第86話「初めての友達②レジェリクエ」
「へぇ……、猫を助ける為に自分がずぶ濡れに。そこだけ聞くと、本当に聖女シンシア様なのですね」
リリンとワルトの出会いは、雨が降る中での乗合馬車。
そこで乗り合わせたという、偶然の産物だったらしい。
「ちなみにさ、なんでワルトはリリンに声を掛けたんだ?」
「自分と同じくらいの年頃だから目に付いて、レベルを確認してビックリしたと。12歳でレベル5万はかなり珍しいので、私でもそうしたと思う!」
なるほど、確かにそうなるよな。
俺だって、12歳の幼女のレベルが5万を超えていたら、間違いなく二度見する。
「ふん、偶然どころか、そんな猫が居たのかどうかすら疑わしいものだな。その猫のレベルがカンストしていても不思議じゃないわい」
「おじいさま!?乗合馬車が来る場所にレベルカンストの化物は居ないと思いますよ!?」
「だが、お前の膝の上には、レベルがカンストしておるタヌキが居るではないか」
「こ、この子は……」
リリンの膝の上に居ねぇと思ったら、そんな所に居やがったのか、ニセタヌキ。
さては日常的に、姫様の膝の上を堪能してやがるな?
……柔らかいのかな?なんて邪な事を考えていると、俺のわき腹に堅い物が突き刺さった。
あ、この防御魔法を貫通する感じは、腹ペコ大魔王様のボディーブローだな。
ハーデスルート回避も兼ねて、そろそろ自重しておこう。
「ワルトナは小動物を愛でるのが好き。普段は犬派だけど、猫もいける!」
「そう言えば、ワルトってラグナワンコを溺愛してたな。意外と可愛い所もあるじゃねぇか」
嬉々としておやつを取り出し、小動物を餌付けするワルトか。
……あれ、なんかそれ見た事あるな。
ハムスターの頬がパンパンになるまでクッキーを積め込んでいた。
「ワルトと出会ったのは偶然か。じゃあ次はレジィか?」
「そう。レジェは偶然を装っていたけど、私達に狙いつけて接触したと仲良くなった後で教えて貰った。あれは――」
そう言って、リリンは目を細めて頬笑んだ。
その視線は唯一感想を溢さなかったアプルクサスさんへ向いている。
アプルクサスは孫の友達が優しい子だと知って、感動の涙を流していらっしゃる。
だが、次に待ち構えているのは大魔王陛下。
絶対、別の意味で涙を流すと思う。
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「ワルトナ、次の目的地はどこ?」
「んっふふ。きっとキミも驚くよ。なにせ次の目的地は……、ここだ!」
可愛らしい声を弾ませて、白い髪の少女ワルトナは振り返った。
公園の敷地に入って歩く事15分。
階段を上るのに飽きて来ていた蒼い髪の少女リリンサは、不思議そうにワルトナの背後を覗きこみ……、色とりどりの天幕が並ぶ公園を見て、目を輝かせた。
「わぁ……。すごい……!」
「くっくっく、驚いたかい?此処で公演しているのは、世界一有名なサーカ……」
「屋台がいっぱいある!!すごい、焼きイカに、焼きまんじゅう、ポップコーンに、リンゴ飴も!!」
「おい。決め台詞を言おうとしてんだから、こっちに集中しろ。屋台に負けると悲しくなるだろ」
「ごっはん!ごっはん!B級グルメはとってもおいしい!!」
「聞いちゃいねぇし。やれやれ……、この大陸一のサーカスの説明をするのは、買い食いしてからだねぇ」
すぐ行こう!今すぐ行こう!端から行こう!!とワルトナの手を引いているリリンサの意識は、中央の巨大な天幕には向いていない。
サーカスの興行に合わせて集まった屋台村へと走り出した二人は、10軒を超える店を残さず襲撃し、店主達の度肝を抜いた。
店主は、満面の頬笑みで「ぜんぶちょうだい!」と言ってくる満面の少女に驚き、その後、「一人前になる様に、全部の詰め合わせセット二つ。もちろん、お金は全部分払うよ」と札束を握っている少女に困惑。
その要望に答えるべく、それぞれの裁量で限界に挑戦していく。
そんな無茶ぶりをお願いされたのが『かき氷店』なら、トロピカルになった一人前を差し出せば済む。
だが、たこ焼き店などは8個とも違う味付けをしなければならず、小さな襲撃者を落胆させない為の苦労は計り知れないものだ。
楽しそうに騒ぐ少女と、苦労の果てに最高の商品を完成させていく店主達。
そんな光景を金髪の少女が遠くから眺めていた。
「おいしい、このパーフェクトたこ焼き。色んな味がしてとってもお得!!」
「僕は同じ味が8個の方が良いかなぁ。う、一味マヨ、辛ぁ……」
はふはふと可愛らしい音を立て、少女達は戦利品を堪能している。
冷めても美味しいおやつ系は後にして、まずはタコ焼きや焼きイカ、肉巻きおにぎりなどの主食系から食べ始めたのだ。
ガヤガヤと湧き立つ周囲は暗く、ずらりとお椀状になっている観客席が並びたつ。
