第115話「戦線復帰②」
『こちらテトラフィーア。只今より、戦闘管制を始めますわ』
胸に付けているNO.が刻まれた金属プレート。
淡い光を灯したそれから響いてくるのは、戦場を聴き通す総司令官・テトラフィーアの声だ。
「こいつぁ……」
「わざわざ情報を話す事もないだろう。ロリコン」
「ロリコンには難しいかもしれませんが、大人は無暗に口を開かないものですよ」
驚きのあまり思った事が口から出そうになったロンリゴンは咎められ、戒めながら眉間に皺を寄せた。
無邪気な子供に「ロリコン豚箱野郎!」と呼ばれるのは、まぁ、許せる。
だが、20代半ばの大人に罵られるのは、色々と我慢できない所があるのだ。
「ストロジャム様、ミルティーナ様。俺の事をロリコンと呼ばないで下さいと何度お願いをしたことか……」
「いいじゃないか。実際、キミの妻は年下ばかりだろう」
ストロジャムが愉快そうに飛ばす罵倒は、紛れもない事実だ。
だが、ロンリゴンの妻の中には三十路を優に超えた4児の母もいる。
彼の年齢が45という事を考えれば大抵の妻は年下であり、風評被害も甚だしい。
そして、ストロジャムも、ミルティーナも、ロンリゴンが悪い事をしてないのは百も承知だ。
だが、品行方正が日常の彼らにとって、遠慮なく暴言を吐ける友人はとても貴重。
お願いされた程度で改める訳が無い。
「おい、ロンリゴン。そちら様はどちら様だよ?」
「なんだ、まだ喋れたのか?マトゥルマン」
「喋れるに決まってるだろ」
「……なるほどな」
噛み合っていない会話をして納得したロンリゴンは、これが総司令官の差した『一手』だという事に気が付いた。
歩兵である自分と、騎士であるストロジャムとミルティーナ。
過剰戦力である2人が来たのにも拘らず敵が沈黙していないのなら、その目的は情報収拾であると悟ったのだ。
「どちらもこちらもねぇよ。俺の上官であり師匠のストロジャム様とミルティーナ様だ」
「こんな小奇麗なのが盗賊の師匠?どうみても貴族にしか見えんが?」
感情のままに疑問を口にしたマトゥルマンは、並び立つ三人を見て眉をひそめた。
美男美女を侍らせて真中に立っているのが、360度どの方向から見ても盗賊。
そんな余りにも酷い絵面は、彼以外が見ても同様の感情を抱くだろう。
「コイツに聞いても埒が開かねぇか。……お前ら、誰だ?」
「僕はレジェリクエ女王陛下の甥だが?」
「私はレジェリクエ女王陛下の姪ですが?」
「魔王の……王族だとッ……。ロンリゴン、なんだよてめぇ、性犯罪者の癖に。俺と同じ癖に、なんで王族なんぞと肩を並べてやがるッ!!」
そんな慟哭は、その関係性を知らない者から見れば誰しもが思う事だ。
ロンリゴンはその風貌に加え、自ら、盗賊だったと名乗っている。
最も縁遠いはずの両者が肩を並べているのは、様々な権力者を殺してきたマトゥルマンですら見た事が無い異常事態。
そこにはテトラフィーアの思惑――、自身の腹心である『カンゼ』を監視役に付け、関所を守る戦闘要員として育てられていた――、があり、たまたま通りかかったストロジャムと意気投合したという事は、本人すら知らない。
「なんでだろうな。俺にも分からねぇ」
「あ”?」
「だが、一つ言えるのは、俺だけが特別じゃねぇんだ。レジェンダリアは、元盗賊であっても王族に冗談を言える国なんだよ」
「嘘をほざいていいとは言った覚えがねぇぞ」
裏社会で生きて居る者であっても、いや、そうであるからこそ、貴族の実態を知っている。
その本質は、自分と同じ。
賞金稼ぎも、貴族も、自分が優位に立つ事を考えて行動し、他者を食い物にして生きている。
そんな常識はレジェンダリアに存在しないのだとロンリゴンは語り、マトゥルマンはそれを否定した。
「なぁ、マトゥルマン。おまえ――!」
『NO.100初見殺し、個別担当管制官のフラグメアです。代打ちを開始します』
再び聞こえた音声は、胸の金属プレートから流れて来ている。
テトラフィーアが持つ世絶の神の因子・絶対音階は、あらゆる聴覚に関する特殊能力の集合体である。
それは、音の概念知識を根底から覆す異端の発想を呼び起こす。
そして、それが『カミさま』と呼ばれた才女と組み合わさる事で、唯一無二の魔道具を生み出した。
特殊な音波を発するNO.カードが導き出すは、世界を睥睨する『支配者の目』。
カードが発する音波探知と傍受した会話を特殊な音階に変換して送信することで、テトラフィーアの耳は秘められた『空間形状』『状況』『感情』を読み取っている。
そうして集められた情報は統合され、戦況の全てを把握する情報媒体となるのだ。
「おい、さっきから言動がおかしいぞ?やっぱり薬やってるだろ」
「やってねぇ。が、まぁ、魔王様の囁きは聞こえるかもな」
このシステムの真骨頂は、敵に傍受される可能性が極めて低いという所にある。
カードに送受信されている電波は、通常の人間には理解できない音の羅列。
