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第30話「フィートフィルシア領」

「いや、ちょっと待て、ロイ。逃げてきたって不味くないか?」



 あれだけ騎士騎士言っておきながら、実家から逃げ出して来たというロイ。

 だが不思議と目の前のロイの表情は憮然としていて、後ろめたい事など何もない様子だ。

 とりあえず話の続きを聞いてみようと思う。が、大した事なかったらどうしてくれようか。

 そうだな、今日の夕食にタヌキをリクエストしてやろう。タヌキパーティーの刑だな!



「まぁまて、ユニフ。僕だって考えなしに実家から逃げ出してきた訳じゃない。ちゃんとした理由がもちろん有る」

「ほう?大した自信だな。どうでもいい理由だったら夕食にタヌキを食わせるからな!」


「う、それは嫌だ。だが、決してどうでもいい理由なんかじゃないから、安心したまえ。まずは、大前提として言わなくちゃいけない事がある」

「なんだよ?もったいぶるとハードルが上がっていくぜ?」


「じゃあ言うが、実は僕は「箱入り娘」だったんだ」

「は?」



 は? いや、なんだって?

 性別変わってるじゃん。ロイ子ちゃんになってるじゃん。



「は??え、お前、女だったの?」

「いや、すまん。言葉の選択を間違えた。正確には「箱入り娘」みたいな扱いをされ続けていたんだ」



 いや、マジで吃驚したわっ!この驚きようはリリンに出会ってからなら、暫定10位って所だ。

 まぁ、確かにロイの体格はスラッとしているが、流石に無理がある。無理があるけれど、もしそうだとしたら妙にしっくりくる気もする。


 ……くっ殺。騎士・ロイ子ちゃん。



「なぁ、ユニフ。今すごく失礼なこと考えなかったか?」

「ん?そんな事無いぜ?それで、箱入り娘ロイ子ちゃんがどうしたって?」


「……。まあようするに、僕は騎士としてではなく淑女のような扱いで育てられたという事だ。もちろん男としてだが、剣より楽器、武術より芸術、戦術より処世術といった具合にだ」

「何か問題が有るのか?」


「それが大ありなんだよ。フィートフィルシア領は由緒正しき騎士の家系。その長男である僕はもちろん騎士を目指さなければならないはずだ。だが、教えられるのは教養ばかりだったんだ」

「確かにそれは変だよな」


「それにだ。実は母さんのお姉さん、つまり僕の伯母おばさんに当たる人は、実はブルファム王国王の側室に迎えらえている。その関係もあるせいで騎士としての務めの重要性は非常に高いものなんだよ。なんたって、伯母さんは、剣の腕を見染められて側室に召し上げられたらしいからな」

「ますます変だな?」


「だろう?だが理由が分からない訳でもないんだ。実は両親が僕を授かった時、まだ二人とも未成年だったのさ。年齢は母さんが14歳、父さんが13歳だった。だから子育ては二人だけではなく周りの侍従達と協力して行ったらしいんだが、その際に僕に剣を教えるはずの父さんはまだ自分が修練の途中だからと、僕に教えられなかったらしい」



 いや、なんかそれもおかしくないか?

 子供を作るにしても若すぎる、というか幼すぎるだろ?

 しかも、親が勉強中だからと言って、子が勉強してはいけないなんて道理はないはずだ。


 なんとなく釈然としないまま、ロイの話の続きを聞いてみる。結論はその後でもいいだろう。



「幼かった僕は、何の疑問も持たず過ごしていた。だが、僕が姉と呼び慕っていた伯母さんの娘『テロル』さんとの、とある約束で目が覚めたんだ。「ロイ、大きくなったらワタクシの事、守ってね」というね」

「へぇー、なんか良いなそういうの。だから強い騎士になりたい訳だな。だけどさ、それは昔の話だろ?今ちゃんと騎士としての教育を受けているのならば、わざわざ家出する必要もなかったんじゃないか?」



 うん。思ってたよりも、まともな理由だった。

 だけどさ、だからと言って家出をして、家族やその慕っていた従姉に迷惑をかけるのは間違っているよな。

 そう言ってやわらかに訂正しようかと思いながら、俺は、ロイの顔を見やった。


 だけれど、そこには悔しそうに唇を閉ざし、鋭い目つきでこちらを見返してくるロイの瞳があった。

 それは紛れもなく、絶対の決意を秘めた瞳だ。



「二つだけ、言っていない事が有る。一つは僕が目覚めた後も、両親は考えを改めてくれなかった。僕が魔法どころか、タヌキやヘビの強さをすら知らなかったのはこのせいで、両親は僕がお願いした事以外、戦闘や魔法については全く教えてくれなかったんだ。まるで僕には必要ないとでも言うように、だ」



