第125話「目標の破壊①」
「《神界殱酷ッ・グラム=ギニョルッ!!》」
目の前に召喚したグラムに右腕を突き刺し、心に浮かんだ神名を唸る。
肉は絶たれ、血は踊り、骨が軋んだ果て、失われたそこに新たなる力を宿す為に。
「へぇ……、見た事が無い現象だね。実に興味深い」
ボコボコと沸騰する腕の断面が、グラムの刀身と結合していく。
それは、溶かした鉄同士を混ぜるような行い。
弾け飛ぶ火花と共に噴き出す血は瞬時に気化するほどの高温となり、体の中を駆け巡っている。
そして……、骨まで焼く尽くさんとする身体とは対照的に、右腕の肘から先は酷く静かに冷え切っている。
これ以上の熱量は一切必要ないという、渾然たる力の結晶。
失ったはずの右腕はガントレットを模して再構築され、グラムは赤熱の両刃剣へと変化した。
あぁ、なるほど。
これが神殺しを体に宿すって感覚か。
俺の中の常識が、木端微塵に壊れていく。
「……熱っちぃな。凄く」
「にゃは。そうだろうね、おねーさんの目にもそう映っているよ。それで、それがユニくんとグラムの”過去最強”なのかな?」
「さぁな。俺はグラムの中にあった、最も苛烈な記憶を掴んで引きずり出しただけだ」
今の俺の状態は、右腕にグラムの力を集積させている。
副武装のガントレットを取れた右腕の代わりにしているんだから当然だ。
そして……、左右に分かれていた力『絶対破壊』と『惑星重力制御』は渾然一体となった。
二つの力は統合されて『絶対破壊制御』となり、俺の体を支配している。
「ユニくんはさ、自分が人間じゃないって知ってるのかな?」
「そう言えば聞いたな、そんなこと」
「知ってるんだね。じゃあさ……、此処から先は英雄という、人外同士の戦いになる。だから、おねーさんも本気でやるね」
「あぁ、頼む。本気を出して生き残ってくれ。手加減はできそうにない」
にゃはははは!と軽快に笑いながら、レラさんが走り出した。
レーヴァテインを覚醒させた事により、その身には漆黒のドレスアーマーを纏っている。
今までは紙同然だった防御力も万倍に引き上げられ、その中に途方もないエネルギーが詰まっているのが見て取れた。
だが、そんなものは壊せばいいだけだ。
神を壊す為の剣で、それを成せないはずが無い。
「《絶対破断加重》」
乱雑に振り下ろしたグラムは、正確に世界の理を破壊した。
空気……、物質の移動に抵抗力を与え、速度という限界を定める。
空間……、物質の存在そのものを認めると同時に、その領域に押し留める。
時空……、過去現在未来、それらは重なり合う事は無く、同時に消滅する事もない。高次元に存在する、『物質』として確立される為の条件。
俺が振るうグラムの刀身に触れた物は、それらの神の因子が破壊され世界から逸脱される。
存在したという証明が破壊されれば、どんな魔法を使えど、二度と取り戻す事は叶わない。
そして……、美しい姿勢で剣を構えたレラさんが、グラムを迎え撃つ。
「《虚実停止》」
鉄琴の様な甲高い音を発し、グラムとレーヴァテインが衝突した。
だが、グラムの進行が留められても、お互いの刃は触れ合っていない。
刀身の間に造られた幾層もの壁によって阻まれ、その衝突自体が虚偽とされ、世界から取り消されていく。
レーヴァテインの『疑心』は、全てを疑い否定する魔剣。
だが、そんな仕組みでさえも……、グラムは破壊する。
「やっべ、押し負けたッ!?」
レーヴァテインが発した障壁が粉砕され、レラさんが初めて焦りを発した。
俺の知る限りじゃ、そんな声は聞いた事が無い。
いつも完璧だったレラさんは、俺の子供時代の様な苦々しい表情を浮かべてレーヴァテインを振り抜いた。
障壁による防御を諦め、純粋な神殺しの力での迎撃を試みるようだ。
再びの衝突。
今回起こったのは、ガラス細工で殴り合う様な戦慄の光景。
一撃ごとに結晶化した空間が砕け、激しい火花が舞って落ちる。
「こ、れは……、随分と重い斬撃だっ!!」
