第110話「戦線崩壊③」
「俺は二度と殺しをしねぇと魔王達に誓った。だから、誰ひとり殺せないこの戦いは、俺にとっても都合の良いものだ」
レジェンダリア軍から出陣した100名の行軍。
瞬く間に広がって行く戦いの中で、盗賊そのものな顔立ちの男、ロンリゴンが息を吐いた。
傍らには、既に殴り倒されたブルファム軍の男が二名。
そして……、目の前には数十人の荒くれどもが剣を構えている。
「殺さねぇだぁ?俺らの界隈じゃ、お前ぇの顔と名前は有名だぞ。ロンリゴン」
「……マトゥルマンか。賞金稼ぎで名の通ってるお前が、こんな所で何してんだ?」
「賞金稼なんだ。金払いの良い所に居るのは当然だろ?」
「賞金稼ぎとは名ばかりだって言ってんだ。一般人を殺した方が多いってのは知ってんだよ」
ロンリゴンと相対している一団の頭目・マトゥルマンは、下卑た笑みを絶やさない。
まるで人間を熟成した肉を見るような眼で嬲る、裏社会でも有数の殺し屋だ。
マトゥルマンは様々な国の王都を放浪し『仕事』をこなす。
それは必ずしも、悪を討ち取る正義の賞金稼ぎでは無い。
むしろその逆……、裏社会から請け負った仕事として無垢の民を殺し、その人間を賞金首に仕立て上げる事で利益を得ている。
「お前のことは気に入ってたんだぜ?ロンリゴン。だから、殺さないでおいてやった」
「ありがとよ。そのおかげで魔王様が襲来だ」
「あぁ、そぉいうことか。奴隷落ちしたって聞いたが、魔王に殺され掛けてビビっちまったってか」
交わされた言葉から察する関係は、マトゥルマンの方が圧倒的に格上。
事実、彼に気に入られる事は犯罪者の免罪符だった面がある。
マトゥルマンが人を殺す基準は、気に入るか、気に入らないか。
レベル59103という非常に高いレベルの彼に狙われて生き残れた人物など、数える程しかいない。
「分かるぜ。この戦争はブルファムの敗北で決定してるってのはな。が、そのまま逃げ帰るってのも面白くねぇ。……ロンリゴン、俺の下に入らねぇか?」
「なに?」
「お前は俺と同類だ。女を犯して愉悦に浸り、殺す事で充実感を得る下種だ」
「そうだったな。否定はしねぇ」
「俺が身を寄せてる宗教は良いぞ。女をヤッっても罰せられず、むしろ正当化してくれる。ランク4の前衛職なら、宛がう女も20人以上――」
「興味がねぇ」
「あ”?」
レジェンダリア軍が出陣した直後、マトゥルマンが下した判断は撤退だった。
裏社会を歩んできた確かな観察眼は、ブルファム王国とレジェンダリア国との間に絶望的な戦力差があると見抜いたのだ。
このまま戦っても全滅は必至。
だからこそ……、レジェンダリア軍の中に見つけた同類に活路を見い出した。
ロンリゴンを使ってこの場から脱出し、再び、裏社会に潜む為に。
「寝返ろって言ってんだぞ?この俺が。従っとけよ、三下盗賊」
「お前の言うとおり、女を抱くのは楽しい。が、女にも質がある事を知っちまった」
「毛も生えてねぇのが良いんだろ。理解できない趣味だが、ガキなんざ、掃いて捨てるほど簡単に集められるぞ」
「ガキか。確かにガキは良い。俺の過去を知った上でロリコン豚箱野郎と言って笑い掛け、腕にぶら下がってくる。無邪気にな」
10等級奴隷という最低の隷属階級を定められたロンリゴンは、己の人生を周囲に伝える事で悔い改めようと思った。
いくら亡命し、過去と決別したと言えど、その罪の全てが消える訳がない。
二度と犯罪を起こす事は無いと魂に刻んでも、周囲が許すかどうかは別問題なのだ。
だからこそ、ロンリゴンは戒めと警告の意味を込めて、自身の経歴の全てを周囲に語った。
レジェンダリアの門番としての仕事は、他国の有力者の目に触れる。
周囲の者からは今までの罪を疎まれ孤立し、やがて、恨みを持った国外の者に刺殺される運命を辿ろうとも、それが真の意味で贖罪になると思ったのだ。
