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第33話「月夜に舞う、連鎖猪」

 ただただ、地面に向かって落ちてゆく。

 滞空時間にしておよそ3秒の間、俺は目の前の『敵』を見つめるしか出来なかった。

 ゆらりと揺れた『敵』は、駆けているのか、飛んでいるのか。それすら分からないほどの速さで、俺の眼前に現れ、消える。


 幾度目かの衝撃。

 浮遊と降下を繰り返し、段々と俺の置かれている状況が見えてきた。

 俺は、いや、俺達は、たった一匹の連鎖猪チェインボアに弄ばれているのだ。


 突撃。落下。突撃。落下。突撃……繰り返されるのはその巨体からは想像できないほどの高速の、突撃。

 なすがままに空へと突き飛ばされ、重力に従い落ちていく。

 その光景は、まるで子供が遊ぶお手玉のように、ひたすら、繰り返されている。



「ちっくしょうッ……。身動きが取れねぇ!おい!お前はどうだッ!?ロイ!!」

「くそ、僕もだめだ!!」



 くっ、どうにかしねえと、ヤバい!

 今はまだリリンの第九守護天使セラフィムが効いている。しかし、いつまで魔法が持つかは分らない。

 そしてもし、第九守護天使セラフィムが効果を無くしてしまったら、一瞬のうちに唯の肉塊にされるだろう。

 それほどまでに凄まじい衝撃が身を襲っているのだ。


 だが、幸いにして俺の手にはグラムがある。

 もしもロイがドラゴン団子に巻き込まれていた場合にと持って来ていたんだが、こんなことになろうとはな。


 何度目か考えるのも面倒な回数の、連鎖猪の突撃。

 俺はその動きに合わせて、不安定な体制のままでグラムを連鎖猪に打ち付けた。



「うおらぁぁぁぁぁぁ!!」

「ブモォォォォッッッ!!」



 ガキィンと響く、金属の弾ける音。

 グラムは、そのせり出した牙に阻まれ、連鎖猪の体には届かなかった。そして突撃の勢いはそのまま俺を襲い、再び空へと戻される。


 ちっ、ダメか!俺は失敗したと判断しかけた。

 だが、苦し紛れに出した俺の攻撃は無駄ではなかったようだ。

 その攻防で、俺とロイの打ち上げられるタイミングに狂いが生じていたのだ。


 二人とも同時に落下体制に入る。対する連鎖猪は一匹。これでどちらかは脱出できるはずだ。

 偶然に訪れた脱出のチャンスに俺は声を荒げ、叫ぶ。



「ロイ!! 着地と同時に右へ飛べッ!!」



 連鎖猪は俺の方に視線を合わせている。狙いは俺だろう。

 だがこれでロイは脱出し、リリンに助けを求められるはず。


 ……助かった。そう思うのを、連鎖猪は許してはくれない。



「ブモゴォォォォ!!」



 俺とロイが地面に接触するその瞬間、連鎖猪は俺の前に居なかった。

 ほんの数m離れた所で前足を高々と上げ、そして俺達の着地の瞬間を狙い、その前足を地面へと振り降ろす。


 起こったのは、激震。

 大地が揺れ、俺もロイも着地のタイミングを見失ってしまった。

 着地と同時に離脱するはずだった俺達は地面に激突し、その場で動きを止められてしまったのだ。


 ブモウと不敵に笑う連鎖猪を前に、恐怖で足がすくむ。

 やけに明るい月明かりが、その尖った角を強調して輝かせ、さらなる恐怖を呼んでいて。

 俺は、苦し紛れにグラムを振りかざしたが、それをいとも簡単に弾き、連鎖猪が近づく。

 やがて、その牙が俺めがけ振われ―――



「ユニフッ!」



 その牙は、俺との間に割って入って来たロイを、弾き飛ばした。



「おい、ロイッ!ロイッ!!」



 反射的に俺はロイの方へと駆ける。

 吹き飛ばされた先で横たわるロイに駆け寄り、ぐったりしているその体を引き起こした。



「大丈夫か!?ロイ!」

「……ユニフ、なんだか気持ちが悪い。内臓をやられた可能性が、ある……」



 それだけ言うとロイは、盛大に嗚咽を吐き出し始めた。

 まさか、第九守護天使セラフィムの効果が切れたのか!?


