第123話「目標との邂逅③」
「……ユニク。お前には有って、俺には無い優位性って何だと思う?」
これは、親父との訓練に明け暮れていた時、唐突に投げかけられた言葉だ。
聞かれた瞬間はまったく答えが分からず、見栄と感で『若さだな!』と言ったら殴られた。
「俺はまだ30代だ。つーか、成長率でもお前に負けるつもりはねぇッ!!」なんてマジギレされたし、おっさん扱いされるのを気にしているらしい。
そんな親父が言う優位性、それは……、俺の中の神壊因子とグラムの絶対破壊、その融合だ。
「にゃはは!ユニくんの中に眠っている才能ねー。確かにあるとも、おねーさんが保障する!」
「そうか、どんなもんか知らねぇが、ちゃんとある様で安心したぜ」
「んー?思い出すどころか、知覚すら出来てないのかな?」
「さてな。ただ、なんとなく莫大な力がある様な……、そんな感じがしているだけさ!」
親父は言っていた。
幼い俺はこの神壊因子が有ったからこそ、常識外なスピードでグラムに適応していったこと。
その力を使い、未熟な身体ゆえの圧倒的な身体能力差を埋めていたこと。
そして……、蟲量大数との決戦時。
俺と親父が最後に残った最終局面――、世界最強の硬度を持つ蟲量大数の外殻を切り裂いたのは、俺が持つグラムだ。
「うんうん、目標が高いのは高評価だ。ほら、胸を貸してあげるからドーンと来なさい」
鷹揚に腕を広げて待つレラさんの表情は、弟を迎えに来た姉の様に朗らかだ。
優しさが溢れ出る笑みすら浮かべ、世界最強の神殺しを持っている事を微塵も感じさせない。
だが、無策に近づけば、俺は肉片以下の粒子へと変貌するだろう。
俺に秘められた力が有ろうとも、それを引き出す前に敗北したのでは意味が無い。
だからこそ、親父との関連で得た技術を応用し、手堅く戦況を支配下に置く。
「ユニク。格上と戦う場合、最初にするべきは自分の優位性を見つける事だ。体格、身体能力、知恵や戦略、攻撃力、なんでもいい。まずは一つ見つけ、その優位を絶対に覆させるな」
相手は英雄・ローレライ
神の目を持ち、動きが速く、魔法が得意で、戦術も豊富。
だが、俺よりも体格が小さく、攻撃力ではグラムよりも劣っている。
「……《破壊への恩寵》」
グラムを通して知覚するは、物質が持つ破壊耐久値。
それがどんな物質でどれだけの力を掛ければ破壊できるのかを理解し、最適な破壊力を瞬時に導き出す。
「流石に神殺しは桁が違うな。だけどさッ!!《空間破壊刃ッ!》」
横薙ぎに振り抜いたグラムが狙うのは、レラさんの脇腹。
そこを覆っている皮鎧は最高品質であり、どう見積もっても伝説クラスの防具だ。
だが、絶対破壊を纏わせているグラムで破壊できない強度じゃない。
回避か迎撃、その二択を強要し、直ぐに答えは示された。
レーヴァテインを用いての迎撃は、やはり『無音』という結果が示される。
「粋がってる割には同じ攻撃じゃん?」
「これが同じに見えるのか?」
「なるほど、そういう小細工ね」
グラムとレーヴァテインは激突して均衡を保ち、その使用者である俺達にも一切のダメージが無かった。
だが、俺達を取り巻く状況はそうじゃない。
激突する前に撒き散らしていた破壊の波動によって、周囲の環境は無残に荒れ果てている。
「その剣についてはレジィから聞いてんだよ。斬った事象を無かった事にできるんだろ?」
「おぉ、よく勉強してるね」
「だが、剣が斬る前に起こった事象には干渉できない」
「ふむふむ、随分とお利口さんになったもんだ!」
無音での剣戟を続け、一面に破壊の波動を撒き散らす。
そして、触れた物質の殆どが抵抗を許されず、色が付いただけの砂礫と成り果てた。
レラさんは過去の視点を使って俺の立ち位置や体制を視認し、攻撃を予想。
そして高い身体能力を駆使して先手を打っている。
ただそれは、周囲の景色という比較対象が有ってこそ真価を発揮する。
一度見た景色の中に俺がいるからこそ、今の自分の立ち位置と比較ができるからだ。
俺が行っているのは、無作為に撒き散らかした破壊の波動による周囲の環境激変。
