第105話「大魔王朝礼①」
「ぐるぐるげっげー!」
眩い朝日に照らされて、声高らかにゲロ鳥が鳴く。
あぁ、今日の天気も快晴だ。
楽しい一日が始まるぞ……、っておかしいだろ。
ここはブルファム王国だぞ?
なんで平然とゲロ鳥が鳴いてるんだよ。
「ふぁーあ。朝からゲロ鳥の鳴き声か。どうやら、レジェリクエ陛下は無事に王城掌握を済ませたようだな」
「確かに大魔王国の朝はゲロ鳥の鳴き声から始まるが……、いくらなんでも早過ぎだろ。王都に侵攻したの昨日だぞ、昨日」
「そんなこと無いさ。文化侵略が一夜で終わったなんて、歴史書を探せば……、一個くらい出てきても不思議じゃない」
領主という重荷から解放されたロイは、日を追うごとに顔色が良くなっている。
そして、言う事がかなり雑で適当になった。
大魔王に苛められ過ぎた結果、性格もぐるぐるげっげーしてしまったようだ。
一方、俺の顔色はあんまり良くない。
なにせ……、昨日の内に片付けておこうと思っていた懸念事項を終えないまま、朝を迎えてしまっている。
「ユニフ。何をそんなに難しい顔をしているんだ?リラックスしたまえ、リラックス」
「そんな気分じゃねぇんだよ。リリンに『ダウナフィアさんは大聖母ノウィンかもしれない』って伝えられてないの知ってるだろ?」
祖父親睦会というディナーを終えた後、俺は『ダウナフィアさんが大聖母ノウィンの可能性がある』とリリンに告げるつもりでいた。
これは、本来ならば最優先で行うべき情報共有。
だが、せっかくのディナーを台無しにしない為に保留にし……、俺はまだ、リリンに伝えられずにいる。
親睦会が終わりに近づき、後は部屋に戻って休むだけとなるはずだった。
途中、腹を膨らませたアルカディアさんとドングリが、プラムさんを探す為に窓から脱出するという予定外もあったが……、オールドディーン達と良好な関係が作れたと思う。
ならば後は、リリンと二人きりになった後で打ち明けるだけ。
そう思って身構えていたら……、あれよあれよという間に男同士で風呂に入る事になり。
気が付いたら、男ばかりが集まったむさ苦しい部屋の中にいて。
そして、テトラフィーア大臣主催の女子会を始めてしまったリリンは帰って来なかった。
「知ってるとも。だが、不可抗力だろう?それとも、女性の寝室に忍び込む決心でもしていたのか?」
「そんな勇気は俺には無い。何匹タヌキが潜んでいるか分かったもんじゃねぇ」
確定しているだけでも、最低2匹のタヌキが姫部屋に潜んでいる。
リリン、ゴモラ。
そして、テトラフィーア大臣やアルファフォート姫、手羽先姉妹が悪ノリをするとタヌキが増殖する。
そんな訳で女子部屋に行く事も出来ず、結局、大聖母ノウィンの正体は伝えられなかった。
良かれと思って後回しにしたのに、何故か、どんどんタイミングが失われていく。
「まぁ、何とかなるんじゃないか?英雄っぽい感じで、勢いを付けてだな」
「勢いで突っ込むか。かなり重要な問題だし、リリンの気持ちを考えるとなぁ……」
「僕だって同じような状況さ。これからブルファム王との会談を控えているんだぞ」
「そうか。じゃあ、そっちの手伝いをしてやるから、まずリリンの」
「ん、呼んだ?ユニク」
……あ。
俺が悶々としていると、腹ペコ大魔王さんに背後を取られた。
やばい!と思うも、もう遅い。
リリンは万全の状態のフル装備であり、既に獲物を見つけたタヌキのように鋭い顔をしている。
……まだ朝飯も食ってないからな。
下手な事を言って刺激を与えた場合、色んな意味で噛みつかれるぞ。
「あぁ、ちょっと話したい事があってさ。昨日の内に話そうと思っていたんだが、タイミングを逃しちまって」
「そうなの?大事な話?」
「おう、かなり大事な話だ」
「……大丈夫。ユニクが何を言いたいのか分かっている。そして、心の準備もできている!」
「えっ。」
「私的には、いつ挙式を上げても良いと思う!!」
ダメだッ!!
