第96話「真・王女攻略⑧」
「うふ。お声を聞いたらお会いしたくなりまして。来てしまいましたわ。ユニフィン様!」
……うん、来ないで欲しかった。
これ以上、場を混沌とさせてどうするつもりだ?
つーか、ブルファム王の方はどうなったんだよ。
色々と思う事が多いが……、マジで収拾がつきそうもない。
リリンは満面の頬笑みで、テトラフィーア大臣は暗黒の頬笑み。
ロイは絶句し、オールドディーンは目を背けた。
そして、さっきまで苛められていたポンコツ姫は……。
「み”ゃぁあああああああああああああッッ!?!?」
大魔王と遭遇し、魂の叫びを発している。
あぁ、ここは混沌無法地帯。
世界核戦争、最前線だッ!!
「くすくすくす、私の顔を見て悲鳴を上げるなんて、随分と小物になったこと。幼馴染として悲しくなりますわ」
「う”うぅ~~う"ぅぅ~~」
「せめて人間の言葉を発してくださいまし。姫として、威嚇はタブーですわよ」
……幼馴染?
あ、そうか。テトラフィーア大臣も昔は姫だったんだもんな。
フランベルジュ国は実質的な上位者だったブルファム王国と交流があって当然だし、同じ姫という立場なら顔見知りなのも納得だ。
国を隔てている以上、普通の幼馴染とは違う関係だろうが……、親しい間柄だったのにあの暴言か。大魔王大臣、怖い。
「で、リリン。何でテトラフィーア大臣がここにいるんだ?」
「レジェから連絡が来た。アレがユニクを狙っているから増援を寄越すと。そしたらテトラが来た」
「俺は毅然とした態度で断っていたんだがな」
「……ユニクは甘い所があると思う!!姫とか女王とか、一対一で戦っても勝てない!!複数人でブチ転がすのがセオリーだと思う!!」
それは俺の貞操観念に疑問を持っているのか、大魔王陛下達の狡猾さを知っているが故の警戒なのか、どっちなんだ?リリン。
こんな質問をすると「どっちも!!」と元気よく言われそうなので、愛想笑いで誤魔化しておこう。
「さて、まずはこの場で一番の上位者であるオールドディーン様に、ご挨拶をしなければなりませんわね」
「ふん、白々しい。今更、何の挨拶するというのだ」
「それは勿論、ユニフィン様の婚約者としてですわ。今日は婚前の挨拶も兼ねてますの、オールドディーンおじいさま?」
「……。」
じぃちゃん。再び絶句。
速攻で目を背けたくなる他国の大臣におじいさまと呼ばれ、言葉に詰まってしまったようだ。
その代わり、隣でもんのすっごい悲鳴を上げた人がいる。
言わずと知れた、ポンコツ姫だ。
「に”ゃあああああああああああああああッ!?!?」
「さっきから何なんですの?発情している猫よりも五月蠅いですわ」
「にゃんで?にゃんでぇ……?」
「なんでもなにも、私はユニフィン様をお慕いしております。既に両親共に公認の中であり、私達の主であるレジェリクエ女王陛下も認めてくださっているのです。何をはばかる事がござまして?」
「え、だって、ユニクルフィン様は私の……」
「こんにゃくでは英雄には不釣り合いですわ。貴方が結ばれる事はありませんから、勝手に想って自分を慰めてくださいまし」
「そんな……」
「理解力のないお方だこと。ユニフィン様もそう思いませんか?」
ちょ、こんなタイミングで俺に話を振るのかよ!?
いくらなんでも無慈悲すぎッ、むぐぅ!!
弁明をする為に振り返った俺の視界一面に広がっているのは、目を閉じたテトラフィーア大臣の顔。
え、これって、キス……?
「あ、あぁ、ああああ……!!」
「うふ、甘美ですわ。ほのかな紅茶の香りが癖になりそうです」
「ひ、ひど……」
「酷い?いえいえ、恋人なんですから、何千回と繰り返す日常ですのよ。その内の一回をお見せしただけですの」
俺から唇を奪った大魔王大臣は、悪びれる素振りもなく、妖艶に自分の唇を舌で舐めた。
記憶にある限りでは、今のはテトラフィーア大臣とのファーストキスという事になる。
それをこんな場所で行い、あまつさえ、敵を追い詰める為の切り札として使うとは……、
って、追い詰められたのは俺も同じだろッ!!
抱き付いてきた腹ペコ大魔王さんが、俺の袖を引っ張っているッ!!
「ユニク、私にも!」
「……すまん、今はこれが限界だ」
「もふふぅ!!」
俺は頬笑みながら饅頭を取り出して少しだけ齧り、平均的に目をキラキラさせているリリンの口に詰め込んだ。
これは間接キスという、気持ちと腹を満たす高等テクニックだ!