そして、カードから発している音声は、空気中を伝播する音声では無い。
微弱な振動を発して体内へ伝え、直接的に聴覚へ音を届かせる『骨伝導』だ。
「魔王の囁きか。かかか、それが御迎えじゃねぇと良いけどなぁ!!さっきも言ったが、殺すぜ」
「……!」
『報告、NO.12の認識混乱成功』
『周囲に落ちている敵兵を回収なさい』
『了解。NO.100、マトゥルマンに応戦せず、周囲の敵兵を一か所に集めてください』
特攻を仕掛けて来たマトゥルマンの目は血走り、何らかの異常が見て取れる。
そして、それを肯定した戦闘管制が下した指示は、周囲に倒れている敵兵の除去だ。
ロンリゴンに刃が付き立てられそうになった刹那、ストロジャムが間に割り込んで剣を振るい……、戦いは決着した。
剣の達人である彼が装備している魔法剣は、斬りつけた相手の意識を任意の状態にする魔剣。
『興奮』『憂鬱』『錯乱』『幻覚』『昏睡』などの状態異常の中から、今回選ばれたのは『楽観』。
強制的に『良い気分』にさせられているマトゥルマンは正気と危機感を失い、継戦を強いられたのだ。
だが、そんな状態であっても、その人物の性格は変わらない。
声に含まれている情報に『悪意』を感じ取ったテトラフィーアは、人質にされうる敵兵の排除を命じた。
「雑魚集めて何するつも……!」
「おっと、キミの相手は僕だよ」
「王だか坊っちゃんか知らねぇが、怪我する前に引っ込んでろ」
楽観の効果により、マトゥルマンは目の前の人物が自分より上位者だと認識できていない。
だからこそ、乱雑に振り払おうと腕を突き出し……、逆に喉元に剣を突きつけられ、動きを止めた。
「くっ!……俺に向けたな?剣を」
「やっと気づいて貰えたか。市井の賞金稼ぎとやらも大したこと無いな」
「……ほざけよ、ほざけ」
「あぁ、ほざくとも。それが僕に与えられた役割だからね」
「せいぜいほざけよッ!!あの世でなァ!!」
ガギィン!っという、いくつかの連続した音が鳴り、戦いの火蓋が斬って落とされた。
楽観の最中でありながらも敵だと見定めたマトゥルマンは、一切の躊躇なく毒が塗られた小太刀を振り回す。
掠めただけで致命症になる刃には、防御魔法無視の効果が備わっている。
一回のミスが即敗北に繋がる状況でストロジャムは――、余裕の笑みを浮かべた。
「あ、当たらねぇ!?」
「回避は全ての武術の基本だからね。当然、身に付けているとも」
「おかしい、この俺が闇雲に剣を振るっている、いや、振るわされている……?」
「身体能力の向上は見られない。次は……なるほど。武器の性能を確かめさせて貰おう」
見事な剣舞を舞わされたマトゥルマンは、己が置かれている状況に疑問を持ち始めている。
ロンリゴンに援軍が加勢し、自分は呑気に語っていた。
此処で初めて何かをされていた事に気が付いたマトゥルマンは、持っていた別の短剣で自分の顔を浅く斬りつける。
そうして発生した痛みを寄り代にして、冷静に目を細めた。
「仕切り直し、……っ!?」
「させると思うかね?今は戦時下なのだよ」
叩きつけられた衝撃がマトゥルマンを襲い、持っていた小太刀が宙を舞う。
視界に映った剣の破片はニ本分。
相打ちとなったナイフの柄を捨てながら、ストロジャムは追加のダガーを取り出した。
「私の持つダガーも同じ攻撃力のようだな。ふむ、もっとキミと遊びたい。心おきなく掛って来てくれたまえ」
「……口を閉じろ。てめぇはさっきから、ほざき過ぎだッ!!」
苛烈から猛烈、そして激烈へ。
土砂降りの様な猛攻を放つマトゥルマンの剣劇を、より上回る激しさで迎え撃つ。
砕け散らせた剣は互いに十本以上。
その際に発生した炸裂音を足掛かりに、テトラフィーアは抱いている仮説を肯定していく。
『どれも同じ破壊音ですわ。誤差があるのは、形状と強度に違いがあるからですわね。……もういいですわ。決着を』
『NO.12、武器の性能調査を終了。任意の方法でマトゥルマンを拘束してください』
指示を受けたストロジャムは一息のままに剣を振るい、戦いの幕を下ろした。
綺麗な流線を描いた、剣の型。
それが両断したのは、マトゥルマンの両腕だ。
「がぁ……!くそが……。なんでこんな」
「キミの犯罪歴は調べてある。新生したブルファム王国の法律によって裁かれる事になるだろう」
「上も下も、ほざくだけしか能がねぇ……。なら、俺だってほざいて良いはずだ。アイツが許されるなら、俺だっ……」
「ロンリゴンとキミでは殺した人数の桁が違う。どうなるかは陛下の匙加減になるが、ぐるぐるげっげーで済まされるレベルでは無いよ」
剣に込められた『昏倒』の効果により、マトゥルマンの意識が遠のいていく。
僅かに見えた視線の先では、致命傷だと断じた手下が淡い緑色の光に包まれているのが見えて。
マトゥルマンは、王族の二人に感謝し笑い合っている盗賊の姿へ手を伸ばし……。
小さく、「……うらやましいぜ、ロリコン」っとほざいた。