だが、そんな考えは……、もう、許されない。
「今の俺の趣味は毛の生えてねぇガキじゃねぇ。……妻だ」
「あ?」
「嫌がる女を20人抱くよりも、好きだと言ってくれる女を1回抱く方が楽しいっつてんだよ」
「性犯罪者に妻だぁ?魔王国の薬は相当キマるみてぇだな」
「薬はやってねぇが、実際、夢心地だよな。内縁の妻が8人に養子が20人。今度、俺のガキが3人も生まれるんだぜ?」
「……は?」
「必死になって亡命してきた女は、こんな汚ねぇ顔でも構わないらしい。気が付きゃ、あっという間に大所帯だ。今なら、お前の未亡人趣味も理解できるぞ」
レジェンダリアの国境門の前で祈りを捧げた人々は、命を掛けた人生最大の選択をした者ばかりだ。
どう足掻いても、帰る場所は無い。
だからこそ、どんなに細い糸にも縋りつこうと集った人々にとって、ロンリゴンが差し出した太く逞しい腕は希望そのものだった。
富んだ栄養によって一時の安寧を得た、亡命者。
胸に抱いた子供は元気いっぱいに騒ぎ、死を連想させる静寂からは程遠い。
やがて、瞳に一杯の感謝を溜めた女性達は自然とロンリゴンの近くに集まり、日々、騒がしい日常を送っている。
「三下が良い気になるんじゃねぇぞ」
「良い気になんてなれるかよ。事実、出陣したレジェンダリア軍の中で最も下っ端な俺は『No.100』を与えられてるんだぞ」
ロンリゴンの胸と肩には、銀で出来たプレートが取り付けられている。
大きな文字で『No.100』と書かれているだけのそれは、総司令官・テトラフィーアが考案した『絶対優位プログラム』。
予め測定した戦闘力を数値化する事で周囲との連携を促すそれは、100~500名での中規模乱戦で莫大な効果を発揮する。
「数字を振って何になる?」
「レベル43181な俺が100人の中で最弱だって話だ。言わせんな、恥ずかしい」
ふらり。っとロンリゴンの姿勢が崩れ、数秒後、鈍い音が6回響いた。
その内の5回は、マトゥルマンとロンリゴンの間に居た取り巻き達が崩れ落ちた音。
頸椎への殴打によって意識が刈り取られた取り巻き達は、ロンリゴンの疾駆を邪魔すること無く地面の模様となる。
そして、6回目の金属音は、マトゥルマンとロンリゴンが持つ小剣と鉈が衝突したが故のものだ。
「この人数差で勝てると思ってんのか?ロンリゴン」
「額に汗が滲んでるぜ、マトゥルマン」
「……ほざけよ、ほざけ!《多重魔法連・瞬界加速ー伝道する力ー重い一撃!》」
ガァン!っと力任せに小剣を振り上げたマトゥルマンは、開いていた左手で隠しナイフを引き抜き、突き出した。
そして、無防備なロンリゴンの腹に切っ先が迫り、服の表層を撫でただけの結果に終わる。
その動きを見切っていたロンリゴンは、最小限の動きを以て回避し、そのまま膝をマトゥルマンに叩きこんだ。
「がっはッッ!?」
後方に蹴飛ばされたマトゥルマンの勢いは衰えず、幾人かの仲間を巻き込んでから、ようやく制止した。
一方、ロンリゴンの姿勢は崩れていない。
薄汚れた膝を気にも留めず、しっかりとした足取りで近づいてマトゥルマンを見下す。
「一流の観察眼を持ってるんだから、さっさと逃げりゃあ良いもんを」
「ぐぅ。お前、ランク4の動きじゃねぇぞ」
「人を殺しまくった俺は、これ以上、人と戦ってもレベルが対して上がらない。それこそが、レジェリクエ女王陛下が見い出した俺の価値だ」
「じゃあお前は……、ランク5の壁を超えない事を良い事に、対人戦をしまくった……?」
「テトラフィーア大臣直属部隊・盤上歩兵。そこで名乗っている俺のコードネームは『初見殺し』だ。覚えとけ」
