第85話「初めての友達①ワルトナ」
「最初に出会った彼女の名前は、ワルトナ・バレンシア。私の一番の親友!」
リリンは嬉々として語り出し、ワルトの名前を告げた。
当然のことながら、ブルファム王国側の三人は特に変わったリアクションが無い。
指導聖母をしているワルトナの実名を知っている訳もなく、心無き魔人達の統括者の誰かだろうと予想をしている程度のはずだ。
「ワルトナさんですね。その子、いえ、その方はどのような人なのですか?歳は近いのですか?」
「ワルトナは私と同じ年齢の女の子。背格好も私に近く魔法も得意。でも、一番凄い所は、とても頭が良くて私の失敗を助けてくれる所!」
「頭脳明晰なのですね。とても良い子そうで安心しました」
「そう、彼女こそ、心無き魔人達の統括者・参謀・戦略破綻!」
「え?」
疑問の声を上げたのはアプルクサスだ。
どうやら、心無き魔人達の統括者の名前が出たのが予想外だったらしく、プルプルと震えている。
一方、オールドディーンとアルファフォート姫は僅かに厳しい目をしただけだ。
リリンの正体は無尽灰塵であり、心無き魔人達の統括者のリーダーだと知っていれば驚く事は無い。
孫達が心無き魔人達の統括者だという、予測していた問題点が確定して残念な気分にはなったと思うけど。
「心無き魔人達の統括者ですって……?なぜ、かのような組織の首魁が、こんなにも愛しい孫と友達に……?」
「ん、時系列が違う。心無き魔人達の統括者のワルトナと友達になったのではなく、友達になった後、心無き魔人達の統括者になった」
「えっと……?それでも、犯罪を平然と行う集団と友人というのは……」
「心無き魔人達の統括者の悪評は凄い。でも、それは演技でワザとしていること。だから安心して欲しい!」
告げられた事実に狼狽しまくっているアプルクサスは、孫を危険から遠ざけるべく苦言を呈した。
一番の親友と言って紹介されたのが、この大陸に君臨する大魔王とか泣き崩れても良いレベル。
そして、更に辛いオチまで用意されているとか、壊滅的に酷い。
此処は早めに引導を渡してやった方が良さそうだな。
「アプルクサスさんの不安も分かるぞ。でも、リリンは心無き魔人達の統括者に騙されている訳じゃない」
「そ、そうなのですか……?」
「そうさ。な?リリン」
こんな風にお膳立てすれば、あら不思議。
平均的な頬笑みの大魔王さんが降臨する。
「そう。だって……、心無き魔人達の統括者は、私とワルトナとレジェで作ったチーム!」
「え。」
「私こそ、心無き魔人達の統括者のリーダー!無尽灰塵と人は呼ぶ!!」
「えっっ。」
あまりの衝撃に、アプルクサスが硬直した。
そして、オールドディーンとアルファフォート姫は沈痛な表情で目を伏せている。
「そんな……、うそですよね……?」
「嘘などでは無いのだ。アプルクサス」
「オールドディーン……?」
「裏は取れておる。リリンサは心無き魔人達の統括者のリーダーだ。孫に盲目になっておるお前には告げる事ができんかった。すまぬ」
生涯出会う事は無いと思っていた愛しい孫が、この大陸の諸悪の根源たる大魔王共を率いていた。
そんな超展開、簡単に飲み込めるはずもない。
だが、オールドディーンが告げた事により、強制的に信じざるを得なくなってしまったようだ。
孫がとてつもない失敗をして他人に迷惑を掛けてしまった祖父の様に、アプルクサスはぎこちなく笑っている。
さて、此処からフォローしていくのが俺の仕事だな。
「まぁまぁ、落ち着けって。この話には続きがあってな」
「続きだと……?お前も加入したという話ならば聞いておるぞ」
「違うんだよ。聖なる天秤って知ってるか?」
「心無き魔人達の統括者と敵対しておる聖女集団だろう?まさか……!」
「ご明答。聖女シンシアが率いる聖なる天秤、その正体は心無き魔人達の統括者だ」
あ、今度はオールドディーンとアルファフォート姫が硬直した。
特にアルファフォート姫の表情は凄まじく、壊滅竜に恫喝された冥王竜の様に絶望感が漂っている。
「それこそ嘘ですよね……?シンシア様と言えば、この大陸で一番に慈悲深いとされている聖女様ですよ……?」
「聖女・シンシアの正体はワルトナで、聖女・レジュメアスの正体はレジェ!」
