第82話「王女攻略④涙もろい料理長」
「そう、セフィナは姫達と健やかな日々を過ごしていたと。それを聞いてちょっと安心した」
オールドディーン・ツンデレ大臣と和解し、セフィナに関する情報交換を終えた。
セフィナはラルラーヴァーによって連れて来られ、姫達の護衛という名目でこの東塔に住んでいたらしい。
その期間、セフィナの行動は制限されておらず、しいて言うなら東塔の外には出ないようにしていた程度。
たまに様子を見に来るラルラーヴァーと行動を共にする時以外は姫と生活をして、一緒に勉強したり遊んだりしていた。
完全寮制の女子学校に通っているようなものであり、毎日眩しい笑顔で周囲を元気付けていたようだ。
「セフィナは快活が過ぎる。儂相手に一緒にご飯を食べたらおいしいですよ!だとか、おやつのお裾分けです!だとか言って寄ってくるのだ。あまりにも遠慮が無い」
「でも、顔が緩んでるぜ?嬉しかったんだろ?」
「ふん、困る方が多かったわ。腹が膨れすぎては王宮を歩くのもままならん」
「それを理由に入り浸ってたってか?姫達の教育を熱心にしてたって聞いたぞー」
なるほど、腹がいっぱいの時にお菓子を勧められ、断るのは気が引けるから困ると。
セフィナはアホの子っぽいし、遠回しな断りの言葉も効かなかっただろうしな。
言葉こそツンツンしているが、和らいだ表情に嫌悪感は無い。
むしろセフィナを溺愛していたような雰囲気すらあるし、それなりに良い人なようだ。
親父が警戒しろって言ってたのも、不幸な誤解が積み上がった結果だったのかもな。
「あの、おじいさま」
「なんだ、アルファフォート。会話に割り込むなど――、」
「そろそろ、私達の紹介をして頂きたく思います。身分が一番上のおじいさまが話して下さらないと、いつまで経っても会話に参加できません」
あ、存在感が無かった姫様が、申し訳なさそうに口を開いた。
どうやら俺とオールドディーンの世界に混ざりたいらしく、ちょっとそわそわしている。
なお、リリンは既にアプルクサスと打ち解け、孫と祖父としての関係を築き上げている。
席に付いた俺達に差し出された特製紅茶と手作りクッキー。
祖父のアプルクサスは、満面の笑みで食べたリリンの「おいしい。ありがと、おじいちゃん」という一言で陥落した。
「あぁ、それもそうだな。既に分かっていると思うが、この子の名前はアルファフォート。ブルファム王国に残っている姫の中では、最も王位継承権が高い」
「アルファフォート・ブラッシュパピー・ブルファムと申します。ユニクルフィン様、リリンサ様、御両名との親睦を築きたく存じております」
改めて紹介され、俺とリリンも一礼して挨拶を交わした。
アルファフォートさんのレベルは62323。
金髪を後ろで纏め上げた清楚系美人姫様だ。
ただ、その金髪の色がロイや手羽先姉妹よりも暗い。
そのせいで影が薄……、地味目な印象であり、煌びやかさが服を着ている大魔王陛下やテトラフィーア大臣とは対極に位置している。
決して嫌いな顔立ちじゃないし、リリンやらワルトやらアルカディアさんやらテトラフィーア大臣が美人過ぎるのもあるが……うん、普通。
「で、こっちがアプルクサスだ。かつては儂と政党を分かち争った腐れ縁だが、お互いに爺になった今では茶飲み友達だ」
「アプルクサス・ノーブルホークと申します。ユニクルフィン様、リリンサ様、お会いできて感涙の極みであります」
次に紹介されたのは、リリンの祖父、アプルクサスだ。
そのレベルは41142。
濃い黒青の髪を短く切り揃えた温和そうな壮年であり、料理長というだけあって清潔な印象を受けた。
でも、孫の前ではボロボロ泣く。
リリンが手を取って、「私の名前はリリンサ。よろしく、おじいちゃん」と言っただけで泣く。
なんでも、アプリコットさんが結婚している事すら知らなかったらしく、セフィナに出会って初めて孫が居ると分かったのだそうだ。
「家族の再会って良いものだな、ユニフ」
「お前だって特大のが残ってるだろ?」
「まぁ、そうだが……。僕は受け入れて貰えるだろうか?」
「大丈夫だろ。信用されてなきゃ、姫様の居住には入れないと思うしな」
ブルファム王国では、男に望まれた女性に拒否権が無いらしい。
あまりにも身分差がある、例えば、平民が姫を望んでも叶う事は無いが、戸籍上で王族と繋がっているロイの立場なら、姫を手篭めにしても咎められる事は無い。
……って話をネタにして、「女性経験が無いロイくんが可愛かったです」「まぁ!ブルファムの男性で初物は珍しいわねぇ」とシフィーと大魔王陛下がロイを苛めていた。
そんな訳で、ロイは男と見られていな……ぐるぐるげっげー、王族全員から信用されていた。
結果的に、手羽先姉妹にとても懐かれている。
「さて、何から話すか……、っと、その前に確認だ。此処に居ればセフィナは帰ってくるんだよな?」
「セフィナは祖父である私をとても慕ってくれています。毎日おいしいと言って食事をし、私の人生を肯定してくれる優しい子なのですよ」
「そりゃいいな。ちなみに、俺達の食事も用意する事は出来ないか?リリンも俺も、美味そうに飯を食うぞ」
「もちろん準備を進めておりますよ。セフィナに話を聞き、この時をどれほど待ち望んだか。私の20年の研鑽を存分に振るわせてください」
セフィナはラルラーヴァーが管理をしているが、アプルクサスとの関係を邪魔する事はしていないらしい。
むしろ、ラルラーヴァーも一緒に食事を摂るもあるらしく、その時は二人の関係を後押しする素振りすらあったとか。
よし、これで待ってればセフィナが帰ってくるだろうし、宮廷料理を楽しみにしているリリンのご機嫌も最高になった。
なかなか重い話もあるけど、和やかな会談になるように努力するぜ!
