第116話「戦線復帰③」
「お前はいつもそうだったよなぁ、ストライン。普段は飄々としている癖に、肝心な所で役に立たない!!」
「ちっ、何がどうなってんだ……?お前らの武器には、そんな大それた能力なんて無いはずだろ?」
業火が渦巻き、雷票が斬り裂き、氷雪が吹きすさぶ。
三種別系統の攻撃がストラインを傷つけようと轟き、周囲一帯を爆心地へと変えた。
そんな苛烈な攻撃は、とてもじゃないがランク3のパーティーが扱えるものではない。
一撃一撃が相手に致命傷を与える攻撃、それらが絶え間なく放たれているなど、ランク6の魔導師に匹敵する暴虐だ。
「威力が高すぎる。ちぃ、下手に移動すると巻き添えが出ちまうか」
戦場で過去の仲間と再会したストラインは、様々な感情を抱いた結果――、ヴァトレイア達を憎み切れなかった。
確かに、ストラインは彼らに裏切られ、危険区域で肉壁役をやる事になった。
だが、ストラインを生かしたのもまた、彼らと過ごした冒険の日々で得た知識だったのだ。
食用の草木、小動物の取り方、肉食獣から身を隠す方法……、それらは全て、幼馴染のヴァトレイアとヴィシャの三人で切磋琢磨して得たもの。
奇しくも、パーティーを離れた事で、自分を冒険者たらしめていた要素の殆どが彼ら由来だった事に気が付いたストラインは、どうしても憎む事が出来なかったのだ。
だからこそ、焼き鳥を馬鹿にした業の代金として、レジェンダリア軍に引き渡すのみで済まそうと思っていた。
だが、致命傷を与えられないが故の膠着、そして……、前触れなく強化された武器によって逆転され、防戦一方に追い込まれている。
「くはは……!見ろよ、これが俺の力だ。最強のパーティー、鳳凰の卵の力だッ!!」
「鏡銀騎士団だって名乗らないんだな。未練でもあんのか」
「いちいちうるせぇ!!お前には関係がねぇだろうがッ!!」
乱雑に振られた剣に追従するように、炎で出来た波がストラインを襲う。
レジェンダリア兵として武装してはいるものの、攻撃に重点を置いた装備をしている彼には受けられるものでない。
そう判断したのは、この攻撃に見覚えがあるからだ。
「俺が知っている情報だけで考えるのならば、この攻撃力は随分とおかしい」
「お前が居なくなった事で、俺達は真の実力を得た。あぁ、おかしいさ。可笑しくて笑いが止まらねぇぞ」
「その割には疲れた顔してるけどな。これは『キブンエイジ』のバッファ魔法を受けた時の威力、それも、狙って出せるものじゃないだろ?」
「狙って出せるようになったんだ。俺達の努力の結果でな」
「どう努力したんだよ? キブンエイジは事故で死んだ。で、俺が殺した事にされた訳だが……。奴がいなけりゃ、努力のしようが無いだろ」
ストラインが回避に徹している、ヴァトレイア達の攻撃。
それは、冒険者パーティー『鳳凰の卵』が名を馳せ始めた頃に手にした栄光だった。
前衛の剣士、 ヴァトレイアとフーシ。
後衛の魔導師、ヴィシャとシドゥーマ。
そして、司令塔であるストラインと補助魔導師のキブンエイジ。
この6人に倒せない敵は無いと称えられ、ドラゴン討伐すらも成した伝説的なパーティー。
それは、キブンエイジにしか扱えない特殊なバッファの上に成り立っていた。
指定した6人の総魔力量をランダムに割り振り直すその魔法によって、偶発的に起こる会心の一撃。
これがあったからこそ、鳳凰の卵はドラゴンを倒し、生き残る事が出来たのだ。
「運が絡む会心の攻撃を連発されちゃ、ありがたみってモンがねぇな」
「うるせぇうるせぇ!!こんくらいは出来て当たり前なんだッ!!鏡銀騎士団ではこんくらい!!」
怒りと共に振り抜かれた剣。
酷く乱雑でありながら、無造作に命を刈り取れる破壊力を有していて。
毎日、炭火の前に立っているストラインは、チリチリになった腕の毛を見て「やれやれ、熱には強くなったはずだがな」と肩を竦めた。
ストラインが投げ放っていた戦闘用串、その正体に気が付かれた事が逆転劇の始まりだった。
偶然に串に手が触れた事により存在を認知すれば、後はそれを引き抜くだけ。
支給された白銀甲冑の性能により、痛みの軽減と傷の治癒が促進されている以上、戦線復帰は容易だった。
そして……、頭に血が上ったヴァトレイア達の反撃は、思わぬ結果を生み出した。
メルテッサが発動した物質主上の効果により、全ての攻撃が『過去に起こした会心の一撃』へと固定されていたのだ。
