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ユニーク英雄伝説 最強を目指す俺よりも、魔王な彼女が強すぎるッ!?  作者: 青色の鮫
第10章「真実の無尽灰塵」

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第75話「昇華する思惑」

「で、これからどーすんだ?予定通り悪徳を捕まえたのは良いけどよ」

「僕は大聖母を目指す身分だからねぇ。例え敵だったとしても願いを聞いちゃった以上、放ってはおけないさ」


「つまり?」

「綺麗にラッピングして納品するよ。ノウィン様に届ければ、あら不思議。悪徳は神様への拝謁を果たせるってわけさ」


「それを実現するのがコイツの人生の主題だったよな?嬉し過ぎてそのまま昇天するんじゃねぇか?」

「するかもねぇ。レジェに確率を測定して欲しいくらいさ。たぶん80%を超えてるよ」



 自律神話教を壊滅させた二人と一匹は仕事を終えた雰囲気を醸し出し、瓦礫の山に座って休憩している。

 視線を巡らせればギリギリ死んでいない信者の山があるという地獄に相応しくない、朗らかな光景だ。


 ワルトナが悪徳を討った光景を見て、理律教会内に居た信者の全てが瞠目した。

 崩れ落ちた悪徳を足蹴にして立つ純白の少女が、全ての信者に語りかけたからだ。


『敬虔なる信徒の諸君、ごきげんよう。僕こそが、次代の自律神話教を統べる新たなる教主・誠愛シンシアだよ。よろしくね!』


 そんなふざけた自己紹介の末、信徒は暴徒と化した。

 自分達が想い焦がれ、触れる事はおろか、声を掛ける事すら躊躇われる存在、主上聖母・恩徳フェイヴァ

 それを狙撃した上に踏みにじり、平然とよろしく!と言い放ったのだから当然だ。


 全ての理性を失わせるには十分な、荒れ狂う怒り。

 殺してやるッ!以外の語句が失われていく中、ワルトナの笑みが崩れる事は無かった。



「くっくっく、お前ら頭が高い。誠愛様の御前であるぞー、控えおろー」

「わぉーん!」



 ワルトナの陰から抜け出た二つの影。

 メナファスとラグナガルムは芝居がかった口調で信徒たちを諌めた。


 そして、一応警告はしたとばかりに、押さえていた真意が牙を剥く。

 動き出した二名によって齎されたのは、教会内に吹き荒れる弾丸と疾風の暴虐。

 砂場で作った城が辿る運命の様に、教会も信徒も全て平等に掻き混ぜられた。



「メナフやラグナの戦いも見事だったよ。一撃も受けること無く、僕が付けた条件も完璧にクリアした完勝。素晴らしいねぇ、天晴れだねぇ」

「ひとつ文句を付けるとすりゃぁ、殺さねぇのは甘いと思ってる。ここに来れる奴は一人残らずブルファム王国の害悪共だぞ」


「積極的に殺すのは僕の趣味じゃない。まぁ、死なない程度に調整はしたんだし、手間のかかる治療もしない。運悪く死んだとしても、悪人だから自己責任さ」



 やれやれと肩を竦めて見せたメナファスは、瓦礫と砂塵に埋もれている信徒を見やった。

 目に映った範囲で死亡している人物は居らず、複雑な心境でもう一度、肩を竦める。


 メナファスが参戦した理由は、自分が世話をしていた児童達の様な子供を、これ以上出さない為だ。

 荒廃しているブルファム王国の闇。

 弱者である子供に力を振りかざして優越感に浸る大人を嫌悪しているメナファスは、すべての悪人を自分の手で始末しようと思っていた。

 だが、それをワルトナが止めたのだ。



「なぁ、コイツらを生き残らせて何になる?そろそろ教えろよ」

「レジェがシルバーフォックス社をとった。で、まんまと手中に収めた社長は、まさかの白銀比様の娘だったって訳さ」


「さっきの電話はそれか。なるほど……」

「そうそう。レジェやテトラフィーアだって洗脳術は使えるけど、白銀比様の権能という確実な方法が手に入った。使わないのは勿体ないよねぇ」


「一万人を超える信徒を洗脳すんのか。すげぇ大仕事、社長なら涙を流して喜ぶだろうなー」

「特殊な性癖さえなけりゃ、コイツらってそれなりに有能なんだよ。後はキミの望む意思を擦り込ませ、子供を守る集団に育てれば良い。ね、指導聖母・悪弾デスパレード。……いや、主上聖母・聖壇マターナルティーンさま?」



