第89話「真・王女攻略①」
「ふむ、確かにユニフの言うとおりだな。成長後に何を仕出かすのか知っているだけあって、感慨深い所がある」
大魔王共、やりたい放題。
そんな俺のツッコミに賛同したロイが、物凄く納得して頷いている。
ピエロを見てはしゃいでいるという可愛らしい一面もあるが、ワルトやレジィ陛下には別の思惑もあるっぽい。
事実、午前中に会ったジェストドゥンはテトラフィーア大臣に礼を尽くしていた。
この騒動がきっかけで、レジィ陛下経由で掌握されてしまったんだろう。
「それでリリン、トレイン・ド・ピエロに圧力を掛けていた一団はどうなったんだ?というか……」
「結局、招致はできんかった。その時は涙目のアルファフォートに随分と責められたものだ」
「おじいさまっっ!!」
あ、なんか変な所で話が繋がった。
言われてみれば当然だが、姫様の誕生日に招致しようとしていたのならオールドディーンが関わっている。
というか、30年前にトレイン・ド・ピエロにちょっかいを出したのもオールドディーンな可能性すらあるよな?
今更どうこう言うつもりはないが、興味があるので聞いてみよう。
「ちなみにさ、ジェストドゥンがブルファム王国を敵視しているのにも関与しているのか?」
「関与しておらん。先代の時代であったし、軍部の暴走だとも記録が残っておる」
そうなのか。
だとすると、昔の貴族のせいでアルファフォート姫はサーカスが見られなかったって訳だ。
ちょっと可哀想だなー。と思っていると、平均的な表情のリリンが口を開いた。
俺と同じく思う事があるっぽいな。
「その時の招致に失敗したのは分かっている。そのあとで、アルファフォート姫はサーカスを見れたの?」
「いいえ、見たこと無いです。トレイン・ド・ピエロはすぐに他の国へ移動してしまいましたし、ずっと疎遠のままです」
「今は王都の近くに居るって聞いた。実際、ジェストドゥンが出て来たし」
「……。『ブルファム王家お断り』って入口に大きく書かれると、入りづらくて……」
そんな事してんのかよ。
大魔王共が関与してるだけあって、随分と肝が据わってるんだな。
王都のすぐ近くで公演しているのに、その国のトップに喧嘩を売るのは並大抵の胆力で出来る事じゃない。
まず間違いなく、後ろで大魔王共が糸を引いている。
「……見たい?」
「えっ」
「そんな制限は、テトラに言えば簡単に撤廃される。戦争が終わったらプライベート公演をしてもいい」
「ほ、ホントですか!?」
「本当。もちろん、私達が戦争に勝利したらだけど」
「そ、それは……」
なんか、凄く珍しい物を見た。
うちの腹ペコ大魔王が策謀っぽい事をしていらっしゃる。
明日の天気はドラゴンフィーバーになるかもしれない。
「うぅ……、妹達にも見せてあげたいですし、でも、そんな事で国を売る訳には……」
「開いて貰えば良いではないか」
「おじいさま!?」
「儂らの負けは決まっておる。ならば、僅にでも利を取りに行くのが上に立つ者の務めだ。たとえ、それが個人的な利でもな」
「いいんですね?では、よろしくお願いします、リリンサ様。……やった」
念願のサーカス公演を確約して貰ったアルファフォート姫は、小さな声で喜びを溢した。
喜んでいるんだから良い事だと思うが、リリンの顔が何処となく黒い気がする。
それに、トレイン・ド・ピエロを手に入れようとしていたグループはどこ行ったんだ?
