第119話「戦闘管制②」
「人間が道具を扱う種族である以上、道具そのものに干渉する力は、人間社会を手に入れる事と同じ。覇権国家やら隷属連邦やらの枠組みすら超越した、文字通りの意味で人類の支配者になれるわ」
勝機があると言った直後に語られたにしては不適格な物言いに、ロイは僅かに眉をしかめた。
彼自身がした考察でも、物質主上は人類では抗う事が出来ない力だと結論が出ている。
それ故に、『勝機がある』というレジェリクエの言葉に驚き、同時に、その答えを導き出せる頭脳へ尊敬の眼差しを向けていたのだ。
「物質主上が強力だというのは、私も同じ見解です。それで、先ほど言った勝機というのは、どのような意味なのですか?」
「そのままの意味よぉ。今この瞬間に於いて、いや、この瞬間こそがメルテッサに勝てる可能性が最も高い勝機なの」
「今なら勝てる可能性が高い……?いや、時間が経つにつれ、勝率が下がって行くのか……?」
「正解。もし、この戦いで決着が付けられず、メルテッサに逃げられたとしたら……、まず間違いなく、余達はメルテッサに勝てなくなる。全員が暗殺されてお終いね」
レジェリクエは語った。
メルテッサが魔道具を無条件かつ最高の状態で使用できるのなら、世界中に存在する認識阻害の魔道具を駆使され、絶対に捕まえる事が出来なくなるということ。
そして……、人間社会が魔道具を中心とした文明である以上、意図的な事故死をいつでも誘発させる事が出来るということ。
たった二つのヒントを貰ったロイの脳裏には、次元を割って現れた大災厄が浮かんでいる。
「馬鹿な……、それでは、事故を装って天穹空母を落す事が出来るということですか?」
「グオが調べた結果、魔道具に変化があった範囲は半径5kmの球形。その中に天穹空母が入ってさえいれば、影響を受ける可能性があるわ」
「天穹空母は様々な魔道具の複合体……、魔導銃を始めとした人類屈指の武器を備えているはず。そんな魔道具を内部で暴発させられたりしたら」
「墜落に魔法で対処できる人員以外は全滅するわ。なにせ、緊急脱出手段も魔導具であり、その機能すらメルテッサの管理下にあるんだもの」
「最悪だ……。勝利できる手段がまるで思いつかない」
脳裏にメカゲロ鳥と一緒に墜落する光景が浮かばせたロイは、ブルリ。っと肩を震わせた。
船内に搭乗した時には好奇心と共に無敵感を抱いていたが……、今となっては、近づくのすら躊躇ってしまうだろう。
だが、それこそが勝機があることの証明なのだと、レジェリクエは嘲笑った。
「ロイの言うとおり、そんな能力は強すぎる。だから、メルテッサは物質主上を持て余していると判断した」
「そうか!天穹空母を落とせる力があったのなら、それを行使しなかったのは不自然だ」
「5kmもの広範囲を能力の影響下にしている現状、大雑把にしか能力を行使できないんでしょうね。テトラの絶対音階がそうであるように、対象物が多ければ多いほど精細に欠けるはずよ」
それからレジェリクエは、グオに報告されていた実験の結果を話し、テトラフィーア達と共有した。
この情報を使い新たな戦略を立てるのが、『総司令官テトラフィーア』の本懐だからだ。
『剣の切れ味を試しながら移動し、効果の強弱を測定』
切れ味にブレは無く、戦闘中心地から5km移動した時点で効果が途絶えた事から、指定範囲があると断定。
そして、この範囲内にいる限り、通信機が意味を成さない。
呼び出し音の変更を始めとした、通信機が発する挙動の全てがサイレントモードに設定されている。
さらに、電話が繋がったとしても、メルテッサが成り変わっている可能性がある。
情報の途絶と漏洩を同時にしてしまう可能性がある以上、通信機は使えない。
グオがレジェリクエに情報を伝えた手段も、足の速い人員を使った伝令文書の手渡しだ。