 メナファスに与えられた聖母名『悪弾デスパレード』の意味は、『仮面舞踏会マスカレード破壊者デス行軍パレード』だ。

 仮面を付けて笑う指導聖母を壊すという意味が込められている。


 そして、ワルトナが新たに名付けた聖母名は『聖壇マターナルティーン』。

 聖壇とは、逃げ込めば法律の力さえ影響を及ぼせない聖域であり、『マターナル扶養する(メンテイン)子供たち(ティーン)』という意味が込められている。



「コイツらの処分の方法は分かった。で、具体的にはどうするんだ?洗脳を終えるまで幽閉しておく場所がねぇだろ?」

「ピエロドラゴンの利権を悪才に売って手に入れた領地が近くにあってねぇ。レジェに譲ったら大監獄を作ってくれたよ!で、フィートフィルシアを完全降伏させたから余ってるわけだ」


「ピエロの方も仕込みだったよな。ホント、ちゃっかりしてんなぁ」

「僕こそは心無き魔人達の統括者・戦略破綻。策謀大好き参謀役さ!」



 レジェリクエが作った大監獄。

 そこに常駐しているのは、ポーンの騎士から選別されたランク5の監守200人と、ランク6以上の監守長50人だ。

 その誰もが少人数でレベル99999に達した化物の討伐経験があるという、超弩級の決戦戦力。

 その監獄の連絡先を入手していたワルトナは、信徒を収監させる為の一団を既に呼び寄せている。



「なるほど、じゃあオレ達がやる事はコイツをノウィンの所に持って行くだけか」

「そうだね。ま、その前にセフィナに電話でも掛けておこうかな」


「不安か?あれだけ叱った後だし、変な事はしないだろ」

「悪徳が言ってたんだよねぇ。悪性と神殺しの力があればノウィン様を討てるってさ」



 悪徳が捕らわれている妄想空間で起こった出来事の全てを、術者であるワルトナは把握している。


 そもそも、ワルトナが討った矢は、自分の想像を相手の脳に撃ち込む事で互いの想像を混ぜ、最も起こりうる可能性の高い未来を創造。

 それを覗き見る事で、相手の実力を把握する。

 意識を失っている間に無抵抗な肉体を拘束され、持っている情報の全てを奪われているという衝撃は簡単に自我を破壊する一撃だ。



「セフィナはニセタヌキが守ってるから安全。ついでに言うと、セフィナが守ろうとしている姫達も庇護下にあるはず。でも、妙に引っ掛かるんだよねぇ」

「気にし過ぎじゃねぇのか?」


「だからそれを確かめておこうっ話さ」



 そう言ってワルトナは慣れた手つきで携帯電魔を取り出し、セフィナへ電話を掛けた。

 ぷるるるーん!っというカツテナイ・コール音に度肝を抜かれつつ、直ぐに通話状態となる。



「もしもし、セフィナかい?」

「もふふ!」


「あ、ハムスターだったか。タヌキじゃなくてホッとしたよ」



 ワルトナが電話をかけた際、二分の一の確率でゴモラが出る。

 直ぐにセフィナに変わるが、正直に言ってイラっとしている。



「もぐもぐもぐ……ぷは!何のご用ですか?わるっ……ラルラーヴァーさん!!」

「ギリギリ耐えたねぇ。50てぇん。じゃなくて、そこにメルテッサはいるかい?ちょっと聞きたい事があってさ」


「いないですよ」

「……は?」



 今、変わりますね!メルテッサさーん!電話ですよー!

