第129話「信頼の上に成り立つ策謀」
「よっ、ミオ!そっちはどうかな?」
「ローレライか。リリンサの方は問題ない。お前と旅をする事も伝えたし、一緒にコイツらを転がして力量差も理解した」
「リリンちゃん強かったっしょ?」
「あぁ、まるきり化物だ。尻尾一本であれとか、成長期とは恐ろしいな」
「一応言うけど、成長期だからって尻尾は生えないからね?にゃはははははー!」
6名の鏡銀騎士団隊長、以下、直属の指揮下にあった隊員400名余りを屈服させ終えた澪騎士・ゼットゼロの肩を、爽やかに笑うローレライが叩いた。
つい先ほどまで空前絶後の殺し合いをしていたとは思えない程に機嫌が良い彼女は、目の前で頭を垂れている集団などには目もくれず、何処か遠くに視線を向けている。
そして、テレビ中継を見ている時の会話の様な、独特の雰囲気で友人に語り掛けた。
「で、コイツらは?」
「鏡銀騎士団はダメだな。リリンサの尻尾どころか、私の剣すら回避出来やしない。こんなにも使えない奴らだったとは、我ながら悲しい限りだ」
「にゃはは、鏡銀騎士団がちゃんと機能していたら、まともな戦争になったかもね。ミオの参戦も含めて」
「そうなると戦死者の桁が二つは変わってくるか?それを考えると、悪いことばかりでもないか……」
ローレライが指摘したように、鏡銀騎士団が本来の実力を発揮していれば、レジャンダリア軍・ブルファム軍ともに甚大な被害が出る事になる。
両陣営に在籍している上位者の実力は高い水準で拮抗し、戦闘が長引くのは必至。
そして、一騎当千の力を持つ者の衝突など、周囲への余波だけで死体の山が積み上がる結果になるからだ。
だが、鏡銀騎士団の正規隊員は混乱の渦中にいた。
自分達の絶対的統治者たる澪騎士ゼットゼロの戦死の報に、一番隊副隊長でありながら、ゼットゼロに匹敵する実力を持つリリンサの裏切り。
それを知った隊員は、膝から崩れ落ち動けなくなる者、動揺しながらも剣を取る者、血反吐を吐き散らして仇打ちを願う者などに分かれた。
その結果、様々な激情に刈り立てられて本来の力が出せず、死んで生き返った澪騎士ゼットゼロと魔王リリンサに完膚なきまでに痛めつけられたのだ。
「本当に不甲斐ない気持ちで一杯だが、まぁ、いい。コイツらはリリンに預けることにした」
「行く末はテトラフィーアちゃんの所か。大陸統治には武力が必要だし、上手に使えばいいんじゃないかな」
戦場に降り立ったミオは、自分の配下の余りにも愚かな惨状に目を覆いたくなった。
個人の実力が及ばずに敗北した者を非難しているのではない。
鏡銀騎士団としての規律や戦術、言ってしまえば、戦闘における当たり前の常識でさえも無視した戦いをする光景を受け入れられなかったのだ。
最も、その最たる原因が自分だとは露にも思っておらず、それを理解しているローレライはわざと黙っている。
「私も含め、まだまだ未熟。リリンサに追い付くのすら大変そうだ」
「誰だって失敗は有るさ。大切なのは、失敗した後どうするかだよ」
「ふむ、ちなみにそっちはどうなったんだ?」
「おねーさんの可愛い弟だよ?もっちろん覚醒したさ!!」
コイツ……、何かしたな。
悪い笑みのローレライを見た事による確信めいた呟きを飲み込んだミオは、一呼吸置いてから本題に触れた。
それは、『すでに失敗したこの状況で、どう動くのか』だ。
「なぁ……、レジェリクエを失ったんだろう?それでレジェンダリア軍は勝てるのか?」
