第88話「初めての友達④レジェリクエ」
「こぉーのロリピエロ共めぇ~~、わたしの舞台でぇ、よぉーくも好き放題してくれちゃったわねぇ。お蔭さまでぇ、お客様から大反響ぉ!明日以降の公演にも出るのかってぇ、問い合わせが殺到してるのでぇす」
「頑張った!ご褒美を貰っても良いと思う!!」
「おっとぉ、ふてぶてしいロリピエロだことぉ。そ・ん・な・貴方には特別なプレゼント!はい、ペロペロピエロキャンディー!!」
「わーい。あ、おいしい!」
颯爽と部隊に乱入するという暴挙を成し遂げたリリンサ達は、そのまま純粋に舞台を楽しんだ。
もともと、舞台上に立っていた団長ピエロ『ジャストドゥン』が書いたプログラムでは、子供を舞台に上げて参加させる予定になっている。
リリンサ達に全てのナイフを回収されたのは誤算だが、舞台上で指示に従ってくれるのならば、特に問題はなく公演は進むのだ。
だが、プログラム上は問題なくとも、ジャストドゥンの心情的には問題が山積み。
当然、穏やかな心境ではないジェストドゥンは、公演終了の流れに乗って三人を舞台裏に招待し、自らが事情聴取を行う事にした。
「で、キミらは何の目的があって舞台に上がって来たのかなぁ?ピエロなおじさんに教えてちょうだい?」
「ユニクルフィンを探す為!」
「誰だそれ。あ、どぉーちら様かしらぁ?」
思わず素が出たジャストドゥンは、すぐにピエロな態度を取り繕った。
彼は生粋のエンターティーナーであり、観客の前でピエロのイメージを崩すような事はしない。
だからこそ、自分よりもレベルが高い化物に囲まれていても、可能な限り演技を続けている。
「ユニクルフィンは英雄。そして、英雄のピエロが居るって聞いたから来た。会わせて欲しい!!」
「まぁったく意味が分かりませぇん?そちらのお嬢様達も同様のお答えでいらっしゃる?」
「いやいや、リリンと一緒の知能レベルにされちゃ困る。だから、ここからの話は僕が引き継ごう。あ、リリンはポップコーンでも食べてなー」
本題を相手に叩き付けるという暴挙を仕出かしたリリンサに変わり、ワルトナが主導権を握った。
ポップコーンを食べてて良いと許可が下りたリリンサは勿論、レジェリクエも静観を選んでいる。
『とっても面白そうな子、ワルトナ』の実力を見極めようと、理知を宿した目で観察しているのだ。
「まず初めに……、僕らはサーカスを堪能させて貰った。普通に面白かったよ」
「なんのなんの!楽しんで頂いたのならピエロ冥利に尽きるというものでぇす!」
「そして、大変に名残惜しいけど、もう舞台は終わっている。だから、ここからはビジネスの話をしようじゃないか」
「……ビジネスぅ?うふ、おませなガキんちょだことぉ」
笑っておどけて……如何にもピエロな態度を崩さないジェストドゥンだが、その内心は渦巻いている。
舞台裏に迷い込んだ子供として値踏みできるほど、目の前の三人はレベルが低くないからだ。
そして、ジェストドゥンは目の前の三人組を観客から顧客へと引き上げた。
ワルトナがビジネスという言葉を使った事により、権力者の使者だと誤認したのだ。
「うふふ……ふぅ。ビジネスだと言うんなら容赦はしないぞ。ウチは利益重視じゃないが、慈善事業でもないんでな」
「それでいい。僕は可愛らしい容姿をしているけども、子供扱いは好きじゃないからね」
「……で?お前らは誰の差し金で来たんだ?」
ランク6が二人に、ランク7が一人。
真っ当に考えれば、この3人は大国の正規軍すら凌駕しかねない超戦力。
政治の裏側を知るジェストドゥンからしてみれば、穏やかに対応する気になれない存在だ。
だがしかし、何故か幼女だ。
もし、この3人が屈強な成人男性であったのなら、ジャストドゥンは舞台裏に招いたりしない。
完全武装で何人も部下を引き連れ、さらに数人の監視役を付けて会談に臨む。
結局、全く訳が分からないという心境を隠しもせず、ジェストドゥンは主導権を握っているワルトナに語りかけた。
「裏に立ってる人はいないよ。僕とリリンは冒険者。とある目標の為に二人で旅をしているだけさ」
「目標?あぁ、ユニクルフィンってのを探してるって話か?」
「正解!偉大なるサーカス団、トレイン・ド・ピエロ。そこに英雄ユニクルフィンに似た人物がいると聞いてね。こうして見に来たって訳さ」
「いねぇよ、そんな奴」
「まぁ、偽名って可能性もあるし?いくつか質問させて貰っても良いかい?」
話の方向性は見えて来た。だが、根底にある物が良く分からない。
ジェストドゥンが抱いているのはそんな感想であり、それは、ワルトナが意図的に情報を抜いた結果だ。
それでも、ワルトナはユニクルフィンの人物像について説明を重ねていく。
そして、その説明をレジェリクエは真剣に聞いていた。
「なるほどな、英雄を探してるってのは分かった。だが、うちにはいない」
「もぐもぐ……いないの?」
