第97話「真・王女攻略⑨」
「では、話を纏めるが……、レジェンダリアに敗北したブルファム王国は、正当なる王位継承者ロイを新王に掲げ、再生を図る事になる。これで良いのだな?」
「そうなりますわ。もちろん、私たちも助力を惜しみませんことよ」
テトラフィーア大臣を加えた会談は順調に進み、戦争の落し所についての情報交換を終えた。
ブルファム王国は新王ロイを筆頭に、レジェンダリア国・フランベルジュ国の力を借りて国家再建を図る。
指導聖母に依存していた世界経済をこの三国が中心になって行う事で安定化し、各地で発生している飢饉や食糧難を解決するのだ。
民が健やかに暮らせるようになった後は文化交流を推進し、国民の学力向上を目指す……、などなど、横で話を聞いている分には良い事ずくめな策謀だ。
ただ……オールドディーンは難しい顔をしているし、アルファフォート姫は膨れている。
二人とも、随分と思う事があるようだな。
「まったく、やるせないにも程がある。優秀な官僚の国外逃亡も、お前が手引きしていたとはな」
「あらいやですわ。フランベルジュ国は食料自給率が100%を超えていましてよ。豊かな食糧事情の国に人が集まるのは道理では無くて?」
「それはそうだが……、いや、ブルファム王国にも問題があったのだ。憤るのはお門違いか」
「納得していただけた様で何よりですわ。あぁ、亡命してきた優秀な官僚は私の城で預かっております。みなさま、キラキラした目で働いていますわ」
ブルファム王国の政治が崩壊していくにつれ、多くの官僚が亡命を行った。
そして、それを手引きしていた人物こそ、我らが大魔王陛下と大魔王大臣だったらしい。
この二人は優秀な人材を引き抜き、その代わりとして自分の腹心をブルファム王城へ仕官させていた。
要するに、城に残っている者の半数以上が名札ばかり立派な雑魚官僚か、大魔王に遣えている真っ黒な間者。
当然、情報は駄々漏れであり、ブルファム国政も大魔王陛下の思うがままになっていた。
例えロイが王にならなくても、ブルファム王国はレジェンダリアの傀儡になるしかない。
そんな裏ストーリーを知ったアルファフォート姫は……、リリンよりも頬が膨れている。
「これから起こる事は分かった。だが、指導聖母はどうするつもりなのだ?奴らが利権を手放すとは思えんぞ」
「手放すも何も、悪性以外の指導聖母は既に私達の手中にあります。生殺与奪の権利すら掌握済みですの」
「その言い方だと、メルテッサには逃げられたようだな?」
「残念ながら。ただし、メルテッサ自体は活発な活動を行う指導聖母ではありません。後でゆっくりと絡め取れば良いと判断しております」
メルテッサには逃げられた?
悪性はワルトが捕まえたって話だったが、状況が変わってしまったらしい。
「テトラ、それじゃメルテッサこそがラルラーヴァーであり、今もセフィナを拉致しているという事?」
「いいえ、メルテッサとラルラーヴァーは別人ですわね」
「そうなの?むぅ、それでも心配なのは変わらない。それと、ワルトナには連絡が取れた?」
「えぇ、暗躍を開始しているようです。ただし、タヌキが邪魔で苦戦していると仰っていましたわー」
どうやら、ワルトはラルラーヴァーから逃げることには成功したが、メルテッサにも逃げられたらしい。
恐らく、タヌキに精神を乱されたが故の失態だな。
「ワルトナさんは己の汚名を雪ぐべく、全力を出している最中。放っておいても問題ありませんから、心配ご無用ですわ」
「そうなんだ。でも、セフィナは……」
ワルトの手口を知っているリリンはテトラフィーア大臣の話に納得したものの……、セフィナの安否が気になっている様子。
ここで、ラルラーヴァーの後ろに立っているのが大聖母ノウィンであり、その正体がダウナフィアさんだとリリンに告げれば、この悩みは解消する。
だが……、今度は自分の母親が黒幕だったという混乱が生じる訳で……。
そういう重い話は、美味しいディナーが終わった後にしよう。
「俺達は確実に前に進んでいるし、セフィナは不自由のない生活をしていたみたいだ。心配いらないと思うぞ?」
「むぅ……、私の考えた最強のメニューをご馳走しようと思ったのに……」
そう言って、リリンは平均的に落ち込んだ。
仕方が無いとは思いつつ、何処か納得できない。
そんな顔でむぅむぅと鳴いている。
「あの……、ちょっと宜しいでしょうか……?」
「なに?ユニクなら渡さない」
「ひっ、えっと、その……」
やっと嗚咽が収まってきたアルファフォートさんが会話に参戦してきた。
……が、タイミングが悪かった。
超ご機嫌ナナメ腹ペコ大魔王様に睨まれて、再び涙目になっている。
「ハッキリ言いなさい、アルフ。そんな態度じゃ、こんにゃくの方がまだ煮え切っていましてよ」
「くっ!……わた、私は一体どうなるのでしょうか?あ、いえ、ユニクルフィン様が高根の花だというのは十分に承知しております」
「なら良い。テトラ、セフィナはアルファフォート姫の世話になったはず。良い感じの将来を用意してあげて」