そして、中央にあるのは、ひときわ明るいステージだ。
戦利品を颯爽と手に入れた二人は流れるようにサーカスの入場ゲートへと向かい、天幕の中に難なく入場。
ワルトナが懐から取り出したチケットには『特上席』と書かれており、二人が座っているのも座席の間隔が広く取られている特別席だ。
「リリンはサーカスを見た事あるかい?」
「もふ?ない。家族で遊びに行く時は動物園が多かった。ワルトナは?」
「実は僕も初めてなんだ。ユニクルフィンとか置いておいて、普通に楽しみだよ!」
「それで、このサーカスにユニクルフィンが居るってことでいいの?」
「居るかもねぇ。英雄的なピエロが居るって話だしー」
「じゃあ玉にも乗るの?その上でジャンプとかする?」
「もし本物なら、そのままドラゴンの群れを倒すんじゃないかなー」
「そう。それはとても楽しみだと思う!!」
二人がここに来た理由。
それは英雄とされている人物が、このサーカスでピエロをやっているという噂を聞いたからだ。
英雄の息子・ユニクルフィン捜索の旅を始めて、半年。
世界各地に伝わる英雄の痕跡を調べながら放浪の旅を満喫していた二人の今度の目標は、超有名サーカス『トレイン・ド・ピエロ』。
そこに在籍している、レベルが6万を超えているという噂の超弩級ピエロの正体が、ユニクルフィンなのではないかと疑っているのだ。
「このトレイン・ド・ピエロは様々な国を巡りながら興行している。その一部がユルドルードの痕跡と重なる時があってねぇ」
「ん、じゃあ、サーカスをやって無い時は英雄をしているという事?」
「待ってリリン。英雄が副業みたいになっちゃってる。英雄が人目を忍ぶ為に、サーカス団と行動を共にしてるってこと。生活基盤って奴だねぇ」
「なるほど、ご飯は皆で食べた方がおいしい。理に叶ってると思う!」
「……へぇ、理に叶ってるなんて難しい言葉を知っていたんだねぇ。賢いねぇ、もっと頑張れー」
「ちなみに、ピエロのレベルってどのくらいとか知ってるの?」
「ランク6だってさ。レベル6万なら僕らと同レベル帯……ん?」
リリンサとワルトナが騒いでいるのは、会場でも20席しか設けられていない特上席だ。
本来ならば貴族しか立ち入りを許されない高級席だが、今日いるのは二人のみ。
咎める者が居ないばかりか、周囲に一人も居ないという不思議な現象。
それは勿論……ワルトナによる仕込みの結果だ。
「おかしいねぇ。サーカスを見るのが楽しみ過ぎた僕は、うっかりチケットを買い占めたはずなんだけど……?」
「でも、あの女の子、こっちに向かってくる?」
「ははぁん、さては迷子だな?で、空いてる席に座ろうと思ってこっちに来た訳だ」
「じゃあ一緒に座る?席も空いてるし。おーい!」
パタパタと手を振ったリリンサへ、その金髪の少女は小さく手を振り返した。
そして、優雅な動きでゆっくりと近づき、リリンサ達の前に立つ。
その身長は二人よりも低い130cm程しか無い。
「ねぇ、一緒にサーカス見ない?食べ物もいっぱいある!」
「くっくっく、遠慮はいらないさ。この食べキャラは妹キャラに弱くてねぇ。年下の女の子には無条件で優しくしてしまっ……!?!?」
目の前の少女の年齢は10歳程度だろう。
そう辺りを付けていた二人は、咄嗟に言葉が出ないほどに驚いている。
その瞳にレベル71201という、抗えぬ力量差が映ったからだ。
「あらぁ。それじゃぁ、お言葉に甘えても良いかしら?」
「……リリン」
「分かってる。この子、私達より強い」
「あはぁ、警戒しなくて良いわよぉ。それに……、私の方が年上だから、奢られっぱなしはマナーに反するわねぇ。これでもお召し上がりになってぇ」
「……なに!?」
「えっ、あ!すごい!!いつの間にか食べ終わったタコ焼きが、美味しそうな肉まんになってる!!」
サーカスを見に来た筈なのにマジックショーを披露され、リリンサは満面の笑顔で肉まんを抱き締めた。
二人が肉まんの屋台を訪れた時には、不幸な事に大絶賛売り切れ中。
次を蒸して居る最中であり、リリンサは涙ながらに諦めたのだ。
一方、ワルトナの顔色は良くない。
自分達の行動を見られ、あまつさえ、その存在に気が付かなかった。
そんな大失態に気が付いてしまえば、顔色を青くせざるを得ない。
結果的に、その少女によってワルトナは頬に汗を落とし、リリンサは頬っぺたそのものを落した。
「サーカス楽しみねぇ。あぁ、私の名前はレジェリクエっていうのぉ。貴方達は?」
「ワルトナだよ」
「もふふ!」
「よろしくねぇ。ワルトナちゃぁんと、もふふ!ちゃぁん」
運命を握られたワルトナと、胃袋を握られたリリン。
二人はそれぞれの状況を噛みしめ、「この少女、油断ならない!」っと身構えた。