「まず、お前らと同年代って時点でいない。うちのメンバーで一番若いのは22歳だ。第一、うちはサーカスだぞ。英雄がいる訳ないだろうが」
「ピエロしてるかと思った!」
「いねぇよ、そんな変な奴ッ!!」
思わずツッコミを入れたジャストドゥンだが、すぐに冷静さを取り戻した。
今まで話を進めていたワルトナが一歩引いてニヤニヤしているのを見て、遊ばれていると気が付いたからだ。
実際、主導権を握っているワルトナに目的など無い。
ワルトナがリリンサを誘導して此処に来たのは、純粋にサーカスを見たかったから。
ついでにユニクルフィンの名前を出してサーカスの中に潜り込めば、もっとサーカスを楽しめると思っただけに過ぎない。
だが……、此処には予定外の人物がいる。
くすくすくすと声を漏らしているその少女は静かに一歩前に出た。
美しい西洋人形のような整った顔立ちで、レジェリクエはジェストドゥンを見上げている。
「話が一段落した所で、今度は私がお話ししてもいいかしら?」
「なんだ?」
「トレイン・ド・ピエロのファンとして、警告と相談をしたいと思ってぇ」
「警告?」
「そう。端的にって、ブルファム王国から公演をするようにと圧力を掛けられているわねぇ?」
「それが?商売に権力はつきものだ」
「じゃあ、圧力を掛けて来ている派閥が二つあるって事は御存じかしら?」
「なに?」
「一つは真っ当に公演をして欲しいという者。そしてもう一つは……、貴方達、トレイン・ド・ピエロを疎ましく思う者。前者はともかく、後者は問題じゃないかしら?」
突然告げられた事実に、ジェストドゥンは黙るしか無かった。
レジェリクエの言葉に思い当たる節が有るのだ。
「ウチを疎ましく思っている者に心当たりが有るのか?」
「チケットの流通具合や評判を眺めていたら、気になる所が有ってねぇ。客が少なくなるようにコントロールされてるわよぉ」
「どうやって?俺はお客様の顔を見れば楽しんでくれたかどうか分かる。ほぼ全ての人が満足して帰ってるぞ」
「固定客ばかりをローテーションさせ、新規顧客を増やさない様にされてるのぉ。当然、満足して帰るでしょうねぇ。だって、トレイン・ド・ピエロを好きな人しか来ないのだから」
一流のピエロともなれば、観客の顔ぶれを覚えるなど造作もない。
だから当然、何度も公演を見に来るリピーターがいる事も把握していた。
だが……、指摘されて初めて、その割合の高さに気が付かされた。
そして、強い衝撃を受けたジェストドゥンは落ち込みつつも、何処か納得した声を上げる。
「なるほど……、だからこそお客様は、お前らの登場を喜んだ。マンネリになっていた公演が新しくなると期待して」
「そういうことぉ。敵は客席を固定客で埋めた後、新しい流行を作って一気に移動させる。そうして衰退したトレイン・ド・ピエロを安く買い叩きたいって所でしょうねぇ」
「くっ、一体誰がこんな真似を……」
「そこまでは分からないわねぇ。ただ、対抗手段はあるわぁ」
「なに?」
「リリンサやワルトナが乱入したのは僥倖だったってことぉ。私がスポンサーになってあげるから、彼女たちを雇ってPRを行いなさぁい」
もふふ?
そんな間の抜けた声で返事をしたリリンサは、話の流れを理解していない。
ユニクルフィンが居ないと言われた以上、サーカスを楽しむ12歳の子供としての好奇心しか発揮されないからだ。
だが、サーカスをするのは楽しそう?と、平均的にワクワクした目をしている。
一方、ワルトナはレジェリクエの話を吟味し、ニヤリと笑った。
レジェリクエの思惑と、謎のピエロ技術。
その両方に興味があるのだ。
「ワルトナ、ピエロやるの?」
「やるよー。楽しそうだし。それに、別のサーカスでユニクルフィンがピエロやってる可能性もある。学んでおく事は良い事さ!」
「そっか。じゃあやる!」
可愛らしい談合を目の前にして、ジェストドゥンが出した答えは肯定だ。
とりあえず1週間の見習いピエロ期間を設け、その後で舞台に出すかどうかを決める。
……と、表面上は取り決めて、この三人の裏側に何が有るのかを探ろうと決意した。
こうして、後の世に大陸を震撼させる大魔王ロリピエロが爆誕。
四者それぞれの思惑が交差し、そして、この騒動は混迷を極めて行く。
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「大魔王共、やりたい放題しまくってんじゃねぇか!!」
リリンが語った大魔王陛下との出会いが、思ってたよりも5倍くらい酷かった。
俺がピエロをしてると本気で思ってたリリンはいい。可愛らしいじゃねぇか。
だが、ワルトはさっさとユニクルフィン探しを諦め、大魔王陛下の思惑に乗っかっている。
という事は、始めっから俺はいないと確信してた訳だ。
俺の名前を出汁に使うほど、サーカスを見たかったのか?ワルト。