「え、えぇ……そんな、にゃんでぇ、なんでぇ……」
「ユニフィン様とは幼い頃から恋仲ですわ。素敵な婚約者ですの」
「うわーん、ひっく、ひっく、こんなのないよ、ひど、ひどすぎ、うわぁーん!!」
「あらやだ。泣いてしまいましたわー」
俺がリリンに饅頭を食わせている隙に、ポンコツ姫がついに壊れた。
ガクガクと体を振動させながら、人目を気にする事なく大号泣。
涙と鼻水で顔もすんごい事になっている。
「な、なんでこうなるの!?おじぃ様はユニクルフィンに取られ、ユニクルフィンは幼馴染に取られ、幼馴染は魔王に取られ、お父様には見捨てられ、姉には見限られ、妹達やロイには裏切られ……、やだ、こんなのやだーー!」
「なぜそうなったのか、分かりませんか?」
「分からないよ……。頑張ってきたはずなのに、テトラフィーアみたいになろうって」
「くすくす、大国たるブルファムの姫が属国の姫でしかない私を目標にしていたのですか。光栄ですわね」
「ま、眩しく見えたから、それで追い付きたくて……」
「真似しかできず、中途半端な仕上がりになったと。憐れですわね」
「ひ、ひっく。憐れむなぁ、見下すなぁ……!」
精神を揺さぶられまくっているアルファフォート姫の本心が見えた気がした。
この人は、同じ姫という立場でありながら、どんどんと躍進して行くテトラフィーア大臣に憧れていたんだろう。
そして恐らく、テトラフィーア大臣は、レジェンダリアに寝返った段階で交流を止めている。
最終的に敵になるとしての判断だろうが……、きっと、取り残されたアルファフォート姫は寂しかったに違いない。
「アルファフォート。貴方がユニクルフィン様をお慕いしていたのも、私が英雄に憧れていると語ったからでは無くて?」
「それは……」
「咎めはしませんわ。貴方の近くにはオールドディーン卿、英雄の父がいた。手に入れる算段が付いていたのなら、その流れは自然なことですもの」
「じゃ、じゃあ譲って」
「はぁ?だから貴方はユニフィン様に不釣り合いだと言っているのです。努力もせず、欲しい物が手に入るのを口を開けて待つだけの雛、それが貴方ですわ」
テトラフィーア大臣は外交員として何度か此処を訪れていると、アルファフォート姫は言っていた。
疎遠になっていた幼馴染が、敵国の外交員として目の前に現れる。
仲が良かった友達としてのテトラフィーアと、敵国の大臣としてのテトラフィーア。
友情に憧れが混じり、羨望となって、やがて嫉妬に変わってしまったんだな。
「ひっく、口を開けて待っているだけ?私が?これ程、努力をしてきた私が?レベルだって6万を超えているんですよッ!!」
「王族の権限を使ったパワーレベリングを行えば、そこまでなら簡単に上がりますわよ」
「何を偉そうにッ!!貴方だって同じ……え?」
「同じではありませんわ。私、これでも死線を潜り抜けていますのよ」
優雅に、煌びやかに。
ただ立っているだけのテトラフィーア大臣の姿から、俺は目が離せなかった。
だって……レベルが99999していらっしゃるッ!?
戦争を始める前はそんなんじゃ無かっただろッ!!
いつの間に進化しやがったッ!?
「あ、あぁ、レベルが……」
「人類が到達できる最高レベル。これが今の私ですの。貴方とは天と地ほどの差があるのではなくて?」
「うそ、いくらなんでも、ズルですよね?」
「ズルではありませんわ。《永久ノ火葬鳥》」
テトラフィーア大臣が指の間に挟んでいた金属プレートが光り、灼熱の不死鳥が顕現した。
轟々と燃える翼が照らすのは、へたれこむアルファフォート姫の顔。
そして、零れた涙を蒸発させ終えると、静かに消えてゆく。
「オールドディーンおじいさま、今の魔法のランクは分かりますか?」
「大規模殲滅魔法、ランク9だ」
「正解です。乙女の涙を拭うにしては過分な魔法だというのは、言うまでもないでしょう。アルファフォート、これが貴方に真似できますか?」
「で、できません」
「なぜ出来ないのですか?男尊女卑に邪魔されたのですか?」
「……。そんな魔法は、才能がないと出来ないじゃないですか」
「では、貴方はどのような才能を持っているのですか?ユニフィン様の妻として、どのように役立てるのですの?」
「そんなの知らないよっ……!」
「だから、貴方は私に勝てないんですのよ。アルフ」
「あ、呼び方……」
カツカツカツ、とヒールを鳴らして歩んだテトラ―フィーア大臣の視線の先にいるのは、跪いたアルファフォート姫だ。
そして、目の前まで移動して静かに立ち、上から見下ろしている。
「もう、戦争の勝敗は決していますわ、アルフ。ブルファム王国も、貴方も、過去に縛られなくなります」
「テトラ……」
「ブルファムは男尊女卑の無い国になりますわ。女だからと、言い訳が出来ない国になるのです。いつまで這い蹲っているつもりですの?」
「好きで這い蹲っているんじゃ……」
「じゃあ、立ち上がってくださいまし。私には、こんにゃくを踏みにじる趣味は無くってよ」
「こんにゃくこんにゃくって、何度も馬鹿にしてぇ」
「こんにゃくで十分です。このままだと、貴方の行き場は裏通りの酒場になりますもの。源氏名は『こんにゃく姫』で決まりですわー」
「行きませんよ!!私は王女ですからッ!!」
……源氏名だと?
ってことは、こんにゃくって、大人のおもちゃ的な意味か。
それと同じ価値しかないって、要するに使い捨ての……。
凄まじすぎる暴言を垣間見て、俺は将来が不安になった。
せめてもの救いは、饅頭を食い終えたハラペコ大魔王に意味が伝わっていない事か。
リリンは『味噌田楽はおいしい。テトラの監修なら人気店になれると思う!』と頷いている。
「まったく、一時はどうなる事かと思ったが……。リリン、ディナーはどうなった?」
「後はおじいちゃんが持って来てくれる。今はお皿を準備中!」
「そうか。じゃあ飯の前に手早く片付けちまうか。話を纏めようぜ、じいちゃん」
改めて席に着いたのは、俺、リリン、テトラフィーア大臣、ロイ、アルファフォート、オールドディーン。
だいぶ落ち着いてきたとはいえ、アルファフォート姫は未だに嗚咽を漏らし、肩を揺らしている。
さっきまでの姫様らしい態度は一変しているが……、だいぶ吹っ切れて、良い顔付きになったな。