アルファフォート姫はプルプルと震え、信じたくないと頭を揺らしている。
一方、アプルクサスの瞳には希望が宿った。
「そんな、私、御両名に憧れていたのに……」
「フィートフィルシアに入る前にもレジュメアスの名前を使った。報告されてない?」
「それは知っていましたが、魔王の嘘だと思っていました」
「そうなんだ。ちなみに、聖なる天秤においては二人がリーダーだったけど、私の意見も存分に取り入れて貰っている!」
「リリンサ様の意見、それは……?」
「困っている人には、最初にご飯を食べさせること!お腹が減っては良い考えが浮かばない!!」
なるほど、リリンらしいすごく良い案だな。
実際、腹が減ってたら良い案は出ないし、困っている人は食事を疎かにしがちだ。
まずは美味しい施しで心に余裕を与えるのは堅実だろう。
「ふん、どんどんと頭の痛い情報が出てくるわい」
「おじいさま?これは好ましくない状況なのでは?」
「どの道、儂らは心無き魔人達の統括者の掌で踊るしかないのだ。今更、何を知った所で変わらぬし、下手に足掻いて不興を買う方が怖いというものだ。リリンサ、友達の事を話してくれんか?」
何かを悟り、そして諦めたオールドディーンは場の空気を取り成した。
とりあえずリリンの話を聞きたいと促し、周囲に思考を整理させる時間を与えている。
「最近のワルトナやレジェが何をしているのかは戦争中なので話せない。だから、ワルトナ達との出会いを話そうと思う」
「ワルトの?そう言えば、俺も聞いた事が無かったな」
「あれ、そうだったっけ?ユニクも知らないなら、本気で語る必要がある!」
リリンも戦争の勝敗に絡んでくるような機密事項は伏せた方がいいと思ったらしく、心無き魔人達の統括者結成に絡む話をするようだ。
俺も、チラチラと断片的な情報は聞いているものの、心無き魔人達の統括者の過去について知っている事は少ない。
せいぜい、メナファスが敵だったという事と、テトラフィーア姫と一緒にフランベルジュを滅ぼしたって事くらいだな。
ワルトに関しちゃ、偶然出会って一緒に行動するようになったって話だったか……?
ともかく、ちょっとだけ楽しみだ。
「師匠達と別れ、私はユニク捜索の旅を始めた。探す相手は英雄。街で聞き込みをすれば簡単に見つかると思っていた私には計画性とかなく、あてのない旅だった」
「当時12歳だったか?勘違いしてもしょうがない年齢ではあるな」
「1週間くらい探して全く情報が手に入らず、旅の資金も少なくなってきた。とりあえず、次の街に移動しよう。そう思って乗っていた乗合馬車の中で、私はワルトナと出会った」
**********
きぃ……、ぱたん。
馬車の扉が軋み、誰かが入ってきた。
それは既に搭乗している者の殆どが分かっている事だが、改めて視線を向ける事などしない。
乗合馬車に人が乗ってくるのは当然の事だし、そもそも、停留所に止まったのは、そこに乗客が居たからだ。
それでも、新たに乗ってきた小さな乗客は、無関心な乗客達の目に止まった。
見惚れるように美しい、真っ白い髪。
頭の大部分をフードで隠しているからこそ、僅かに露出していた髪が目立って見える。
前髪によって目元は分からなかったが、整った顔立ちに僅かに色付いた唇と、美少女というには十分すぎる容姿だ。
そんな少女は、ぽたぽたと水滴を垂らしながら、乗合馬車の最後尾へと向かっていく。
「ねぇ、キミの隣にいても良いかい?」
静かに語りかけた先に居るのは、これまた美しい青い髪の少女。
だが、この少女は思い詰めた表情で窓の外の土砂降りな雨を見ていて、白い髪の少女に気が付いていない。
重い沈黙が充満して行く中、白い少女はずぶ濡れのポケットから、雨水が滴るハンカチを取り出した。
「えい。」
「ひゃぁん!?!?」
「くっくっく、可愛らしい声で鳴いたねぇ」
「え、え、なに?なんなの?」
突然、冷たいものを首筋に当てられた少女は跳ね飛び、勢いよく振り返った。
瞬時に持っている武器を構え、涙目になりながら威嚇を発する。
そんな微笑ましい光景を見ていた観客達は良いものが見れたと頬笑んでいるが、唯一、彼女達のレベルを確認していた熟練の冒険者チームだけは戦慄している。