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「てめえが何でここに……。死んだはずだろ。ストライン」
「冤罪を吹っかけた上に勝手に殺すな。ヴァトレイア」
身長2m近い大男の胸に輝く銀色のプレートが示すのは、『No.81』。
ストラインと呼ばれたその男は、頭の鉢巻きをボリボリと掻き毟り、面倒くさそうな視線を向けた。
「俺が居た頃よりも立派な装備を着てんな。揃いも揃って銀色ピカピカ、それが鏡銀騎士団の鎧って奴か?」
「……うるせぇよ」
「”落ちこぼれ”を売り飛ばして手に入れた地位だろ。もっと自慢したらどうだ?」
「うるせぇって言ってんだよッ!!《炎上剣ッ!!》」
ヴァトレイアと呼ばれた男は煽りに堪えかね、怒りのままに魔法剣へ魔力を注いだ。
その燃えたぎる様な魔力は具現化し、刀身に纏わり付く炎と化す。
その酷く懐かしい炎の揺らぎを、ストラインは目を細めて眺め、回避した。
「剣は変えてないんだな」
「いちいち、うるっせぇんだよッ!!未だに仲間面してんじゃねぇぞッ!!」
「仲間だとは思ってねぇ。俺はレジェンダリアで、お前はブルファム。……俺を敵にしたのはお前達だろ?3年前のあの日にな」
含みのある言葉を聞く度に、ヴァトレイアを含めた総勢4名の集団に動揺が奔る。
ストラインのレベルは52012。
そして、次にレベルが高いヴァトレイアのレベルは35401。
その一手一動に神経の全てを注がなければならないほど、両者の戦闘力は掛け離れている。
ブルファム軍として行軍に参加していた鏡銀騎士団ヴァトレイア小隊は、そこそこ名の知れた冒険者パーティー『鳳凰の卵』のメンバーで構成されている。
ただし、当時の構成人数は6名だったのに対し、ヴァトレイア小隊と名を改めた現在は4名しかいない。
そして、3年の時を経た今、この5名は戦場で再会を果たした。
奇しくも、両者共が二度と会う事は無いと思っていた再会だが……、その態度には温度差がある。
「確かに俺は斥候職で、戦闘はお前らに任せっきりだった。だが、俺なりの方法でパーティーに貢献してると思っていたんだがな」
「罠もねぇのに前に出て、草を毟って働いたフリってかぁ?」
「森には狩猟用の罠があるんだよ。それに大自然の罠……、毒草や漆喰、胞子が付くと厄介なキノコなんてのもあるな」
「見張りもしねぇで一人で火に当たってご満悦だっただろ。良い御身分だ」
「俺が何度、お前らにも飯炊きをやって欲しいって言ったと思う?というか、拠点から随分離れてナニしてたんだ?ヴィシャ?」
ストラインの細めた視線に貫かれ、ヴィシャと呼ばれた女がびくり。と肩を揺らした。
着ている鎧が銀一色で美しいのに対し、彼女の肌や髪は随分と痛んでいる。
冒険をして薄汚れたのとは違う、人の営みで疲れた顔だ。
「結果、お前らがそういう関係になったんだから、幼馴染の俺に魅力が無かったってのは分かる。疎ましく思うのもな。だが……、仲間殺しの罪を俺一人に着せ、鏡銀騎士団に売ったのはやり過ぎじゃねぇのか?」
「今更それがなんだ、偉そうにッ!!てめえが置かれている状況が分からねぇのかッ!!」
「状況?あぁ、最悪だろうな。お前らにとっては」
「なにを、ふざけ―ッッぐぁあ!!」
ヴァトレイアが放った突然の悲鳴に、ヴィシャを始めとしたメンバーが再度、動揺する。
先程から起こっているそれは、突然、鎧の隙間から血が噴き出すという怪奇現象。
それを受けた瞬間、体の中が焼けるように痛み、そして、そこから先にある四肢が動かない。
何らかの攻撃を受けているのは確実。
だが、その正体がヴァトレイア達には分からない。
「冤罪を掛けられた俺は、高位危険生物がいる立ち入り禁止区域で肉壁役をさせられた。が、命からがら生き延びる事が出来た訳だ」
「戦えねぇお前が、ドラゴンがいる危険地域で生き延びたのか」