「んー、色んな話があるんだが、何から聞きたい?『俺や親父の過去』『リリンの過去とレジェンダリアとの関係』『今、起こっていること』『これからブルファム王国がどうなるのか』。これから選んでくれ」
「あの、一つ付け加えても宜しいでしょうか?」
「ん?いいぞ」
「ユニクルフィン様とリリンサ様の関係を存じたく思っているのですが……。お二人は婚約をしていらっしゃるとか」
アルファフォート姫様が、俺の弱い所を抉るドストレート殴打を繰り出してきやがった。
宣戦布告式典で宣言した以上、避けられない展開だとは思うが……、もう少し祖父と友好を深めあった後にして欲しかった。
ほら見ろ、アプルクサスさんが絶望した顔になってるじゃねぇか。
出会って30分で、愛しい孫娘が嫁ぐなんて話をされちゃ可哀そう過ぎる。
「そう!私はユニクと婚約を交わしている!!体だって何度も重ねももっふぅ!」
キスだぞ、キス。
それも大魔王契約なキスだ。
とりあえず、的確に誤解を生みだす大魔王さんの口に、ありったけのクッキーを積め込んでおこう。
ブルファム王国は男尊女卑が強く、婚姻は必ずしも幸せになる事ではない。
それなのに、リリンの体はもう俺の物になっているとか言うもんだから、アプルクサスさんが崩れ落ちた。
あーもう、こうなるから、この話題を避けたかったんだよッ!!
でも、アルファフォート姫まで微妙な顔をしているのは何でなんだ?
「言いたくなかったんだが……、キスはした。だが俺は童貞だ。想像の様な事まではしてねぇぞ」
「あ、そうなのですか。良かった」
「良かった……?」
「いえっ、そうです、話題の選定でしたね。おじいさま、どれをお選びになりますか?」
……明らかに話題を逸らされたんだが。
すげぇ、嫌な予感がする。
というか、もはや確定的に外堀が埋まってるっぽい。
俺の祖父の事をおじいさまとか呼んでるし。
どうやら、俺のハーデスルートに二人目の姫様が参加したいようです。
ロイを差し出すから、勘弁してくれ。
「大臣という事を考慮すれば、『今、起こっていること』『これからブルファム王国がどうなるのか』を聞くのが正しい。だが、儂は孫やユルドルードの事が知りたい」
「あの……、おじいさまらしくないと言いますか、過去よりも未来の事を優先して欲しいと言いますか……」
「悪い事にはならない。そうだろう?ユニクルフィン」
おおよその所で、悪い事にはならないと思う。
姫様には悪いが、ハーデスエンドも回避したい。
「レジィ陛下は一方的な殺戮なんて望んじゃいない。戦争に負けたブルファムにもちゃんとした『落とし所』が用意されているよ」
「なら、お前達の話を聞かせてくれ。ラルラーヴァーは語ってくれなかったからな」
落し所と書いて、オチと読む。
その時が来たらよろしく頼むぜ、国王・ロイ。
それにしても、オールドディーンやアルファフォートはロイの正体を知らないのか。
って事は、ラルラーヴァーも知らない?
それとも、何か思惑があって黙っているのか?
「そうだな、じゃあまずは親父と俺の話からするか。民衆から英雄視されている親父だが、ぶっちゃけ普通の土木作業員みたいな雰囲気だ。割りと気さくで――」
オールドディーンは親父と仲違いをしている。
それを念頭に置いて、まずは親父の話をする事にした。
ブルファム王国三人衆+ロイは、俺の話を興味深げに聞き、気になった所には質問が飛んでくる。
総じて語るのは、親父の経歴と人となり。
人を救うべく活動していた事や、俺と一緒に旅をした事。
あの子の存在は伏せているが、それでも、親父の英雄としての姿は少しも衰えるものじゃない。
そして、静かに聞いていたオールドディーンは一度だけ目元を拭った。
それを見なかった事にして話を続け、「親父は、今も人の為に英雄を続けている」で締めくくる。
沈黙が支配した部屋、オールドディーンはテーブルの上で拳を握った。
僅かに息を整え、真っ直ぐに俺やリリンに視線を向ける。
「……ユルドルードが自分の足で歩み、幸せを掴み、人生を楽しんでいるという事は分かった。儂の事を微塵も覚えていない素振りなど奴らしいがな」
「親父は一度だけ、オールドディーン大臣の名を口にし、ブルファム姫達の事にも触れたぞ」
「なに……?」
「きっと親父も気になってるんだよ。だから情報を集めている。お互いに意地っ張りだから、仲直り出来ていないだけさ」
親父の本心を直接聞いた訳じゃない。
だが、今思い返してみると、オールドディーンの事を口にした時の顔に僅かな寂しさが混じっていたと思う。
「そうか……。ふふ、親子三代の中で孫が一番大人ではないか。なんともおかしいものだ」
そう言って、オールドディーンは涙を溢した。
その口元は笑っている。