青い髪の少女と白い髪の少女、そのどちらもレベル5万を超えている――、自分達では手に負えない圧倒的な強者だったからだ。
「突然、雨に振られてしまってねぇ。ずぶ濡れだし心細いし、散々なんだ。だから、キミの隣にいても良いかい?」
「ん、別にいいけど……?」
「ありがと。助かるよ」
そう言って、白い髪の少女は青い髪の少女の隣に座り、濡れたハンカチを絞って体を拭き始めた。
着ている服は高級な魔導ローブであり、内側には染み込んでいない。
服の表面を拭ってやれば、30分もしない内に自然乾燥するだろう。
そんな感想を抱いた青い髪の少女は、じゃあ何でハンカチは濡れているの?と疑問に思った。
同じく高級な魔導ローブを着ているからこそ、意図的にしない限りポケットの中が濡れる事は無いと知っているからだ。
「ハンカチ……、何で濡れてたの?それに傘は?今日は朝から雨が降っていたのに。持って無いの?」
「数の暴力に負けたんだ。僕は傘を差し出すしか無かったよ」
そんな事あるわけねぇだろ?と、密かに聴き耳を立てていた冒険者達は思った。
レベル5万を超える。
それは、最上位冒険者の領域に辿りついた事を意味しているからだ。
冒険者としての最初の壁がレベル2万。
これを超えると一流として扱われ、3万を超えればトップクラスとして扱われる。
そしてレベル4万にもなれば不安定機構・支部の頂点になる事も珍しくない。
だが、ヘラヘラと笑いながら数の暴力に負けたと言った少女のレベルは54546。
とてもじゃないが、数の暴力に負けるような存在ではない。
「ん、数の暴力に負けた……?ファイナル・炎・ドラゴンの群れにでも襲われたの?」
「「「ファイナル・炎・ドラゴンだとォ!?」」」
思わず突っ込んでしまった冒険者グループは、聞き耳を立てていた事がバレて一斉に赤くなった。
だが、我慢できなかったのだから仕方がない。
ファイナル・炎・ドラゴンとは、一匹でも街に降り立てば、瞬く間に焦土と化す災害級のドラゴンだ。
そんな化け物の群れなど、例えランク5の冒険者でも太刀打ちできないと知っている。
「いやいや、そんくらいなら傘で殴って追い払うから問題ない。あ、戦利品として何匹かは落すけどね」
「「「そんなわけねーだろッ!!ドラゴンだぞ!?ドラゴンッ!!」」」
思わずツッコミを入れた冒険者達は、周囲の乗客から非難の目を向けられて押し黙った。
『うるせぇぞ、子供同士の可愛い掛け合いが聞こえねーじゃねぇか』
そんな意味が込められた視線が叩きつけられて屈し、今度こそ存在感を消した。
「じゃあ何に襲われたの?」
「猫だよ」
「……猫?」
「そう、それも小さい双子の猫だ。雨宿りの仕方を知らなかったんだろうねぇ、ずぶ濡れでさ。流石の僕も二対一じゃ分が悪い。まんまとハンカチで拭かされて、傘も奪われちゃったって訳さ」
悪びれた風な言葉を聞いていた全ての乗客が、温かい気持ちになった。
特に、その少女に畏敬を抱いていた冒険者たちは、拳を握って肩を振るわせている。
レベルや力量ばかりでは無く、心までもが負けていた……と、感動に打ちのめされているのだ。
「ん、貴女の名前はなんていうの?」
「ワルトナだよ」
「そう、私の名前はリリンサ。どこに行くの?」
「雨宿りしたくて乗っただけだから、まだ決めてないんだ。んー、とりあえず、雨が止むまでキミとお喋りしてようかな。どうだい?」
こうして、青い髪の少女・リリンサと白い髪の少女・ワルトナは出会った。
後の世にて多くの歴書に名を刻む二人は、何の変哲もない乗合馬車の中で友達となったのだ。
皆様、こんばんわ。青色の鮫です!
GW、いかがお過ごしでしょうか?
最近の仕事の忙しさから体調を崩していた僕もGW(休暇)に突入し、ゆったり執筆が出来る環境になりました。
なので、まったり体を休めつつ、初期の頃の改定を行いたいと思います。
……またかよ。と僕自身も思いますが、気になる所は直したい性分。
というか、ロイが出てくるらへん(3章)を読み直してて、文章力の雑さが目について仕方がないのです。
※ 時間が足りないので、時の権能をもつ狐さんに御祈りを捧げながら頑張ります!
それでは皆様、十分に体調の変化に気をつけて、お過ごしください。
ではでは~。