 そんな答えが返ってくると思っていたワルトナは硬直した。

 奇しくも懸念した通りの事が起こっていたと知り、頬に汗が滲んでいく。



「居ないってどういう事だ?外に出られないだろ」

「出られないんですか?ちょっと用事が出来たから出掛けてくるって言ってましたけど」


「……そうかい。セフィナ、ゴモラに代わってくれるかい?」

「えっ。は、はい!ゴモラに電話だって、珍しいね」



 ワルトナはタヌキに対してトラウマがある。

 だからこそ、声を掛ける時には気合を入れる必要があり、電話での会話はこれが初めてだった。


 軽快な鳴き声で電話に出たゴモラにイラっとしつつ、ワルトナは静かに声を発した。

 現状確認と打てる最善手の行使。

 それをする為に、ゴモラへ指示を飛ばしたのだ。



「ニセタヌキ、僕が戻るまでセフィナを守り通せ。メルテッサを除く姫全員とユニとリリン祖父、その関係者もだ」

「ヴィギルーン?」


「報酬は87種類のアップルパイ。横に198種類のジャムを添えてやるよ」

「ヴィィギルルルーン!」



 87種類のアップルパイ、それはワルトナが持っている全てのアップルパイの放出だ。

 隠していた切り札を躊躇なく使う程に、ワルトナは焦っている。



「悪性に逃げられたってのか?あの結界はオレですら壊せなかったんだぞ」

「逃げられたんだろうねぇ。ちっ、神殺しに準ずる武器は持っていないはずだ。天使シリーズがある宝物殿も同様に結界で封鎖している。武器の召喚は出来ない……なぜ?」


「しゃーねーな。ここはオレが受け持ってやる。コイツらをレジェの監守に引き渡して、ノウィンの所に悪徳を納品すればいいんだろ?簡単な仕事だぜ」

「すまないね。ラグナ、メナファスに付いててやってくれ。僕は一足先に帰るよ」



 その言葉を言い終えた瞬間、ワルトナの姿が忽然と消えた。

 メナファス達の目に映った光景は、シェキナを構えるワルトナの姿。

 魔法効果を宿した弓を空間へ討ち、転移の魔法陣を生成したのだ。



「つーことで、俺達はまったり待ってようぜ、ラグナ」

「わふ」


「せっかくだ、飯を食いながら世間話でもするか。ほれ」

「わふん!」



 ラグナガルムが人間の言葉を話さない理由、それは単純に面倒だからだ。

 充分に人間の言葉を発声できる声帯は持っている。

 だが、独特な訛りのある方言を嫌うような煩わしさがあるのだ。


 だが、目の前に詰まれたホットドックの魅力の方が勝った。

 勢いよく頬張ったラグナガルムはホットドックと水分補給と会話を繰り返し、メナファスは「チョロすぎんだろ。皇」と密かに呟いた。



 **********



「なぜですっ……!?なぜ醜い虫の分際で、理律教会の恩恵を受けられるのですかッ!!」



 絢爛豪華な絨毯の上でのた打ち回っていた悪徳は、勢いよく瞼を上げた。

 全身がずぶ濡れになる程に汗をかき、乱れた息が整うまで僅かな時間を要する。


 状況がまったく分からない。

 確か私は、ラルラーヴァーと戦っていて……。


 そこまで思考を巡らせ、いつまで経っても落ち着かない呼吸に違和感を覚えた。

 首に触れようと手を上げれば、細い手首には分厚い鋼鉄製の手錠が嵌められている。

 伸びている鎖の片方は首元へ繋がり、悪徳は自分が敗北し拘束されているのだと悟った。



「良い夢を見られなかったようですね。ラルラーヴァーには勝てそうもありませんでしたか?」

「この声は……!」



 首に繋がっていない鎖の先から声がした。

 直ぐに悪徳は平伏しようとするも、タイミング良く引かれた鎖に阻まれ、無様に地に落ちる。

 歩くだけで心地よい気持ちにさせる絢爛豪華な絨毯が、惨めな苦痛を与えた。



「ノウィンさ、くぅっ……!?」

「誰が頭を上げて良いと言ったのですか?ここは唯一神様への拝謁を行う『虚構礼拝堂ダウトチャペル』。貴方の様な下級指導聖母では、立ち入りすら許されない聖域なのですよ」


「かはっ。し、失礼いたしました」



 頭を上げようとした悪徳は、再び地面に縫い付けられた。

 首へと繋がっている鎖が引かれた事で、勢い良く地面に叩きつけられたのだ。


 鎖をそのまま引いたのなら、悪徳の頭は上を向く。

 だが、ノウィンは鎖に足を掛けてから引いた。

 純白のヒールが滑車の役割を果たし、悪徳へ繋がる鎖は地面を這ったのだ。



「ひ、ひとつ、お伺いしたい事がございます。どうか、お答えください」

「あまりにも愚鈍、神の御前にありながら私語とは。この程度の信仰心しか持たないから滅ぼされるのです」


「くゅ、重ねて失礼しました」

「ただし、貴方の質問に唯一神様はご興味があると仰っています。口を開く事を許しましょう」



 ……結局、喋れと?