 なおのこと苦しみだしたロイはもう、戦うどころか、走れもしないだろう。

 俺一人でやるしかない。

 この状況を、俺一人で打破するしかないのだ。



「……やってやるよ、連鎖猪。絶対にロイの仇を取ってやるからな」

「げほ、僕はまだ生きているぞ、おい、聞いているのか?ユニフ……」


「《地翔脚ラピッドステップ ッ!!》」



 俺は自分自身に高速化のバッファを掛けた。

 まずは奴の速さと同等にならなければならない。呪文を唱え終わると体の力の流れが整えられる感覚が来て、魔法の効果を実感させてくれる。

 第一段階はこれで大丈夫だ。

 最初は奴の動きを見切り、隙を見出すのがいいだろう。


 俺はすうっと息を吐き、動き始めた連鎖猪を見据える。

 狙うのは速さを見切り、カウンターを決めることだ。


 だが、ゆらりと奴の体が揺れたのが見えた瞬間、俺は恐怖心に駆られ、本能的にグラムを振ってしまった。

 明らかに早すぎるタイミング。

 だが、それなのに確かな手ごたえがグラムから帰ってきた。


 それは予期しない事が重なったが為の奇跡。


 俺が思っていたよりも連鎖猪は動きが早く、連鎖猪が思っていたよりも俺は感が鋭かった。

 ザクリとグラムが連鎖猪の額に刺さり、そこからは、血と絶叫が溢れ出す。



「ブィギギギギイギギィィィィ!!」

「おう、なんかスマンな、だけどチャンスはいかすぜ!」



 俺はさらなる追撃をするべくグラムを引きもどした。

 そのままの勢いを刃に乗せ、再び振り抜く。


 だが、頭に狙いを定め、繰り出した渾身の一振りは、すんでの所でかわされてしまった。

 連鎖猪はユラリと体が揺らしたかと思うと、華麗なるバックステップを決めやがったのだ。


 すんでの所でかわされたグラムを嘲笑うかのように、数mの距離をとる連鎖猪。


 そして、一時の静寂の後、戦況が一変する。

 短く、鋭く、けたたましく、連鎖猪が鳴く。

 すると奴の足元から胴に至るまでの四肢の全てが、光に包まれたのだ。



「ブヴィィィィィィッ!!」

「おい、まさか……こいつ!バッファの魔法を使いやがったのかッ!」



 連鎖猪は、絶対的な力を鼓舞するべく、バッファの魔法を唱えた。

 ユラユラと四肢から立ち上る湯気は、青白く輝いて。


 ふゅう。と風邪の切る音と地を踏みしめる音が同時に聞こえ、ほんの数瞬後に超重量の肉の塊が飛来。

 直線的な動きだったので、かろうじてかわす事が出来た。

 だが、連鎖猪が着弾した場所は土が抉れ、生えていた草花は消し飛んでしまっている。

 あんなもの直接喰らったら、どこまで吹き飛ばされるか分ったもんじゃない。


 状況の悪化が著しい中で、俺は自身の勝利について考える。

 そして、気付く。

 始めから答えは出ていたのだと。今は少しだけ難易度が上がっただけだ。


 自身の位置と連鎖猪の位置を確認し、目標を定め、グラムを構える。

 さぁ、最後の勝負と行こうぜ!



「ギィィィィィィ!!」

「はっ。かかってこいよ、連鎖猪チェインボアァァァァァァァッ!!」



 早く、軽く、グラムを振う。

 速く、重く、グラムを奮う。

 俺はグラムにありったけのエネルギーを蓄えるために、我武者羅がむしゃらにグラムを振り回しつづけた。

 グラムの位置と風を切る音が乖離し始めた頃、連鎖猪は短く雄たけびを上げ、俺めがけて真っ直ぐに、肉の弾丸となって迫リ来る。


 連鎖猪の軌道は一直線。真っ直ぐに地面を薙ぎながらの突撃だ。

 この位置ならば……!

 俺はそれを真正面に見据え、破壊のエネルギーを蓄えたグラムを手放した。


 音速に届くかという速度で、グラムは連鎖猪を迎え撃つ。

 グラムの速度と連鎖猪の速さを掛け合わせ、瞬きをする間もなく両者の距離がゼロに近づく。


 そして、グラムは、連鎖猪の右側をかすめて数本の体毛を削いだあと、闇の中をむなしく突き進んでいった。

 そう、俺の持ちうる最大の攻撃は、完全にグラムの動きを見切っていた連鎖猪に回避されてしまったのだ。


 だが、その回避行動はとある意味を発生させる。

 俺達の望んだ、最初の勝利条件の達成。

 連鎖猪は俺の狙い通りの行動を、完璧に履行してくれたのだ。



 ガァンッと弾ける音をだしてグラムは地に落ちた。

 俺は始めから連鎖猪を狙っていない。直接狙うよりも最も確実で、完全な勝利を呼ぶ方法。

 それは、第九守護天使セラフィムで高質化されたテントにグラムが直撃し、入口のファスナーが内側から開かれたことにより、達成されたのだ。



「ユニクッ!!勉強の邪魔をしないで欲しい!一体、何をして……って、えっ?」



 たった今、連鎖猪の運命は確定されたのだ。

 俺達の最高戦力リリンが姿を現したのだから。



「《多層魔法連―瞬界加速スピーディー!― 飛行脚フライトステップ!!―対滅精霊八式エーテルダウン・エイト !!!》」



 そして、俺の目の前に迫っていた巨体が弾け、宙を舞った。


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