俺はそっとリリンの手に触れて、第九識天使を発動。
アルファフォート姫達に聞こえないように、リリンへ話しかけた。
「ちなみに、トレイン・ド・ピエロを買収しようとしてた方は倒したのか?」
「その時の小競り合いには勝利した。でも、最終的にトレイン・ド・ピエロはそのグループの手に落ちている」
「ん?どういうこ……まさか!!」
「経済戦争を仕掛けていた敵の首魁はテトラ。私達は戦いには勝ったけど、テトラは早々に見切りを付けて逃げたから捕まえられず。お互いに敵勢力として認識し、この後、何度か戦う事になる」
「マジかよ……。だとすると、テトラフィーア姫は大魔王3人相手に互角の戦いを繰り広げたって事じゃ……?」
リリンの追加説明では、心無き魔人達の統括者時代の主な敵の一人がテトラフィーア姫だったらしい。
テトラフィーア姫はフランベルジュ国で外交官をしながら、他国の主要経済を把握。
恋焦がれる将来の為に、自分が興味のある分野で文化侵略の練習をしていたらしい。
……15歳なのに。
そんな生粋の大魔王属性な姫様は、英雄の息子を狙っている。
ちなみに、その英雄の息子15歳の特技は薪割りだ。
ちょっと釣り合いが取れないと思う。
「――その後、レジェは国に戻ると行って、私達よりも先にトレイン・ド・ピエロを離れた。その後はワルトナとサーカスを堪能した後、再びユニク探しの旅に出る事になる」
「ふむ、レジェリクエとの出会いは分かった。儂自身も関与しているだけに、話の裏側を知れて面白かったわい」
サーカスに潜入したリリン達は見習いピエロになり、そして、一世を風靡した。
双子のロリピエロ『ピエリン』と『ピエトナ』として鮮烈にデビューし、観客の心を鷲掴みにしたのだ。
リリンとワルトが可愛らしい演技をしたのと、大魔王陛下の経済戦略により新規顧客が倍増。
安く買い叩く為の工作をしていたテトラフィーア姫の策を上回って莫大な収益を叩き出し、ついでに、満員御礼を理由にオールドディーンの圧力も跳ねのけた。
一気に業績を好転させたトレイン・ド・ピエロはリリン達に感謝し、そして、長年憂いていたドラピエクロも取り戻すことになる。
一応幸せになっているあたり、流石は聖母を名乗っているだけはあるな。ワルト。
「じゃあ、次はカミナ……」
突然言葉を切ったリリンは、平均的に気不味そうに下を向いている。
……そうだよな。話に夢中でクッキーを食べて無かったもんな。
腹が鳴ってもしょうがないよな。うん。
「時にアプルクサス。そろそろ夕食の時間ではないか?」
「えぇ、そうですね。孫と語り合うのが楽しいあまり、時間を忘れていたようです」
「どうだ?ここはひとつ両立させてみては?セフィナも厨房に入れていただろう?」
「私としてはそれに勝る喜びはありません。リリンサ、私と一緒に厨房に行かないかい?どんな料理でも作ってあげるよ」
リリンの腹の音をしっかりと聞いていた祖父達が、結託してリリンを誘惑している。
はっ!俺の隣に座っているのは、美食の魔王と恐れられているお方だぞ。
そんな見え透いた策謀なんて、よゆーで陥落だぜ!!
「いいの!?」
「もちろんだとも。私はね、もう一度、家族に料理を振る舞う日を夢見ていたんだよ。ずっとずっと、20年以上もね」
「20年……。じゃあ、どんな料理をおねだりしても良いということ!?」
「いいんだよ。私の料理を自慢させておくれ」
アプルクサスさんが頬笑むと同時、リリンが目にも止まらぬスピードで抱き付いた。
平均を超えた満面の笑顔は、祖父に甘える孫そのものって感じで大変に微笑ましい。
ちょっとだけ妬いちゃうぜ。
「ユニク。私は皆で食べる食事をリクエストするという、とてつもなく偉大な使命が出来てしまった。だからちょっとだけ留守にする!」
「おう、行って来い。俺もじいちゃんと友好を深めておくからさ」
「うん!楽しみにしてて欲しい!!」
呆気なく陥落したリリンはアプルクサスの手を引きながら、入口の方に視線を向けている。
早く行こう!と言って急かし、今にもバッファ全開で駆け出しそうな勢いだ。
だが、ドアから出る直前に振り返って、満面の黒い笑みをアルファフォート姫に向けた。
「一応言っておく。ユニクは私の。手出しをしたら容赦しない」