 ロイは、声の質を落とし、低く響かない声色で言葉を吐く。

 そして、続いた言葉はさっきの声色よりも、もっともっと深く重く、想いの籠った声だった。



「そして二つ目。僕は、間に合わなかったんだ。親がどうだとモタついていたばっかりに、大切だった従姉ひと、テロルさんを守れなかったッ!」



 トン。と小さく、テントの床を叩く音がした。

 ロイは拳を床に打ち、その姿勢のまま、床を見つめていた。



「守れなかったって……。どうしたんだ?危険な生物にでも襲われたのか?」

「違うんだよ、ユニク。……戦争、さ。僕の騎士領は今とある国に狙われているんだ。その小規模な戦闘が有った際に、テロルさんはその身を捕虜として囚われる事となってしまったんだ。かの有名な独裁掌握国・レジェンダリアにだ」



 ロイはなおのこと悔しそうに、歯を軋ませながら沈黙を続けた。


 それにしても、独裁掌握国・レジェンダリア……か。

 たしか、このアルテロやナユタ村を含むブルファム王国と敵対している、この大陸の諸悪の根源なんて言われているんだっけか。

 ロイに詳しく聞いたところ、フィートフィルシア領はブルファム王国の東北に位置し、直接レジェンダリアと接している防波堤のような存在らしい。

 もともとは別の国が間にいくつもあったそうだが、レジェンダリアの侵略により間の国々が次々と陥落し呑み込まれ、レジェンダリアの属国の『隷属連邦』となった。


 そして次はフィートフィルシア領の番となり、ここ数年段々と戦線が過敏になっていき、水面下の小競り合いが頻発するようになっているそうだ。



「そしてこの間、レジェンダリアからテロルさんについての書状が届いたんだ。『我が国がその身を預かっている哀れな姫君の話をしてやろう。捕虜となりておるが、結局のところ身分は奴隷。わが国を支える者共たちの、(……)となり、身を粉にして働いてもろうておるぞ』とあざ笑うかのような内容だった」




 その書状は、上のような内容が簡潔に書かれただけの意味の無い手紙。

 目的はきっと挑発だろうか。『親族が苦しんでいるぞ?助けに来なくていいのか?』という煽りなのだ。

 そしてこちらから戦線を開けば、用意周到に準備された罠で一網打尽にするつもりだろう。



「僕はさ、ユニク。激怒したんだ。敵国レジェンダリアにもそうだが、守れなかった自分自身にだ。だから親の反対を押し切ってでも騎士になると決めたし、隠れて稽古をつけて貰っていた。親に見つかってからはもっと大々的にやるようになった。この冒険者試験だって本当は王都の方で試験を受ける予定だった。だけど、すごく嫌な予感がしたのさ、今度こそ取り返しの付かなくなるような予感がね。だから護衛から逃亡して、この町で冒険者になろうと思ったのさ」



 ロイの口調は最後の方になるにつれ軽いものとなっていった。しかし、その表情に微塵の変化もなく鋭い瞳だけは自分の目標を見据えているようで。

 ゆるぎない声と共に、ロイの本心が語られた。



「ユニフ。僕は、騎士になる。騎士になり、騎士長になり、騎士隊長になって、必ず、テロルさんを救い出して見せる。絶対にだ!」

「あぁ、なれるさ、ロイ。そんなに熱い思いを秘めた奴が望んだ結果を手に入れられないなんておかしいからな!」



 俺はロイの独白に、俺なりの答えを返してやった。

 ロイはそれに満足したようで、「言われなくてもやってやるさ」とだけ悪態をついた後、晴れやかに笑った。


 それにつられて俺も笑っていると、突然、テントの入口が開かれた。



「二人とも、夜ごはん……って、なんの話をしていたの?」

「あぁ、僕の故郷フィートフィルシア領の話さ。レジェンダリアとの戦争に勝って従姉を取り戻すって話さ」



 テントの入口から頭をくぐらせ覗き込んできたリリンにロイが答えた。

 なるほど、もう夕食の時間か。言われてみれば外はもう薄暗くなってきている。



「あぁリリン今行くよ。ほら、ロイ行こうぜ!」

「そうだな、よし、シフィーを問い詰めて、ガルファレス将軍の逸話でも聞くか!」



 そして立ち上がり、入口の方へと向かう。


 だが、その時に俺は、リリンに質問するべきだったと思う。

『ロイが、レジェンダリアとの戦争に勝つと言った時に、どうして怪訝そうな表情をしたのか?』と、リリンに聞いておくべきだったのだ。


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