すぐに楽にしてやるから」

「願え……」


「ん?何を?」

「……願えッ!!願えッッ願えッッ!!手に入れるべき英雄の姿をッッ!!ロゥ姉様の模倣ではない、私だけの力をッッ!!」



 握りしめた手の中にあるのは、望んだ形へ姿を変える一切合を染め伏す戒具。

 その内に宿るのは、あらゆる願いを叶える結晶『神の情報端末(アカシックレコード)』。


『英雄に至る為に最も必要な資格は、誰にも負けないという、強い意志だ』


 魂の欠片すら燃え尽くすように、レジェリクエは叫ぶ。



 こんな所で終われないッ!!

 理想も夢も、後で良いッ!!


 願い請うは、理の超越ッ!!

 運命すらも掌握する、神に等しき――ッ。



「……残念だが、ここまでだ」

「………………?けほっ……」



 こぽりとレジェリクエの口から血液が零れ、視線が下に落ちる。


 自分の胸から突き出しているのは、真紅の薙刀槍。

 ぽたぽた、ぽたぽた、と血液が地面を濡らしていく。



「なん、で……失敗……」

「物質主上は、神が道具を使う為の因子だ。そして、『神の情報端末』は神が作り出した万能の道具。干渉するのは容易だ」



 神殺しと千海山シリーズは神を殺す為に造られたが故に、装備者以外の神の因子の影響を受けない。

 だが、完全に融合していない神の情報端末は、まだ、ただの魔道具だ。



「キミには色んなことを教わった。そのお礼にチャンスをあげよう」

「――、―――かひゅ。」


「本当に運命を味方に付けたというのなら、きっと生き残れるさ。じゃあね」



 無造作に真紅の薙刀槍が振られ、レジェリクエの体は塔の外に投げ出された。

 傷口に風が流れ込み、その代わりに血液が流れ出していく。


 緩やかに失われる意識と矜持。

 そして抱いたのは、僅かな好奇心。



「《確定……確率、かくり、つ……》」



 緑色の数字の羅列がレジェリクエの目に映る。

 そのまま願いを口にし、来るべき未来を想像する。



「ひと、月後……。皆が……、笑っている確率は……?」



 思い浮かべたのは、愛しき友人と国民の笑顔。


 テトラフィーア、リリンサ、ワルトナ、カミナ、メナファス。

 グオ、ユニクルフィン、ロイ、ホロビノ、キングフェニクス。

 メイ、セブンジード、バルワン、トウトデン、サンジェルマ、ストロジャム、ミルティーナ、ナインアリア、……、次々に浮かぶ、それらの人物との楽しい思い出。



「あぁ、良かったぁ……」



 表示された確率を見たレジェリクエは微笑み、この戦争の価値を見い出した。

 意味があったのだと思ったのだ。


 レジェリクエの体が暖かな泥の中に沈んで行く。


 激突した大地がぬかるんでいたのか。

 はたまた、激突した衝撃で身体が砕け、自身がぬかるみになったのか。


 泡沫となった意識と思考。

 虚ろう視線、それが最後に見たのは、最愛の人。



「……だぁいすきよ。ロゥ姉様」



 そうして、レジェリクエの意識は途絶えた。

 だが、その運命は終わっていない。



「本当によく頑張ったね、レジィ」



 遊び疲れて眠ってしまった妹を抱き上げた姉は、汚れた頬を拭った。

 そして、妹を起こしてしまわないように、優しく声を掛ける。



「運命は、おねーさんが終わらせない。だから、安心してゆっくりお休み」


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