「森で生き残る事に関しちゃ、斥候より優れた職業はねぇよ。が、全てがギリギリで色んなもんを犠牲にした。明日の生を得る為に、十の生を奪う日々だ」
「はっ、本物の犯罪者に成り下がったか」
「最後の一線は越えていない。盗み、脅しはしたがな。そんな俺が、小奇麗な軍服を着てお前達の前に立ち塞がっている。……運命ってのは小さなきっかけで劇的に変わる。何かが違えば、この服を着ていたのは、お前だったのかもしれない」
「黙れ。黙れ、黙れ、黙れッ!!戦えもしねぇ雑魚が俺に何をしたッ!?答えろッ!!」
だらりと垂れ下がった左腕と、震えが止まらない右足。
二回の激痛を与えられたヴァトレイアはまともに動けず、されど、決して弱みを見せる事は出来ない。
不要だと切り捨てた”落ちこぼれ”、が名を馳せたパーティー『鳳凰の卵』の要だった。
戦えないのではなく、戦闘職では無いストラインが戦う必要性が無い程に、完璧に戦況をコントロールしていたのだと、失ってから知った。
そんな後悔は、決して気取られる訳にはいかない。
「レベルを見りゃ分かるだろうが、俺は終末の鈴の音の部隊長だよ。だが、それも名乗ることは少なくなりそうだ」
「てめぇごときが部隊長……。小隊長の俺よりも……」
「つい先日、もっと良い称号を貰ったんだ。今の俺は……、心無き魔人達の統括者・総統・無尽灰塵様の御用達店『やきとり・うんめぇ堂』のオヤジだ」
「や、やきとり……?なにを、ふざけた事を」
「あ”?テメェ、やきとりを馬鹿にしてんのか?串に刺して炙んぞ、ゴラァッッ!!」
その言葉を聞き終える事もなく、ヴァトレイアは全身を襲った痛みにのた打ち回る事になった。
ストラインが目にも止まらぬスピードで投げつけているのは、戦闘用に改造された……やきとり串。
暗器の一種であるその魔道具は、時々、焼き鳥を買いに来る金髪縦ロール少女から贈られたもの。
認識阻害の効果を発揮するそれは、使用者以外の視界には映らないという、不可視の針撃だ。
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「ふむふむ、順当に苦戦しているね。ブルファム軍は」
錆鉄塔の上、周囲一帯に存在している魔道具の状態――、装備品の損耗具合や、武器の状態などから戦況を読み取っているメルテッサは唇を歪めて笑った。
それが示すのは、今までの自分が出来なかった偉業を成す自分の姿だ。
全てが過去最高で始まり終える彼女は、不利な状況から挽回するという経験が無い。
彼女の人生には、順当に勝利するか、絶対に返せない盤面を受け入れるかの二択しか存在していなかったからだ。
だからこそ、圧倒的に劣っているブルファム軍を自分の手で勝たせるというのは、初めて行う挑戦となる。
「盗聴した情報によると、レジェンダリア軍は一人の死者も出さないで勝つつもりらしい」
メルテッサは、半径5kmに存在する魔道具の能力値を同系統の魔道具と同期させ、同じ性能を発揮させる事が出来る。
つまり、支配範囲内にある通信機が発した音の羅列……、交わされた会話を手元の通信機で傍受できるのだ。
それは通信機に留まらず、紙に記載された印刷の文字の羅列や、ホワイトボードの手書き文字も、白紙の紙やホワイトボードを用意すれば複製可能。
この場に存在しているあらゆる情報媒体を掌握し、レジェンダリア軍の戦略を根底から理解して行く。
「なら、ぼくが行う第二手は、『過去最高同士の衝突』だ。突然、持っている武器の性能が信じられないくらいに高められたら、一体、何人の死者が出るんだろうね?」
最強の鉾と最強の盾の戦いではなく、最強の鉾と最強の鉾の衝突。
それは、さぞや愉快な結果になるだろうと、メルテッサは唇を釣り上げた。