「俺はなんにも感じないな。素振りをしてるのと変わらない」
「それはそれは、攻略甲斐がありそうで何よりだねッ!!」
俺が何も感じ無いのは、絶対破壊制御により物質の根源が破壊され、そこに何も残っていないからだ。
衝撃が返ってくるというのは、その物質がグラムの破壊に抵抗できたということで、不完全な破壊を意味している。
一方、レラさんを襲っている凄まじいであろう衝撃は、レーヴァテインが破損する事により発生しているものだ。
刀身が砕け、それを虚偽だと偽り取り消し、再び砕けさせていく。
その度に発生する膨大な負荷は衝撃となってレラさんの体に蓄積し……、やがて、壊れる。
「痛っ!」
レラさんの腕の血管が裂けて内出血を起こし、紫色に変色した。
そして、即座にそれを疑い否定し、肉体損壊の取り消しを試みる。
だが、レーヴァテインとレラさんの肉体、それを同時に再生させ続ければ、今度は体内魔力が壊れていく。
その結果、レラさんのレーヴァテインは脆く、腕は軋み、体幹はぐらつき始めた。
侮る訳じゃないが……、俺の方が優勢だ。
「負けを認めろ。そして、俺の質問に答えて貰うぞ」
「やだね。せっかく久しぶりに『戦い』をしてるんだ。無粋な事を言わないでくれるかな」
「そうか。一つだけ言っておくぞ。俺は怪我を治す手段を持っていないし、どうやれば直せるのかも認知していない。死んだらそれっきりだ」
「未知の恐怖か。この絶対視束ですら見通せない世界なんて、ぞくぞくしちゃうね!!」
破壊と取り消しが繰り返される時間に、変化が起こった。
グラムに触れたレーヴァテインは一方的に傷つきながらも折れず、絶対破壊に耐えきったのだ。
そして、二度目の衝突でもレーヴァテインを折る事が出来ず、代わりに、その理由に気が付かされる。
俺は絶対破壊を制御できるようになったことで、剣士としての剣筋を捨てている。
触れさえすれば破壊できる以上、読まれやすい剣の型は不要だと思ったからだ。
だが……、そうして乱れた剣筋により生じていた破壊の強弱、そこをレラさんに突かれている。
「なるほど、神様の目なんだったけな」
「この目は色々できるけどさ、やっぱし、飛び抜けた観察力が一番の能力だよね!」
純粋なる破壊の力 VS 英雄の剣技。
一方的だった戦いは互角となり、そして、拮抗して時間を稼がれれば観察され俺が不利に立たされる。
持ってる力を振るうだけじゃ、英雄としては不十分。
力は使いこなしてこそだと、レラさんに言われた気がした。
「ありがとな、俺はもう少し強くなれそうだ」
「この程度で満足しちゃだめだよ。おねーさんは、まだまだ裏技を隠し持ってるんだからね、《虚実犯生・銅管象牙ヴェレヘモス》」
真っ当な剣筋に正した瞬間、目の前に化物象が出現した。
コイツの肌の破壊値数は覚醒神殺しに匹敵し、直感で皇種クラスの存在だと理解する。
振り上げられた象牙の長さは、優に5mを超えている。
赤銅色に輝くそれは特に堅く、通常のグラムの覚醒体だったら斬れなかったかもしれない。
「……ふっ」
一呼吸の間にグラムを進ませ、その15往復目で象牙の根元に到達した。
そのまま巨大な頭部を切り裂き、生み出された肉壁に破壊を突き付ける。
「肩慣らしは済んだぞ。レラさん」
「そうかいそうかい奇遇だね。おねーさんも準備を終えた所なのだよ」
崩れて消えた化物象には目もくれず、俺とレラさんは相対した。
互いに剣を構えているものの足は止まり、真っ直ぐに視線を交差させている。
「決着と行こうぜ」
「いいや、此処から始まるんだ。まずはそうだね……、全力で戦うにはここは不都合が多すぎる。だから、おねーさんの世界に招待しよう」
薄紫色に光っていたレラさんの瞳に、赤い紋様が浮かび上がった。
それは、神の力を宿す複雑な魔導規律陣。
グラムと同化した右腕と同等かそれ以上の力が、その瞳に宿っている。
「今度はなんだ?それも世絶の神の因子なのか?」
「あぁそうだよ。とっておきの二つ目さ。《神聖幾何学機構》」