『伝説級の魔剣をわざと使用し、同系統の魔剣への能力譲渡の確認』
新しく召喚した魔剣の能力は発揮できなかった。
故に、魔剣の能力複製は自動で行われていない。
もしくは、決められたルールがあり、それに反しているが故に発揮されなかった。
『武器以外の性能に変化が無いか?』
服や盾、指輪など、防具や装飾品には変化が無い。
ただ、通信機に介入している以上、これは虚偽。
意図的に制限を科して、ミスリードを狙っている。
「……と、余達と同様に、メルテッサは物質主上の使い方を模索する為に戦いを誘発させた。今頃、新しいおもちゃを貰った子供の様にはしゃいでいると思うわ」
「ひとつ宜しいですの?陛下」
「何かしら?」
「あちらも能力に探りを入れているというのは理解しましたわ。ただ、勝つ気があるのなら、もっと直接的な実験をすると思いますの。例えば、私や陛下の衣服に細工をするなど」
「今の所、武器と携帯電魔以外の干渉は確認されていないわね。出来ないと考えれば納得がいくけれど、たぶん違うわ。余が思うに、メルテッサはこの戦争に勝つつもりが無いんじゃないかしら?」
「勝つつもりがないですの?」
「正確には、『手段を選んで勝ちたい』ね。余達の服には緊急手段の転移や自爆の機能があり、暴発させれば有利になれる。けど、それをしないのは……面白くないから」
「面白くない?そんなことってありますの?」
「あるわ。だって、余とロウ姉様が王位を目指したのも、最初は『遊び』だったのだから」
ローレライとレジェリクエが出会ったのは、二人が遊びを求め、彷徨い歩いていたからだ。
その慣れ染めを聞き及んでいるテトラフィーアは頷き、メルテッサの行動動機が感情であると納得する。
「遊楽を目的として、戦争を誘発させる。相手の手段と目的が同じである以上、妥協案を提示する事は難しいですわね」
「目的が王位でないのなら、余とメルテッサの二大君主政を敷くという提案も受け入れて貰えない。それに、面白くないと判断された時、なりふり構わずに暴発する可能性もある」
「戦いが始まったら、一気に勝敗を決する必要がありますわね」
「その為には、メルテッサが楽しむ為に何を目指しているのかを理解する必要がある。まずは、分かっている事を整理しましょう」
レジェリクエ同様、テトラフィーアも物質主上に関する情報を集めている。
それは、情報照合共有を通じて聞こえてくる、戦場での会話音。
敵と味方、双方の証言の真偽を聞き分け、有用性の高い情報のみを抜粋してレジェリクエと共有を終えた。
「複数の魔導規律陣が使われた魔道具は干渉されていませんわ。携帯電魔には干渉されてますが、情報照合共有には影響が無く、使われている魔導規律陣の数が基準の一つの用に思えます」
「このシステム、カミナが作った魔道具の中でも一二を争う最高傑作だって言っていたものねぇ」
「過去形なのが悲しい限りですが……、今は置いておくとして、複数の魔導規律陣に干渉出来ないのか、それとも、意図的にしていないのか。どう思いますの?」
「どうあるにせよ、将来的に出来る様になると思っているわ。メルテッサの物質主上が覚醒したのは、指導聖母・悪質を撃破後。一日も経っていないのに、この成長スピードだもの」
レジェリクエの声に宿っている、確信。
その強い口調を聞き分けたテトラフィーアは、自分そっくりだった『悪質』の結末を思い出す。
そして、その不味さに頭を抱えたくなった。
「そういうことですの……。厄介な」
「同系統の魔道具の能力を手に入れる事が出来るのなら、悪質が持っていた魔王シリーズを手放すはずが無い。一つでも隠し持っている状態で、リリンが魔王シリーズを使用すれば、その能力を手に入れる事が出来るのだから」
