第98話「攻略済み王女」
「へぇー、学校ってこんな感じなんですねー。あ、見てください、おじい様。放課後にスポーツとかもできるみたいですよ」
「それは部活というものだ。学生同士ならではの白熱した試合が行われておる」
「私、テニスならちょっと自信があります。テトラ、私のサーブは曲がるんですよ。どうです?貴方と言えど、そう簡単には返せませんよ?」
「あー、テニスは運動不足解消の為に嗜む程度しかやらないですの。相手も陛下やフェニクが多いですわー」
「フェニクって、レジェリクエ女王が飼ってるペットですよね。くく、遊んでるだけじゃないですか。早速、貴方に勝てそうですね」
「試合として成立させるには、かなりの練習が必要ですわねー」
学校のパンフレットを楽しげに眺めたアルファフォート姫は、これから訪れる学校生活に想いを馳せている。
人生初めての学校だろうし、はしゃいでしまうのも納得だが……、向かう先は超高等ゲロ鳥学科。
ゲロ鳥をテーマに大陸最高峰の知識と技術を身に付けるという、意味不明な大魔王学院だ。
絶対にイメージと違うから、覚悟しておいたほうがいいと思う。
それに……、テニスの相手がフェニクって、明らかにやべぇだろ。
フェニクはアルカディアさんの攻撃を全回避し、一方的に突きまくったらしい。
そんな化物と戦っているテトラフィーア大臣に勝負を挑んだ日にゃ、大魔王ドッチボールに匹敵する暴虐が発生するぞ。
「ねぇ、テトラ。王様の方はどうなったの?」
「そちらは陛下にお任せですわ」
「いいの?元々二人で行くと言っていた以上、その方が都合が良かったはず」
リリンが気にしているのは、アルファフォート姫の色ボケのせいで侵略に支障が出てしまう事だ。
王様自体は問題が無くとも、ラルラーヴァーやセフィナにメナファス、指導聖母・悪性と敵の層も厚い。
大魔王陛下を一人にしてしまうと万が一って事もあるし、俺も気になっている。
「ラルラーヴァーが何処に潜んでるか分からないんだろ?大魔王陛下は一人で行ったのか?」
「グオ大臣が護衛に付いてますの。さらに、強力な助っ人も来ていただけましたわ」
「助っ人?」
「カミナ先生ですの」
お、カミナさんと連絡が取れたのか。
ってことは……、俺の知らない内に、心無き魔人達の統括者、全・員・集・結。
こりゃ、いよいよ戦争も佳境になりそうだ。
ブルファム王も無事にブチ転が……、そう言えば病気なんだっけ?
「カミナが来てるんだ。無事な様で何より」
「えぇ、音信不通になった時はどうしたものかと思いましたが……、趣味に没頭していたそうですわ」
「なるほど、カミナらしいと思う。それで、レジェにお願いされて王様を診察しに来たってこと?」
「そうですわ。陛下、グオ大臣、カミナ先生と一級戦力が三人もいらっしゃいますし、私はこちらに応援に来た次第ですの」
俺達にとっては何気ない雑談でも、オールドディーン大臣やアルファフォート姫にとっては重要な話だ。
二人は浮かれていた表情を一瞬で引き締め、パンフレットを閉じた。
「テトラ、もしかして、お父様は助かるというのですか?」
「もちろんですわ。カミナ先生はこの大陸一……、いえ、人類最高の腕を持つ医師ですのよ」
「どんなお医者さんも匙を投げたんですよ?今更、原因が分かってもって」
「珍しい症例だとは仰っていましたが、外科手術をすれば比較的簡単に完治できるそうですわ」
「え、そうなんですか!?」
ブルファム王の病が完治すると聞いて、アルファフォートさんは満開の笑顔を浮かべた。
その嬉しさが滲み出た表情を見て、俺も朗らかな気分になる。
だが、その表情は直ぐに曇り、僅かな動揺が浮かび始めた。
そして、一足先に渋い顔をしていたオールドディーンが口を開く。
「陛下が快癒するというのは吉報だな。が、王位継承はどうするつもりだ?」
「完治したと言っても、暫くは療養が必要になりますわ。そもそも、王位継承を条件として治療を行うのですから、王座はロイに移りますわね」
「なるほどな。だが、今の陛下の言葉に、どれだけの整合性があるというのか。容体を知らないという訳ではあるまい?」
「存じております。その上で、カミナ先生は完治できると仰っているのですわ」
「到底、信じられぬが……、快癒した陛下に会えば分かる事か」
オールドディーン達が懸念しているのは、王位継承問題が再び起こるのではないのか?という事と、本当に治せるのか?という二点だ。
その両方とも問題ないとテトラフィーア大臣は言っているが……、そもそも、ブルファム王ってどんな状態なんだ?