「知らねぇだろ?知らねぇよなぁ??鏡銀騎士団つぅ化け物どもの集まりを、お前は知らねぇ!俺達の苦労も努力も、お前には理解できねぇ!!」
「確かに知らないが、それはお前にも言える事だと思うぞ」
ストラインが防戦に徹していた理由、それは主武器である串が熱波と暴風によって阻まれてしまうからだった。
もともと、認識阻害の串は奇襲向きの武器であり、真正面からの戦闘に弱い。
敵に視認されてしまえば尚更であり、この時点でストラインの攻撃力は半減したと言えるだろう。
そんなストラインは防戦となるも……、真っ当に勝つ魔法を選び終えた。
「魔王様を知らねぇお前程度が、粋がってんじゃねぇよ。《雷霆戦軍・鬼面金剛杵》」
「なんっ……」
厄介なのは広範囲を一度に焼いている熱波だ。
そう断じたストラインは轟々と猛り狂う炎の中を駆け抜け、一撃。
鏡銀騎士団のシンボルである白銀甲冑の胸当てを砕き、その勢いのままヴァトレイアを地面に叩きつけた。
ストラインが発動したのは、焼き鳥の代金にと金髪縦ロール少女が置いていった魔導書から得た、ランク8の魔法『雷霆戦軍』。
後に総指揮官から『御用達店』の称号を貰う彼は、リリンサのお気に入りの魔法を身に付けていたのだ。
「……あっちぃ。やきとりで慣れてなきゃ火傷したな、こりゃ」
拳から湧き立った白煙に息を吹きかけながら、ストラインは残りの敵を見据える。
警戒しなければならないヴァトレイアを倒し終えて安堵し、残りをさっさと片付けて、因縁に始末を付けてしまおうと思ったのだ。
間近で熱を受けていたヴァトレイアの白銀甲冑は熱せられ、数百度の高温になっていた。
甲冑が持つ能力によって装備者は熱ダメージを受けないが、それ以外の者が触れれば火傷では済まされない。
事実、ストラインの拳は皮が剥け、肉の所々が黄黒く変色してしまっている。
長時間の戦闘継続は難しいと判断し、速攻で決着を付けるべく歩み出し、そして――。
「何処へ行くんだよ。……ストライン」
「がっ!?!?」
真後ろから炎上剣で刺し貫かれた。
噴き出す白煙から、己のモツが焼けていく匂いが立ち込める。
即座に刃を抜こうとするも、熱によって焼け爛れた肉体が刃に癒着し、思うように力も入らない。
焦ったが故の失態、それに気が付いた所で全てが遅すぎた。
「がふっ、ががっ、げぼ……。なぜ、今ので意識が奪えなかった……?」
「鏡銀騎士団の鎧が破壊された時、その攻撃によるダメージは全て鎧に向かう」
「そうなのか……。ちぃ、しくった……」
「ストライン。仲間だった俺からの最後の頼みだ。……死んでくれ」
背後から聞こえた、願い。
最期の願いの癖に二回言うんじゃねぇよと、ストラインは思った。
その言葉は、冤罪で捕らえられたストラインへの手向けだった。
当時も今も、ヴィシャとフーシとドゥーマは無言で聞いている。
肯定も否定もない、無感情。
それはストラインにとって、とても嫌な事だ。
「お前ら、それでいいのか……?俺を庇えとは言わねぇ、が、なんか言葉くらい、あってもいい……だろ?」
「……ないわ。何を言ったらいいか、分からないから」
「そう、かっ。ずけずけ物を言うヴィシャがねぇんじゃ、しょうがない、か……」
朦朧とする意識の中、腹の中の熱源が引き抜かれた。
膝から崩れて落ち、力無く座りこむしかできない。
体の中に響いている誰かの声も遠く、何を言っているのかも聞き取れなかった。
ストラインに許された抵抗は、愛する者への独白だけだ。
「フィー……、すまん。俺は帰れない」
「お前、家族が居るのか?」
「あぁ……、一緒に住んでんだ……。鳳凰みたいに尾が長い、フェニックスみたいな、ゲロ鳥の……」
虚ろな目で思い浮かべるのは、食用からペットへと昇格した愛鳥のフィー。
美しい羽毛だと女王陛下から褒められた光景を想い浮かべ、ストラインは力尽きようとする。
だが、目に映った幻覚がそれを許さなかった。
「……フィー?」
此処にいるはずのない、最愛の同居者。
何度も抱き上げた彼女より一回り大きく見えるのは、ストラインの目が潤んでいるからだろうか。
いや、それは違う。
事実として目の前に立っている者は、普通のゲロ鳥よりも格段に大きい。
かつて『崩界鳥』と呼ばれ、崇め奉られた偉大なる眷皇種。
その力を失い、名を改めた所で、纏う威厳が消えるはずもなく。
「ぐるぐる……、きんぐぅー!!」
首輪に付けられた黄金の金属プレートが示すは、『NO.2』。
万象を灰燼と化す『雷界の警告者』が、戦場に舞い降りたのだ。