 というか唯一神様がお許しになっているのなら、なぜ私は這い蹲らされているんですか?


 ふつふつと湧く不信感に眉をしかめながらも、悪徳は抱いている質問を精査した。

 崇拝している神がこの場を見ていると言われれば、言葉一つにも気を配らなければならない。



「なぜ、自律しんわっかひゅ!」

「唯一神様をお待たせするのは礼に反します。歩きながら話を聞くとしましょう」



 今度は首を上に持ち上げられ、悪徳の顔色が赤く染まっていく。

 唯一神に無様な姿を見せてしまった羞恥に加え、引っ張られた鎖によって首が締まっているからだ。



「げほげほ、ちょ、待って」

「貴方は人間でしょう。なぜ四足歩行なのですか?自律神話教は変な教義があるのですね」



 お前が鎖を引っ張るからでしょうっ!!

 そう叫び出そうとするも、自制心の方が勝利した。

 神がお許しになれば絶対に殺してやると誓いながら、早口で質問を言い終える。



「なぜ自律神話教を襲撃したのですか?唯一神様が御望みになるはずが無いのに」

「望んでいますよ。えぇ、とても望んでいます。危うく世界崩壊の危機です」


「えっ」

「でも、そんな事は些事であり、他の手段で撲滅を図る事も出来ました」


「些事……?唯一神様のご意思を些事だと言ったのですか?」

「えぇ、私にとっては世界崩壊よりも、セフィナが健全に育たない事の方が問題なのです」



 悪徳はノウィンの言っていることに共感を示した。

 確かに、神が降臨する為の依り代たるセフィナが健全な状態に無いのなら問題だと思ったからだ。

 だが、自律神話教が不健全であると言われたと気付き、顔色を真っ赤に染めていく。



「唯一神様の御前だからと言わせておけば……。所詮、貴方も私と同類でしょう」

「同類?」


「セフィナを攫い、強引な手段を使い後見人になった。私と同じではありませんか」

「あぁ、誤解があるのですね。嘆かわしい事です」


「何が誤解だというのですかっ!?例えセフィナが孤児だったとしても、貴方の利己によっ……がはッ!」

「セフィナは私が産んだ愛しい我が子です。母として、その言葉は許せるものではありません」



 一気に鎖を引き上げられ、浮いた体にハイヒールが突き刺さった。

 鳩尾を抉った痛みに呻きながら顔を上げるも、今度は勢いよく地面へ激突させられる。

 悪徳が思ったことは、「なぜ、こんなにも、鎖の扱いが上手いのですか……。」だ。



「母……?まさか本当に経産婦だったのですかっ!?」

「絞め殺されたいのですね?分かりました」


「申し訳ありませんっ!せめて唯一神様にご拝謁を……、どうか……!」



 絨毯に額を擦り付け、悪徳は真摯に祈った。

 もう、どんな無様を見せても良い。

 唯一神様に拝謁できるというのなら、どれだけ笑われても本望だと思い直したのだ。



「私は二度の出産を経験した母です。姉であるリリンサ、妹であるセフィナ。あぁ、貴方の処理をラルラーヴァーに任せたのは、あの子も私の養子であり、可愛い娘だからですよ」

