第79話「王女攻略①カツテナイ門番」
「おっと、そろそろ入口が見えてくる頃だぞ、ユニフ」
大魔王陛下と別れ、俺達はブルファム城の最東へ向かって歩き出した。
朝日が差し込むようにと設計された東塔は、もともと幼少の王子・王女や高官の子供達を教育する別館だったらしい。
ブルファム王国は男尊女卑が強い国であり、王女であっても大臣の息子には立場が劣る。
だが、この東塔の中では対等として扱われ、平等な教育が行われていた。
女性は東塔に居る限り安全で、衣食住は保障されている。
その一方、成人した姫達は他国に嫁ぐ事が望ましいとされ、逃げるように出て行く事も多かったようだ。
そんな雑談を聞いている内に、目の前に立派な扉が見えてきた。
巨大な塔の側面にあるのはそれだけで、低階層には窓すら見当たらない。
姫達の居城というだけあって、堅牢な造りになっているみたいだが……?
「ロイ、ちょっといいか?」
「なんだユニフ。怖気づいたのか?」
「あぁ、怖いぞ。あの中にはタヌキ帝王が1万匹詰まってるってセフィナが言っていたからな」
「なんだとッッ!?!?」
「冗談だ。じゃなくって、姫が住んでいるのに警護が居ないんだな?」
寝ぼけた事を言い出したロイを脅迫しつつ、気になった事を聞いてみた。
既に扉が見えているというのに、その近くに警護が一人も立っていない。
いくら建物が堅牢でも問題があるだろ。
「そう言えば変だな?いつもなら最低5人は居るんだが」
「ロイ、あそこに看板が立ってる。何か書いてあるっぽい。アルカディア、GO!」
「う”ぎるあん!」
俺達の会話を聞いていたリリンが看板に気付いて指を差すと、アルカディアさんが速攻で走り出した。
そして、瞬く間に距離を詰め、一蹴。
華麗な回し蹴りで看板の根元を破壊し、キャッチ。
嬉しげな表情でリリンの所に戻って来て、ご褒美のクッキーを貰っている。
……完全に使役しているじゃねぇか。
いつの間に仕込みやがった。
「で、リリン。看板には何が書いてあったんだ?」
「ん、『この先、タヌキ出没注意。お供え物を用意するべし!』」
「……護衛が居ないのは、タヌキに襲われて全滅したって事で良いのか?」
「ゴモラは人を襲わない。だから違うと思う!」
そうだな。あんなカツテナイ機神に簡単に襲われたら堪ったもんじゃない。
メカゲロ鳥とか出さない限り安全だ。
リリンと一緒に納得していると、ロイが扉の前に辿りついた。
そして、周囲に気を配りつつ扉に備わっている水晶に手を翳す。
「ふむ、ちゃんと解錠はできるようだ。このまま進んでしまおう」
「いいのか?あからさま過ぎて罠っぽいんだが?」
「まぁ、僕たちがここに向かっているのがバレてるんだろう。だが、このタイミングで強襲を仕掛けて来ないなら問題ない」
「どういう事だ?」
「並みの護衛程度じゃユニフやリリンちゃんは止められない。だから、護衛という貴重な戦力は他の場所に回しているんだろう」
ロイの考察では、これはオールドディーンの差し金ならしい。
大臣であるオールドディーンは無駄を嫌う。
確実に敗北する護衛は不要だと切り捨て、姫と共に悠々と待ち構えている可能性が高いんだとか?
これが大国の大臣の胆力か。
流石は全裸親父の生みの親。……肝が据わってるぜ!
