第132話「理の超越者③」
「ぬわっ!?生きておったのかッ!?我の宝船ぇぇぇッ!!」
時空を破壊しながら出現した天穹空母―GR・GR・GG―を見た冥王竜は瞠目し、とても嬉しそうな声を上げた。
惑星竜に名を連ねた冥王竜であっても……、いや、名を連ねてしまったからこそ、ドラゴン格差社会で苦汁を舐めている。
他の惑星竜と比べられる日々では戦闘力の他に、美貌、財力、種族としての格なども選考の対象。
そして、黒土竜は『土臭いモグラ』などと揶揄される最底辺であり、何かと苦労が多かった。
そんな冥王竜にとって、天穹空母はまさに宝船だ。
人間が作った巨大な船を手に入れただけでも一目置かれ、その中に豪華な食事を満載に積んでいるとなれば、一族の評価を覆す大躍進のチャンスとなる。
「あはぁ、どうやら余もテトラも、貴方の力を見誤っていたようねぇ」
レジェリクエは空に浮かぶ天穹空母を横目で捉えながら、抱いていた評価を改めた。
二人が下していた大前提は、『メルテッサは物質主上に慣れていない』というもの。
そして、その判断は、メルテッサの黒い笑みによって否定された。
指導聖母とは、清濁を併せ持つ人間社会の最頂点に君臨している者。
レジェリクエやワルトナと同等の知能を持つ彼女もまた、魔王と名乗るに相応しい狡猾さを持っている。
「まだ能力に慣れていないと思っていたのだけれどぉ、どうやら、甘い状況じゃなさそうねぇ」
「一つ、良い事を教えてあげよう」
「なにかしらぁ?」
「世絶の神の因子にはランクがあるんだ。未覚醒……個人影響、覚醒状態……他者干渉」
「えぇ、知っているわ。見た事あるもの」
「そして超覚醒……世界裁定」
「……へぇ」
「世界の理を裁定できる様になった物質主上は、魔道具の性能のみならず、過去の状態を復元する事が出来る。もちろん、任意の状態を選んでね」
そう言ったメルテッサが手を差し出すと、その先に緑色のウィンドウが出現した。
そこに記載されているのは、天穹空母の過去だ。
完成し名を得た瞬間から、アップルルーンに撃墜された現在までの経歴であるそれに、新たな文字列が浮かび上がって行く。
現在進行形で刻まれていく過去を任意で復元できる、という馬鹿げた能力を見せつけられたレジェリクエは目を細め、メルテッサの出方を窺っている。
「そして、物質主上そのものも対象内……、つまり、過去の物質主上が使用した能力は、全てぼくの頭の中にインストールされている。キミらが期待した試行錯誤の時間は、始めからなかったという訳だ」
教える必要の無い情報をメルテッサが話しているのは、そこに策謀が張り巡らせてあるからだ。
当然、それに気が付いているレジェリクエは僅かに思考し、配下の竜王に指示を飛ばす。
「プルゥ。天穹空母を」
「うむ!分かっておる、取り戻さなければなるまいよ。我の宝――、」
「木端微塵に破壊しなさい」
「ぶねぁ!?」
一切の情状的酌量の余地を感じさせない、冷徹な女王の声。
それを聞いた冥王竜は硬直し、「えっ、マジっすか……?」と呟いた。
「あれ、我の宝船なのだが?黒土竜一族の夢が詰まっているのだが?」
「木端微塵に破壊出来たら、新しいのを作ってあげるわ。表面すべてが黄金で出来ているなんて素敵だとは思わない?」
「黄金の船だとォ……。キンピカではないかっっ……!」
「分かったら、さっさとやりなさい」
「万象一切を砂塵と化し、世界に還元してくれようぞッ!!」
ボゥッ!!っと全員から蒼焔を噴出させ、冥王竜が天の彼方へと飛び立った。
鋭い相貌が見据えるは、全てのドラゴンから喝采を受けながら黄金の船を引く未来だ。
「余の試算によると天穹空母と冥王竜の性能はほぼ同等。ただしそれは、天穹空母に余とテトラフィーアが乗っていればの話」
「あぁ、知っているよ。キミらの世絶の因子が中核になるようにデザインされているんだよね」