心の準備が一秒も済んでねぇッ!!
それ所か、妙な前振りのせいで難易度がとんでもねぇ事にッ!?!?
「うん、挙式はまだ先かな。ほら、一応戦争中だし?」
「そうなの?むぅ。ラルラーヴァーに決定的な敗北を刻み込む為に、既成事実が必要なのに……」
「おい、昨日の魔王女子会で何を吹きこまれやがった?」
「幸せな家庭生活構想?それで、挙式じゃない大事な話って何なの?」
幸いにして、室内には俺とロイとリリンしかいない。
同じ部屋に泊まったオールドディーンやアプルクサスさんは既に仕事をするべく王城に向かっているからだ。
だから、話をするには丁度いいんだが……。
えぇい!ここはロイの意見を取り入れて、勢いに任せて行くぜッ!!
「昨日、オールドディーンとの対談で出た話なんだけどさ……」
「おはようございますわ、ユニフィン様!」
「……おう、おはよう。マジで、『お早よう』って感じだぜ!」
タイミングが絶妙ですね、テトラフィーア大魔王大臣様ッ!!
せっかく固めた決心が、脆く儚く崩れていくッ!!
「それで、だ。実は――」
「ぐるぐるきんぐぅー!!」
「……。じいちゃんが言うに」
「ぐるぐるッ!!きんぐぅぅぅ!!」
「……。だいせ」
「ぐるぐるきんぐぅぅぅぅぅぅーー!!」
「うるせぇえええんだよッッ!!きんぐぅぅふぇにくぅぅううううすッ!!」
「ぐるげー!」
お前ら、さっきから何なんだよッ!?
寄って集って俺の邪魔をしやがって、一体、何の恨みが……。
何でお前がここにいるんだよ、フェニクスッ!?!?
大絶賛混乱中の俺の目の前を、悠然とフェニクが横切って行く。
どうやら、テトラフィーア大臣に気を取られている隙に部屋に入り込んできたらしい。
うん、コイツがいる事は別にどうでもいい。
多少うるさいが、俺が鳴けば黙ってくれるはずだし。
問題は……。あっ。
「あはぁ、朝から元気いっぱいで素晴らしいわぁ」
「……そんな、大魔王陛下まで降臨あそばせただと……」
「そんなにガッカリした顔しないでぇ。こんな美人を四人も集めておいてぇ」
「四人だって?」
「おはようございます。ユニクルフィンくん。顔色が優れないけど、どうしたのかな?」
「カミナさんまで参戦か。……大魔王四人は、朝飯前に出会っていい奴じゃねぇと思う。切実に」
「ん、じゃあ、みんなでご飯を食べよう!直ぐにおじいちゃんが持って来てくれる!!」
そうだな。とりあえず飯でも食うか。
そして、出来れば、そのまま逃げ出したい。
**********
「もぐもぐもぐ……。それでユニク。さっきの話はなんだったの?」
アプルクサスさんが運んできた朝食に舌鼓を打ちつつ、密かに脳内シミレーションを行った。
次々と降臨しやがった大魔王には度肝を抜かれたが……、よくよく考えてみれば、この話は皆で共有しておいた方が良い。
むしろ、カミナさんはリリンの暴走を止めてくれそうだし、大魔王陛下やテトラフィーア大臣は適切なアドバイスをくれそうではある。
改めて気持ちを入れ直した俺はリリンに視線を向け、ゆっくりと口を開いた。
「じいちゃんと雑談してて分かった事なんだけどさ。セフィナは大聖母ノウィンの娘だと名乗っているらしい」
「……?セフィナもノウィンの養子になってるって事?」
「いや、セフィナが言うには、『大聖母ノウィンは実母』。つまり、ダウナフィアさんだって言ってるんだ」
「……。えっっ」
出来るだけ明るい雰囲気で告げるも……、リリンの表情は凍りついた。
生き別れたお母さんと日常的に会っていたなんて言われれば、誰だってそうなるよな。