「確かにレジィは負けた。女王が落されたんだから、事実上の敗戦に近しい状況ではあるね」
遠くに向けていた視線を切り替えたローレライは、真剣な表情を向けているミオを見やった。
そして、その動向を窺う。
これからのパートナーが、どれほどの状況判断力を持っているかを確かめておきたかったからだ。
「お前は言っていたな。ユニクルフィンの実力を確かめ、勝てる可能性を見い出せなかったら……、その時は自分がメルテッサを討ちに行くと」
「おねーさんが動くのは最後の最後、エンディングのその先だけどね」
ローレライがユニクルフィンに語った言葉に偽りは無い。
『レジィは1%側……、英雄を目指すと宣言した。だから、この戦いは最後までレジィの判断で終わらせてあげたいんだ。例えそれが、敗北の運命だったとしても 』
この言葉を発した時には既に、ローレライはレジェリクエの結末を知っていた。
だからこそ、ユニクルフィンの成長を促し、メルテッサに対応しうる力が有るのかを試したのだ。
「最後の最後か。なぁ、可愛がっていた妹と弟、その両方を犠牲にしなければならない程にメルテッサは強大なのか?」
「強いね。無策で戦いを挑んだ場合、分が悪いのはおねーさんの方だ。ついでに言うと、世界が終わる可能性すらある」
「お前よりも強い?信じられんが……」
「ざっくり解説すると、ランク1の神の因子は『個人』、ランク2の神の因子は『他者』に影響を及ぼす」
「ふむ……、単純な身体能力の向上がバッファ魔法に変わるようなものか」
「そう。そして、メルテッサが行使してる物質主上は明らかにランク2を超えている。その対象は『世界』であり、おねーさんですら知らない未知の領域だ」
世界に影響を及ぼす特殊能力。
それが、どれ程の力を持つのかは、絶対視束と神聖幾何学機構を持つローレライのみが知っている。
ただ、レジェリクエが辿った結末を知った時のローレライの激情を見たミオは、その感情を抑えつけて冷静にならざるをえない状況だという事は理解した。
「おねーさんだって情が無い訳じゃない。だからこそ、絶対にレジィの仇を討つ為に万全の状態を手に入れておきたいんだ」
「それでユニクルフィンを仕向けて情報収集か。弟を死地に向かわせるのも、どうかと思うんだが?」
「にゃはは、こんな事を言っているけど全て杞憂になるかもよ?……ユニくんはね、おねーさんの自慢の弟。勝つと思ってるから送り出すんだ」
**********
「あれ、そう言えば、アルカディアさんどこ行った?」
「ユニクが知ってるんじゃないの?」
諸々の心の諸事情は横に置いておき、セフィナ捕獲に向けて本格的に動き出す事にした。
そこで必要になってくるのがタヌキレーダー……もとい、アルカディアさんだ。
セフィナもワルトも認識阻害の魔道具を装備しており、匂いを追う事は出来ない。
だが、セフィナの横にいるゴモラの匂いを辿ればいい話。
既に目的を達成したアルカディアさんなら協力してくれると思っていたんだが……、肝心な時にどこ行きやがった?
「飯を食ってるのは見た。ただ、俺が戦い始めてからは一度も見てないんだよな」
「森に帰った?」
「何で町じゃなくて森なのかは突っ込まないでおくが……、嫌な予感がするな」
そういえば、レラさんは『タヌキと戦う為にプラムさんを餌にした』って言っていた。
それで俺が釣れちゃった訳だが……、当初の目的は果たしていない。
……あれ、もしかして、人質が二人と一匹に増えちゃった感じ?