「じゃ、早速開けてくれ」
「と言っても特にする事が無いんだがな。僕の手で扉を押せばいいという簡単な作業だ」
ロイが手を翳している水晶は人間を識別する魔道具であり、登録した者以外は触れる事が出来ない。
扉を開ける為には必ず水晶を押さなければならず、必然的に中に入れないという仕組みだ。
「開いたぞ。さぁ、中に入ってくれ」
「……?」
「おう。じゃあ行くか、リリン」
平均的な思案顔のリリンの手を引き、ロイが支えている扉に向かって歩き出す。
正直に言って、随分と雑な警備だ。
そう思っていた俺の顔面が、見えない壁にめり込んだ。
「がふっ……!」
「あ、やっぱり?」
「うぐぅっ……。なんだリリン、やっぱりって?」
「何かある気がした。なお、どんな攻撃魔法が来ても対処できるように星丈―ルナは覚醒済み!」
うん、星丈ールナを覚醒させる前に教えて欲しかった。
防御魔法があるから衝突のダメージは無かったが……首が変な方向に曲がったぜ!
「ユニフ、キミは一体何をしてるんだ?何もないぞ?」
「……良く見てろよ、ロイ。ふん!」
色々と説明するのが面倒になった俺は、雑にグラムを振るった。
そして巻き起こる、派手な衝突音。
そこに有ったであろう結界が砕け散り、ロイの目が僅かに見開く。
「まさか、結界が強化されていたというのか……?」
「みたいだな。流石に敵もノーガードって訳にもいかなかったんだろ。だが、グラムの前じゃ無意味だぜ!」
王族であるロイだけを先に侵入させ、捕獲。
塔の中に入れず困っている俺達を強襲し、正当な王位継承者をゲット。
そんな目論見って所だろうが……残念だったな、ラルラーヴァー。
俺の手の中にあるのは、世界最強の神殺し。
こんな結界を壊すのなんか簡単なんだ――。がふッッ!?!?
「ぐぉぉぉ……。」
「もう一度言うぞ、ユニフ。キミは一体何をしているんだ?」
「ちっくしょう、結界もう1枚ありがやった……」
くっ、流石は指導聖母のボス、ラルラーヴァー。
一筋縄ではいかないぜ!
「いいぜ、見せてやるよ。俺の本気を。《覚醒せよ、神壊戦刃・グラ――!」
「ユニク、その必要はない」
「――ム?なんだよリリン。いい所だったんだけど」
「ゴモラが来た」
「……は?」
「アルカディアが看板のあった場所にお供え物をしたらゴモラが出てきた。たぶん、お願いすれば解除してくれると思う!」
……振り返った俺の目に映ったのは、平伏するアルカディアさんと美味そうにお供え物のクッキーを貪り食うニセタヌキ。
どうやら、看板を壊しちゃったことを謝罪しているらしい。
「ツッコミどころがあり過ぎて処理しきれねぇ。つーか、何でアルカディアさんはニセタヌキを敬ってるんだ?」
「いや、敬いの心を持っていないのはキミだけだ、ユニフ。巨大ロボットを召喚するんだぞ?」
まぁ、そうだよな……って、その理屈はおかしい!!
お供え物をして敬ったから出てきちゃったんだろ!?
「ゴモラ、私達はこの塔の中に入りたい。結界を解いて欲しい」
「《ヴィィギルルーン!》」
「あ、解けた。ありがとゴモラ。これはほんの些細なお礼」
「ヴィーギルアップル!」
そう言って林檎のミルフィーユを取り出すリリン。
それに勢い良く齧りつくニセタヌキ。
羨望の眼差しで、それを見ているアルカディアさん。
更にもう1個取り出すリリン。
そして、俺の目の前の結界が全て崩壊した。
うん、ざっと数えて20枚はあったぞ。
どんだけ俺の首を捻じ曲げたいんだよ。
「まぁ、ともかく……中に入れた訳だ。よし、先に進もうぜ!」
「ヴィギルーン!」
どうにか俺の立場を取り繕うとしたら、諸悪の根源が返事しがった。
そして、ニセタヌキは颯爽と先頭へ。
そのまま先導役として歩き出す。
「ゴモラ様が案内してくれるし!とても恐れ多い事だし!!」
「……なぁ、ユニフ。思った事を言っていいか?」
「いいぞ」
「僕の役割がタヌキに奪われたんだが?」
「アイツはカツテナイ害獣。平然と俺達の自尊心を殺しに掛るぞ。覚えておけ」
本当に締まらない方法で侵入を果たし、俺達は塔を登って行く。
ロイの話では、姫達が居るのは12階の謁見室。
来客が訪れる事が出来る最上階で有り、それから上は居住スペースになっている。
そんな話をしていると、ロイの顔色が気になった。
どことなく緊張しているような……、いや、これは困っているのか?