「例え、過去最高の性能を発揮できるのだとしても、それを操る指令者が不在じゃねぇ」
不敵に笑うレジェリクエの上空にて、巨大な蒼炎が炸裂した。
それは、冥王竜が付き立てた『浄罪の冥獄槍』による破壊炎だ。
既に崩壊寸前の船体で耐えられるはずもなく、天穹空母の外装が弾け飛び――。
「馬鹿なッ!?」
同時に、浄罪の冥獄槍にも亀裂が奔る。
そして、槍を引き戻した冥王竜が見たのは、既に魔法によって復元し終えた天穹空母の姿だ。
「確かに、キミらが出来る事をぼくは出来ない。……が、同時に、ぼくはキミらが出来ない事をできる」
「時間魔法による復元……。別の魔道具を融合させているわね」
「天穹空母には、新しく魔道具を搭載するための拡張機能がある。なら、その性能を最大限発揮させれば、あら不思議。ぼくのオリジナルの天穹空母の出来上がりだ」
「随分と面白い事をしてくれるのね」
「ははっ、他の追従を許さない、何かを持つ事が王としての資格なんだろう?」
メルテッサが復唱した『答え』は、レジェリクエがロイに説いた言葉だった。
それは冥王竜の背の上で語られたものであり、必然的に会話が聞かれていたことを意味している。
「そう……、テトラの戦闘管制システムも傍受されていたのね」
「一つ手に入れるのは面倒な作業だったけどね。ほら、ぼくはキミらと違って手駒を持っていないんだ」
メルテッサは懐から銀色のカードを取り出し、ひらひらと見せびらかした。
『NO.42』の数字が刻んである血濡れたそれは、紛れもない害意と悪意の証明だ。
「骨伝導システムとは考えたね。まったく、天穹空母といいカミナ・ガンデの発想には脱帽する他ない」
「ec3、pr1」
「無駄だよ。手に入れてしまえば造作もなく改変できる。そのシステムも既にぼくの支配下だ」
レジェリクエが状況を口に出していた理由は、総司令官であるテトラフィーアに伝える為だ。
メルテッサの能力が想定を超えている可能性を考慮し、二人は二通りの作戦を用意している。
一つはメルテッサを真っ当に攻略する為に、懐柔や戦闘等の正攻法を使う作戦。
そしてもう一つは、情報を集められるだけ集めてこの場から離脱し、レジェリクエが持つ全戦力――、心無き魔人達の統括者を集結させての決戦だ。
天穹空母が召喚された時点で、メルテッサが行使できる戦力はレジェリクエ達の想定を超えた。
超弩級の決戦兵器が戦場に持ち込まれたのが問題なのではない。
それができる事による可能性……、帝王枢機・アップルルーン=ゴモラが鹵獲され、過去最高の性能を以て敵対するという最悪のシナリオに立ち向かうには、こちらも超越者級の戦力が複数必要になると判断したのだ。
だが、レジェリクエの声は虚しく空に消えた。
どれだけ待とうともテトラフィーアの声は返って来ず、レジェリクエの顔から笑みが消えてゆく。
「なるほど、なるほど。余は根本的な所から勘違いをしていた。攻めているのは貴方の方だったわけね」
「戦局をチェスに例えるのなら、ぼくが先行という事になる。この有利は中々に覆らない」
「えぇ、気付いて慌てているでしょうねぇ。でも、テトラはここからが強いのよ」
レジェリクエの役割は女王であり、盤面最強の駒でしかない。
戦局を操っているプレイヤーではなく、一時的に孤立しようとも、全体の戦況には影響しないのだ。
だが、メルテッサは最強の駒であると同時に、プレイヤーでもある。
この状況こそが、レジェンダリア軍の勝機だ。
「テトラがいるんだもの、戦争の結末に対する憂いは無いわ」
「信頼しているんだね。羨ましいよ、ぼくの同僚はどうにも信用に掛ける奴ばっかりでさ」
「憂いがあるとしたら、それは私自身か。あぁ、一人での戦いなんていつ以来かしら?」
その瞬間、レジェリクエは女王の威厳を脱ぎ捨てた。
チャリチャリチャリ……と一切合を染め伏す戒具を引きづりながら歩き出し、行儀悪く敵を一瞥する。
「英雄がどんなもんなのか、試させて貰うわ」




