第77話「悪性と悪逆②」
「そう。神こそが、この世界を作りし唯一神。力が欲しいというのなら、ボクのこの手を取ると良い」
これは世界で唯一なる、福音
世界を創りし神が与える、純粋なる神託だ。
悪性は神を信奉していない。
指導聖母という神に仕える使徒を騙っていたからこそ、『神』は民衆を支配する統治機能だと思っている。
比較的平和な時代に生まれ、皇種や英雄同士の争いに巻き込まれていないが故の結論だ。
だが、悪性は神が差し出した手に、自分の手を重ねた。
論理的な思惑が有った訳じゃない。
ただ、感情の赴くままに、そうした方が良いと思ったのだ。
「……神、ね。生憎とぼくは悪徳ほどの信仰心を持っていない。いきなり神だと名乗られても困ってしまうよ」
「困ってくれなきゃボクの方が困っちゃうね!あー、邪神呼ばわりされて傷ついた心を癒したい。崇められてチヤホヤされたい」
「……。神様ってのは、ずいぶんと人間臭い事を言うんだね」
「この世界の存続理由が『ボクを楽しませる』である限り、ボクの欲求こそが世界の真理だ。だってその方が面白いでしょ?」
面白い。
十数年の人生を歩んできた悪性は、その言葉の意味を思いつけなかった。
もちろん、辞書に載っている語句としては理解している。
だが、面白いと感じる感情が良く分からないのだ。
「面白い……か。で、唯一神様が、なにゆえ指導聖母なんかをやってるんだ?」
「それも面白いからだね。こうやって正体を明かす瞬間とか、最高にワクワクするじゃん!」
「ぼくが言えた義理じゃないけど……、ホント、指導聖母って良い性格してると思うよ」
「元締めのノウィンがアレな感じだしね!そりゃ部下もそうなるでしょ」
段々と思考が追い付いてきた悪性は、急転直下の緊急事態の考察を始めた。
神が存在していたばかりか、自分の部下に紛れこんでいるなど想定しているはずもなく、大前提を組む事すらままならない。
それでも、自分は神に魅入られたという事だけは理解している。
「初めに奏上賜りたいのは、主に対しどのようなお言葉を使えばいいのかです。敬うあまりに口数が減った指導聖母など、存在意義にかかわる問題さ」
「今までどおりでいい。堅苦しい敬語ばかりだと疲れるし、ノウィンみたいに笑顔で毒を吐いてくる度量があるなら、それも結構だ」
「へぇー、御心が広いんだね。流石が神。さすかみ、さすかみ」
「結構だとは言ったけど、露骨にディスられて赦すかどうかは別問題だからねー」
なるほど、流石はこの世界最大の愉快犯。
人間と冗談を言い合うくらいには心が広いらしい。
そんな風に神の認識を探り終えた悪性は、僅かに姿勢を正して身構えた。
これから行われるのは、確実な人生の分岐点。
一手を間違えれば、取り返しのつかない破滅が待っているだろう。
だが、最善の結果を手に入れる事が出来たのなら……。
想い焦がれる事すらできない、幸せ。
そんな未知なるものを欲し、悪性は口を開いた。
「お言葉に感謝し、いつもどおりの口調で話させて貰うよ。……悪徳を除いた指導聖母達の共通認識では、神は世界に干渉しない。傍観者であるからだ」
「紅茶を片手に眺めるから面白いんじゃん。関与し過ぎると展開が先読み出来ちゃうし」
「この世界には神託というシステムがあるが、それらの99%は指導聖母が民衆を操る為の舞台装置。違うかな?」
「違わないさ。事実、指導聖母であったボクは、人間ができる程度の影響力しか行使していない」
「そうだね。むしろ、もっと働けるだろと思ってたよ」
「ずけずけ言ってくれるねー。ふふ、この距離間は居心地がいい。神がボクだと忘れてしまいそうだよ」
「気に入ってもらえて何より。で、そろそろ本題に入ろう。ぼくに手を差し伸べた理由はなんなんだ?」
「ボクは常に面白いストーリーを求めている」
「つまり、せっかく盛り上がってきた所なのに、このまま勝敗がついてしまうのは惜しい。だから、悪性に加担して戦争を激化させよう。そういう事かな?」
「正解!」
……なるほど、まさに邪神。
ノウィン様がアルタマンユって命名したのも納得だよ。
そんな独白も、口に出さなければ不敬にはならない。
神の立ち位置をしっかりと理解した悪性は、自分が求める最大の利益がなんなのかを考え始めた。
そして、行きついた答えは……。
「この状況から、レジェリクエやラルラーヴァーに勝てる可能性があると思って良いのかな?」