「え、あはは、なんのことですかね……?」
「ユニクは私の婚約者。もし、ユニクを誘惑しようとしたら容赦しない。公開ぐるぐるげっ刑に処す!」
「ぐ、ぐるぐるげっ刑ですかっ!?」
満面の黒い笑みで放ったリリンの威嚇に、アルファフォート姫が凍りついた。
どうやらぐるぐるげっ刑を知っているらしく、プルプルと震えながら怯えている。
ぐるぐるげっ刑とは、全裸にゲロ鳥の羽根のみを身に纏った姿を品評されるという、狂気の祭典。
それが民衆に公開されるんだから、確実に姫としての尊厳が崩壊する。
「おじいさま……、心無き魔人達の統括者とは、こうも恐ろしい事を考えるのですね……」
「凌辱刑の領分であろうが、肉体にダメージを負わないから性質が悪い。流石は魔王だな」
「ユニクルフィン様は、このような恐ろしい事を仰らないですよね?ね?」
見たいか見たくないかで言えば、……見たいに決まってるだろ。俺だって男だぞ。
正直な話、タヌキのコスプレ以外であれば全然OKだ。
アルファフォート姫様は地味だけど美人だしな。
だが、そんな事を口走ろうものなら、超魔王様が降臨する。
此処は努めて冷静に、紳士的な対応をしておこう。
「俺の恋愛関係はごちゃごちゃしててな。リリンも気が立ってるんだ。すまんな」
「謝らないでくださいよ!それだと、私に勝ち目が無いみたいじゃないですか!?」
「実際、ないだろ。リリンの他にも俺に好意を抱いている女性が複数人いるらしいし?」
「えっっ」
「だいぶ複雑なんだよ。だから、俺との縁は無い。大魔王陛下も俺の婚姻というカードは使わないって言ってたし」
「そんな……、嘘です。だって、私達の身の保証をして頂くのなら、婚姻関係を結ぶのが手っ取り早くて……」
きっぱりと御断りを入れたら、アルファフォート姫のオーラが消えた。
心なしか、地味めな金髪が更にくすんだ様な気がする。
これが真っ当な判断だとはいえ、ちょっときつく言い過ぎたか……?
「ん、さすがユニク。私の夫という自覚があるようで何より!」
「おう。という事で、心おきなくアプルクサスさんに飯をおねだりして来い」
「分かった!行こう、おじいちゃん!!」
よし、これで心無き魔人達の統括者な追撃が来る事は無い。
後は無難に話を纏めて、料理が来るのを待つだけだな。
それに、ロイの正体を話す必要もある。
リリンが居ても差し支えは無いが、王位継承問題という真面目な話題にハムスターが同席しているのは絵面が良いとは思えない。
「ふぅむ。我が孫ながら頭の痛い奴だ……。王位継承に絡ませたくない儂も悩んでしまうぞ」
「おじいさまは私の味方をしてくださいよ!?既に多勢無勢なんですよ!!」
「……ユニクルフィン、婚約者が複数おるのなら一人くらい増えても問題あるまい?どうだ、末席にでも加えてはくれんか?今なら、王位継承権もオマケに付くぞ」
「真面目に交渉して欲しいんですけど!?投げやりになってませんか!?」
どうやら、俺の祖父はアルファフォート姫との婚姻に反対らしい。
親父からは警戒しておけと言われていたのに、全面的に俺の味方をしてくれるっぽい?
いや、俺の知らない情報を持ってて打算があるのか……?
「ユニクルフィンが望めば可能性もあったろうが、この状況を覆す手段はあるまい。ラルラーヴァーも言っておったではないか」
「ん?ラルラーヴァー?その話には興味があるぞ。敵の情報は集めておくに限るしな」
「……敵だと?敵を演じているだけではないのか?」
「いや、ラルラーヴァーはリリンを家族と決別させた張本人だ。まぁ、俺の過去に関与しているらしいんだけど」
俺達がここに来た理由は、ラルラーヴァーからセフィナを取り戻すのが目的だ。
そんな事を説明すると、オールドディーンもアルファフォート姫も黙り込んでしまった。
この反応は……、俺の知らない事を知ってるって雰囲気だな。
「なぁ、知ってる事があるなら教えてくれ。その代わり、俺もこの戦争の落とし所を話すからさ」
ラルラーヴァーの正体さえ把握できれば、後はワルトに相談すれば解決する。
大魔王陛下やテトラフィーア大臣も協力してくれるだろうし、万全の態勢だ。
そして、俺の横に座っているロイが密かに息を飲んだ。
ドッキリを仕掛ける側って緊張するもんな。ロイ。




