第35話「星空の下で」
「おらぁぁぁッ!」
風よりも早く駆けると言えば分りやすいだろう。
リリンからバッファを受けたあと、連鎖猪に向かって走り出した俺は、この『瞬界加速』の効果の凄まじさを身をもって体験する事になった。
一歩目を踏み出しただけで、俺の全力疾走時と同じ速さになった。
二歩目ですでに未知の領域に達し、三歩四歩と重ねていく。
十歩目を数える頃には剣の届く距離まで連鎖猪に接近し、慌てふためいたが、もう遅い。
前に突き出していたグラムから鈍い音が響く。そして、それが開戦の合図となった。
「なかなか良い突撃だった。ユニク」
「この速さは予想外すぎる!どう戦えばいい?」
「そう言えば連鎖猪の特性を説明していなかったね」
そう言って始まったのは連鎖猪についての説明会。
なぁ、リリン。そういうのは、戦いが始まる前にして欲しいんだけど。
仕方がないので、リリンの説明に耳を貸す。
つまるところ、連鎖猪の対処で気を付けなければいけないのは二つ。視覚を誤認させる毛皮と地面を揺らす『震撃』という魔法。
どうやら連鎖猪は自分の毛皮にバッファの魔法を掛けているらしい。遠くにいるほど体が大きく見えるようにするその魔法は視覚だけ頼る冒険者にとって、まさに致命的。
突撃してくる連鎖猪との距離を誤認させ、遠近感を狂わせられる。そして無防備なままで突撃を受けてしまう事となるからだ。
さらに、震撃という魔法は俺も受けたとおり、敵の足元の地面を揺らし一時的に動きを止めさせる魔法なのだとか。
そして、今の連鎖猪のバッファ状態は上記の状態を強化したもので、いつでも準備なく震撃を使えるようになり、速さも増しているらしい。
俺はリリンのざっくりした説明に適当に相槌を打っている。
なんでって?説明を受けている最中にも戦闘は継続中で連鎖猪の角が俺を狙っているからだ。
流石はランク4、黒土竜とは比べ物にならない正確さで俺の急所を突きに来る。
第九守護天使が有る事が分っていてもつい防御をしてしまう俺は、未だに経験不足なんだろうな。
「ユニク。戦闘の管制を行う。まずは連鎖猪の側面を取るように立ちまわって」
「了解」
連鎖猪の苛烈な攻撃を捌きつつ、隙を窺った。幸いにして連鎖猪の攻撃を受け流すのは難しい事ではない。
つくづく、『瞬界加速』の効果がいかに素晴らしいものなのかが実感できる。なにせ、連鎖猪の行動を見てからでも十分に対処が間に合ってしまうのだ。
突き出される角を片腕で正確に弾きつつ、隙の大きい瞬間を狙い俺は、連鎖猪の右側に体をねじ込んだ。
「よし、次はッ?」
「奴の態勢を崩す。蹴って蹴って蹴り飛ばして」
えっ、蹴り飛ばせ?あの巨体を??
意外とリリンって肉弾戦大好きだよなぁ……。
ボヤキつつも俺は実行に移した。
すると、再び不思議な感覚。蹴り飛ばした反動が全く来ないのだ。不思議に思いながらも、もう一度全力で蹴っ飛ばしてみるとやはり、反動が来ない。
あぁ、そうか。これはリリンのバッファの一部だな。おそらく、物理隔離の効果だろう。
そいうことなら、蹴って蹴って蹴りまくるとするか。なにせ、蹴っ飛ばしても俺は耐性を崩さなくてすむ、いくらでも蹴りを繰り出せるぜ!!