「まぁ、居ないもんはしょうがない。普通に探すか?」
「そうだね。一度レジェの所に戻るのもいいか……、あれ?電話が掛って来た」
平均的なコール音を響かせ、リリンの携帯電魔が鳴った。
もしかしてワルトか?と思ったが、電話の主は大魔王陛下ならしい。
「もしもし。どうしたの、レジェ?」
「あはぁ、ちょー疲れたわぁ。でも、メルテッサを倒したのぉ」
「え?あ、すごい!」
「でも、怪我をしちゃってぇ。魔力も使いきっちゃったから動けないのぉ。助けてぇ」
「えっっ!?大丈夫なの!?」
電話から聞こえてくる声は細く、今にも消えて無くなりそうな程に弱々しい。
いつものテンションとはまるで違う声に、俺もリリンも驚きを隠せない。
「怪我をしたってどのくらい!?ホロビノを連れて直ぐに向かうから場所を教えてッ!!」
「命に別状は無いわよぉ。ただ、魔力欠乏症で気持ち悪いだけぇ」
「あ、そうなんだ、良かった。それで場所は?迎えに行く」
「東の錆鉄塔ぉ。ただ、迎えに来るのはユニクルフィンだけでいいわよぉ」
「えっ、なんで?」
迎えに来るのは俺だけでいい?
命に別状は無くとも、体調が悪いなら直ぐに休むべきだ。
それに今は戦争中で、メルテッサの仲間が他に居ないとも限らない。
そんな状況で、俺だけを迎えに来させる理由は……。
「もしかして、セフィナの動向を掴んだのか?」
「えっっ」
「あら賢い。正解よぉ!」
「なるほど、リリンにはそっちに行って貰いたいけど、助けにも来て欲しいと」
「え、えっ、そうなの!?」
「お願いできるかしら?」
セフィナの手掛かりを失ったかと思いきや、すぐに直通ルートが示された。
これはもしや、大魔王陛下もワルトの正体を知って……あ。
そういえば、大魔王陛下は『ラルラーヴァー』と『ワルラーヴァー』を使い分けていた。
役職名として使う時は『ラルラーヴァー』、個人名として使う時は『ワルラーヴァー』。
……うん、絶対に正体に気が付いてるな。間違いねぇ。
「えっと、ユニク、どうする?」
「二手に分かれようぜ。ちなみに一応聞くが、リリンを一人にしても危険は無いよな?」
「セフィナは軍団将の三人が足止めしてるわぁ。周囲に敵はいないから安心なさい」
大魔王陛下も気が付いているって事は、これはワルトの指示なのか?
戦争の内外から責める戦法だったのなら、小まめに連絡を取り合っているはず。
そして、メルテッサという予定外が出現したものの、既に対処は済んでいる。
必然的にリリンとセフィナの再会と、俺とラルラーヴァーの因縁を片付ければ決着となる訳だな。
ここは知らない振りをして思惑に乗ってしまおう。
行った先でラルラーヴァーとの決戦が待っているなら茶番も良い所だが……、6年も待たせちまったんだ、最後まで付き合うぜ。
「余は東の錆鉄塔、セフィナは西の平原にいる。貴方達の現在地からまっすぐ東西に走って行けば着くわよぉ」
「分かった。直ぐにセフィナを捕まえる!!」
「俺も了解だ」
電話を切ってから周囲を見渡してみると、戦いの激しさが一段落していた。
チームで戦うようになったレジェンダリア軍がブルファム軍を圧倒し、怪我人も最小限で済んでいる。
俺達が戦争から抜けても問題なさそうだと判断し、それぞれ向かう方向に視線を向けた。
「じゃ、さっさと大魔王陛下を救出してくるぜ。リリンも、相手はセフィナといえど帝王枢機を使ってくる。気を付けろよ?」
「分かってる。カミナから魔王シリーズの調整が済んだと連絡は来ている。万全!」
「よし、……行くか!!」
**********
「くすくすくす、制御しやすくて助かるねぇ」
ぽたぽたぽた……、とレジェリクエの血が滴り落ちる。
携帯電魔を握りしめる手への、ぬるりとした感触を楽しんだメルテッサは、途切れた通話の先の未来へ思いを馳せた。
「さぁ……、おいで、ユニクルフィン。ぼくを唯一止めうると神に神託を下されたキミを倒せば……、ゲームクリアだ」
赤い、赤い、大きな血だまりに歪んだ笑顔を映し、メルテッサは笑う。
全ての準備は済んでいる。
だからこそ、人生で初めての挑戦が訪れるまでの僅かな時間、レジェリクエとの殺し合いを思い出して愉悦に浸ろうと心に決めた。