散乱している武器や防具の残骸、草木、土や石など、位置特定につながる存在を任意に破壊して改変し、そこに生まれた情報量の多さを武器にしようとしている。
「なるほどにゃるほど……、ブチ壊した衝撃で破片を飛ばし、直接攻撃を当ててない物にも破壊を伝播させてるのか」
「絶対破壊を極める為には、破壊力を浸透させる技術が必要らしくてな。随分と仕込まれたぜ」
「狙いはおねーさんの目を狂わせること……、じゃあ、こういうのはどうかな?《疑心闇技》」
レーヴァテインの赤黒い刀身に漆黒が灯り、瞬いた。
――ヤバい。
俺がグラムを前に突き出して空間を破壊し、そこへの侵入を物理的に阻んだ瞬間、漆黒の暴風が吹き荒れた。
僅か2秒に満たない時間で俺の横を通り過ぎたレーヴァテインの数は200を超えている。
それら全てが無作為では無く意図を持って行動し……、周囲一帯20mを白亜の砂礫へと変えた。
「いちいち背景が変わるから見づらいんであって、ずっと真っ白なら気にならない。砂浜で男女が二人きりなんて、ロマンチックだねー」
「マジかよ、今の一瞬で……?」
神の目なんて無くとも、状況を読み取ることは容易だ。
なにせ、俺とレラさんの周りには、白い砂以外の物質が存在していない。
あぁ、全く、胸がときめいてドキドキしっぱなしだよ。
世界最強の破壊力を持つ、戦壊戦刃・グラム。
レラさんはその破壊力へ真っ向勝負を挑み、そして、打ち勝とうとしている。
絡め手を使ってくるからと言って、実力が無い訳じゃない。
全てのステータスで優位に立ち、そして、それら全てを覆させない。
それが英雄という存在なのだと思い知らされた。
「にゃは、これで振り出しに戻っちゃったね。次は何を見せてくれるのかな?」
「そうだな。親父に教えて貰った真っ当な剣技……とかどうだ?」
レラさんのステータスの中でも、一番に飛びぬけているのは速さだ。
だが、動きや足裁き等の一動が、俺より圧倒的に秀でているのではない。
動作と動作の間の無駄な時間を極限まで削っているが故の速さだ。
だったら、俺だって同じ事をすればいい。
男と女、その肉体性能は、圧倒的に男が有利だと親父は言っていた。
力や速さを司るのは筋肉であり、男の方が筋肉量が多くなるように神の理で決められてるからだそうだ。
周囲が白一色になったことで、先読みの精度は僅かにでも下がっているはず。
後は、俺がその予測を超えればいい。
「《超重力起動》」
「それは悪手だよユニくん。おねーさんの目に、『二度目』が通じるとでも?」
俺が使ったのは、一度は破られた技、超重力起動。
だけど、今から動かすのは俺の体じゃない。
レラさんと俺の両方が作った、白亜の砂礫、その一粒一粒だ。
「《重質超過刃ッ!!》」
「ん!」
大地にグラムを突き刺し、巻き上げるようにして振り上げる。
刀身から発する磁界によって起動するのは、数千万の砂礫で出来た紗幕。
どれだけ目が良くても、身動きがとれなきゃ意味が無いだろ?
そして、この砂礫は俺の動きを邪魔しない。
体に纏った重力場が砂を反発させ、自動で道を切り開く。
「へぇー、絶対破壊を軸にしてる割には、器用なことすんじゃん。ユルドさんの真似かな?」
「真っ当なアンチバッファじゃ効かないだろ。こういう絡めてすらもグラムの力を使うのが俺の戦法なんだよ。悪いな」
真っ白な砂嵐の中、レラさんは佇んでいる。
その声は砂を掛けられて起こっているようにも、呆れているようにも思える物で。
「……で、掛って来ないの?」
「行くに決まってんだろッ!!」
見透かされているのだと、理解はしている。
だが、現状で思いつく手段の最善手がこれである以上、最後まで行って結果を確かめないといけない。
「ちっと痛ぇぞ!!《銀河終焉かーーッ!?》」
「砂を掛けたぐらいでさぁ、英雄に勝てたら苦労しないでしょ。《可逆肯定》」
親父に教わった真っ当な剣撃は、確かな音を発した。
盛大に空振り、グラムが風を斬った音。
そして……、とすん。という、俺の左腕が貫かれた音が響く。