「もちろんだよ。キミが持つ物質主上は世絶の神の因子の中でも、神が特に重要視している激レアスキル。正直、この能力を持っているキミには負けて欲しくないね」
「それ程までか。せっかくだ、その根拠を教えてくれないか?」
「物質主上があると、神殺しや神愛聖剣などを肉体に馴染ませる時間を短縮出来るんだよ。レベリングが必要無くなるわけだ」
「レベリング?何でそんな事をするんだい?唯一神の力を振り翳せばいいじゃないか」
「ボクである神にとって、世界終焉はゲームだ。それを成立させる為に、ボクは幾つかのルールを設定している」
一つ、現存する人間を一人選び、その肉体を複製したものを依り代として、世界に降臨する。
二つ、その肉体が持つ神の因子を、可能な限り強化する事が出来る。
三つ、肉体が持つ神の因子以外の力は封印する。ただし、世界の理として設定してある魔法は行使できる。
四つ、存在している全ての生物を殺す事ができれば神の勝利。それを成す前に肉体を破壊されたら神の敗北。
「大筋はこんな感じだね。なお、その時の気分によって細かなルールの変更はある」
「つまり……、神が選んだ最強の人間VS全ての生物になる訳だ。でもさ、その生物には皇種が含まれている。まったく勝ち目が無いと思うんだけど」
「キミがボクとお喋り出来ている以上、結果はその通りになった。でも、かなーりいい勝負になるんだよ、これが」
「人間一人の力で世界を滅ぼす事が可能だと?」
「可能だね。事実として世界は何度も滅びかけている。世界終焉の最終局面は、蟲量大数・不可思議竜・那由他という、ボクの理から逸脱した化け物共を同時に相手する事。こいつら、マジ強ぇーんだよ」
悪性は、神が言った最終局面がどういうものなのかを理解していない。
だが、世界がたった三匹の生物を除いて絶滅した事があるというのは分かった。
そして、それを成す為に必要な力が自分に備わっている。
そんな事実が、悪性の曇った瞳に好奇心を抱かせた。
「世界終焉まであと一歩。そこに辿り着く為の勝ち筋、その一つが物質主上だ。ラルラーヴァー?レジェリクエ?彼女たちじゃ話にもならないよ」
「だいぶ期待させてくれるね」
「だがそれは、物質主上のランクを上げた時の話。ユニクルフィン。彼の存在がキミの勝利の目を完全に破壊している」
「ラルラーヴァーやレジェリクエ、リリンサじゃないのか。意外だね」
「彼は神の自壊因子という、同じランクの神の因子を一方的に破壊できる力を持っている」
「……!へぇ」
「そして、ユニクルフィンの自壊因子のランクは2だ。完全に目覚めた神の自壊因子は、同じランクの世絶の神の因子にすら一方的に打ち勝てる」
真相を聞いた悪性は、根本的な戦略を間違えていた事を悟った。
大規模な戦力を集められなかったとしても、ユニクルフィンを得てさえいれば勝利できる。
レジェリクエやテトラフィーアが一騎当千の力を持っている以上、それを下す力こそが勝敗を分けるからだ。
「神の因子が進化するなんて話は聞いた事が無い。それ程のレアケースって事だね?」
「こっちも激レアだね。ちなみに、普通の神の因子も使い続ければランク2になる事がある。そして、世絶の神の因子を持つ人間も稀にいる。それらを掛け合わせるんだから、天文学的な可能性になるでしょ」
「その力が手に入るか。幸福か不幸か。人の身であるぼくでは想像すら及ばないね」
「ユニクルフィンに対抗するためには、神の因子のランクを彼よりも高くするのが手っ取り早い。だから、キミの物質主上のランク3に引き上げてあげよう。……これは正真正銘の神の力さ。《物質創成・”あぁ、今日は何して遊ぼう”》」
鷹揚に手を翳した神。
その手にあるのは虹色のクリスタルだ。
ブルファム王国初代国王、英雄・ライセリア。
英雄ホーライと共に数多くの皇種を葬った彼女の血族が、今、再び世界に君臨しようとしている。
虹色の光を瞳に宿した悪性が見ているもの、それは自分の幸せか、敵対者の破滅か。
体の中で荒れ狂っていた力は調律され、完全に支配できている。
「さぁ、その力を思う存分振るうと良い。そして、ボクを楽しませておくれ」
それはまるで、子供が初めておもちゃを与えらた時の様に。
指導聖母・悪性――、いや、メルテッサは人生で始めて、これからの未来に想いを馳せた。