「お安いご用ですわー。というか、もう決まっていますので、安心してくださいまし」
……人生をお安く決められちゃってるのか。
一秒も安心できないだろ。
「アルフ、貴方は男尊女卑によって虐げられない、自立した人生を送りたいんでしたわね?」
「そうですけど……」
「先程も言いましたが、ブルファム王国の男尊女卑は撤廃させます。ですから、そこで自由に生きる事が出来ますわ」
「それ、結果的に『こんにゃく姫』に落ち着くというオチじゃないですよね……?」
「職業選択も自由になるのですから、そういう選択肢もありますわね。意外と幸せかもしれませんよ?私は絶対に嫌ですけど」
「自分が嫌な事を人に勧めないでくださいよ!」
「くす……。では私と同じ『頂き』を目指すのは如何ですか?長きに渡る施政に一石を投じる為、レジェリクエ女王陛下と私は新たな高位官僚職を作る事にしましたの」
「高位官僚職……?」
「大臣と双璧を成す王の側近、『宰相』。国を運営する上で最も力を持つ存在が大臣なのだとしたら、宰相は王が最も信頼をおいている個人なのですわ」
テトラフィーア大臣が甘い笑顔で大魔王策謀を囁き始めた。
聞き慣れない宰相という言葉だが……、アルファフォート姫は興味津々なようだ。
「宰相とは王が最も信頼を置いている個人。国内2番目の権力者であり、この戦争が終わった後、私も『レジェンダリア宰相』の地位へ昇格が決まっておりますわ」
「テトラも宰相になるのですか……?」
「なりますわ。そして、この宰相こそがブルファムの男尊女卑を撤廃する鍵、全ての女性国民から崇拝される希望となるのです」
「す、崇拝……?」
「ブルファム宰相は女性専任職とし、男性専任職である大臣と同等の力を持たせます。必然的に、全ての女性官僚を従える立場となり、ひいては、全ての女性国民の頂点に立つ訳です」
「え、なにそれすごい」
「事実上の女王であり、大抵の願いは叶いますわね。お金だっていっぱい手に入りますし、好きなだけ贅沢も出来ますわ」
「贅沢し放題……。どのくらい?」
「直接見た方がイメージが付きやすいですわね。《異次元ポケット、解錠》」
テトラフィーア大臣がぱちん。っと指を弾けさせると、次元の裂け目が出現した。
その中に鎮座しているのは、銀色のアタッシュケースの群れ。
大魔王陛下ほどではないにしても、充分過ぎる程の現金の山に、じいちゃんとポンコツ姫が絶句した。
「此処にある現金は、ざっと150億エドロ程ですわ。言葉通りの意味で私が自由に使えるポケットマネーですの」
「おじいさま……、規模が大き過ぎて良く分からないのですが……」
「お前が持っている式典用のドレスがあるだろう?アレの値段が2億エドロだった」
「……あのドレス、高級すぎるからって、なかなか予算が下りなかったんですけど」
「魔道具でない普通の服としては最高級品だからな」
「知っていましたけど、テトラってお金持ちなんですね……」
へぇー、普通の服だと2億エドロで高級品なんだな。
冒険者用の鎧ならもっと値段が張る事を考えると安いんだが……、魔道具的効果が無いのなら、ただの装飾品だ。
なお、リリンにこっそり教えて貰った情報によると、テトラフィーア大臣が日常的に着ているドレスは魔道具であり、フルセット一着で30億は下らないらしい。
そして、戦争中である今、着ているドレスは伝説の白天竜の毛が使用された特注品。
時価総額80億は堅いという、大魔王なドレスだそうだ。
「と、宰相になれば、この程度のお小遣いを簡単に用意する事が出来ますわ。なにせ、日常的にこの10倍や100倍の金銭や資産を扱うんですもの」
「凄いです。憧れますが……、自慢するだけって事は無いですよね?ね?」
「宰相は、国王が選任するものですわ。つまり、次の宰相はロイが選ぶ事になりますわね」
「……ロイ。いえ、ロイ国王陛下。ちょっとお話が……」
指名権がロイにあると知るや否や、アルファフォートさんがすり寄ってきた。
優しげな頬笑みを浮かべているが、目は血走っている。
そんな必死な姿に、俺もロイも引いた。
「優しくて賢いロイ国王陛下は、何が一番良いか分かっていますよね?私を捨てたりしないですよね?」
「いや……、こんな話があるなんてのは、ここで初めて聞いたんだ。まだ考えていないよ」
話を振られて困ったロイが出した答えは、保留。
というか、ロイはアルファフォートさんに宰相になって欲しくなさそう。
それゆえの時間稼ぎをしているようだ。
まぁ、ポンコツ姫を最も信用する王様って、もれなく愚王だもんな。
第一、調教済みなロイが最も信用している女性はシフィーだ。
「あら、アルフ。ロイを誘惑する前に、やるべき事がございますわ」
「やるべき事?」
「ブルファム宰相は国の行く末を決める重要職。既に25人の候補者を見繕ってありますの」
「え?」
「さぁ、ここから先は貴方が望んだ実力勝負ですわ。幼馴染としては、是非、栄光を勝ち取っていただきたいですわね!」
落として、蔑んで、踏みにじって、馬鹿にして。
見下ろして、手を差し伸べて、拾い上げ……そして、地面に叩き付けたぁあああああああ!!