「うらぁッ!これは倒れたロイの分だッ!!」
「だから言っているだろう!僕を殺すな!!」
調子に乗って掛け声をかけてみた。
間髪いれずに何か聞こえた気がするが気のせいだろう。ロイは今シフィーとお医者さんごっこに夢中の筈だからな。
俺の蹴りの威力もまんざらでは無いようで、次第に連鎖猪の体がよろめいてきた。
段々分って来たが、連鎖猪の腰のあたりに傷があるようだ。そこら辺を蹴った時に体が大きく揺れる。
俺は、とどめと言わんばかりに渾身の力で蹴りを叩きこむ。もちろん狙いは、|腰のあたり(弱点)だ。
そしてついに、連鎖猪は膝を折り腹を地面につけた
「ユニク、上手。さぁ、最後の仕上げをしよう《対滅精霊八式! 》」
リリンの呪文に呼応するように、俺のグラムが光り輝く。光に縁取られたグラムはその神々しさを何倍にも増幅させながら、連鎖猪に迫る。
目で見えるだけで他は何も変わらないグラムの変化。
しかし、その切っ先が連載猪に触れた瞬間、絶死の暴威が叩きつけられた。
「ヴュギギギギッギイギィィィィィィ!!」
最後の断末魔は絶命する連鎖猪のもの。
それと炸裂するグラムの音が混ざりあいながら、夜の草原に響き渡る。
ランク4の危険動物、連鎖猪。
その太い首が弾き飛び、戦いの幕が引かれたのだ。
俺は確かな実感を伴いながら、無事に生き残れた事に多大な安堵を感じていた。
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「ユニク。とても上手な戦い方だった。褒めてあげる、えらい」
「おう、ありがと!だけど、これもリリンのおかげだけどな!」
「冒険者パーティーは相互に協力し合うもの。謙遜する事はない。それに、アレと違い、十分に動ける状態だったことが大きな評価ポイント」
リリンがそれだけ言うと、俺の視界に新しい情報が流れ込んでくる。
そこには、シフィーに膝枕されながら、ぐったりとこちらを見ているロイの姿。
上半身は半裸で、顔だけキリリとしながら神妙な表情をしている。
えっ?もしかして本当に何かを産んだのだろうか?なにそれ、恐い。
「……ロイ、大丈夫…か?」
「大丈夫だが、大丈夫じゃない」
「どうやら頭が壊れているみたい。ユニク、急いで病院に連れて行こう」
「いや、大丈夫。ちょっと気持ち悪いだけだ」
「それは大丈夫って言わねえだろ?」
「それならば、はい。これがよく効くから」
リリンは空間から、怪しげなケースを取り出した。
丸い形のカンで蓋やら側面には細かく何かが書かれている。
「なんだそれ?」
「これは、お薬。再生輪廻―カミナ・ガンデお勧めの、よく効く総合胃腸薬『嘔吐・退散』」
「「嘔吐・退散 ?」」
「これは胃や腸のトラブルを解決してくれるお薬。カミナがよく効くと言うのならば、絶対に効くから安心して欲しい」
「いや、まず胃薬が出てきた事に驚きなんだが?」
「うん? ロイの第九守護天使は正常に稼働している。ならば、連鎖猪に揉まれたことによる悪酔いだと思うけど、違う?」
はあっ?……。悪酔いだと?
確かに俺達は地面と空中を行ったり来たりしていたが、俺は何ともないんですけど?
「なぁ、ロイ。内臓を傷つけられたんじゃなかったのか?」
「うっ。あはは、そうかなぁと思ったんだけどな」
「ふっざっけんな!心配したじゃねぇかッ!!」
「僕だって真剣だったんだぞ!というか、何で君はそんなに元気なんだ?むしろ君の方がおかしいだろうッ!?」
まさかの逆切れだ。ロイは僕は悪くないと言わんばかりに声を荒げている。
しかし、威厳はない。膝枕中だからな。
「大丈夫なもんは大丈夫なんだよ!悪いな、身体のつくりが違うみたいだ!!」
「ぐぬぬ…………。」
「………………。ユニクが平気なのは、七項宝珠の腕輪が効果を発揮しているから。ちょっと外しみて?」
七項宝珠の腕輪?
あぁ、レラさんから貰った腕輪だな。
最初こそ不要に感じたもんだが、ちゃんと効果があるんだな。
そう思いながら、俺は腕輪に手をかけた。
カチリと気持ちの良い音がして腕輪が外れ、 そして俺は、一瞬にして酩酊感に襲われた。
「………お、………。」
「「「お?」」」
「おろろろろ………」
「ほら見ろ!やっぱり君もダメじゃないか」
「ユニフくんまで、吐かないでください!」
「やっぱり評価を訂正したい。ユニク、赤点!」
俺は込み上げる吐き気を必死に耐えた。
それなのに、ロイやシフィー、リリンまでもが、容赦なくなじってきやがる。
ちくしょう………ちくしょう………。
「うぐぅ………。」
そして俺とロイと連鎖猪は、綺麗な星空の下で、川の字になって寝た。