「どうしたんだよ、ロイ。顔色が悪いぞ」
「ここに来るのも久しぶりでな。今日はどんな理不尽なお願いをされるのかを考えると、どうしても憂鬱になってしまうんだ」
「理不尽なお願い?」
「実は、姫達の扱いにちょっとだけ困っている。僕はテロルさんの勧めでこの東塔に遊びに来ていたんだが……」
「なるほど、ロイの正体を知っているテロルさんが、兄妹の触れ合いを画策していたと」
「そうは言っても、当時の僕は従兄だ。いくら男尊女卑と言っても姫を蔑ろにする訳にもいかず、振り回されてばかりだった」
「んー、なんとなく察したけど、そんなに酷いのか?」
「だいたいは大人しくて良い子だ。だが、双子の姉妹……いや、母親が双子なだけで、この子たちは双子では無いんだが、まぁとにかく、双子の様にそっくりな『ヴェルサラスク』と『シャトーガンマ』は凶暴極まりない」
両親が双子?
って事は、ブルファム王はうら若き姉妹を両方お召し上がりに……。
何処の国でも、王様ってハーレムを創るんだな。
「ちなみに、どんな風に凶暴なんだ?」
「……『ロイきたー!おもちゃきたー!』『ロイあそぼー!ロイであそぼー!』という感じでじゃれてくる」
「後半がおかしかったな」
「抱き付くくらいなら良いんだが……、時には魔法をぶっ放してきたりする。妙に上手い連携を仕掛けてくるからバッファ必須なんだぞ?」
ロイがフィートフィルシア領主となってからは、アルファフォート姫と貿易の話をする為に来ており、かなり困っていたようだ。
イメージ的に小さいリリンが二人に分裂した様なものか?
うん、物凄く手を焼く感が半端じゃねぇ。
あ、なんか背中に脂汗が出てきた。
「半ば幽閉されていた訳だし、遊び相手が姉妹しかいないのも不憫だとは思っていたんだが……。普通に疲れる」
「心中お察しするぜ。まぁ、今日は俺達もいるんだし気楽に行こうぜ!」
昔の遊び相手は姉妹だけだったようだが、最近はセフィナがいたはず。
もしかしたら遊び疲れて満足しているかもしれないし、空気を読んだオールドディーンが諌めているかもしれない。
……タヌキもいるしな!
楽観的に考えてモチベーションを高めつつ、俺達は謁見室に辿りついた。
予想通りなら、この先に俺達の祖父が居る。
僅かに緊張しつつ、そっと扉に触れると――、ニセタヌキが勢いよく扉を開けやがった。
「あっ!」
「あっ!」
「ロイきたー!」
「ロイきたー!」
開いた扉の先に居たのは、金髪が眩しい双子の幼女。
長いツインテールを揺らし、口元からは八重歯が覗いている。
そんな小悪魔ちっくな姫達が一直線に走り出し、ロイに飛び付いた。
「おいおい、はしたないぞ、二人とも。飛びつくのは控えてくれと何度――」
「今日は良いんだもん」
「今日は良いって言われたもん」
「許可されている?そんなはずが」
「心配したから良いんだもん……」
「処刑されたって聞いて、心配したんだもん……」
ロイに抱き付いて離れようとしない二人。
何度も揺れる肩に、かすれた涙声。
言葉には嗚咽だって混じっている。
なんだ、普通に良い子じゃねぇか。