「え、今の話の流れって、私が宰相になる奴ですよね?」
「いえいえ、あくまでも候補としてエントリーしていますわってお話ですの」
「あは。そうは言っても出来レースですよね?王女が宰相になった方が国民も喜びますし?」
「うふ。私と肩を並べる役職が、そんなに軽い訳がありませんわー」
「……でも、ロイは選んでくれるはずです」
「最終的に宰相を選ぶのはロイです。ですが、その候補者を絞り込むのは私とレジェリクエ女王陛下が行いますわ。贔屓無しの完全実力査定をしますので、その点はご安心くださいまし」
「……。」
「ちなみに、候補者を一人にしてロイに選択権を与えない事も出来ますが……、いずれにしても、今のアルフが勝ち残れる目は薄いですわね」
「じゃあダメじゃないですか、やだー!!」
出会って2時間も経ってない俺ですら、心の中でポンコツ姫と呼ぶくらいだからな。
大魔王共が推薦した人物に勝てる訳が無い。
一体何の為にこんな話をしたんだ……?
あっ。ポンコツ姫で遊んでいるんだな?
そんな答えに行き着きそうになるも、ふと見たリリンの顔は平均的な頬笑み。
あんまり心配していないんだな。
「アルフ、今の貴方はあまりにも未熟で、とてもじゃないですが国を任せる事など出来ません。まずは施政者としての教育を受けなさい」
「教育はおじい様から受けてますけど」
「足りないですわ。他の候補者は毎日15時間ほど勉強に費やしています」
「……そんなに?それじゃお昼寝をする時間がないですよ?」
「昼間から寝ていたいのなら、ベッドの上で出来るお仕事を斡旋しますが?」
「嘘です冗談です!……うぅ、宰相になるのって大変」
昼寝してて宰相になれる訳ねぇだろ。
タヌキですら、もうちょっと勤勉に餌を探すぞ。
「教育というが、ブルファムには女性が受けられる教育機関が少ないのだ。ましてや、女性は施政に関与できないと決まっておる。教育を施す習慣すら無い」
「国内での教育が難しい事は分かっていますわ。ですから……、レジェンダリアへの留学を勧めますの」
「留学だと?」
「はい。他の候補者の大半は他国の姫や重鎮の娘などであり、レジェンダリアに留学していますわ。ライバルの能力を知っておくのも重要な事ですのよ」
「それは分かるが……」
「宰相になれなかった時の保険も兼ねています。それに、これが幼馴染として出来る最大の譲歩。なにせ、その教育機関の理事長は私ですの。色々と融通がききますわ」
テトラフィーア大臣が理事長の教育機関って、俺達が体験入学した学校の事だよな?
確か高等宮廷学科があった気がするし、そこで学べって事なんだろう。
「学校というのは、数十名が同等の教育を受ける場所ですわ。同じ志を持つ友達が沢山いて、一緒に勉強したり遊んだりしますわね」
「でも、その人達って宰相を狙う敵なんじゃ……?」
「そうですわよ。でも、そういう力を持った人と友好を築いて仲間にするのです。貴方はブルファムの姫。権威という意味では相当優位なのですから、グループ長になる事は難しくありません」
「個人で勝ち抜くのではなくグループで勝って、その代表者として宰相になると?」
「人の上に立つというのはそういう事ですわ。それとも、ボッチなこんにゃく姫には荷が重いですのー?」
「出来ますよ、それくらい!!男尊女卑が無いのなら私が一番に決まってるじゃないですか!」
「ふふ、良い心構えです。それでは、超高等学科への編入試験の手続きをしておきますわ」
「ビックリするくらい簡単にやってみせますから、覚悟しておいてくださいね!……友達かぁ。できるといいな」
最後に呟かれた言葉は、向かい合っている俺の耳にもしっかりと届いていた。
でも、この名にいる全員が聞かなかった事にして、それぞれのやり方でアルファフォート姫へ応援を送っている。
ここは俺からも声援を送っておかないとな。
そう思って向けた視線の端に映る、テトラフィーア大臣。
早速、書類を取り出して書き始めたようだが……、なになに?レジェンダリア王立学院・超高等ゲロ鳥学科・編入試験願書?
……。
…………。
………………結局、行き着く先は、ぐるぐるげっげー。




