第109話「戦線崩壊②」
「やはり、奴らは魔王の軍勢ぞ!!自ら発した協定すら守らぬ、下劣なる賊徒だッ!!」
朝日が照らす白銀甲冑を纏った屈強な男が、抜き身の剣を空に向けた。
この場にいる誰よりも背が高いが故に、掲げられた剣先は総勢4000人の軍人が一望できる軍旗となる。
怒り猛る彼の名前は『ウラガ・ヒアー』。
25歳という年齢でありながら、鏡銀騎士団・4番隊副隊長を任された堅実な実力を持つ軍人だ。
「嘘、偽り、欺瞞、奴らが使う手はいつだって姑息だッ!!我らの様な誠実さも無ければ、軍人という誇りもないッ!!人の矜持を好んで踏みにじる、最低最悪の外道なのだッ!!」
ウラガは声高らかに敵を卑下し、味方を鼓舞する。
姑息な策謀ばかりを好む魔王の軍政が許せず、抱いた感情のまま、己の考えこそが最も優れていると盲信して。
例えそれが、他者の管理下にある植え付けられた感情だとしても、ウラガにとっては真実なのだ。
「ウラガ様、陣を構えている魔王軍に動きがありました」
「ほう、どのような動きだ?」
「敵陣地内で魔法反応が活発になっております。この反応は高位の防御魔法であります」
「出陣前の準備か。ふむ……、我が4000の兵に対し、どれほどの戦力を割くと思う?ヒューズ・キャンドル」
「ここに陣を構えてからのレジェンダリア軍は、まるで戦争をしたくないとばかりに弱腰です。苛烈な戦力で瞬く間に国を落とすという噂とはかけ離れているとは思いませんか?」
「恐らく、奴らの正体は優れた文官の集まりなんだろう。だから、小さな戦果を膨らませて見せるのが上手いわけだ」
「なるほど、戦わずして戦果を上げて来たからこそ、実戦経験がないんですね」
「フィートフィルシアを落したという件も本当か分からんぞ。心無き魔人達の統括者のリーダーが出たという話だが、実際、9万人も冒険者がいたのにもかかわらず、たったの一人も殺せていないのだ」
ウラガは個人的に雇っている副官『ヒューズ・キャンドル』と会話をしながら、的確に周囲へ指示を出している。
下した命令は『包囲陣形』と呼ばれる、ここがブルファム王国内という地の利を生かした戦略だ。
レジェンダリア軍が駐屯している陣地は、組み立て式の天幕を中心とした簡素なもの。
ここで睨み合いを始めてから1日程度しか経っておらず、必要最低限の資材しか用意されていないレジェンダリア軍の陣地は小規模と言わざるを得ない。
一方、ブルファム軍の総数は40万人を超えており、後方にはレンガ造りの砦も複数存在している。
そんな背景から、ウラガは数に物を言わせた包囲戦が最も勝率が高いと判断したのだ。
「この場にいる4000人は鏡銀騎士団に在籍経験がある超一流の戦士ばかり。ランクの平均も3.3と非常に高い」
「その中でも、ウラガ様のレベルは6万と飛びぬけていますがね」
「言うでない。世の中にはパワーレベリングという高位の冒険者に付き添って貰ってレベル上げを行った者や、魔道具による強制的なレベルアップを繰り返す愚か者も少なからずいるのだ。あまりレベルを自慢すると奴らと同じだと思われかねん」
「レベルって、ある意味で『見栄』ですからね。おっと、レジェンダリア軍の内部で魔力反応が前方に集まっていきます。魔力量から察するに、全軍で突撃を仕掛けるつもりでしょう」
ヒューズが持つ持っているのは、一定範囲内の大気中の魔力反応を調べる魔道具。
古の時代に栄えた魔導枢機霊王国の国王が持っていたとされる能力の模造であるそれは、ブルファム王国の至宝の一つだ。
「読み通りだな。敵陣が開くぞッ!!魔王の軍勢がどのような物であれど、容赦は必要ない!!鮮烈な魔法浴びせてやーー、れ?」
レジェンダリア軍の真正面に陣取ったウラガは、包囲され逃げ場を失ったレジェンダリア軍は防御を捨てて攻勢に出るしかないと思っている。
包囲戦を仕掛けて圧力を掛け、一気呵成の突撃をさせた所で大将首を打ち、戦果を上げようという算段だ。
そして、狙い通りにレジェンダリア軍が行軍を開始するも……、言葉尻が窄まってしまう程の動揺が奔った。
大地を割る様に左右に分かれたレジェンダリア軍、その道を歩んで出て来たのが、たったの100名という少数だったからだ。
「私達は4000ものエリート軍人を連れているのだぞ?馬鹿にしているのか?」