「自分には扱えないから放棄した……という線はありませんわね。物質主上は、もともと、扱いにくい魔道具の性能を発揮させる能力ですわ」
「そして、メルテッサはブルファム王国の宝物殿を根こそぎ奪っている」
「陛下やグオ大臣の千海山シリーズに匹敵する魔道具を所持していると?」
「そっちは未確認。でも……、とびきりに厄介なのを持っているのが確定しているわ」
「……あのそれ、魔王的な?」
「魔王じゃないわぁ、天使よぉ。ブルファム王国に祀られていた『天使シリーズ』は、魔王シリーズと対を成す超武装。カミナが証言したから間違いないわね」
総指揮官の立派な尻尾が、この場にいる全員の脳裏に浮かんだ。
そして、九万人の冒険者を蹴散らした惨状を思い出し、目の前の戦場に視線を向ける。
そこにいるのは敵味方合わせても、たった6000程度の軍勢だ。
「カミナが言うには、天使シリーズにはプロテクトが掛っているらしいの。だから、それの解除がメルテッサの目的……」
「事態は一刻を争いますわね。って、どうしたんですの、陛下?」
「……やば、しくじったぁ」
緊張感を含んでいながらも、どこか戦況を楽しんでいたレジェリクエの声が、一変した。
混じり気のない純粋な焦りに、二人の顔色が曇って行く。
「天使シリーズ、魔王シリーズ共に魔導枢機・エゼキエルの武装として作られた超兵器。だからこそ、同じ系統の魔道具として扱う事が出来る」
「それは……、リリン様が魔王シリーズを使用した場合、その能力を複製されるという事ですわよね?」
「そう。そして、それだけじゃない。二つの武装は、壊れた二体の魔導枢機を仕立て直して作ったもの。だから、天使シリーズと帝王枢機・アップルルーン=ゴモラは、魔導枢機の派生形として同じカテゴリーにいる」
「そんな……、では、アホの子姉妹が全力で戦ってしまった場合、その力の全てをメルテッサが手に入れるという事に……?」
メルテッサが天使シリーズを持っていると知っているレジェリクエが悠長に構えていた理由、それはリリンサとセフィナという同等以上の戦力を所持しているからだ。
仮に、メルテッサが過去最強の能力……、魔導枢機に連結された状態の性能を発揮してきたとしても、最新機体であるアップルルーンには劣ると判断していた。
さらに、リリンサは魔王シリーズを長年使ってきたという優位性を持ち、事実、エゼキエルの尻尾と腕を落している。
だが、その力さえも、メルテッサが手に入れたとしたら?
同等の戦力同士で戦えば、殆どの確率で敗北する。
常に過去最高の力を振るうカツテナイ機神、それを超えるのは容易ではない。
「テトラ、全身全霊を賭けてセフィナを捕獲しなさい。リリンに渡してはダメよ」
「分かりましたわ。それで、盤上で最強の『女王』である陛下は何をなさいますの?」
「王を取りに行くわ。まったく、最初から最後までアホの子に振り回されるとかぁ……。どう落とし前をつけるつもりなのかしらね?ワルトナ」
ゆらりと椅子から立ちあがり、レジェリクエは窓の外を見やる。
リリンサ、ワルトナ、メナファス。
この三人に電話を賭けてみても、当然のように繋がる事は無かった。
すぅ……と静かに息を吸い、カラカラと窓を開ける。
そして、
「来なさい。プルゥ、ロイ」
「ぬ?呼んだか?朝飯がとても美味かったからな、今なら大抵の願いを叶え――、ひっ。怖いっすっ!?」
「《支配声域・希望を費やす冥王竜、余の前に頭を垂れなさい》」
「うむ」
「行ってくるわね。後は任せたわよ、テトラ」
「陛下の戦闘管制は私が直接行います。安心して戦いに集中してくださいまし」
カツン。っと大地を踏みならして跳躍し、レジェリクエは冥王竜の頭の上に君臨する。
程無くして飛び立った大災厄は、真っ直ぐに東の空へと向かって行った。