「つっ!?では全てマッチポンプ、いえ、この戦争の全ては貴方の筋書きだったというのですかっ!?」


「ブルファム王国の衰退とレジェンダリア国の繁栄、そのどちらも私の意図です。もっとも、出演者の方は自覚が有りませんが」

「流石は神の御遣いたる大聖母ですね、神の御力を使――、」


「何を言っているのですか?これらは片手間に行った趣味であり、唯一神様は関与していません」

「……はぁ?」



 唯一神が関与していない趣味。

 そんな事を唐突に言われれば、指導聖母であっても思考が停止する。


 指導聖母の主な仕事は、国同士の均衡を保つ事だ。

 その最大の手段が戦争あるからこそ誤解されがちだが、戦勝国が勝ち過ぎないように敗戦国に加担する事もある。

 そうして戦争自体をコントロールし、多くの戦死者を出すであろう世界大戦を未然に防いでいたのだ。



「なぜ優れた権力を持っている貴方が、そのような事を!?」

「娘達を守るためです」


「な、に……?」

「自らの意思で指導聖母になった貴方には分からないでしょう。自分で人生を選ぶ事が許されなかった、私の苦しみが」



 カツン。っとヒールを鳴らして歩くノウィンの表情を、悪徳は見る事が出来ない。

 だが、その顔は悲壮に暮れているのではないかと思った。



「大聖母は世襲制です。リンサベル家の血を引く者でしか、大聖母を名乗る事はできません」

「なっ!?」


「故に、リンサベル家に生まれた子は運命を縛られます。私の人生は列車の様なものなのですよ」

「列車とは……?」


「誰かが引いたレールの上を走る事しか許されない。車窓からは多くの景色を見る事が出来ますが、それを手に取る事は出来ず、ただ流れ過ぎ去っていくのを眺めるばかり」

「それは……、」


「幸運な事に、私は列車の中で大切な友人や夫となる男性と出会う事が出来ました。ですが、彼らが列車を降りてしまえば、その後ろ姿を見る事しかできないのです」



 一定のペースで歩くノウィンの歩調には、感情が見当たらない。

 相手の心理を見抜く事に長けている悪徳であるからこそ、それが

大聖母になる事なのだと悟った。



「列車から振り落とされた我が子にすら、駆け寄る事が出来なかった。そんな人生に何の価値があるのでしょうか?振るえない権力など、ただの足枷でしかないのです」

「振り落とされた……?」


「その時に悔い改めたのですよ。どれだけの時間を掛けようとも、世界を導くレールを捻じ曲げたとしても、必ず振り落とされた娘を迎えに行くと。これが、大聖母という大局に縛られた私のやり方なのです」



 失望しましたか?

 そんな言葉で締めくくられたノウィンの独白に、悪徳は無言を返す事しかできなかった。

 だが、初めて聞いたノウィンの真意は、不思議と不快感が無かった。


 悪徳の脳裏に浮かぶ、自分が手に掛けた親。

 血の繋がっていない後妻であった母親が自分の弟を殺し、悪徳はその報復を遂げた。

 そして、家族だったものと共に最期の夜を過ごし、自らの命にも始末を付けようとした朝、特殊個別脅威の襲来という神の導きが全てを有耶無耶にしてしまったのだ。


 村人の大半が殺され、母と弟も土に紛れて消えた。

 親殺しの罪は償われること無く赦され、幼かった悪徳は己の意思のままに行動しても罪は赦されるのだと理解する。


 そうして生まれた狂信者は、敬虔な大聖母にも苦悩が有ったと知って、己の幼稚さを悔い改めた。



「この紗幕の先に唯一神様がいらっしゃいます。礼を失する事は許されません」

「存じております。あぁ、唯一神・アンラマンユ様に心からの祈りを」

「おい、速攻で礼を失してるんじゃねーよ!邪神、邪神って、何億回も連呼しやがって!!」



 膝をついて祈りを捧げた悪徳が見たもの、それは紗幕を内側から蹴破った悪逆アトロシスだった。


 全く意味が分からず思考停止し、ふと気付く。

 自分の前に立っていたはずのノウィンが、遥か後方に下がっている。



「なぁ、悪徳ぅ。割と温厚な(ボク)でもさ、流石に邪神呼ばわりは捨て置けないんだよねぇ。この落とし前、どう付けてくれるのさ?」

「え?えっ?」


「えっ?じゃねーんだよ。準指導聖母の分際で、この(ボク)に盾突こうってのか?ん?」

「えっ、いや、貴方も同じ準指導聖母では……?」


ボク()(ボク)だぞ!?しいて言うなら()指導聖母だっつーの!」



 スパーン!っと軽快な音を立て、悪徳の頭が叩かれた。

 唯一神が持っているのは古びたスリッパだ。

 何処から持って来たスリッパなのかを察したノウィンは、まさに邪神だと思っている。



「罰として、お前は一生(ボク)の下僕だからな!!」

「えっっ。」


「疲れていても、風邪を引いても、休む事はゆるさぁん!!ボク()の神託のまま、一生パシリとして使い倒してやるから覚悟しろよっ!!」

「……な、なんということでしょう。唯一神様の御意志のままに」



 深々と頭を垂れる悪徳は涙を流し、唯一神から下された神託を受け入れた。

 そんな光景を生温かい目で見守っているノウィンは、「私は娘たちを見るのに忙しいので、そのおもちゃで暫く遊んでいてください」と思っている。


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