「話に割り込んで悪いが、俺にもブルファム王の状態を教えてくれないか?」
「ボケが進行しておる……とされておるが、どちらかと言えば、人格が複数存在しておる様な状態だ」
「多重人格?」
「それも違う。年齢と共に変化した人格が、過去のものに戻るのだ。王として威厳ある人格の時もあれば、無邪気な子供の時もある。精神に負担が掛るからなのか、一日の大半を寝て過ごす日もあるな」
簡単に纏めてしまうなら、病気が原因でブルファム王の精神が不安定になっているらしい。
王は、数年から数十年先を見据えて国を導いていく。
それなのに一貫した考えを持てないというのは致命的であり、事実上、『ブルファム王』は死んでいるのと同じだ。
そんな状態じゃ、周囲にいる官僚はさぞかし大変だっただろうな。
オールドディーンの目にも苦労が浮かんでいる。
「ユニフィン様と別れた後、王の執務室へは簡単に辿りつけましたわ。ただ、ブルファム王は眠っており、目覚めるまで会談を行う事が出来ませんでしたの」
「その時間を使ってカミナさんを呼んだのか?」
「そうですの。それでも私達は暇を持て余し、つい盗聴を嗜んでしまいましたわ。そしたら、私達のユニフィン様に失笑ものの色仕掛けを行っているこんにゃくがいるではありませんか」
「なぁ、あえて言うが、俺は毅然と断っていただろ。そんなに俺の節操が心配なのか?」
「タヌキのお尻に発情した前科がある以上、どんな事が起こっても不思議じゃありませんわー」
ふっざけんなッ!!
俺がいつ、タヌキのきったねぇケツなんぞに発情したんだよッ!!
誤解として弁明するのすら面倒なくらいに酷い暴論だッ!!
「なぁ、俺がいつタヌキに発情したんだよ?」
「リリン様は相思相愛だと仰っておりましたが?」
「……ベッドの上のタヌキに餌付けをした事はある。が、発情はしていない」
「森で出会ったタヌキ将軍とも相思相愛だと聞きましたわ」
「クソタヌキ程じゃないが、アホタヌキも自然体で俺を煽ってくるんだぞ。相思相愛どころか、 旧敵宿怨って感じだ」
「謙遜しなくて良いんですのよ?」
「してねぇよ!!つーか、俺の声を聞けば嘘をついていないのは分か……ん?」
なんか、タヌキの話をしていたら、タヌキっぽいの断末魔が聞こえた。
俺の周りにいるカツテナイ・クソタヌキ共が断末魔をあげる事は無い。
だが、今のは確かにタヌキの断末魔だった。
ギンに踏まれまくったアヴァロンが似たような声を出していたから間違いない。
えっ?何事……?っと思って様子見をしていると、奥の部屋のドアが勢い良く開いた。
そして、手羽策姉妹とアルカディアさんが遊んでいる部屋から飛び出してきたのは……、そこそこふっくらしているタヌキだとッ!?!?
「ヴィギロアーッ!」
「あ、こら!逃げるなし!!」
一目散に疾走してくる、ふっくらタヌキ。
一応、タヌキ将軍っぽいが……、額にある×マークも薄いし、アホタヌキよりも情けない顔をしている。
うーん?タヌキ将軍・見習い?
「待つしッ!!」
「ヴィィギロォアー!!」
……あ、飛んだ。
何故かアルカディアさんに追いかけられていたタヌキが大跳躍。
その向かう先にいるのはアルファフォートさんだが……、横にいたテトラフィーア大臣が椅子を引いて回避させた。
その結果、俺の胸にタヌキが飛び込んでくるという、未曾有の大災害に見舞われている。
「ユニフィン様、ナイスキャッチですわね。動きが玄人のそれでしたわよ」
「さすがユニク。いつの間にか、本物のタヌキの扱いを覚えている!」
「ナイスじゃねぇし、流石でもねぇよッ!!」
妙なタイミングで出てきやがったせいで、俺のタヌキ好き疑惑が濃厚にッ!?
この恨み、絶対に払うからなッ!!ふっくらタヌキィッ!!
この戦争最大の不幸に見舞われ、俺の堪忍袋がビキビキと音を鳴らしている。
……が、コイツ、割りと抱き心地がいいな。何か負けた気分。
「……よぉ、タヌキ。俺の胸に飛び込んでくるとは良い度胸じゃねぇか」
「ヴィギロン!?ギギロギア!?!?」
「ゆになんちゃら、そのままドングリを捕まえておくし!!尋問を始めるし!!」
「ヴィギロォォ!?!?」
……ドングリってコイツの事かよ。
確かにドングリみてぇにふっくらした体型だけども……、ってそんな事はどうでもいいッ!!
空気中の匂いを嗅いでタヌキがいるのに気が付くって、どういう嗅覚ッ!?
つーかそもそも、姫様の塔に顔見知りなタヌキがいるってどういう事だッ!?!?
ふぅ、王女攻略も無事に完了。
後は無難な感じに話を纏めて、ディナーで締め……あ。やべ。ドングリ忘れてた。
という事で、唐突なタヌキ回です!