「一人あたり40人という計算なんでしょうね」
「何の話だ?」
「あの軍勢は、一人で40人を相手にして、一方的に勝利できると思っているのかもしれません」
「はっはっは、面白い冗談だ」
「……冗談ですか?私が見る限り、ランク3以下が見当たりませんが」
「はっはっは。……は?」
「あの100名、全てレベルが4万を超えています」
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「出陣させるのは上から順に100名だ。隷属階級よりも、純粋な戦闘力を考慮しろ」
「分かりました。通信機を用いない方法で、20分以内に召集させます」
携帯電魔が敵の手に落ちていると知ったバルワンは、燻っている火種を全て消してしまう事にした。
それはすなわち、目の前にいる敵の殲滅。
ただしそれは、レジェリクエの命令に沿った形で執行される。
つまり、リリンサが成したような、一方的かつ圧倒的な力を以て蹂躙し、1名の死者も出さずに拘束する事だ。
当然、そこには味方も含まれる。
だからこそ、一人で100名を相手取っても勝利が揺るがない者だけを選抜し、出陣させたのだ。
「バルワン、おめーにしては慎重な作戦だな。あの程度の兵なんて俺らが出りゃ充分だろ。何を焦ってる?」
「”後ろ”を警戒している」
「後ろ?あぁ、指導聖母って奴か」
「携帯電魔は他国では流通していない秘匿性の高い魔道具だ。それがジャックされたなど、嫌な予感しかせん」
「敵にもレジェリクエ女王やテトラフィーア大臣の様な、世絶の神の因子持ちがいるって事か?」
「そうとしか考えられぬ。だからこそ、矢面に立つのは他の者に任せ、我らは敵の首魁に徹した方がいい」
「……最悪、陛下を落とした赤い機神が出てくる訳だからな。警戒するに越した事はねぇか」
たった100名の行軍、その中央。
目立たぬように周囲の兵と同じ服を着たバルワンとサンジェルマは、目の前の4000の敵兵など見ていない。
天穹空母が落されたという信じられぬ報告は、バルワン達にとてつもない衝撃を与えた。
事前に行われた会議によると、天穹空母を用いたレジェリクエとテトラフィーアの戦闘力はリリンサ以上とされている。
それを聞かされたバルワンの素直な感想は、『巨大兵器と一個人を比べる方がおかしい』というものだった。
だが、リリンサの暴虐を目の当たりにし、『軍団将三人を含めたレジェンダリア全軍 << リリンサ << 天穹空母』という図式が出来あがった。
そして……、レジェンダリアの最高戦力であるはずの天穹空母を撃墜した、謎の魔導機神。
その操縦者はリリンサの妹だという最上級機密報告書を見てしまった3人は、色んな意味で絶句している。
「なぁ。一人も戦死者を出さずに4000の兵を無力化する。出来ると思うか?」
「あの程度の雑兵に劣るほど、私の鍛え方は甘くない」
「俺が懸念してんのは、やり過ぎで敵が事故死する方だが……、ま、いいや。ちょっとふらっと遊んでくるぜ」
「お前、私の話を聞いていなかったのか?矢面に立つなと言ったはずだ」
「俺っちの耳の心配よりも、自分の頭の心配をしたらどうだ?俺は暗殺系の戦闘職だぞ。矢面に立つ訳がねぇ」
そう言い残し、サンジェルマは姿を消した。
まるで空気に溶けて消えた様に、一切の痕跡を残していない。
「レジェリクエ女王陛下が合流する予定時刻まで、あと1時間。その間に、情報と言い訳を手に入れておかなければな。……丁度いい、アレに聞くか」
ざくり。と土を踏みしめ、バルワンが歩き出す。
暗殺系の戦闘職であるサンジェルマは、戦場で姿を現す事は無い。
そして、生粋の魔法職であるトウトデンは後方に控えながらも、最前線の兵士よりも戦果を出すだろう。
だからこそ、近接戦闘職が矢面に立たずに活躍するには工夫が必要となり……、バルワンはゆっくりと戦場を一瞥。
そして、一番手前に居たレベル6万の指揮官へ視線を向けた3秒後、体を返して本陣へ足を向けた。
その右手には、殴られて意識を失ったレベル6万の指揮官・ウラガが握られている。
レジェンダリア軍、出撃~~!からの、蹂躙ッ!!
……まで書きたかったんですけど、青色の鮫は仕事が忙しくて疲れ果てています。
あー、早くタヌキ(アップルルーンとか)を出したいなー!




